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【SOl】Shopping is the...
携帯電話が、軽快な音を奏でた。
届いたのは、MINAからのメール。
「近くまで迎えにいく」と言っていたので、多分もうこの辺りまで来ているのだろう。
待ち合わせの場所をもう一度確認して、深沢美香(ふかざわ・みか)は家を出た。
「ヒーロー」というのは、実は「待ちの仕事」である。
事件が起きれば対応しなければならないが、事件が起きなければ対応のしようもない。
したがって、MINAたちがいつ忙しくなるかは、実は本人たちにも忙しくなってみるまでわからないのである。
もちろんある程度は時期的なものもあるが、それすらあくまで「傾向」であり、必ずそうと決まっているわけではない。
そのため、「休みが合ったら一緒に遊びに行こう」という曖昧な約束を交わすことしかできなかったのだが、その「いつか」は、思ったよりは幾分早めに訪れた。
待ち合わせの場所に止まっていたのは、真っ赤な軽自動車だった。
少し古い型のその車の運転席から、MINAが嬉しそうに顔を出す。
「あ、おはようございます!」
「おはようございます、MINAさん」
美香が挨拶を返すと、MINAは軽く苦笑しながら助手席側のドアを開けた。
「助手席でいいですか? 後ろは、『専用席』になっちゃってるので」
「ええ。でも、『専用席』って?」
助手席に乗り込みながら後ろを見ると、そこには毛布の塊が――いや、毛布にくるまって熟睡している苗村亜里砂の姿があった。
「亜里砂さん、どうしたんですか?」
ずいぶんぐっすりと眠っているようだが、疲れているのだろうか。
「まあ、その辺りは走りながら話しますね」
そう言って、MINAは車を発進させた。
「前回、あたしの話はしましたけど、亜里砂ちゃんの話はしてないですよね」
MINAの言葉に、美香は一度頷いた。
「話」というのは、おそらく亜里砂の抱える「事情」のことだろう。
「亜里砂ちゃんは、ものすごい怪力を出せるんです。力比べならあたしでも全く歯が立ちません」
なるほど、彼女は単純に身体能力が図抜けているタイプらしい。
見た目からはとてもそんな感じはしないが、純粋な「筋力」ではないから問題ないのだろう。
「ただ、その代わりいろいろと『燃費が悪い』らしくて」
あまり人間には使われない「燃費」という言葉。
「どういうことですか?」
美香が尋ねると、MINAは目でバックミラーに映る亜里砂を指した。
「まず、必要な睡眠時間が異様に長いんです。一日に12時間近く寝ないと本調子にならないらしくて」
そういうことなら、彼女の様子も納得がいく。
遊びに出た先で眠っているわけにはいかないから、せめて移動中くらいは寝ていよう、ということなのだろう。
「そしてもう一つ、普通の人の5倍から10倍くらい食べます」
「えっ?」
今度は、さすがに美香も反射的に聞き返してしまった。
あの小さな身体でそんなに食べるとは、にわかには信じがたい。
「まあ、多分今日見る機会があると思いますよ」
そう言って、MINAはくすりと笑った。
〜〜〜〜〜
それから、約一時間弱ほど後。
三人がやってきたのは、レストランなども完備された大型のアウトレットモールだった。
「ここ、一度来てみたかったんです。でも、一緒に来れるような相手がいなくて」
嬉しそうに笑うMINA。
イマイチ私服のセンスに自信がないという彼女だが、確かにその通りである。
一応カジュアルな感じを意識しているのはわかるものの、いかんせん派手めの色のものが多く、しかも色数が多いため、なんだか全体的にまとまりがなく見える。
「……実動部隊のレギュラーで、女性は少数派だから」
まだ少し眠そうに目をこすっている亜里砂。
こちらは春らしいゆるカジ系でうまくまとまっており、どうやら亜里砂の方がこういったセンスはあるらしい。
「それじゃ、せっかくですからみんなでいろいろ見て回りましょうか」
美香のその言葉に、MINAは嬉しそうに頷いた。
「美香さん、あれなんかどうでしょう?」
MINAが目を留める服は、相変わらず派手めのものばかりで、あまりコーディネートを考えているようには思えない。
それをどう指摘したものかと思っていると、先に亜里砂が口を開いた。
「だから、メインの色数は多くても三色までにした方がいいと思う。全部バラバラは、やり過ぎ」
その言葉に、MINAは少し考えてからこう答えた。
「それじゃ、赤と青と黄で」
「MINAさん……それは、三原色です」
美香のその指摘に、MINAはきょとんとした表情を浮かべ……亜里砂は小さくため息をついたのだった。
「あ、亜里砂さん」
美香が呼ぶと、亜里砂がとことこと歩み寄ってきた。
相変わらず、彼女は年齢の割にはかなり表情の変化が少ない。
それは「クール」というよりも、どこか「けだるげ」な雰囲気を漂わせており、少しゆるめのファッションともうまくマッチしているのだが。
「亜里砂さんなら、こういうのも似合うと思うんですけど」
美香が指したのは、リボンやフリルなどがあしらわれた、もっと「女の子っぽい」雰囲気のものであった。
今度も特に表情を変えることなく、亜里砂はその服を見つめ――やがて、ぽつりと答える。
「美香さんが、そう言うなら」
そして。
「か……かわいい! 普段と全然印象が違いますね」
試着を終えてカーテンを開けた亜里砂に、MINAが驚きの声を漏らす。
「どうですか?」
美香がそう尋ねると、亜里砂は少し間をあけてこう答えた。
「着慣れないから、あまり落ち着かない」
美香の目からしてもよく似合っているとは思うのだが、余計なお世話だったのだろうか。
そう心配になる美香だったが、すぐに亜里砂はこう続けた。
「……でも、気分転換にはいいかもしれない」
かすかに照れ笑いを浮かべた亜里砂の表情は、その服に負けないくらいにかわいらしいものだった。
「あたし、つくづく思うんですけど」
お店からお店への移動中、MINAがぽつりと言った。
「あたしの身体の話は前にしましたよね。
その時、どうしてもう少しスタイルよくしてくれなかったんでしょう」
普通に考えてそんなことを言っていられる状況ではないと思うし、それは彼女自身もわかっているのだろう。
わかってはいても――「どうせならきれいになりたかった」というのが、乙女心というものなのである。
はたしてどんな言葉をかけたものか、と美香が迷っていると、亜里砂がぽつりとこう言った。
「きっと、そうしていたらそうしていたで、『服が合わなくなった』とか言っていたはず」
「そ、それはそうですけど……」
MINAの反応を見るに、おそらく彼女の今のボディはもともとの彼女のサイズに合わせて作られたのだろう。
その方がきっとよほど手間がかかると思うのだが、美香はそれは言わずにおくことにした。
「美香さんって、わりと何着ても似合いそうですよね。絵になるっていうか」
試着を終えた美香を見て、MINAが感心したように言った。
「そうでしょうか?」
美香自身はあまりそう感じたことはないのだが、傍から見るとそうなのだろう。
「ええ。だから、もうちょっと大人っぽい服も似合うんじゃないですか?」
その言葉に、しかし、美香は何と返していいか言葉に詰まってしまった。
美香の服は、わりとおとなしげなものと、次いでかわいらしいものが多い。
それは、「前の仕事」を思い出させるような服を、ある程度意識的に避けているせいでもある。
どう答えたものか、その結論が出るより早く、MINAが次の言葉を口にする。
「きっと似合うと思いますよ、美香さんってどことなく上品な雰囲気ですし」
どうやら、「大人っぽい」の指す内容は、美香が危惧したようなものとは違うらしい。
しかし、「上品な雰囲気」というのも、美香にしてみればあまり言われたい言葉ではない。
もちろん、それは彼女の生まれや育ちによるところが大きく、それを意識してしまわずにはいられないからである。
とはいえ、そういった自分の生い立ちや仕事については特に聞かれたこともないし、美香もわざわざ話してはいない。
全く悪意なしに地雷を踏んでくる相手だからこそ反応に困る、ということも世の中にはあるのである。
その微妙な空気を変えたのは、亜里砂だった。
「美香さん、MINA。そろそろお腹が空いてきた」
子供らしい空気の読めなさか、あるいは逆におかしな空気になりつつあることを察してか。
美香はおそらく後者だろうと感じたが、MINAにはそれはわからなかったらしい。
「全く、亜里砂ちゃんはまだまだ子供ですね。
それじゃ、もう少ししたらレストランに行きましょうか?」
これでこの話題はおしまいとなり、美香はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
〜〜〜〜〜
そんなこんなで、一日はあっという間に過ぎた。
「本当、今日は楽しかったです。あんまりこんな感じで出かけることってなくて」
高速を走りながら、ハンドルを握るMINAが嬉しそうに言う。
彼女のようなタイプは運転させると危ないのでは、という不安も最初はあったが、彼女の運転は意外なほどに安全第一で、走行車線から追い越し車線に出ることさえ滅多にない。
そして、それがわかっているからか、後部座席では亜里砂がすやすやと眠っている。
だいぶ買い物袋が増えたために、行きと違って座ったままではあるのだが。
「私の方こそ、ありがとうございました。あまり休日に遠出することもなかったですから」
美香がそう答えると、MINAは少し意外そうな顔をした。
「そうなんですか? それじゃ、タイミングが合えばまたいつか。
またいつか、としか言えないのがちょっと残念ですけど」
彼女の中で、自分は一体どんなイメージで受け取られているのだろう。
それが少し気になり、かといってわざわざ確かめるのは怖くもあり。
「グレープゼリー」
不意に、後部座席の方から声が聞こえた。
そちらを見ると、いつの間にか目を覚ました亜里砂が、紫色に染まった空を見上げている。
「……お腹が空いた」
確かに、もう日も沈む時刻であるから、夕飯にはいい頃合いかもしれない。
しかし、だ。
「亜里砂さん……お昼、3人分くらい食べてましたよね?」
美香の言葉に、亜里砂は小さく首を横に振る。
「足りなかったけど、我慢した……あれ以上食べると、高いし、目立つ」
もちろん、3人分でも十分目立っていたことは言うまでもないのだが、その辺りが彼女の我慢できるギリギリのラインだったらしい。
「言ったじゃないですか。亜里砂ちゃんは5人分以上食べますよ、って」
そんな美香の反応が新鮮で面白いのか、MINAが楽しそうに笑う。
「だからあの家に住んでるんです。業務用の大型冷蔵庫がないと追いつきませんから」
そう言われて、先日行った「亜里砂の家」を思い出す。
元食堂の店舗兼住宅で、普通に住むだけならあまり適した物件ではないと思っていたが、まさかそんな理由があったとは。
……と。
「MINA。少し急いで」
亜里砂がそう言うと――MINAの表情が変わった。
「いいんですね?」
不気味な笑みを浮かべるMINAの背を、亜梨沙の言葉が押す。
「許可」
――これは、まさか?
「それじゃ、飛ばしていきますっ!」
そう言うなり、すぐにウィンカーを出して車線変更を始める。
そして、追い越し車線に出るが早いか、これまでの安全運転が嘘だったかのように一気にスピードを上げ始めた。
「み、MINAさんっ!?」
「大丈夫です! 動体視力も反射神経も並のレーサー以上ですから!」
ああ、そういうことか、と美香は他人事のように思った。
MINAがここまで安全運転に徹していたのは、眠っている亜里砂を起こさないように、という配慮のため「だけ」だったこと。
そして、最初に危惧した通り、本来のMINAは「ハンドルを握らせてはいけない」性格であったこと。
……しかし、今さらわかったところで、すでに手遅れであった。
その後、無事に帰り着いた三人であったが。
途中、美香が幾度か寿命の縮む思いをしたことは言うまでもない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6855 / 深沢・美香 / 女性 / 20 / ソープ嬢
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■ ライター通信 ■
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西東慶三です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
また、完成の方が遅れてしまいまして申し訳ございませんでした。
さて、今回のノベルですが、こんな感じでいかがでしたでしょうか。
前回に引き続き、MINAと亜里砂の二人とご一緒していただきました。
それでは、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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