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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


不穏の胎動

 見下ろした、広々とした見事な日本庭園はまるで、新たな春の緑に輝いているようにも見えた。作られた池が陽光を反射していて、直接その輝きが母屋まで届いてきているわけでもないのにどこか、眩しい。
 腕を組み、その眩しさに眩んだかのように、或いはいつどんな季節にあっても美しい庭園に満足を覚えたかのように、鳥井・忠道(とりい・ただみち)が目を細めた。細め、それで、と傍らの辰川・幸輔(たつかわ・こうすけ)に声をかけたのに、へい、と頷く。

「庭名会の跡目争いは、終めェかい?」

 ちらり、眼差しを向けながらそんな言葉を紡ぐと、もう一度幸輔が頷いた。それに「そうか」と頷いて、忠道は再び日本庭園へと眼差しを戻す。
 この美しい庭園は、忠道が鳥井組の跡目を継いで組長になってから、純然たる己の趣味で作らせたものだ。外れとはいえ、繁華街にあるにしては極道であることを差し引いても相当な敷地面積を有する鳥井組にあって、さらにその中でもかなりの割合を占める日本庭園は、忠道のお気に入りである。
 時々は、厳つい顔に似合わず庭いじりが趣味だという組員が、庭園に入り込んでなにやらやっていたりもした。忠道はそれに、何か文句を言ったことはない。己の趣味で作らせた庭園ではあるが、その程度のことでガタガタ言うような小さな器は持ち合わせていなかった。
 今も、手に球根らしきものが入っている袋を下げた組員が、小さなスコップを片手にうろうろ歩き回っている。植える場所を探しているのだろう。
 ここが極道鳥井組の本部ということを除けば、そうしてやはりその組員も例に漏れず厳つい顔をしてることを除けば、実にほほえましい、平和な光景だった。

「しめぇならまずぁ安心だな」

 独り言のように呟いた声色には、泰然とした安堵がある。もう一度頷いて、幸輔も日本庭園を見下ろした。
 この鳥井組は、決して古い歴史を誇る組ではない。今でこそこの町を仕切る二大勢力の一つとまで数えられるようになり、古豪である極道・庭名会と肩を並べるまでになったものの、その実は忠道でやっと三代目、という新参組織である。
 本部であるこの屋敷とて、純和風の佇まいに広大な敷地を有してはいるが、構成員のほとんどがここで寝起きを共にしている、という事実からも判るとおり、組自体の規模は小さなもので。それでも庭名会の向こうを張り、相互不干渉の関係を保ちつつ、近年台頭するチャイニーズマフィアを共に抑えて来られたのは一重に、結束力が強固で少数精鋭を誇るからに過ぎない。
 そんな鳥井組に比べて、伝統ある庭名会は代々、世襲制で組を保ってきた古豪も古豪。その庭名会に、にわかに跡目争いが勃発したのは、つい最近のことである。
 庭名会の会長が急死して、その後に時を置かずして跡目を継ぐはずだった若頭が、何者かに自宅で殺害された。その時点で若頭にも子は居らず、他に跡目を継げるような者も存在しなかった庭名会は、当然ながら荒れに荒れたのだ。
 別の組に嫁や婿に行った血縁の、そのまた息子やら娘やら孫やらが我こそはと名乗りを上げる。乗っ取る良い機会だと、組員の中から造反を企てる者が現れる。しまいには、そんな庭名会に見切りをつけて別の組に寝返ろうとする者も現れて、このままでは分裂の危機かと、周囲のみならず警察までもが危ぶみ始めた時――亡き庭名会会長の会長付が、亡き若頭の一人娘を連れてきたのだ。

「庭名のお嬢ぁ、病弱ってぇ話でしたね」

 幸輔が目を眇めた。ああ、と忠道が頷く。
 現れた庭名の一人娘は、非常に病弱ゆえに今の今まで存在を隠されていたのだ、というのが会長付の主張だった。けれどもこうなったからには彼女以外に跡目を継げる人間は居ないと、こうして存在を明らかにしたのだと。
 結果として、彼女が跡目を継いで争いは収束した。この世界、女の地位は世間様で思われているほどには高くない。それでも組員達が彼女を跡目と認めたのは、会長付の権力の高さを伺わせるものであり、そうして組員達の中にいかに世襲制が叩き込まれていたかの現れでも、ある。
 とはいえ、内外に様々な憶測や疑惑は残っていた。

「急性心不全たぁな」
「若頭のタマぁ取ったモンも、まだ見つからねぇって話です」

 それぞれに口にしたのは、その疑惑のほんの一端。70歳だった庭名会会長に、急性心不全という病名が付けられた事実をどう捉えるかは、その年齢を若いと取るかどうかによっても、変わるだろう。
 急性心不全というのは実に便利な病名で、多くの場合の自然死ではその病名がつけられるのが通例らしい。つまるところ、会長の死因は『不審な点がない』というだけの原因不明のものとも言えた――さすがに70歳で老衰では、68歳の忠道にも複雑なところがある。
 おまけに本来の跡目だった若頭は、こちらはれっきとした殺人で。警察はもちろん、庭名会も犯人を血眼になって探しているというが、未だに見付かって居ないと言う。
 そんな、問題山積みの中で跡目を襲名した、突然現れた一人娘――それに不審を覚えないほうがおかしい、けれども。

「そこらは庭名に任して、放っておくしかあるめぇよ。うちが手ぇ出すことじゃぁねぇ」

 カラリ、笑って忠道は、今まで通りの相互不干渉を言い渡す。何はともあれ、跡目争いは収束したのだ。若頭を殺したのが鳥居組配下でない事は、忠道自身も、幸輔も確認し、確信している。庭名会にも、言ってある。
 こんな極道の世界だからこそ、仁義を通さずにどうする。仁義を失くしちゃこの世は終ェさ、というのが忠道の心情だ。組員にもそれは徹底して居て、もはやそれは鳥井組の鉄の掟、信念ともなっている。
 だから、問題はない。

「仁義が残っていりゃ、俺ぁ誰が上になっても構わねえよ」
「へい、親父」

 笑う忠道に、幸輔は信頼の眼差しで強く、頷いた。頷き、また日本庭園へと眼差しを向ける忠道の傍らで、同じく眼差しを外へと戻す。
 スコップを片手にうろうろしていた組員は、どうやら無事に球根を植える場所を見つけたようだ。しゃがみ込み、慣れた手つきで土を掘る様子を見るともなく見つめていると、「失礼しやす!」と仕事部屋の入り口で声がする。
 目を向けると、幸輔の舎弟だった。鷹揚に頷いた忠道が無言で入室を許すと、ビシッと礼をした舎弟は幸輔の傍まで走り寄ってきて、お話が、と声を潜めた。

「兄貴、実は‥‥‥」
「‥‥ん、解った。すぐ行く」
「どうした?」

 一瞬、険しい眼差しになった幸輔に、気付いた忠道が射抜くような眼差しになり、問いかける。ただでさえ厳つい顔の男だが、耳打ちされて目の色を変えるとはよっぽどだ。
 けれどもそれに幸輔は、あぁ、と何でもないように笑った。 

「ウチのやってる不動産屋に、シャブきめた客がいちゃもんつけてきて、店内で暴れたってぇだけです」
「ほぉ‥‥素人さんにぁ迷惑かけてねぇだろな?」
「もちろんでさぁ。どうせこの町を知らねえ馬鹿の仕業です。俺がシメときますよ――おら、行くぞ!」
「へい、兄貴!」

 当たり前の口調で、笑ったまま幸輔は忠道にそう請け負う。請け負い、舎弟を促して忠道と幸輔の仕事部屋である2階の洋間を出て――ぎりッ、と奥歯を噛み締める。
 その鈍い音に、兄貴、と気遣わしげに舎弟が声をかけた。手を上げてそれに応え、廊下の窓から見える庭園を見下ろす。
 ――生憎。忠道についさっき吐いた言葉ほどには、事態は簡単では、なかった。





 思い返せばそれは調度、先ほども話題になった庭名会の跡目争いが、一人娘の登場によって収束した頃の事である。鳥井組も極道の例に漏れず、賭場に始まり色々な商売を手広く商って居るのだが、その関連の場所で日に日に、トラブルが起こり始めたのだ。
 それはあっという間に増加して、今では「またか」とすら思うようになったほどで。あまりにも不自然な始まり、良すぎるタイミングから組員の中にも、庭名会が何か仕掛けてきてるのでは、という疑惑が聞かれているのだが、今のところ関連性は見付かって居ない。
 ちょうど、庭名会の疑惑だらけの跡目争いと、同じだ。怪しい点なら幾らでもあるが、証拠もなければ決定打もない。
 ――その事実を、幸輔は未だ、忠道には報告していなかった。憶測に過ぎない些事で、忠道の心を煩わせる事もないと考えたからだし、すぐに収まると思っていたからでもある。
 けれども、事態はなかなか終わらない。どころか拡大と増加の一途を辿っている。
 一体、どこまで続くのか――らしからぬ不安にも似た苛立ちを抱えながら足音も荒く階段を降り、縁側辺りで立ち止まって詳しい報告を聞く幸輔の顔は、険しくなる一方で。
 兄貴、と迷う顔の舎弟が、幸輔におず、と進言した。

「兄貴、やっぱおやっさんに報告した方が‥‥」
「あぁ?」

 唸りながらちろ、と視線をくれてやると、舎弟の肩が大きく揺れる。幾ら舎弟と呼ばれる間柄とはいえ、若頭である幸輔が決めたことに、三下風情が意見を差し挟むことなど本来あってはいけないことだった。
 だがそれでも進言したのは、幸輔が少なくとも、舎弟の意見には耳を傾ける公平さを持っていたからで。今もまた、舎弟の言葉に幸輔はほんの少し、沈黙を返す。険しい眼差しでどこかを睨むように見つめ、頭をフル回転させて現状を把握しようとする。
 どう動くのが一番良いのか。どう布石を打てば、良いのか――忠道に現状を報告して指示を仰ぐべきところまで来ているのか、それとも黙ったままで居た方が良いのか。
 考え、出した結論は、それまでと変わらなかった。

「いや、それにゃぁ及ばねぇ。お前も今まで通り黙ってろ。良いな」
「へい! ‥‥けど兄貴、このままじゃ」
「解ってる。だから、まずぁ俺が動く。――ウチの縄張りで絵ぇ画いてやがるのが、庭名会だろうとヨソモンだろうと、落とし前はきっちりつけてもらわねぇとな」
「――へい!」

 ギラリ、瞳を光らせどすを利かせた声でそう言った、幸輔に舎弟が大きく頷き、頭を下げる。そんな舎弟に幾つか指示を出し、走り出したのを見送りながら、幸輔は忌々しげにため息を吐いて眼差しを庭園へと向けた。
 忠道の趣味で作った庭園は、先ほど二階から見下ろしたのとはまた違う顔を、幸輔の前に見せている。どこから見ても様になるのは、本職の庭師に作らせたお陰だろう――素人園芸では、ことに幸輔のような人間ではこうは行かない。
 冬を彩っていた植物が姿を潜め、春を彩る柔らかな緑が萌え始めたその庭園は、忠道そのものと言えた。まるで忠道その人を見るかのように、幸輔はじっと庭園を見詰め、胸の中に決意を秘める。

(これ以上、ウチの縄張りで好き勝手はさせねぇ)

 庭名会の跡目争いで、そうは言っても鳥井組もぴりぴりした時期が続いていた。ようやっとそれが収まったというのに、ここでまた余計な不穏の種を撒き散らして、わざわざいらぬ混乱を組内に生じさせてはならない。
 如何に統制を取ろうとも、忠道が仁義を通せと渇を入れ、幸輔がそれを浸透させていても、極道は極道だ。ちょっとした不満がきっかけで、諍いが水を呼び、舎弟たちが暴走を始めないとも限らない。
 否、それならまだ組の中で制裁を加えれば良いし、同調する者も少なかろうが――親父と呼び慕われる忠道の為と、要らぬ錦の御旗を勝手に背負って暴走されたら、手の付けようがなくなってしまう。
 結果として鳥井組と庭名会の全面抗争になってしまえば、実は関係ありませんでした、と詫びを入れて手打ちとはならないだろう。どうかすれば警察までも介入する、大抗争に発展する可能性もある。
 だから。そんな事にならないためにも、まずは徹底的に、裏を洗い尽くさなければ。

(親父に報告するのは、それからだ)

 後々報告をすれば、黙っていた事に文句の一つくらいは言われるかもしれないが、忠道がその件で幸輔を叱責することはないだろう。その程度の信頼は得ていると、確信しているからこそ幸輔は、ほぼ単独で調べる事を決めたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /     職業     】
 8543   / 鳥井・忠道 / 男  / 68  /  鳥井組・三代目組長
 8542   / 辰川・幸輔 / 男  / 36  / 極道一家「鳥井組」若頭

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

組長さんと若頭さんの、不穏の始まりを巡る物語、如何でしたでしょうか。
極道さんという事で、極道用語を色々と調べたりもしたのですが――口調とか、違う所があったらいつでもお気軽にリテイクボタンをポチッと行ってやって下さい(土下座
これから全面抗争が始まる! ッて感じなのでしょうか‥‥ドキドキします(笑

こちらこそ、先日の関西オフ会ではお邪魔させて頂きまして、本当にありがとうございました(深々と
ノベルのご発注は、窓が開いている限りはいつでもオープンな気持ちでお待ちしておりますので、お気になさらずですよ〜(笑

組長さんと若頭さんのイメージ通りの、穏やかな中に不穏の滴を落としたようなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と