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<東京怪談ノベル(シングル)>


フェンリルナイト〜激動〜
 浮かぶ疑問は山ほどあった。
 まず、目の前にいるのは、確かに“みなも”の記憶にあった白銀の狼に他ならないが、彼女が――と言って良いかわからないが、言葉を発していたこと。
 そして、そこにいるのは、狼などではなく、ヒトだと思わせるほどの威圧感。
――この感じ、前にもどこかで……ッ!
 そこまで考えて、みなもは、後ろに立っている全能の魔女を見た。
 そう、彼女に初めて出会った時に感じた雰囲気。それと、この白銀の狼の放つ気配は、酷似していた。
「あたしを、待っていた、と言いましたね? まるで、あたしがここに来るのがわかっていたようですが」
「わかっていました。貴女が、彼女と共に来ることも」
「ッ……!」
 白銀の狼の言葉に、みなもは思わず息を飲んだ。どういうことだ、と、疑問ばかりが頭を回る。
――それでなくても、あたしは、海原・みなもであって、この世界の“みなも”ではないのに…。
 一人、戸惑うみなもの気持ちを知ってか知らずか、白銀の狼は、ゆっくりと、優しい声音で話し始めた。
「今、この世界が立たされている危機、そして、かつて世界を救った3人の英雄の話を」
「はい」
 狼の問いかけに、みなもはすぐに答えていた。
 少なくとも、全能の魔女に初めて会った時は、全くの初対面で、戸惑うばかりだったが、この狼は、かつて“みなも”と一緒に過ごしてきたかけがえのない存在なだけに、自然と、素直な態度を取ることができた。
 だが、それと同時に、湧きあがる感情もあって。
 それが、自分と“みなも”の違いを思い知らせていく。
「あなたをアルフヘイムに連れてきたのは、他でもありません。護人(ヴァナディース)としての力を手に入れたあなたに、フェンリルナイトとなって、ビフレスト消滅を防いでもらうためです」
「フェンリルナイト?」
 白銀の狼の言葉に思わず聞き返したみなもだったが、その展開はある程度は予想できていた。
 このゲームのタイトルが、そのフェンリルナイトだ。どこかで、関わってくるものだとは思っていたが。
「フェンリルナイトとは、一体何なのですか? それが、どうしてあたしなんです?」
「わからぬか? 己の内にある力を」
 みなもの問いに答えたのは、全能の魔女だった。杖を鼻先に突き出され、みなもは、思わず息を飲んだ。
 こういう時の魔女は、本当に、幼女の姿にそぐわないほど、威圧感を感じる。だが、その言葉は的確だった。
「あなたは、もう、気付いているはずです。どうして、自分がハーフエルフとして蔑まれながらも、強大な魔力を持ちえたのか」
「それ、は…」
 言いかけて、みなもは言葉を詰まらせる。なぜか、ここで何かを言ってしまうと、それが“みなも”の真実になるような気がして。
 浮かんだ選択肢は、いくつかある。
 まず、この目の前にいる白銀の狼が“みなも”の母親ではないかということ。実際“みなも”の思い出の中に母親も父親も浮かんできてはおらず、現時点では疑問の一つだ。
 そして、自分が、かつて世界を救ったヴァナディースの子孫だったのでは、ということ。そこに、ハーフエルフとしての疑問がついてはこないが、エルフの戦士だったヴァナディースに子孫がいて、ハーフエルフになったのだとしても不思議ではない。
 だが、みなもの選んだ答えは、
「あたしが、神族の力を受け継いでいるから、ですか? 私の両親のどちらがか神族で、だからハーフエルフになった、ということでしょうか」
 そう考えるのが妥当だった。実際、アルフヘイムからヴァナヘイムまでは、ビスレフトによって繋がっている。加えて、強大な魔力を持っているのが、神族だからである。
「…なるほど。あなたを戦士として選んだこと、間違ってはいないようですね」
「え…?」
 ゆっくりと言葉を選んで吐き出したかのような狼の台詞に、思わず聞き返す。すると、彼女は笑ったらしく、顎でみなもの後ろを示してみせた。
「私は、魂の選定者。そして、彼女が、魂の導き手。ずっと、あなたを見守っていたのですよ」
 その、唐突過ぎる言葉に、みなもは思わず言葉を失った。
 全能の魔女に関しては、まさかそんな裏があったとは知らず、ましてや、アルフヘイムでずっと一緒だった白銀の狼も、全能の魔女ですらも、自分を導いてくれていたとは。
 そのことに気付かされたと同時に、ふと蘇る記憶。それは、プレイヤー“みなも”のものではなく、みなも自身のものだった。
 幼い頃、イジめられていた自分。だが、それを救ってくれる者など、誰もいなかった。
――わかっては、いたけれど…。
 思わず胸中で独りごち、歯噛みする。今ここに立っているみなもは、みなもであってみなもでない。
 なのに、ゲーム画面を通してではなく、実際に聞かされた話だと、持たされる重みが違う。だって、自分の耳で、この優しい声を聞くことなど、ありえなかったのだから。
「みなも?」
 不意に踵を返し、みなもは、ゆっくりと言葉を選んで紡いだ。
「少しだけ、一人で考える時間をください」
「……わかりました」
 みなものその言葉を予想していたのか否か、やはり穏やかな口調で告げる、白銀の狼の言葉に、小さく頷いてその場から離れた。
 折角、この自然と守りたいと、ずっと傍にいてくれた白銀の狼を護りたいと、そう思っていたのに。
――そうも言っていられないことはわかっています、が…」
 もやもやが消え去ってくれないのも事実で。
 みなもは、ただただ、鮮やかな緑に染まる森と、ビスレストとをじっと眺めていた。


「言わなくて良かったのですか?」
 唐突に、向けられた問いに、魔女は、少しだけ訝しげな表情をし、それから、小さく首を振った。
「今のみなもは、普通の状態ではなさそうだからな。いまは、まだ混乱させぬ程が良いだろう」
 全能の魔女の言葉に、白銀の狼は少し複雑そうな顔をしているように感じられたが、魔女は構わず続けた。
「まぁ、世界の行く末を見るために、名前を引き換えに今のこの状態があるのじゃ。楽しみじゃよ」
「そう、ですね」
 やはり納得していない様子の白銀の狼を無視して、森の海をじっと眺めていた。