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とばりの夜
工藤勇太は、ただ心配していた。
海棠秋也が、怪盗を助けに行ってしまったのだから。
しかも、よりによって悪名高い怪盗ロットバルトの姿になって……。
「どうしよう……これじゃまずいよなあ……」
一応ダンスフロアに意識を集中させてみるが、明らかに人の声ではなく、思念らしき声が2つ聴こえる以外に、目立った反応はない。強いて言うのなら。
「チェックメイト、怪盗」
「あなたのおかげで、どれだけ迷惑かけたか、分かっているの?」
「さあ、あなたがどんな人なのか、見せてもらいましょうか?」
昼間に会った副会長の声が、やけにぞっとする程冷たく、彼女以外の声が聴こえないと言う点だった。
怪盗の声が聴こえない……でも、副会長は明らかに怪盗に対してしゃべっていると言う事は、怪盗を何らかの方法で拘束したって事で、いいのかな?
「それ、まずくないかな……」
更に意識を集中させて、気付く。
『痺れて……立てない』
弱々しい心の声を拾った。
まさかとは思うけど……あそこ痺れ薬撒かれてる……? って、そんな所に海棠君行ったのなら余計まずいんじゃ……!
勇太はおろおろしつつ、ひとまず意識を集中させる。
テレパシーではなく、テレポートだ。
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「痛っ」
テレパシーで声を聴いたが、幸いな事にもう怪盗を連れて海棠は脱出したらしい。
でもどこに行ったんだろう……? 勇太は持ってきたものを眺めながら、きょろきょろとしていると、曲が流れてくるのに気が付いた。
チェロの音だ。
もしかして……。勇太は少しだけほっとしつつ、そのまま聴こえる方角へとテレポートした。
聴こえてくる方角は、理事長館だ。
最後に勇太は、耳を澄ませた。
「ん……?」
『取らないで』
『私から取らないで』
『取らないで』
『彼を取らないで』
思念の声は、1つになっていたが、その声だけは、いつまでもダンスフロアから漏れ聴こえていたのだ。
これは、どういう事なんだろう……。
勇太は少し溜息をつくと、そのまま黙って、理事長館目掛けて跳んだ。
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勇太が理事長館へと跳ぶと、少しだけ目を大きくして、海棠は動かしていた弓を止めた。
「工藤?」
「あっ、ごめん。驚かせて……でもよかった、無事だったんだ」
「ああ……」
少しだけすっきりした顔で、海棠はチェロを肩から降ろした。
「怪盗は大丈夫だった?」
「薬で少しやられているようだったけど、無事だったみたいだ」
「君は? しびれ薬撒かれてたみたいだったから心配してたんだ」
「いや、俺はそんなに身体がしびれる程吸ってなかったから」
「そっか……本当によかった。でもさ、今回、これで本当に時間稼ぎになったの?」
「多分」
「多分って……」
「叔母上はまだ帰って来てないから」
「……その叔母上って」
「俺はここに住んでるんだけど」
「……ああ」
ようやく少しだけ納得した。
理事長館に住んでいるのは1人しかいなく、そこに住んでいるとなったら、彼の叔母が誰かと言うのは明白である。
「そっか、全然知らなかった」
「単に俺が寮にいられないから、ここに住ませてもらっているだけだけど」
「そうなんだ?」
「まあ……のばらの事で色々あったから」
「そっか……」
少しだけ遠くを見るような目をしたが、勇太が前に感じたような、どこか悲しい雰囲気は海棠からは抜け落ちていた。
勇太はそれに少し安心する。
「じゃあ、もうそろそろ俺帰るよ。用事も終わったし、ずっとぐだぐだしてたら、今度こそ自警団に捕まって反省室行きだから」
「自警団がうっとうしいと思うなら、うちに泊まっていけばいいと思うけど」
「……ええ?」
少しだけ驚いて、勇太は海棠を見る。
海棠は相変わらずの無愛想な顔で、少しだけ首を傾げるばかりだった。
「うわあ……俺、あんまり人ん家に泊まったりしないから……じゃあお邪魔していいかな?」
「どうぞ。どうせここなんて、叔母上と俺しか住んでないし、2階だったら空き部屋もあるから」
「わあ……わあ……」」
勇太は海棠に通されるままに、理事長館の門を潜った。
<了>
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