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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【迷宮編・2】 +



「ミラー、誰かが迷い込んでくるわ」
「<迷い子(まよいご)>だね」
「でも様子が可笑しいの」
「どんな風に?」
「<迷い子>はあたし達のフィールドに本来なら訪れるべき人物ではないわ」
「では『異常』だ」
「……そうね。でも<迷い子>はやってくるのでしょう。大事なものを探しに」
「来るね。もうそこまで来ている。……僕はお茶の用意をして来るよ」
「あたしはもう少し視てるわ」


 そして少女は目を伏せる。
 自分の能力を使用し、己の前にある障害物など難なく透視し、訪れるであろう<迷い子>の様子を伺うために。


 それは彼がやってくる数分前のある二人の会話。



■■■■■



 暗闇の中の一軒家。
 それが例えば森の中なら分かる。しかしここは真っ暗闇しかない『夢の世界』。スガタとカガミに出会う為に訪問する世界だ。
 だがその世界に初めて建物が存在している。
 もしかしたら彼らとは別の世界に迷い込んでしまったのかもしれないけれど、それでもスガタとカガミ、そして社といよかんさんと別離してしまった俺はその一軒家に近付くしか選択肢が無かった。


 アンティーク調の建物は一見すると何の変哲も無い建物に見える。
 しかし外には「鏡・注意」の張り紙が貼ってあり、それには眉間に皺を寄せるしかない。だが引き返す選択肢はない。俺はインターホンがないか探すが、この家にはそんなものは無かったので猫の手で扉をノックする。暫く扉の前で待機してみるが誰かが出てくる様子は無かった。
 恐る恐る猫手を使って扉のドアノブに手を引っ掛けると、それは思ったよりも簡単に開いた。つまり、鍵がかかっていなかったのだ。
 無用心だと内心思うが、誰もこんなところに泥棒には来ないだろう。……多分。


「お邪魔しますにゃ〜……」


 一声そう告げて俺は中へと入室する。
 その瞬間、誰かが目の前に突如現れ、びくっと肩を跳ねさせた。


「んにゃー!」


 だがそれも一瞬だけ。
 落ち着いて良く見ればそれは鏡に映った自分であることに気が付く。身長も自分が今猫獣人である事も全く同じ。自分が驚いた姿すら鏡の中のソレは全く同じ動作をする。


「あ、俺かにゃ」


 ほうっと胸を撫で下ろす。
 扉を開いた先にあったのは鏡張りの部屋。その壁の一つに自分は引っかかってしまったというわけだ。……罠でもなんでもないとしても。
 床と天井以外の場所すべて鏡張りのその屋敷は確かに『鏡・注意』である。


「いた、いたいにゃ!」


 置いてあるアンティーク家具に手を付きながら前へと進むが、それでも不意打ちで鏡の壁にぶつかってしまう。五感は猫のように鋭敏ではないらしく、そこらへんの感覚は人間に近いらしい。
 そっと反対側の壁へと目を向ける。合わせ鏡の室内には『自分』が何人も存在しており、その全員が自分を見ていた。ぞっと背筋に寒気が走る。もしこの屋敷の住人が自分にとって害のある人物だったらどうしようかと今更ながら思う。
 大体鏡張りの屋敷に人が暮らしているという考えが自分にとっては『異常』なのだから。


「異常とは失礼だね、<迷い子>」
「にぎゃぁー!!」
「そんなに驚かなくても良いんじゃない?」


 不意に呼びかけられ、空中からふわりと誰かが一人降って来る。
 否、降って来たというよりも姿を現したと形容した方が正しいのだが、自分が今チビゆえにそう感じてしまった。
 現れたのは片手にティーセットの乗ったトレイを持つ一人の少年。彼はとんっと足先を絨毯の敷かれた床へと下ろすとそのまま片膝を付き、俺とほぼ視線が平行になるよう屈んでくれた。


「ようこそ、<迷い子>。ご用件は何かな?」
「え、えっとにゃ」
「でもその前にもう一人の住人に逢いに行こう」
「にゃあ!?」
「転移するけど、良いよね。君はそういう能力も保持しているのだから慣れっこでしょう?」


 言うと同時に見かけによらず彼は些か強引に俺の腰に腕を回すと、少年は自分を肩元へと持ち上げる。俺はあわてて相手の首へと腕を回すとそのままきゅっとしがみつく。
 そして――僅かに訪れるくらっとした感覚。それは確かにテレポートした時のあの感覚に良く似ていた。


「いらっしゃい、<迷い子>。おかえりなさい、ミラー」
「ただいま、フィギュア。疲れていない?」
「これくらいなら大丈夫よ」


 やがて鏡張りである事は変わりないが、私室と思われる部屋へと自分達は出た。
 俺は抱きついたまま恐る恐る振り返る。そこには部屋の中央に安楽椅子に腰掛けた一人の少女が居り、俺と少年に微笑みかけてくれた。
 ――そして俺は気付く。


「二人もオッドアイ、にゃ」
「そうだね。僕ら『も』両目の色が違う」
「……むー」
「とりあえずお茶にしよう。君は僕らに用があるのでしょう?」
「いらっしゃい、<迷い子>。おやつの時間にしましょう」


 緑掛かった黒髪短髪姿はどこかスガタとカガミに似ている。
 そんな少年の瞳の色は左が緑、右が黒だ。口調はどこかスガタに似てるけど、それよりもどこか乱暴な印象を受けるのは何故だろう。服装はゴシックドレスシャツに七分丈のアンティークズボンで、あの二人には似ていないけれど。
 そして室内にいる少女。
 彼女の灰色掛かった髪の毛はとても長く、その先は地面へと綺麗に円を描くように散っていた。少女が身に纏うのはその黒髪を引き立てるかのような純白の白ゴシックドレス。フリルの付いたスカートから垣間見える足先にはロングブーツが見えた。
 しかしそこで俺を襲う違和感。最初は何がそうさせるのか分からなかったけれど、よくよく観察してみると正体は判明した。
 彼女は一切椅子から動こうとしないのだ。


 少年は俺を少女に手渡し、少女は俺の髪の毛を優しく撫でる。
 その度にぴくぴくと耳が動いてしまうのは動物のサガだろうか。だって撫でられると気持ちいい。少年はてきぱきと丸いテーブルの上でティータイムの準備をする。平皿の上に乗せられたクッキーが美味しそうでちょっとよだれが口内に溜まった。
 いかんいかん。
 そういうことを考えている場合ではないのだ。


「あ、あの」
「ふふ。あたしの名はフィギュア。彼の名はミラーよ」
「初めましてだね、『工藤 勇太』さん。あの子達がお世話になっているみたいで、僕からもお礼を申し上げるよ」
「――!? やっぱりスガタとカガミの知り合いにゃ!?」
「知り合いもなにもあたしとミラーはあの子達より先にこの異界フィールドの住人だもの」
「君達風に言うと、先輩と後輩にあたる関係だね」


 どうぞ、とミラーと紹介された少年からソーサーに乗った紅茶が差し出される。
 フィギュアと名乗った少女の上で俺はそれを受け取ると、素直にすすり飲む、が。


「にゃぁ!」
「フィギュア!?」


 どうやら今の俺は猫舌、だったらしい。
 いつもなら平気であろう温度に耐え切れず思わずカップから手を離し、紅茶が零れてしまう。零れた中身は白い布の上へと容赦なく落ちて、染み込んで行く。その熱はスカートの持ち主である少女へと襲い掛かるが、彼女は俺を抱き上げそれからそっと床に下ろした。耳がぺたんっと折れ垂れる。流石にこれは申し訳ない事態だ。


「ご、ごめんなさいにゃあ」
「大丈夫。脚はあまり感覚がないもの」
「にゃ?」
「フィギュア、服を着替えよう。その間に僕から<迷い子>にこの場所について説明をしておくから」
「お願いね」


 言うと同時に少女は少年へと両手を伸ばす。
 ミラーは軽々と彼女を抱き上げ、それから別室へと運んでいった。その様子を見ていた俺はまだ耳がしょげたまま。ぺたんっと折れた耳を自分の指で戻そうとするが上手くいかない。幸いにも床には絨毯が敷かれていた為、カップ自体は壊れてはいない。しかしこのままでは染みになってしまう。
 俺はぐっと手を拳にし、それから集中する。繊維から水分を抽出するイメージ。ゆっくりと水滴が空中に浮かび、ふよふよと幾つかの水の塊が出来たらそれを拾い上げたばかりのカップの中に戻す――そうイメージする。宇宙空間の水みたいだと内心思いつつ、「もうこれは飲めないな」と自嘲もした。
 おそらくこれで絨毯は染みにはならないだろう。


「掃除をしてくれたのは嬉しいけどね」
「にゃあ!?」
「フィギュアに火傷を負わせたら本当に怒るところだった」


 いつの間にか戻ってきたらしいミラーに今しがた戻したばかりのカップを取り上げられる。そしてテーブルへとそれを置くと今度はクッキーの乗った平皿を手にし、彼は自分と視線を合わせてくれるかのようにまた屈むとソレを目の前に差し出してくれた。怒られる、と心まで幼児化している今の俺はぴるぴると耳が震える。
 だがクッキーに心を惹かれている自分がいるのもまた事実。
 俺は猫の手でそっとそれを一枚掴むとぱくりと食べた。それはとても素朴な味だけど、さくさくとしていてなんだか懐かしい味という感想を俺に抱かせる。やがてミラーは立ち上がると俺の手をそっと下から掬い取り、それからテーブルの前の椅子へとそっと座らせてくれた。


「君が知りたい情報は僕は知っている」
「ほ、本当にゃ!?」
「ただ三日月邸に関しては僕はあまり詳しくは無いんだ。彼女達と仲が良いのはあくまでスガタとカガミであって、僕とフィギュアではない。既知関係ではあるけれど、三日月邸管理人の三日月 社(みかづき やしろ)やその付近のものに関しては管轄外でね」
「あ、あのにゃ」
「なんだい? ああ、僕が一体どこまで今の状況を知っているのか知りたいんだね」
「――やっぱりお前、スガタとカガミのにゃかまにゃん」


 人が質問するより先に人の思考を読み取って人の台詞を奪うその行為はあの二人そっくり。
 ミラーは新しく紅茶を注ぎいれ、今度は冷ますように忠告をしてから俺の前にカップを指先で押し差し出してくれる。次こそあんな間抜けな真似はしない。俺はふーふーと懸命に息を吹きかけ、紅茶を冷ましてからそっと縁に口付ける。今度は丁度良い温度に緊張していた肩から力が抜けた。


「あのにゃ、あのおんにゃのこ、もしかして」
「ああ、脚が悪いんだ。彼女は欠陥品だからね」
「『欠陥品』?」
「君達人間にも生まれつき何かが欠損した人間が存在するように、僕らみたいな者の中にも欠陥を持って生まれてくる者も居る――それだけの話だよ」
「うにゃー……」
「人間と違って言うほど不便はしていないさ。彼女には彼女特有の能力を保持しているし、……何より僕がずっと傍に居る。そう、生まれてからずっと僕と彼女は一緒だもの」


 ミラーは鏡張りの壁へと視線を向けた。其処には俺と彼の二人が無限に存在している世界が広がっており、加えて彼が呟いた後半の言葉には何か深い意味が含まれているようで、俺は片眉を持ち上げる。
 だがその部分には関わってしまってはいけないような気がして、自分を誤魔化すかのように俺は紅茶を飲みながらまたもう一枚クッキーを食べた。


「しかし不愉快だね」
「にゃ?」
「侵入者、か。三日月邸だけではなく、僕らのフィールドにも干渉してきている。あの猫耳少女の最後の言葉通り、今回の一件は正しく『侵入者』によるものだ」
「それももう、先読みにゃ?」
「僕とフィギュアはスガタとカガミより保持能力が強い。言われた事があるだろう? 君がここにいるだけで僕らは全てを知る事が出来る」
「ッ――みんにゃどこにいったにゃ! 俺はそれを知りたいんだにゃ!」


 机を猫手で叩くとばんっと音が……するかと思えば、ぽふんっと間抜けな音がして何だか悔しくなる。駄々をこねる子供のように何度か俺は木製の其処を叩く。実際問題揺れは確かにあり、テーブルの上の陶器はカチャカチャと音を鳴らした。


「僕はあの子達やフィギュアほど優しくないんだ」
「どういう意味にゃ」
「はっきり言おう。今回の一件は君が関わらなくても解決する。ここは君にとって夢のフィールドだ。現実の世界で君は目を覚ましたらいつも通りの日常を過ごす事が出来るだろう。なんなら僕が君の保持しているスガタ達の記憶を全て抜き取って戻してあげても構わない。ついでにいえばあの子達はあの子達で言うほど弱くは無いのだから、時間があれば戻ってくる事は多分可能だろうね。つまり君の手助けは不要だという事だよ」


 両肘をテーブルに置き、彼はその上に顎を乗せてにこにこ笑う。
 その笑顔が怖くて、ぞっとした。


 記憶を無くす?
 今までの楽しい記憶を?
 彼らと過ごした日々を。
 彼らに助けられた事件を。
 皆と出逢った事全てを忘れ――。


「どうしてそんな意地悪言うにゃ!」


 納得出来るはずがない。
 記憶を消して戻れって。
 自分の助けなんて要らないなんて。


「たしかに俺の力にゃんてたかがしれてるにゃん! でも、俺は――ッ」


 涙が零れそうになってあわてて袖で目元を拭う。
 ごしごしと何度か拭くがそれでも退化した精神は、一層寂しさを加速させ涙は止まらない。ぐっと息を飲み、俺は椅子から飛び降りる。


「もういいにゃ! 自分で探すにゃー!!」


 そう言って俺は駆け出す。
 捜索方法など分からないのに、それでも突きつけられた言葉が痛くてあの少年の傍に居たくなど無くて俺は『逃げ出して』しまった。タタタッと屋敷の中を駆け出す姿を鏡は如実に映し出す。涙が零れている自分、悔しそうに唇を噛んでいる自分。非力だと突きつけられ傷ついた表情を浮かべている自分。
 鏡が教えてくれる実状。
 鏡が突きつける現実。


「誰?」


 そしてある部屋の前を通り過ぎる手前聞こえてきた声。
 それがフィギュアのものだと気付くと猫耳がぴくりと動いた。そうだ、彼女ならきっとあの男より話を聞いてくれるに違いない。優しく撫でてくれたし、自分に対して好意的だったと思う。ひっく、とすすり泣く音を隠す事無く、俺はその部屋の扉を開く。その向こう側もやはり鏡張りの部屋であった事には違いないのだけれど、置いてある家具から少女の私室である事が判明した。


 フィギュアは扉に向くような形でベッドに腰を下ろし、新しい別のドレスに着替えていた。その衣服を身に纏った彼女もまた、雰囲気が違っていて見惚れそうなほど綺麗だった。本来の俺だったら少しくらいときめいたかもしれない。だけど今は子供だから、それよりも優先させたい事があって俺は中に足を進める。足が悪いという彼女は俺の訪問に気付いても立ち上がろうとはしない。それは当然の事だろうと思ったから気にしない。


「――あ、あのにゃ。俺」
「あら、初めまして<迷い子(まよいご)>。貴方の名前は何かしら?」
「……え?」


 黒と灰色の瞳が柔らかく俺を写し込む。
 俺は瞬きを数回繰り返し、その言葉にびっくりしたのか思わず涙が止まってしまった。


「悪いけど、彼女は記憶能力も欠陥品なんだ。もう君の事を忘れてしまったようだね」


 いつの間に追いついたのか、後ろから聞こえてきたミラーの声。
 その言葉に俺は絶望という感情が浮いた。




―― to be continued...










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第二話となります。
 今回は屋敷に入るという事で、彼らに出会ってもらう事となりました。ミラーは今回の内容上結構キツい言葉を吐きますが、何かしら感じ取っていただけたらと。

 このシリーズ、どんな内容になるかは本当に工藤様次第なので、先の展開を楽しみにしております。
 しかしチビ猫獣人な工藤様は本当に愛らしいですね(笑)