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<東京怪談ノベル(シングル)>


望遠レンズの先に見えたその姿に一瞬、小さく安堵の息をこぼすもすぐに表情を引き締めた。
人目を避けるには絶好の―樹海に頂かれた古惚けたコンクリートの建物からは数十人もの男たちが一抱えはありそうな箱を次々とトラックに積み込んでいく。
積み込まれる箱の数にして数百個。
その物々しさが意味するものを察し、眉をしかめる。
彼らは国際的にもマークされた組織であり、しかも構成員の大半が高度な軍事訓練を受けているという危険極まりない集団だ。
つい先だって首都で行われた国際会議において爆破テロを決行。
警戒に当たっていた警察・自衛隊のみならず民間人にまで甚大な被害を与えて世間を恐怖に叩き込んでくれた。
この暴挙に怒りを爆発させた自衛隊上層部は非公式特殊部隊に勅命を下した。
―これ以上やつらの好きにさせるな。殲滅せよ。
耳朶によみがえった声に組織の動向をうかがっていた琴美は薄く唇に笑みを浮かべる。
言われるまでもなく、こんな危険な集団を放置させるなど許されない。
この任務が与えられる直前まで、琴美は他の隊員たちとともに被害状況の確認や負傷者の救出に追われ、その惨状を目の当たりにした。
―あのような輩、ひとかけらの温情など必要なく徹底的に叩き潰してしまうのに限りますわ。
胸の内で静かに怒りの炎をたぎらせると、琴美は素早くその場から立ち去った。


急こう配の続く山道を数台の幌付きの車両が駆け下りていく。
その排気音の振動が木々を震わせ、森に潜んでいた小動物たちがあわてて逃げて出す。
先頭車両の助手席に坐していた黒迷彩の服に身を包んだ部隊長の男はおもむろに無線マイクを握りしめた。
「今回はB地区にある競技場が標的だ。無能で愚劣極まる政治屋とそれを指導者と敬う下賤な愚民どもに鉄槌を」
感情を押し殺した―だが、血に飢えたような声が各車両に潜む男たちのゆがんだ感情を一気に高ぶらせる。
車両のスピードがわずかに速まったと感じた。
だが次の瞬間、先頭車両が派手なブレーキ音を立てて横滑りしながら、脇の大木に激突して止まる。
つられて後続車両も次々と衝突を起こしながら停止した。
「どうした!」
怒りに満ちた部隊長の叱責にハンドルにしたたか額を打ち付けた運転手の部下がうめきながらも口を開く。
「も……申し訳ありません。何かにタイヤがとられたらしく……」
「あらあら、この程度のトラップ……見抜けないほうがおかしいですわ」
楽しげに笑う女の声に部隊長は息を飲む。
ふわりと長い黒髪をなびかせて立ちふさがったのは見目麗しき一人の女。
両の手に嵌められた革製のグローブ。すらりと伸びた細い腕と豊かな胸を包むのは丈に短い半袖の着物。
ミニプリーツスカートからは美麗な太もものラインを際立たせる黒のスパッツが覗いて見える。
どこぞの繁華街で見ようものなら、口笛を鳴らして口説き倒すこと間違いなしの美貌の持ち主だが、ひざ丈まで編み上げたブーツを鳴らして、にこりと微笑みながら―けれども氷点下までに凍りついた瞳で歩み寄ってくるその気配に息を飲む。
行く手を阻み、待ち伏せていた女―水嶋琴美から発せられる強さは並大抵のものではない。
さらに目を凝らして周囲をよく見ると、山道を塞ぐように木々の間に細くしなやかな糸がくもの巣のごとく張り巡らされているのが見えた。
ご丁寧にもちょうど車高に合わせた高さで、だ。
これにかかって車両のタイヤを取られたのかと気づくと同時に無言で部隊長は右手をあげ、部下に合図を送る。
―こいつ、かなりの手だれだ!
本能的に気づいた部隊長は異様に乾きを覚えるのどをごくりと鳴らして、ゆっくりと引き下がる。
同時に統制された見事な動きで車両から黒迷彩に身を固めた男たちが重火器装備を手に琴美を取り囲んだ。
「女一人と侮るな。我々同様プロだ。取り囲んで一気に決めろ!」
「了解」
興奮を抑えきれないとばかりに男たちは琴美に向かって銃口を向け、トリガーを引く。
無慈悲なまでに放たれる銃弾の嵐。
琴美はやれやれとばかりに軽く地を蹴り、軽々とかわすと空中で身をひねりながら両袖に隠したクナイを滑り出すと、両手に構えて男たちに躍り掛かった。


ザンッという大きな風切り音が耳をつんざくと同時に複数の配下がうめき声も上げずに崩れ落ちていく。
その向こうに小さな微笑をたたえた女が軽やかにクナイを閃かせ、取り囲んでいた他の部下たちを屠る様は達人の領域だと部隊長は苦々しくも認めざるを得なかった。
数では圧倒してるとはいえ、森の中にぽっかりと広がったわずかな空白地帯の広場で重火器を使って戦うにはやや不利な状況だ。
通常の戦法ならば取り込んで叩くのは常だが、相手がプロ―しかもたった一人で大人数を易々とあしらっているところから、やはり強者と見るべきである。
部隊長は舌を鳴らし、自らも銃口を女―琴美に向けて発砲を繰り返しながら指示と飛ばした。
「森へ逃げ込め!ゲリラ戦に持ち込んで確実にたたく」
口角に泡を飛ばして怒鳴ると配下の多くがそれに従い、森へと駆けこんでく。
だが数人の―若い部下たちが信じられないと言わんばかりに部隊長を一瞥すると、進撃を阻んでいた仲間をあっさりと倒した琴美をサブマシンガンのトリガーを向けた。
「っ!?やめろっ、そいつは並みのプロじゃない!」
気づいた副部隊長が悲鳴混じりの声を出すが、間に合わなかった。
ふわりと風に舞い踊るように琴美はマシンガンの銃弾を両手にしたクナイで叩き落とすと、一瞬にして彼らの間合いに踏み込み、黒き刃を無慈悲に閃かせる。
目の前に突如現れた琴美に顔を恐怖に染め上げ、無我夢中で撃ち尽くしたサブマシンガンを捨て、大型のハンドガンを構える。
「遅いですわ」
静かな―凛とした琴美の声が耳朶をついたと同時に手にしたハンドガンが音もなく真っ二つに断ち切られ、首に強烈な衝撃が襲い掛かる。
クナイで武器を断ち切り、そのままの勢いで背後に回り込みながら琴美は相手の首にクナイの柄を落とす。
短い悲鳴を上げて味方の損害も考えずに銃口を向けてくる男たちに呆れつつも、琴美にとっては十二分すぎるほど予期できた行動に感謝しながらクナイを繰り出す。
電撃を浴びたように全身をけいれんさせて倒れ伏す部下たちを部隊長らは冷やかな―侮蔑を含んだ眼差しで見つめると、さっさと森へと逃げ込んだ。


「あらあらずいぶんと冷たいこと……でも、正しい判断ですわね」
クナイを袖に隠し、琴美は楽しそうに唇にひとさし指を当てて笑う。
人としては非道な判断だが、戦術としては至極当然な判断だ。
重火器装備は統制された軍のような戦術では有効な武器の一つだが、それは敵もまた大人数であることが前提である。
しかし琴美のように―単騎でも一個師団並みのずば抜けた戦闘力を持つ敵と戦うならば、強力でかつ広範囲な威力を持つ重火器は味方も巻き込みかねない。
ならば地形を利用して、チームで重火器を使う戦闘を立てるのがベストだ。
「さすがはあのテロを引き起こしてくれた組織の指導者というべきかしら」
決して褒められたものではないけれど、と胸の中でつぶやくと琴美はグローブをきつくはめ直すと静かに危険な獣たちの潜む森へと足を踏み込んだ。

2へ続く