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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− 温泉へ行こう!2 −

1.
 東京から新幹線で出発し富士山を眺めた後、一度ローカル電車に乗り換える。
 山の風景の後は、視界の開けた海の風景になる。
 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)と草間武彦(くさま・たけひこ)はその日、伊豆の地に降り立った。
「レンタカー借りてあるんだ。それで移動するぞ」
 駅前のレンタカー屋で車を調達すると、2人は早速第一の目的地である体験の里へと走り出した。

 体験の里はそば打ち体験、握り寿司体験など色々な体験が出来る複合施設だ。
 その中でも今回、草間と冥月は陶芸体験を選んだ。
「わからないところがあったら、遠慮せずに聞いてくださいね」
 係の人が優しくそう言って案内してくれた。冥月は髪を後ろにひとつで縛り、気合を入れてろくろの前に座る。
 施設から貸し出された紺色の上着を着るとなんだかそれだけで職人気分だ。
 ろくろの前に座ると粘土がドンと置かれる。
「お互い、いいもの作ろうぜ」
 隣に座った草間がそう言ってニヤリと笑った。

 …とは言ったものの、何を作ろうかな?
 ろくろを前にして今更にして悩む。悩む。悩む。
 料理が映えるような大きなお皿? それともきめ細かな泡が作れるというビアカップ?
 でも、やっぱり陶芸の基本ってお茶碗かしら?
 色々悩んでみる。そして冥月はろくろを回し始めた。

「こ、これならああああああ〜!!!」
 隣の草間は雄たけびを上げながら、ぐにゃりと曲がったお椀のようなお皿のようなものを作り上げた。
「…げ、芸術的ですね」
「…飾るんだよ、美術品として」
 係の人に言い訳がましくそう言って、草間は冥月を見た。
「できたか?」
「………」
 静かな瞳で回るろくろに集中する冥月には草間の声が届かないようだ。
 それだけ集中しているということか。
 草間はジーっと冥月の手元を見つめた。細い指が綺麗な曲線を描いて粘土に命を吹き込んでいる。
 再び草間は自分の粘土に目を移す。芸術作品がそこにある。
「まだ、時間もありますし…まだ大丈夫ですよ」
 係の人が慰めのような言葉をかけた。芸術作品を糸ですばやく切って板の上に乗せて、ろくろの上に粘土を置いた。
「…よし、やってやろうじゃないか!!」
 よくわからないが、草間は男の意地をかけて立ち上がった。

「で、結局何作ったんだ?」
 体験の1時間はあっという間だった。
 その間に冥月は2つの茶碗を作り、草間は前衛芸術が5個ほど出来上がった。
「それ、何を作ったの?」
「芸術」
 冥月の問いにそっけなく答え、草間はどんよりと肩を落とした。
「俺、探偵なんだよ。陶芸なんて俺には向いてないんだよ」
 完全に陶芸に背を向けた草間に、冥月は苦笑した。
「で、お前は何を作ったんだ?」
「秘密よ。秘密」
 茶碗を乗せた板を隠しながら、冥月は微笑んだ。
 まさか夫婦茶碗を作っただなんて、恥ずかしくて口に出来なかった。
「ふーん…」
 ニヤニヤと笑う草間には、なんとなく気付かれていそうだったが。
「それでは作品はお預かりして焼成してお送りいたします。発送まで1ヶ月ほどお待ちください」
 にこやかにそう笑った係の人にお礼を言って、2人の陶芸体験は終了した。


2.
 体験の里で昼食にそばを食べた後、2人はオルゴール館へと向かった。
 小さなオルゴールから自動演奏機と呼ばれる大きなオルゴール、蓄音機なども飾ってある懐かしい音に包まれた場所だ。
「ここでも体験が出来るんだってさ」
 手作りでオルゴールを作ることが出来るという。冥月は心惹かれた。
「やってみたい…な」
 冥月がそう言うと、草間は「行こう」と手を引っ張った。

 小さな部品を組み立て、調節を行う。
 その精密な作業に思わず無言で集中して作ってしまった。
 途中、アンティークオルゴールのコンサートをはさみながら2人はそれぞれ写真立てとウサギの回るオルゴールを作り上げた。
「オルゴールって結構繊細なんだな」
 組み立て終わった草間が肩を回すとパキパキと音が鳴った。
「武彦もオルゴールみたいになったわね」
 苦笑いした冥月に草間も苦笑いした。
「誰が上手いこと言えと」
「ふふっ。でも、武彦がそんな可愛いオルゴール作るなんて意外ね。曲は何?」
「ビバルディの四季・春だ。今の季節にぴったりだな。一応、零へのお土産にしようかと…」
 草間は興信所で待つ妹の草間零(くさま・れい)のことを気にかけていたようだ。
「で、冥月は? 何の曲にしたんだ?」
 そう聞かれて、冥月は小さく咳払いをして微かなメロディを歌った。
「I Love You Baby … I Need You Baby …♪」
 所々聞こえる歌詞に、草間は首を捻った。
「聞き覚えがあるな…なんだったっけ?」
 冥月は少し頬を赤くしてそっぽを向いた。
「教えてあげない」
「なんだとぉ!?」
 思わぬ冥月の攻撃にあった草間は、本当に思い出せないのか?
 それとも冥月の口からその曲名を知りたかったのか…?
 オルゴール館を出た後も、草間は冥月にその質問を繰り返したのだった。

 そんなこんなで車を走らせると、竹林の道へと入り込んだ。
 傾斜のついた道を登っていく。次第に小高い丘の上へと導かれ目の前がパッと開けた。
「わぁ…」
 思わず声を上げた冥月に草間は微笑んだ。
「ここが今回の宿だ。いいとこだろ?」
 竹林に囲まれた和風平屋の建物は、和の癒しの空間を作り出している。
「ようこそおいでくださいました、草間様ですね?」
 迎えに出てきた女将は和服のしっとり系美人で、にこやかに2人を出迎えてくれた。
「よろしくお願いします」
 そう頭を下げると「こちらこそ、よくおいでくださいました」と女将は言った。
 そして2人を今日の宿泊部屋である離れへと導いた。
「お夕食は6時よりとなります。お風呂は本館よりご案内させていただきます」
 女将は『楓の間』へと2人を通すと、手際よくお茶とお菓子を出して「ごゆっくり」と退出した。
「…とっても素敵な部屋ね」
「夕飯まで時間あるし、風呂でも入りにいくか。ここの風呂は露天風呂ですっごくいいんだぜ?」
「露天風呂…眺めがいいの?」
「そうそう」
「そうなの…楽しみね」
 嬉しそうに微笑んだ冥月とは対照的に、うんうんと頷いた草間は下を向いてニヤリと笑った。


3.
 宿の本館に入ると、風呂場の案内に従い奥へと進んだ。
 男女別の入口前で2人は「じゃあ、また後でね」「おう、『後で』な」と別れた。
 冥月は檜の脱衣所でするりと服を脱いだ。冥月1人だった。
 人に気を使わなくて済むのはありがたかった。
 タオルを手に取り、一瞬使うか考えて手に持って出て行くことにした。
 綺麗な体をさらけ出して、温泉へと続く扉を開ける。
「綺麗…」
 温泉は檜作りで竹林が両側で覆われ、真ん中から海が見える。
 とても眺めのよい露天風呂だ。
「おう、来たな」
 ふと、聞き覚えのある声が浴槽から聞こえてきて、冥月は瞬間的に手に持っていたタオルで体を隠した。
「え? な…え!?」
 思わず後ずさった冥月の視線の先にはニヤニヤと笑う草間が浴槽の中から手を振っていた。
「こ、混浴!?」
「そんなところで裸でいたら寒いだろ。早く入れよ」
 白濁したお湯と草間の顔を見比べて、冥月はオロオロとした。
「こ、混浴なんて聞いてないし!」
「言ってないし。それに裸で恥しがるなんて…今更だろ」
 それとこれとはまた別問題なの! …と言ったところで、草間はきっとわからないだろう。
 女心のわからない男だ。
「もう! こっち見ないで」
 じろじろと見る草間の目を影で覆い、冥月は湯に浸かった。
 温泉はとろりとした感触で、肌がすべすべになりそうな予感がした。
 ふーっとひと心地つくと、全身を伸ばした。
「おい。そろそろコレ何とかしてくれないか?」
 草間の呟きに、「あ、ごめん」と照れ笑いして冥月は草間の影を解除した。
「やっぱ、混浴いいよなぁ…来てよかった!」
 草間が冥月の肩を抱き寄せると、冥月は慌てた。
「武彦…誰か来たら…」
「混浴だし、誰か来てもしょうがないよなぁ」
 草間は冥月から手を離そうとしない。
「もう…」
 恥じらいを見せる冥月に、草間は強引に冥月の顔を自分に向かせた。
「もう…何? キスしたくなった?」
「ち、違っ…」
「じゃあキスしたくない?」
 そう言って草間の唇が冥月に近づく…と。
「うっわーーー!! 綺麗〜!!」
 そう言って入ってきた20歳前後の女性3人ほどに、思わず2人は体を離した。
「あ、も、もしかしてお邪魔でした?」
 空気を呼んだ3人に、草間は「いやいや」と鼻の下を伸ばして否定した。
 冥月はそんな草間のわき腹を思いっきり肘でどついたのだった…。
「ぐはぁ!!」


4.
「もう、信じられない」
 風呂から上がり浴衣姿で冥月はぷんぷんと怒りを草間にぶつけた。
「なんだよ、あの子達の目の前でキスしたほうがよかったのか」
「そういうんじゃないでしょ!?」
 険悪なムードで部屋に戻ると、すでに夕飯の膳が並べられていた。
「お風呂いかがでしたか?」
 にこりと笑った給仕係に冥月はにっこりと返す。
「とてもいいお風呂でした」
 ぶーたれたままの草間は「あぁ」とだけ返した。
 席に着くと見目美しい料理がテーブルいっぱいに並べられている。
 ぐーっと草間の腹が鳴った。
「そういや、腹減ったな」
 確かに言われてみれば、冥月もお腹が空いた。
「当宿自慢の料理です、ご堪能ください」
 アワビ、車エビ、キンメダイなどの海産物が彩りよく盛られている。
 一口食べればその味も見た目も一流であることがはっきりとわかった。
「美味しい」
「和牛のしゃぶしゃぶもあるな」
「当宿オリジナルの日本酒もお料理に合いますので、ぜひご賞味ください」
 お猪口に透明な日本酒を注いでもらい、口をつけた。
 ピリッと引き締まった辛口の日本酒は確かに料理によく合う。
「この酒ならどんどんいけるな」
 料理を摘みながら、酒をどんどんと流し込む草間。
「もうちょっと行儀よく食べれないの?」
 と冥月は言ってみたものの、自分も意外に酒を飲むペースが早いことに気がついていなかった。

「ぷはー食った食った」
 食事を全部食べ終えて、給仕係が姿を消すと草間は足を伸ばしてくつろいだ。
「上げ膳、据え膳。いいね、旅ってのは」
 いつもだろうが…という突っ込みはどこからも来ない。その代わり…
「ねぇ」
 冥月はとろんと酔った瞳で草間に迫った。
「武彦はぁ、お風呂のあの子達と私とどっちが魅力的だと思ったの?」
「…酔ってるのか?」
「酔ってなぁい! ねぇ!? どっち?」
 浴衣で四つんばいになって迫る冥月。浴衣が着崩れて色っぽさ全開だ。
「そりゃ…冥月に決まってるじゃないか」
「今の間ぁ、何!?」
 普段はこんな量で酔ったりする冥月ではなかったが、雰囲気がそうさせたのか。
 冥月のいつにない色っぽさに、草間はごくりと息を飲んだ。
「馬鹿だな、俺はいつだってお前だけだよ」
「…本当に?」
 すねた子猫のように口を尖らせた冥月に、草間はすかさずキスをした。

 そして、部屋の明かりが消えた。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼くださいましてありがとうございます。
 旅行第1日目! 体験楽しそうですね…私も旅行に行きたくなってきました…。
 それでは、少しでもお楽しみいただければ幸いです。