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<東京怪談ノベル(シングル)>


<はらいその遺産>

 ここは東京より離れた古都―
 仏を教えを説いた人物の像より東へ坂道を登って行く所に位置する市役所。勿論、深夜である今は2人連れの警備しかいない。
今夜も不審者は山から下りて来る動物のみ、で終わる筈だった。

「なぁ、アレなんに見える?」
「ん?木が折れた……って訳でもなさそうだな。アレは、人じゃないか?しかも傘被ってコスプレか?」
 確かに今、2人の目先にいるのはよく時代劇に出てくる虚無僧のような人物―恐らく男。
「春だからなぁ」
 面倒事になると警察案件にも成り得るので念の為、詰所で待機している同僚に連絡を取り、刺激をしないように2人の警備員はその虚無僧モドキに近付いて行く。
「おい、あんた……」
 1人が声をかけたその時、男は腰に佩いた刀をを一閃。
 すると、入り口前に展示されていた砲台がズズッ……と、ずれ、台座から滑り落ちた。
「ひぃ……」
「腰抜かしてる場合か。待機組に連絡を!警察だ、警察!」
 非日常な光景を目の当たりにして、努めて冷静になろうとするが其れも難しく、警備員達が詰所に連絡がついた頃には既に虚無僧も砲台も夜霧に消えていた。



ところ変わって都内某ネットカフェ―
「ねえ、玲奈ちゃん。『くさぐさのでうすのたからしずめしずむる』って何だろう?民草の為に指導者が何か残したのかなぁ」
 VIP会員しか入れない個室に居るのはネットの海に情報が沈んでいる天草の乱の財宝究明に夢中の瀬名雫と、
「雫ぅ。そんなのとっくに誰かが盗掘してるって」
 一面に<怪異奈良に現れた虚無僧!?>と掲載されている朝刊に目を通す三島玲奈。
「だよね。玲奈ちゃん、ナイス突っ込み」
「そんな大層な物を発見したかったら訳されてない古文書探すトコから始めなきゃね」
 そんな風に2人が騒いでいると、突如卓上にある玲奈の携帯がけたたましくアラーム音を発した。
 音に驚き耳を塞ぐ雫とは対照的に玲奈は眼を細めて静かに携帯を開け、耳にあてた。
「もしもし?何のエマージェンシー?」
 アラームはどうやらIO2からの緊急連絡用の着メロであったようだ。
 確かに分かりやすいが心の準備があるのだから予め言っておいてくれないものだろうかと雫は個々Rの中で拗ねてみる。
「テレビ?ニュースってどこの?国営でいいですか?」
 玲奈が首を傾げていると素早く雫はキーボードを叩き国営放送にチャンネルを合わせた。そこには、本日ポルトガル軍を招いて式典が行われている長崎港。何故か自衛隊の船とポルトガルの船がお互いを打ち合っている。
「カオス……」
「ええ。今すぐ長崎に向かいます、足を用意してください」




 IO2の早急なる行動により迅速に長崎港に向かう玲奈と雫。
 移動中にも彼女たちは何故こうなったのか情報収集に努める。
「えーと、午後13時5分ポルトガル船1隻が何者かの攻撃により轟沈。それを日本からの奇襲だと勘違いしたポルトガル軍は海上自衛隊を攻撃。結果、今の状態に至るってわけみたいよ、玲奈ちゃん」
「まぁ、この状況下では日本以外いないしポルトガルの誤解もわかるわね。でも、誤発って訳でもないみたいだし、最初にポルトガル船を撃った船はどっから湧いて出たのかしら?」
「本当に『湧いて』出たとか」
 言外に人間以外の存在を匂わす雫に玲奈は少し考える。
 確かに考えられなくもない。今、日本とポルトガルをここで争わせて何のメリットが生じるのであろうか。多分ない。人以外もしくはそれに相当する人であれば一発で軍艦を沈没させる船を作ることも召喚することも可能。と、なると力を誇示するだけが目的の馬鹿の仕業の可能性も出てくる。
「雫、その最初の攻撃を仕掛けた謎の船の画像とか動画って落ちてない?」
「ちょっと待ってね、探してみる」
 ネット社会のこの世の中、どんな騒ぎであろうと画像の流出はリアルタイムだ。
 雫はまだまだ隠ぺいされる時間ではないと判断し、一般的に有名な動画サイトで『長崎』『砲撃』と検索をかけた。
「ヒット数が多いのはこれだね。『砲撃の瞬間、謎の巨大戦艦』、『微妙に人影が船頭に見えます』画像が始まってから1分26秒から数回侍みたいな影が見えるって」
「何者かが船を操っていたのは確実ってことね。いいわ、それ見せてくれる?」
 雫が開いてくれた映像は穏やかな式典最中の映像から始まった。どうやらこの画像をアップした者は船が好きらしく、時々子供の様に無邪気な声が入ってくる。1分過ぎると、ポルトガル船が爆撃され、画面が大いにブレ次の瞬間、日本史の授業に出てくる安宅船を思わせる船影が映り、それが執拗にポルトガル船に向かい攻撃していた。
「20、21……もうすぐね」
「これじゃない!?」
 説明書きに表示してある通りの時間にその人影は現れた。
「なんだろ、この人。コムソウって言うんだよね、時代劇で見るねー。コスプレ?」
「単なるコスプレ野郎が安宅船なんて物作り出せないわよ。んー、人に近いんだけど人じゃない感じもするわね」
「じゃあ取り敢えず着いたらこの人と船探しだね!」
「ええ」



 2人が降り立ったのは事件の起きている長崎港より少し外れた崖。
 長崎港がはっきりと見渡せる場所に玲奈は立ち、港周辺を見下ろす。雫は危ないからと後方の平地に残りパソコンで情報を引き続き仕入れている。
「なんか見える?」
「日本とポルトガルの船しかいない。雫は?」
「特にあれから新しいニュース入ってきてないよ。それにしてもさっきの動画に映り込んでたコスプレ人、あの頭に被ってたの脱いだ瞬間映ってたけど、どっかで見たことある顔なんだよねぇ」
 都市伝説系でもない、コスプレイベントのブログでもない、お笑い芸人でもなく……と雫がうんうん唸っているとガサリともっと後方の茂みが揺れる。玲奈はそれを察知し、素早く雫を後ろに隠す。
「何者?」
「名も名乗らぬ無礼者には名乗る名はないな」
「確かにお侍さん相手に無礼だったわね。私はIO2戦略創造軍情報将校・三島玲奈。こっちは相棒っていうか友人の瀬名雫」
「私は――」
 虚無僧が被っていた物をとり、名乗ると玲奈と雫は眼を見開いた。
 無理もない。その男は日本史の授業をさぼりきっていても何かと題材とされ、晩年は天草に軍師として招かれたという巌流島の剣豪である。
「だから長崎なんだ!」
「島原のリベンジ……復讐とでもいうの」
「左様。我らの存在は最早怨恨。止められはせぬ」
 天草の軍師はそういうや否や姿を消し、それと同時に長崎港沖で再び爆撃音が鳴り響く。
 おそらく、侍は今度こそ日本の軍艦を攻撃したに違いない。
「雫、劣勢の軍にとって本当の宝って何と思う?」
「えー、軍資金?」
 雫の答えに玲奈は静かに首を横に振る。
「弾薬よ。さっき雫が調べてた『くさぐさのでうすのたからしずめしずむる』は『デウスの宝沈め鎮むる』。昨日奈良からデウス号の砲台が盗まれた事件があったみたいだけど、犯人はさっきの侍。動機は本人も認めたリベンジ。誰が発掘して復活させたのか知らないけど、相当深い怨恨で出来ているみたいだし、戦うのは疲弊するだけで解決できないかもね」
「じゃあどうするの?」
「語りかけて浄化するしかない。この方法も相当骨を折るかもしれないけど、戦闘よりずっとマシだわ」
 玲奈はそういうやいなや、制服を裂き水着姿に成ると翼を広げて長崎港の上空に舞い上がる。
「こんな何百年たってる今、復讐しても仕方ないのよ。どんな宗教も認められている今の世の中じゃね」
 そう呟いた彼女が鎮静の祈りを捧げると、長崎港全体が暖かな光に包まれたのだった。