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<東京怪談ノベル(シングル)>


誇り高きPRIDEと〜敵、殲滅せよ

のどかな小鳥のさえずりが森の中に響き渡り、リスやヤマネといった小動物たちが小さな体を揺らして枝から枝へと渡る様は本当に平和な光景である種浮世離れしている。
しかし現実は薄暗い木々の影に身を潜めながら、男たちは恐るべき―唯一の敵である琴美を待ち構えていた。
すでに十数人の部下が倒されているのだ。
油断など一片もしてはならないと部隊長の経験と勘が鋭く警告を繰り返す。
逃げたと見せかけて生い茂る木々―自然でカモフラージュしながら、敵をなぶり倒す。いわゆるゲリラ戦に持ち込んだつもりだった。
しかし、実際には数で圧倒していたはずの自分たちが瞬く間に倒されていくという状況に追い込まれた。

滑るように森に琴美は足を踏み、そこから歩みを止めた。
異様なまでに静まり返りすぎている時点で琴美には手に取るように次の事態が分かってしまい、我知らず吐息をこぼした。
わざとパキリと足元にあった枝を踏んだ。
その瞬間、上から鋭い光を放つサバイバルナイフを手にした部下たちが切りかかってくるのを見て、琴美はつまらなそうに眉を寄せた。
「分かり易すぎますわ」
踏み込んだ時からむき出しの殺気に気づかない方が無理だ。
琴美は両手に数本の―やや小ぶりなクナイを握ると、落下してくる敵に向かって投げつけた。
弾丸よりも早く鋭い刃を男たちはかわすどころか弾くことも叶わず、足や腕に深く突き立てられる。
それに気を取られ、着地を考えなかった男たちのほとんどが地表に這いつくばるという―なんとも間抜けた醜態を晒したばかりでなく、
突如地面から引きあがった網に包み込まれ、最も高い大木の枝につるし上げられた。
「愚かしさもここまで来ると、いっそ哀れに思いますわね」
団子状になりながらも、必死で脱出しようと暴れる様はまるで巻き網漁に捕まった魚を思い起こし、琴美は苦笑を零しながらつるし上げられてる彼らを見上げた。
「ひ……卑怯者がぁぁぁぁあぁっ!!」
「卑劣かつ外道なテロ組織の構成員に卑怯者呼ばわりされる覚えはありませんことよ」
悔しげに怒号をあげる男の一人に笑いかけ、琴美は無造作に引き上げているロープをクナイで切り落とした。
大人数が閉じ込められた上に支えを失ったものはどうなるかなど自明の理である。
重力に従って男たちはもみくちゃになりながら、地表に叩き付けられた。
大半があっけなく意識を手放していたが、ここで手を緩めるほど琴美は甘くはない。
男たちの重みと落下速度が相成ったお蔭で彼らの落ちた部分が大きく陥没し、地の底に消えた。
「何の備えもなく、あなた方を待っていたと思いますの?」
曲がりなりにも戦いのプロを自称するのだから、この程度のトラップぐらい想定しておくべきでしょう?と琴美は微苦笑を零す。
たった一人でこれだけの人数を何の備えもなく相手にするなど普通ならあり得ない。
山道で待ち構えていた時点で琴美がトラップを仕掛けて置くぐらい考えてほしいところだ。
「全く歯ごたえがありませんこと」
穴の中で目を回している男たちを一瞥すると、琴美は森のさらに奥へと駆けだす。
今ので粗方の構成員は倒した。残るはこのテロ組織の上層部―つまり部隊長と精鋭部隊のみ。
彼らこそが先日の暴挙―あの悲惨なテロを起こした実行犯だ。
ならばこそ、と琴美は思う。
「少々気を引き締めてかからせていただきますわね」
軽い足取りで琴美が地を蹴ると一陣の風が吹き抜けると同時に彼女の姿は掻き消えた。

音もなく近づいてくる強烈な気配を肌で感じ取り、男は恐怖に駆られて潜めていた木の影から身を乗り出しながら手にしていたハンドガンのトリガーを思い切り引く。
「やめろっ!」
部隊長の叱責が飛ぶが間に合わない。
指にかけられたトリガーが引かれるよりも早く、真下からくり出された漆黒のクナイがハンドガンを男の手から弾き飛ばされる。
男の表情が驚愕に染まるとともに情けないうめき声が上がった。
「油断……大敵ですわ」
優美な―だが冷やかな女の声が耳に届き、そのまま男は意識を手放す。
一瞬で懐に飛び込んだ琴美の重い拳が男の鳩尾をえぐり九の字に体を曲げて気絶させた。
これまで何度も見せつけられた光景に部隊長は忌々しげに舌をうつと残っている部下たちに合図を送り、一斉に銃のトリガーを引いた。
派手な爆音と弾幕が響き、木々を激しく揺らす。
立ちおこる硝煙のにおいが鼻につくが構ってなどいられない。
すでに部下の大半を失い、計画の遂行など不可能だ。
しかしこのまま黙って負けを認めるなど、幾多の修羅場をくぐってきた部隊長にとっては屈辱以外何物でもない。
相打ちになろうとも敵である女・琴美を葬っておかなくては気が済まなかった。
だが、憎むべき当人はうっすらと微笑を浮かべながら絶え間ない銃弾幕を森の中という狭い空間を縦横無尽に駆け回ってかわしていく。
ギリッと歯を鳴らすと隊長は片手をあげ、銃撃を制する。
「あら、これで終わりですの?」
「そんなわけないだろう?おじょうちゃん……っと言いたいところだが、これ以上は弾の無駄になりそうなんでな。少々策を変えさせてもらうぜ?」
クスリと笑ってみせる琴美を部隊長は鼻で笑い飛ばすと、背後に控えていた部下たちに目で合図を送る。
それまで大木と部隊長の影に隠れていた下卑た笑いを浮かべた大柄な身体つきの男が一抱えはありそうな―だが、生身の人間が使う最強クラスの対戦車ロケット弾兵器―バズーカ砲を琴美に照準を合わせているのが見えた。
「いくらすばっしこいおじょうちゃんでも破壊力はピカイチのこいつをブチ込まれたらお終いだぜ?さぁ、どうする?降伏するか逃げるか……どちらか一つ、選びな」
威力を見せつけ、脅しをかけてくる部隊長たちに琴美はすっと瞳を細め、表情を凍りつかせる。
くだらない茶番もいいところだ。
これだから考えの浅いテロリストというものは救いようがない、と思い知らされた。
大きく嘆息すると琴美はもう一度クナイを握り直し、ゆっくりと一歩を踏みしめる。
「もう一つ選択肢はありますわよ」
吐き捨てるような冷やかな声音で緩やかに告げる。
一瞬にして重くなる空気に部隊長たちは見えぬ糸に縫いとめられたように射すくめられる。
ゆったりと足取りで近寄ってくる琴美に言い知れないほどの恐怖を感じ、本能が逃亡を激しく告げるも体が思うように動けなかった。
「今、この場であなた方を殲滅する、という選択ですわっ!!」
高らかに叫ぶやいなや、琴美は一足で一気に全速力に達すると部隊長たちに躍り掛かる。
木々の隙間から零れ落ちる日の光を浴びて、クナイの刃が半円の閃光を描く。
鋭い一撃が武器を破壊し、ただのガラクタへと変えさせる。
慌てふためき、バズーカを手にした男は仲間への被害を顧みずトリガーを引いた。
目の端でそれを捕えた琴美は左の手にしていたクナイをバズーカの銃口に打ち込み、そのまま背後から迫っていた男に身体を反転させながら右足で顔面を蹴り飛ばす。
瞬きするほどの出来事に大柄の男は反応しきれず、勢いのままトリガーを引いた瞬間、バズーカの銃口から真紅と橙が混じった炎が巻き起こり、筒を破壊して爆発する。
悲鳴を上げてのた打ち回る男たちを目もくれず、琴美は驚愕の表情のまま固まる部隊長に一気に肉薄した。
「ちぃぃぃぃぃぃっ!」
「無駄ですわっ!!」
半白遅れながら気づいた部隊長は懐に忍ばせていた拳銃を引き出すよりも早く琴美の拳が的確に急所を貫いた。
カエルがつぶれたようなうめき声をあげ、前のめりに倒れ込みかけた部隊長から一歩背後に飛び下がった琴美は革のブーツで固めた右足を大きく振りぬき、左側頭部を蹴り飛ばす。
完全に白目をむき、部隊長は勢いよく弾き飛ばされ―幹の太い樫の木にぶつかり、地面に滑り落ちる。
その様を静かに見守りながら琴美は額にかかった黒髪を掻き揚げた。

「標的は完全殲滅か。いつもながら見事な仕事ぶりだよ、水嶋」
報告を受けた上官はくっくっと喉を鳴らし、おなじみの制服となったダークブルー色のタイトスカートスーツに身を包んで直立する琴美を見上げ―ふいに表情を引き締める。
「徹底的にやれと命じておいて正解だ。ここで手を抜いておけば、ああいった連中はすぐに息を吹き返し―またあのような事態を引き起こす」
「確かにそうですわ。でも私にはいつもと変わりなく簡単な任務でした」
にこりと微笑んでみせる部下に上官はそれもそうだな、と破顔し、安楽椅子で大きく伸びをし―口角をわずかばかりゆるめた。
「何にせよ、任務完了。ご苦労だった、水嶋」
いつもと変わらぬねぎらいの言葉に琴美は儀礼的にありがとうございます、と返しかけるが、次いで上官から告げられた言葉に敬礼のまま固まった。
「ついては今回の褒賞として明日からお前は休暇を命じる。好きなところへ行って羽を伸ばしてこい―これは上司命令だ」
珍しく意表を突かれ、呆けた琴美だったがすぐさま笑みをこぼして返す。
「了解しました。水嶋琴美、明日よりの休暇命令を拝命いたします」
くるりと背を向けて上官室を出ていく琴美の足取りがいつもより軽いなと感じるが上官はあえてそれを口にすることはなかった。


3へ続く