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<東京怪談ノベル(シングル)>


女の子って、なにでできてる?

●甘い話にはご用心!?

「ティレイラちゃん、いつもありがとう」
 今日も無事、依頼人に荷物を届けたファルス・ティレイラ。
 依頼人の笑顔を見ると、この仕事をやっていて良かったなぁと嬉しくなる。
 もちろんこれが一番の報酬だけれど、だからといってこれだけでお腹が膨れる訳じゃない。

「お代はこの袋に入れておいたからね」
「はい、ありがとうございますっ」
 小さな紙封筒に入った代金をしっかり受け取ると、小柄な身体のティレイラはぺこりとお辞儀をした。
 いつでも礼儀正しく、元気に。それが彼女のモットーなのだ。

 そんな彼女の姿を見て、依頼人がそういえば、と再び口を開く。
「ティレイラちゃんがいつも頑張ってくれるから、おじさんお礼を用意したんだ」
 言葉と一緒に取り出してきたのは、おしゃれな装丁で彩られた1冊の本。
「この本を枕元に置いて眠ると、一晩だけ本の中の世界に潜り込めるらしいんだ」
「へぇ……!」
 本当は、代金以上のお礼を貰うつもりは無かったけれど……。
 好奇心旺盛で、特に変わったものには目がないティレイラは、当然この本にも興味を持ってしまった。
「残念ながら私はこういうのに興味がないんだ。貰ってくれるよね」
 と渡されてしまえば、断る理由もなく。
「ありがとうございます。早速、試してみますね!」
 笑顔で依頼人に答えるのだった。


●その晩の出来事

 本を持ち帰ったティレイラは、言われた通りに枕元へ本を置き、部屋の明かりを落とした。
 今日もよく働いたなぁ、と1日を振り返りながら、ベッドに潜り込んで目を閉じる。
 思いのほか体は疲れていたようで、眠気はすぐにやってきた。
 心地よい枕と布団の感触に幸せを感じながら、ティレイラはゆっくりと眠りへ落ちていく。

「――あれ? ここは?」
 気が付けば知らない場所に立っていた。どうやらあの依頼人の言葉は真実だったらしい。
 慌てて周囲を見回す。ほんのり漂う甘い香りに、なんだか胸がドキドキする。
 乙女心をくすぐる匂いの出処を探して、少し歩き回ってみるうち、ティレイラはあることに気づいた。

 地面が、どうやらチョコレートでできているようなのだ。
 しゃがみこむと、土のにおいに変わってカカオバターの芳醇な香りが鼻を通り抜ける。
 花は砂糖菓子。石はキャンディ。木は……バウムクーヘンと飴細工だろうか?
「すごい……本当に全部がお菓子でできてるの?」
 まるでおとぎ話の舞台のような、お菓子の国。
 可愛いものや、甘いものが大好きな女の子なら喜ばないはずなんてない。
 ティレイラは子供のように目を輝かせて、揚々と翼を広げた。

「わぁ……!」
 上空から世界を見渡せば、そこはまさにメルヘンの世界だった。
 川らしき低い場所を流れるのは、澄んだオレンジ色の液体。
 並び立つ家々の外壁は、どれも香ばしく焼きあがったクッキーでできている。
 それでは、あれは? これは? 何でできているんだろうか。
 少女の好奇心は尽きない。興味の赴くまま探索を進めて、どんどん街の奥へ向かっていく。


●お菓子の国の領主様

 やがてティレイラは、大きなお屋敷にたどり着いた。
 どういう仕組みかは分からないが、これもまた巨大なお菓子の家。
 遠目には煉瓦のように見えた高い壁は、近づいてみればオーブンで焼き固めたバターたっぷりのビスケット。
 ガラスの代わりに窓枠へはめ込まれているのは、もちろん大きな板状の飴だ。
 物珍しさに、間近まで近寄ってお屋敷を見つめるティレイラ。

 ……だが、そんな彼女の姿を見つけた屋敷の主人が、可愛い来客を放っておくはずもない。
「随分と可愛らしいお客さんがいらっしゃったのね」
 どこからともなく聞こえる声に、ティレイラはびくっと肩を震わせた。
「別にあなたを咎めるつもりはないわ。安心して? ……こんなに可愛い子に怖い思いをさせるわけがないじゃない」
 屋敷の扉が静かに開き、奥から黒いドレスを身にまとった妙齢の美女が顔を出す。
 これだけの屋敷を持っているのだから、おそらくは、この世界でもかなりの実力者なのだろう。
 持ち物だけではない。彼女自身からも、隠しきれない威厳やオーラといったものが溢れているように思える。
「ただちょっと……ね? 貴方のことが気に入ったのよ。ちょうど、魔法菓子の展覧会用に、可愛い素材を探してたの」
 艶を帯びた声で、女領主はそう呟く。
 いやな予感に身構えるティレイラだったが、相手はおそらく格上だ。
 それに土地勘も、相手に分がある以上、下手に逃げてもあえなく捕まってしまうだろう。
 そのまま動かずに、じっと相手の出方を待つ。

「ふふ、意外と頭が回るのかしらね」
 女魔族が片手をかざす。
 それを合図に、庭に隠れていた色とりどりのお菓子達が一斉に立ち上がった。
「ひゃぁっ!?」
 驚くティレイラに、手足の生えたお菓子モンスターが次々と襲いかかる!
 閉じていた翼を再び広げ、少女は地を蹴る。
 マシュマロ、飴玉、クッキー、ケーキ。
 幸い、どれも熱にはそう強くない者ばかりだ。
 舞い上がり、お菓子達の斜め上から、魔法が生んだ炎の弾を投げつける。
「いいわ……余計に気に入ったわぁ」
 うっとりと呟く領主は、これだけの手下を操りながらもまだまだ余裕の様子だ。
 朝が来るまで耐え切れるかな、と、わずかな不安がティレイラの胸に兆す。
 それが、一瞬の隙になった。
 マシュマロの体当たりに体勢を崩されて、ティレイラは僅かによろめく。
 なんとか立て直そうと、攻撃の手を緩めていったん着地――、しかし。
「――え? きゃああああ!」
 彼女が踏んだ場所には、魔族が仕掛けた罠があったらしい。
 足を地につけると同時に、カチっという音がする。
 かと思えば、着陸地点の周りから、彼女を囲むようにガム状のネバネバ生物が現れたのだ。


●スライムの檻

 わずかに青みを帯びた、透明のゲルがティレイラに襲いかかる。
 まるでお菓子のまわりをコーティングする、ゼラチン膜のように――
 弾力を有するそのゲルは、瞬く間にティレイラの小さな身体を包み込んでしまう。
「――! んー!」
(助けて……!)
 手足を。尻尾と翼を。動かせる身体のパーツすべてを使って、必死に抵抗するティレイラ。
 しかし意思を持ったように動く透明な粘膜は、徐々に硬質化して彼女の自由を奪っていく。
 感じられるのは甘ったるい香りだけ。
 もがいても、もがいても、抜け出すことのできない呪縛の中。
 ティレイラは泣きそうになりながらも立ち尽くすしかなかった。
「やっぱり、私が見込んだだけのことはあるわ。すごくお似合いよっ」
 恍惚とした表情のまま、女魔族は粘液に固められたティレイラの頬をゆっくりと撫でる。
 初めはべたっとしていたその表面がすっかり乾き、魔法の砂糖でできた彫刻のようになってしまうまで。
 まるで、品評会に出す試作品の味見でもするかのように――
 女領主は絡め取られ硬直したティレイラの身体を、丹念に調べ尽くした。
「甘くてかわいらしくて美しい……最高のお菓子ができたわね」
 にっこりと満足げに微笑む女の前で。
(喜んでもらえて嬉しいような……何か違うような……?)
 閉じ込められたティレイラは、こっそり心の涙を流したのだった。

 女の子はもちろん砂糖、それと素敵な何かでできている。