コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Case.2 ■ 灰色の翼―U





「…ここがさっきのお婆さんの言ってた神社かな?」
 山の中をひたすらに続く階段を抜けた先、ひっそりと佇む由緒ある神社が勇太の眼前に広がった。広々とした境内が夕陽で紅く染められている。もう既に夕刻。真っ暗になってしまえば薄暗く、視界も充分に確保出来そうにはない。ゆらゆらと揺れている松明の炎が煌々と境内を照らしている。
「へぇ、今時本物の松明を灯してる神社なんてあるんだ…」勇太は興味津々に松明へと近付きながら呟いた。
「何用かな?」不意に勇太の背後から声をかけられる。
 勇太が少し驚きながら振り返ると、そこには真っ白な装束を着た老人が立っていた。何処か険しい表情をしながら、値踏みする様に勇太を見つめる。
「あ、すいません。天使様の祠に入る為に神社を探しているんです」勇太はそう言って少し礼儀正しく挨拶をする様に意識して頭を下げた。
「…ふむ、どうやら島民ではない様じゃの…」
「え?」
「天使様の祠に続くのは確かにウチの神社で間違いない。じゃが、天使様の祠は午前中でなければ解放する訳にはいかんのじゃ」
「午前中のみ?」
「そうじゃ。ここにある洞窟からひたすら奥へと進み、天使様の祠へ到着するのにざっと二時間はかかってしまうのでの。迷い人とならん様に、陽の昇り切る前じゃなくてはいかん。お清めをするにも時間はかかるのでな…」
「そうですか…。ちなみに、神主さんで?」
「そうじゃ。ワシがこの神社の神主じゃ。もしも天使様の祠を訪れたいというなら、明日の午前中にでも改めてここへ来ると良い」
「はい、有難う御座います」勇太が再び頭を下げる。「あ、あと一つ良いですか?」
「何かな?」
「神主さんには聴こえるんですか? この島全体に響いている歌声…みたいな…」
「…っ!」神主の顔が一瞬引き攣る。「…どんな声をされておる?」
「切なく、寂しい歌声です…。何でこんなに悲しい声をしているのか…、どうして俺にしか聴こえてないのか知りたくて…」
「…聴こえる者が現われたか…」神主は小声で小さく呟いた。「少年、一つ頼まれてくれんかの…?」
「…何ですか?」






――――。






「…狐どころか、天使にでもからかわれてるのか…?」武彦が思わず呟く。
「ただいまー…って、どうしたんです?」思わず勇太は武彦を見て尋ねた。
 武彦はぐでーっと身体を伸ばし、旅館の畳の上でボーっと口に咥えた煙草からあがる紫煙を見つめて寝転んでいた。
「あぁ、戻ったのか…」武彦はそう言うと身体を起こして座った。「まずはお前が仕入れた情報を聞かせてくれ」
「ん、うん。天使ってのが祀られてる祠が山の中にあるみたいで、そこに行くには洞窟の入り口にある神社に午前中に行かなきゃいけないんだって。それで今日は追い返されて帰って来た」武彦の正面に勇太が座って説明する。
「そうか。俺も退治依頼をしてきた八代って男と話しをしたんだがな…。どうやら神社には行く必要はありそうだ」
「他の依頼主さんは?」
「…それがな、八代以外の依頼主は“神隠し”にあっている」
「え…? いつですか?」
「依頼を出したとされる数日前から、だ…」武彦が灰皿に煙草を押し付けて火を消した。「つまり、依頼を出せる状況にいない筈って事だ」
「ちょ…、ちょっと待って下さいよ…。どういう事ですか?」思わず勇太は身を乗り出して武彦に詰め寄った。「だって、依頼を出せないんだとしたら、そんな…―」
「―あぁ、有り得ない話だがな」武彦は再び天井を見つめて溜息を吐いた。「封筒に押された印と状況を考えると、こればっかりは説明がつかん。郵便ポストの回収が遅れた可能性も考えたが、神隠しにあったのはそれぞれ二週間以上前の話だそうだ」
「…二週間以上…」勇太が思わず繰り返した。「あ、そうだ。話しは変わるんですけど、神主さんから変な事言われたんですよ」
「何だ?」武彦が勇太へと視線を戻した。
「まず一つは、『聴こえる者が現われた』とかって」
「天使の歌声の事か?」
「多分そうだと思うんですけど、その後に言われたんです。どうか天使を救って欲しいって」
「天使を救う?」
「はい。神主さんが言うには、天使はこの島の全てを護ってくれている存在。ただ、近年はその天使に対する信仰も弱まった。かと言って、それぐらいで腹いせに人をおかしくする様な事はしない筈だ、って」
「…神隠し、天使の信仰。退治依頼に、救済要請か…」
「さすがに草間さんでも、真相はまだ闇の中?」
「あぁ。情報があまりにも少なすぎるからな…。いずれにせよ、明日の朝には天使の祠とやらに行く必要がありそうだな…」
 武彦の言葉に勇太は静かに頷いて応えた。耳にはまだ天使の物悲しげな歌声が響いている。何処となく悲しく、あまりにも儚い歌声は、一体何を伝えようとしているのか、勇太には想像がつかなかった。




―――。




「…ここは…?」
 勇太が目を開ける。そこは、白を基調に塗装された施設の様な空間だった。
「…勇太…」
「誰…?」
 声が響き渡り、勇太は思わず聞き返す。が、返事は返って来ない。音のない空間に、勇太の声だけが反響している。不気味な静寂。これが夢だと言う事に気付くのに、そこまで時間はかからなかった。
「…夢なのに、こんなに意識がしっかりしているなんて…」勇太は思わず呟いた。手を見つめ、足を踏み出し、感触を確かめる。
「…勇太…」再び勇太の名前を呼ぶ声がする。勇太は顔を上げ、周囲を見つめた。
 延々と続く真っ白な通路に、勇太の左側には扉が点在している。
「…病院、みたいだ…」
 足を踏み出した勇太はそう呟いた。何処か懐かしい声。本来であればこの不思議な状況に恐怖すら生まれるだろうが、勇太にそんな感情は沸いて来ない。
「…この部屋、だ…」勇太は違和感を感じて立ち止まった。扉に手をかけ、そっと開いた。
「…勇太、久しぶりね」
「…母…さん…?」思わず勇太は言葉を失った。
 幼い頃。叔父に引き取られてからは面会してもまともに会話も出来ない母が、そこにいる。真っ白な部屋の中、ベッドの上で座りながら真っ直ぐ勇太を見つめて、声をかけている。
「…眼の色が変わってしまった事も、背が伸びて大きくなった事も、貴方はいつも私に話してくれているわね」穏やかに微笑む母が勇太を愛おしそうに見つめていた。「さぁ、もっとこっちへいらっしゃい」
「…うん」
 夢だと解っていながら、勇太は静かにベッドの脇にある椅子へと座った。
「…勇太。こんな母を貴方は恨んでいるでしょう?」
「…恨んでないよ…。母さんは俺を守ろうとしてくれたじゃないか」思わず冷たい口調になってしまう。いざ会話になると、つい意地を張ってしまっていた。
「そう言ってくれると、母さんは嬉しいわ…」少し寂しげに母は笑ってみせた。「ごめんなさい、勇太。こうして普通に話せる時間は限られている。だから、一つだけ…。お願いを聞いてくれるかしら?」
「…どういう事…? これは…夢…。それを母さんも知っているの…?」勇太は思わず母へと尋ねた。母は何も言わず、静かに頷いた。
「お願い、勇太。大きくなった貴方を、一度で良いからこの手で抱き締めさせて」
「…母さん…」
「ずっと寂しい想いをさせて、貴方に辛い想いをさせてきた私を許して欲しいとは言わないわ…。こうして、夢の中で貴方に逢えたのなら、ちゃんと自分の口からそれを伝えたかった…!」母の頬を一筋の涙が伝う。「愛しているわ、勇太…。こんな母でも、貴方を愛しているのよ…」
「…母さん…」思わず勇太も涙を流していた。静かに母の両手が勇太を包み込む。
「…あぁ…、こうして貴方を抱き締める事が出来るなんて…」震える両腕が勇太を包み込んでいた。穏やかで何処か懐かしい匂い。勇太は思わず胸を締め付けられる様な切なさに襲われていた。
 不意に、天使の歌声が響き渡った。ハッと我に還った勇太が身体を起こした。
「…天使…?」
「…時間が来てしまったみたい」
「え?」
「もうすぐ私達は夢から醒める…。彼女が与えてくれたこの時間が、終わろうとしているのよ」寂しそうに母は勇太にそう言って勇太の手を取った。
「彼女…? どういう事…?」
「勇太、彼女を救ってあげて…」
 母の言葉と共に、視界が急速に真っ白に染まっていく。
「母さん…! 母さん!」
「…彼女は、苦しんでいる…。…貴方なら…―」



―――。



 ハッと目を開ける。どうやら現実に戻って来た様だ。
「…この匂い…」思わず勇太は自分の胸を掴んで呟いた。「…ただの夢じゃなかったんだ…」
 頬に涙が乾いた跡を感じる。ただの夢じゃなかった。そう感じさせる何かが勇太の中に確信を生んでいた。
「…お前も、不思議な夢を見たのか?」
「…草間さん…?」不意に窓辺から紫煙吐きながら声をかけられ、勇太は目を凝らした。武彦がいつになく寂しげな表情で勇太を見つめた。
「…どうやら、俺達を呼ぶつもりらしいな。天使様とやらは…」
「…うん…」まだ残る温もり。ただの夢ではなかった事はそれだけで理解出来る。
「もうすぐ夜が明ける。行くぞ、勇太」
「え? もう出るの?」
「あぁ。俺の夢が正しければ、タイムリミットは今日の日没までだ」
「…っ!」



 こうして、二人は朝陽と共に旅館を後にした。


 勇太の耳には、また物悲しい歌声が聴こえてきていた…。


                              Case.2 to be Continued...