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<東京怪談ノベル(シングル)>


試されるもの
 古書肆淡雪はうららかな陽射しを浴びて、いつも通りのんびりした昼下がりをおくっていた。
 しかし……。
「力の練習をしたいんです!」
 海原・みなも (うなばら・みなも)は椅子に座ってお茶を啜る仁科・雪久へとそう訴えた。
 みなもは先日、とある白龍の力を手に入れた。白竜の思いを継ぎ、その過去を知る事によりその能力を自在に操れるようになった。
 しかしながら、その力を実際に使ってみた事はない。
 全ての力を使いこなすには、何らかの形で練習をしなければならない――というのがみなもの主張であった。とはいえこの東京では……というより、日本ではどう考えても目立ちすぎる。彼女なりに練習出来る場所を考えたところ、以前白竜が居た場所のように、本の中なら何とかなるのでは、という結論に至ったのだ。
 そして本に関してならば古書肆淡雪店主である雪久に訊ねるのが早い。
「うーん……」
 悩みつつ雪久は立ち上がる。そんな彼を見上げみなもは訴えた。
「彼女の力を、使いこなせないままに死蔵しておくのは良い事だとは思えないんです!」
 必至の訴えに雪久は小さく苦笑を浮かべる。
「……その見上げポーズは狡いと思うんだけれど?」
「話を逸らさないでください」
 むぅ、と頬を膨らませたみなもに雪久は笑う。
「勿論断るつもりはないさ。しかし……そうだなぁ、そういう事なら……」
 悩みつつ本棚の前をうろうろ。そして1冊の本を取り出すとみなもへと差し出した。
「この本は……?」
「覚悟を試される本、と呼ばれるモノでね。ある意味魔術書の一種みたいなものだよ」
 受け取りつつもみなもが雪久の顔を見つめる。彼にしては珍しい程に鋭い視線。
「この本の世界ではその名の通り覚悟を試される」
「覚悟……ですか?」
「そう。力を持つ者、そして、振るう者としての覚悟をね」
 みなもの鸚鵡返しの言葉に雪久はゆっくりと頷いて見せた。
「君自身は望まなくとも、力を振るう以上誰かを傷つける事も増えるだろう。それを堪える覚悟だよ。力を持つ以上は、その力に伴う責任を持たなきゃならない。そして、この本ではそれを試される」
 みなもは黙して古びたその本の表紙をじっと見つめる。
「この本を開く覚悟が、君にあるかな」
 雪久の声にみなもは顔を上げ、同時に表紙を捲る。変色した紙が視界に入り、そして――。

 気づけば周囲は荒涼とした大地であった。
 地面に生えた草も枯れ果て地と同じ色をしている。
「……埃っぽい……」
 しかし人気が無いのは幸いといえば幸いかもしれない。力を上手く使えるよう修練をする上で、人が居ては巻き込んでしまうだろうから。
 みなもは自身のうちへと意識を向ける。自分の姿を変えるように。それでも自分の意志は失わないように。
 少女の姿は次第に大きく、そして身体のあちこちからふわふわの羽毛が生える。
 かぎ爪や牙こそ鋭いものの、全身はふんわりとしており、爬虫類っぽさはない。竜というよりは巨大なぬいぐるみのような印象だ。
 背中には4枚の、やはりふわふわした翼が生える。
 不慣れな視点の高さに少しだけ躊躇いつつも、みなもは注意深く身体を動かす。
 前脚も後ろ脚も、そして尻尾も問題無く動く事を確かめた所で、彼女は翼で風を切り空へと舞い上がった。
 宙へと浮いた彼女の視界に入ってきたものは、どこまでもつづく荒涼とした大地の姿。
(「ここは、一体どんな場所なのかな……」)
 見渡すと山岳地帯もある。だが人が住むには厳しい環境であろう事は想像に難くない。
 そもそも人は居るのだろうか? そう思い高度を上げた時、偶然遠くに街のようなモノが見えた。
(「でも、近寄るわけには……」)
 好奇心を押し殺し、みなもは極力距離を取ったまま一人空を飛び、自分の能力の把握に努める。
 だが……。
 普段は出来ない空を飛ぶという行為にみなもは集中した。集中のあまり、ソレが近づいて来ている事にギリギリまで気づかなかった。
 ヒュイ、と何かが風を切る小さな音がした。あわててみなもは音のした方――地上を見やる。
 いつのまにか、沢山の人々が集まっていた。
 それも全員が全員、鎧を着こみ、手には武器を持って。弓を手にした者も居る。
 恐らく、先ほどの空気を切る音は彼らの放った矢だろう。
 みなもが蒼の瞳を向けたのに気づいたのだろう。人々はたじろいだように少しだけ後ずさる。だが士気を鼓舞するように、指揮官らしき小柄な人物が声を張り上げた。
「あれこそがわれらが姫君を連れ去り殺した、邪悪な竜! 姫の無念を晴らすためにも、我々は彼の竜を倒さねばならない! そして、邪竜から国を守る為にも、勇士たちよ力を見せよ!」
 おお、と巻き起こる歓声、歓声、そして歓声。
 みなもは理解する。これはあの「竜に囚われた姫」の世界だ、と。
 彼らはあきらかにみなもへと敵意を向けている。一人一人の力は白竜と化したみなもにとっては大した事は無い。だが、集団となれば話は別だ。
 更にみなもには、いくら彼らが敵意を向けていても力を振るう事には未だ抵抗がある。
「弓を構えよ! そして撃ち落とせ!」
 指揮官の高めの声が響く。みなもは改めてその人物へと視線を向ける。
 甲冑に身を包んではいるものの、あまりに小柄。そして特徴的な黒の長い髪。
(「女の人……? それに……」)
 指揮官の顔が見えた。
 険しい表情をしてはいるものの、姫君と良く似た顔。同時に、みなも自身とも良く似ている。
 恐らく姫君と血縁関係のある人物。
 姫君の穏やかさとは対照的な、憎悪を感じさせる様子は寒気すらする。
 間違い無く言える。彼女は姫君を白竜に殺されたと心から信じ切っている。そうでなければここまでの殺意は持てないだろう。
 ――この本の世界ではその名の通り覚悟を試される。
 雪久の言葉が脳裏を過ぎる。
(「あたしは……」)
 倒すか、倒されるか。
 恐らく逃げる事は出来ない。仮に逃げても彼女はどこまでも追いかけてくる。そんな予感がした。
 ――かくしてみなもは覚悟と決断を迫られる事となったのだ。