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<東京怪談ノベル(シングル)>


山姥坂物語

●とある山村
 山の老婆、ヤマンバ。
 一時期シブヤ界隈に生息していたが、最近めっきり見かけない。山に帰ったんだろうか。世の中、超常現象がなくとも十分不可解である。
 コンクリートジャングルにも山姥がいるなら、田舎の山村にだって当然いる訳で。

 その村の裏山に棲む山姥は、人を喰うと伝えられていた。
 麓の住民たちを山姥の魔の手から守る為に建立されたのが、この『婆有山寺(ばあさんでら)』だ。
 山全体に渡る封印を、この寺の存在が支えている。寺と封印は同一であり、寺の荒廃は山姥の封印が解けること。

 だというのに後継者の若僧、サービス残業……もとい苦行に耐えかね飛び出して行った。
 これには師匠である住職もほとほと困り果て。後継ぎがいなければ、人喰い山姥が再び現世に降りてくる。
「全く最近の若い者は……ゆとり教育の弊害か」
 と、半ばテンプレ化した台詞を吐き捨てる心境も至極当然であろう。

 だが山姥の存在など超常現象以外の何物でもなく、警察が取り合ってくれる筈もない。
 涙目住職が電話をかけた先は――やっぱり。

●転ばぬ先のIO2
「つー訳で、小僧を奪還してちょ」
 気の抜けた口調で、上官が指令を告げる。
 並び立つ三島・玲奈と茂枝・萌。2人に命じられたのは、IO2の本隊到着までに、山で息を潜めていると思われる山姥を探し出す事。
 いわば諜報員、むしろ工作員。まさしくNINJA。
 ――首尾よく見つけられた暁には、麓まで陽動して援軍の到着と同時に決着をつけよう。
 いい笑顔で上司は言った。それつまり、ほぼ丸投げってことじゃなくて?

 しかし玲奈の疑念は隅に置かれる。
 逃げ出したいのはこっちの方だ。絶賛逃亡中の若僧に心中で悪態をつくが、虚しいだけだと気づきやめた。
 与えられた任務に関しては、忠実にこなす他ないのだ。
 信用すべきは仲間と、辛うじて支給された、眩惑を招く護符だけ。……信用、できるのか?
 だが疑念は払えなくとも使うしかない。藁だと分かっていても縋らなきゃいけない時があるんだ、人間にはよ……。

●お約束のトンデモ展開
「お、お、乙女に髪を剃れっていうのー!?」
「Exactly(その通りでございます)」
「……何という無茶依頼……! 私降りますっ」
 山寺の別院。
 なんともかしましい悲鳴をあげるのは、当然ながら萌と玲奈であった。
「そんなこと言ったって仕方ないでしょう。山姥の岩をも砕く顎を打ち破るには、これしかないのです」
 無茶苦茶な、と思いはすれど歯向かう気力もない。
 玲奈達の前に並べられたのは――山姥の噛撃に耐える、超硬質フード付き光学迷彩服。
 それから、特殊な技術により汚れを分解する、百年履いても大丈夫とメーカーが謳う謎の下着『鬼のオムツ』。
 工作員たる2名には、これらの装備を着こんだ上で、カツラと護符が縫い付けられた服を重ね着しろという命令が下った。
 この迷彩服、なんと素肌に密着すると素肌にしか見えなくなるのだ! 恐るべきIO2の技術力。
 当然だが用意されているのは、2着。げんなりする2人。
 いや、そもそもの発端は、頭のネジが吹っ飛んだ上官なのである。
 丸腰の女学生が遭難したと見せかけ、山姥を誘う作戦。
 その作戦をつつがなく実行する為には、これらの装備が必要不可欠なのだ。
 おい、なんでそんな面倒な作戦立てたんだよ。そんな少女の心の叫び、もちろん上官に届くはずもない。
「い、いやぁぁあ!」
 先にバリカンの餌食となったのは、哀れ、萌の方であった。
 カツラを被るのに髪まで剃るっておにちくにも程がありますな。

●そして強制お着替え
「……もう死ぬ」
 一式をほぼ強制的に身に纏わされ、鏡の前に立つ萌がいた。
 その姿はすっかり、一昔前の女学生風にアレンジされている。
 しかし……やはり表情は悲愴そのもの、額には脂汗が浮いていて。
 その姿だけで、この装備を身につけるのにどれだけの汗と涙が流れたかが知れる。

 所詮他人事と笑って見ていた玲奈であったが、勿論それで終わる訳がない。
 完成型と化した萌の姿を見て、玲奈は満足げに頷いたのだが――
「それじゃ、あたしも護符だけつけて……」
「――させるか!」
「は? え、ちょ、ちょっと萌!」
 護符つきの服だけで十分だと思ったら、大間違いである。
 鬼のオムツを履かされた萌は、仕返しとばかりに、今度は玲奈に同じことをさせようと考えたようだ。
 自分だけが山姥と対峙するなんてまっぴらごめん。装備は二着あるからして。
「こうなったら死なば諸共!」
「ぎゃー!」
 鬼の形相で襲い来る萌。逃げる玲奈。
 しかし着替え途中だ。身につけているのは例のぴったりした光学迷彩服(肌色特別仕様)だけである。
 お茶の間に流れてはいけないアレやソレを隠しつつの逃走には、当然限界があるというもの。
「いやぁぁぁー!」
 悲鳴と共に倒れ伏す玲奈。わきわきと手を蠢かせる萌。
「観念しなさぁい……安心して、骨は拾うからね!」
 何これ山姥より怖い。

「あぁ恥ずかしひ……、しかも七枚も」
 スク水に、ブルマに……。いや何度数えても無駄だ、減らない。七枚。
 玲奈が普段から着込んでいるあれやそれに、件の護符を次々縫い付けていく。
 文字通り丸腰(見ため的な意味で)の玲奈に、萌は素早くビキニを着せ。
 勿論、件の護符を貼り付けることも忘れない。
「みしま、っと♪」
 ちなみに和尚謹製のこの護符、ぱっと見ただのゼッケンである。
 運動会なんかでよく見る、黒いマジックで平仮名の名前を書いたアレである。
 どうしてよりにもよってこのデザインにしたんだ和尚。なんかマニアックだな和尚。
「こらぁ萌! ビキニボトムに護符貼るなーっ!」
 しかし炎のついた萌を止めることなどできない。
「スク水、ブルマに……レオタードも」
「スコートのフリルにまで護符必要? ……ないわ」
 べたべた貼られていく大量の護符。流石の玲奈も涙目だ。
 最後にセーラー服を着せて、すっかり元通りの学生モード。
 但し髪型だけは、いつもと違う『真面目委員長風』にアレンジされている。
「ロングのヅラ似合ってるよ☆」
 ドヤ顔で告げる萌。対する玲奈は、恨みがましくジト目で無言の抵抗をするのみだ。
 ともあれ任務はこれから。本堂で準備をし、山姥を陽動する本題が残っている。
 そう。俺達はようやくのぼりはじめたばかりだからな。このはてしなく遠い婆有山坂をよ……
「……あ、オムツに護符貼り忘れた」
「こらー!?」
 まさかの最初からやりなおしフラグ爆誕。

●何か忘れてない?
 草木も眠り、泣く子も黙る山奥の丑三つ時。
 山姥の住処では包丁を研ぐ音とともに、しわがれた声が響いていた。
「ふひひひ、どう調理してやろうかのぉ」
「あ、あばばばば」
 涙目になった若い男の前に鎮座する一人の老婆。言わずもがな、山姥であろう。
 道に迷った若者に、麓まで案内してやるとでも言ったのだろうか。
 甘い言葉でかどわかし家に連れ帰った捕食対象を、どうやって喰ってやろうか。
 などと、久しぶりの夕餉の算段を立てているのであった。
「頭を丸齧りするのも良いのう、ひひひ」
 不気味に笑いながら刃物を研ぎ続ける人ならざる者の気配に、サービス残業で逃げ出す程度の能力しか持たない若僧が立ち向かえるはずもなく。
 奥歯ガタガタ言わされるまでもなく、全身ガタガタだ。悲愴感さえ漂っている。
 何してんだIO2、早く助けに来てやれよ!