コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


●桜花、落つ

 ――眠らぬ街、東京。
 人々の往き来が絶えぬその街で、只、その一区間は、切り取られたかのように静かだった。
 薄いカーテン越しの月明かりの下、肉を断つ為の刃が残忍な光を放つ。
「うぅ……うぅ――」
 男は呻く、目を閉じては開き、また閉じる、目の前から消えぬ刃。
 ――消える筈がない、其は確かに存在する、それと同時に男の願望であるが故に。

 毎夜毎夜の事なのだと、男は妹へと説明をした。
 その瞳の下には、青黒い隈が浮かび唇もひび割れている。
「桜の美しさに不信感を持った。それと刃物が関連ある」
「……どういう事?」
 妹は振り返り、窓の外で艶やかに咲き誇る桜を視界におさめる。
「桜が、桜が――何故、美しいんだ。いや、美しいの……か?俺にはわからない、わからない」

 兄が変なのだ、と瀬名・雫(NPCA003)の運営するホームページ、ゴーストネットOFFへ書き込みがあったのは、その夜の事。
「桜の美しさは、人を狂わせるかぁ。うん、これなら近そうだし大丈夫かな?返信、と――」
 慣れた様子でパチパチとキーボードを叩き、返信すると雫は立ち上がり腕時計を確認した。
 親にばれないよう、こっそりと家を抜けだし、ある場所へと駆けだした。




 夜桜偵察隊。
 毎年、南下する桜の最先端――そこは、戦場で言えば偵察隊に位置づけられる位置だ。
 人知れず跋扈する怪魔の類と戦い、花見客の安全を確保する事を任務としている。
 そこでは精霊や、女神に囲まれ一人の喪女、三島・玲奈(7134)が桜の世話をしている。
 何事か、同志である精霊に言われたのか玲奈が淡々と返事を返した。
「仕事が彼氏よ」
 あまりに幻想的故に、異常すら感じるその光景に暫し見入っていた雫だが、やがて既知である玲奈へと口を開いた。
「樹下の死体が桜の滋養だとか」
「雫それマジだよ」
 玲奈は偵察と監視を精霊に頼むと、制服のスカートに付いた土ぼこりを払った。
「連れて行ってあげる」
 ――それは、長い歴史の中で塵のように積もった人々の妄想が、具現化した場所。
 根を触手の様に伸ばし、貪婪な蛸の如く馬や犬、猫、そして人間と思わしき屍体を聚めては、滲みだす液体を啜っている。
 過去には、植物を、或いは動物を喰らい生きていたのであろう、その屍体。
 今となれば只、桜の栄養となるのみ。
 肥えた蛆の青白い腹が波打つ――粘液を排出しながら、蛆は屍体を這いまわる。
 腐爛した死体の放つ悪臭は、鼻腔の奥に広がり脳を刺激し、吐き気を促した。
「うぅ、ぐ――」
 思わずその場に座り込んで吐瀉した雫、その吐瀉物ですら貪婪な桜の根は這いまわり啜りだす。
「美しいだけじゃない、これ程、貪婪な物なのよ」
 それが在ると言う事だ、生き延びると言う事だ。
 雫の背中を擦りながら、未だ気分の悪い様子の彼女にハンカチを差し出し玲奈は口を開いた。

 ――その頃、澄み切った渓流。
 そこではアフロディテの様に生まれた精霊達が、挙式を上げていた。
 儚く散っては、屍体となり塵の様に消えていく蜉蝣の羽根、虹の如く煌き渓流に色を添える。
「花盛りには独特の神秘が蔓延する。俺は悟った。俺を不安がらせた命の神秘から解放された。お前も正視しろ。何が怖い?」
 靴を引き摺りながら、ゆっくりと迫る男。
 恐怖のあまりに顔を引き攣らせ、脂汗を滲ませた妹を嘗める様に見、男は更に惨忍な色を瞳に浮かべた。

 妹さんが危ない、一人の精霊に告げられた玲奈が、口を開く。
「妹……確か、ゴーストネットOFFに書きこんできた――お兄さんが変だって」
「それね、案内して」
 急ぎの道中、掻い摘んで雫がゴーストネットOFFに書きこまれた内容について説明をする。
「……そう」
 人々が目を逸らす、醜い生を直視してしまった男。
 生きると言う事は須らく、醜さを孕んでいる――美しいだけでは在る事などできぬ。
 玲奈はただ、目を伏せるだけで口を開く事は無い……それは、気付くべき者が気付けばいい。
「この美しい虹の正体、お前は何と思う?産卵した蜉蝣の墓場なのさ。俺は感動し、真実の墓場を暴く残忍な喜びを得た」
 銀色の刃を月明かりに閃かせ、男は恍惚と語る。
「生命の神秘、それは醜く美しい。美しさは虚構だ、分かるか?」
 迫る、迫る、男が迫る。
 逃げる、逃げる、同じ女の胎から産まれた兄から、妹が逃げる。
 既に逃げ場は無くなり、急流の上へと追いつめられた妹の腋を潤す脂汗を眺め、男は更に興奮に瞳孔を開いた。
「新緑など俺には朦朧とした心象に過ぎず不満だ。俺には惨劇が必要だ。虚構ではない、本物は、物事の本質は惨劇にある」
 常識を逸した言動、嗚呼、だが、常識とは如何なるものなのだろうか……?
 物事には、真実か虚構しか存在せぬ。
 自分の言葉に酔いしれる男に、凛、とした声が向けられた。
「代わりに私を散々暴けばいいわ」
 耳をうった玲奈の言葉に、初めて男は彼女の存在に気付いたようだった。
 妹と男を引き離すかのように、間に立った細身の女、男は刃を振りあげる。
 月明かりに照らされた、無機物は玲奈の制服を切り裂いた。

 ――桜の花びらが、散った。
 幾度も幾度も、切り裂かれた制服は既に衣服の役目を果たしてはいない。
 容赦のない刃は玲奈の肌を切り裂き、赤い血を滲ませた。
「もっと……」
 もっと、もっと――暴けばいい、そして直視すればいい。
 美と、そして醜を。
 煽る玲奈、既に水着しか纏っていない彼女の頭を鷲掴みにする男、その手から鬘が零れ落ちた。
 目の前にいるのは、坊主頭に水着姿の醜悪な女。
「モテないお前は枯木だ」
「煩いわね!」
 あれ程美しいと思っていたものは、暴いてしまえば醜悪に為る。
 醜いのか、美しいのか、或いは両方なのか――咲き誇る桜が、散る、はらはらと。
 薄い桃色の桜の花弁は、渓流の流れに吸いこまれくるくると回るとやがて、水底へと消えて行った。
 ――心の中に広がったものは、ただの虚無、男の手から刃が滑り落ちる。
 それを見計らって逃げ出した妹、彼女は一度だけ玲奈を見、恩を映す筈の瞳は何処か軽蔑に似た冷たい色をしていた。

 桜はまだ、咲いている。
 桜の根もまた、屍体を啜り、肥えた蛆は這いまわり月の下に青白い腹を見せている。
 今日も変わらず、夜桜偵察隊で、玲奈は働く。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【7061 / 三島・玲奈 / 女性 / 16 / メイドサーバント:戦闘純文学者】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

三島・玲奈様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

いつもよりも、残忍な程、醜悪と呼ばれるような文章を綴らせて頂きました。
美醜の表裏一体、栄枯盛衰と言う変わる事のない在り方。
玲奈様の意図したものを、綴れている事をお祈り致します。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。