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<東京怪談ノベル(シングル)>


誇り高きPRIDEと〜光差し込むその場所にて

楽しげに笑いあいながら大通りを闊歩する人々。
交差点を行きかう人の多さを横目に琴美は軽い足取りでお気に入りの店へと向かう。
上司命令とはいえ、久しぶりの休暇を存分に楽しんでいた。
両腕には名の知れたセレクトショップやブランドの紙バックを抱えられ、次の店で7件目を数えていた。
いつもの―任務に向かう時の表情とはうって代わり、女性らしくライトグリーンの薄いボレロに濃いブラウンのミニスカート、足を黒いタイツで包んでオフホワイトのショートブーツ姿で笑みを浮かべて歩く彼女をすれ違う男たちの鼻がだらしなく伸ばして見送る。
モデルもかくやと言わんばかりの完璧なスタイルに豊かな胸。
これに見とれない男などそうはいない。
男同士ならまだいいが、これが女性連れの場合だと大半が思いっきり足を踏まれるか腕をつねられる、もしくは冷やかに睨みつけられるといった光景がいたるところで見られていた。
だが、この麗しの美女が先日世間を恐怖のどん底に叩き込んだテロ組織を殲滅させた自衛隊の非公式特殊部隊所属の隊員で一、二を争う実力者などとここに居合わせた人々の誰が想像できるはずもない。
優美な足取りで琴美は男たちの目を奪いながら、デザイナーズ系の外観を持つセレクトショップに足を入れた。

「あら、これいいですわね〜」
春らしいパステルピンクのショールを手に取ると、琴美は嬉しそうに肩にかけたり首に巻いて鏡の中の自分と見比べる。
普段の任務上、身に着ける服の色は黒やダークブルーという暗い色が主だが、こういったプライベートでは華やかなものを身に着けたいと思うのは女子として当然だろう。
春とはいえまだ少し肌寒いときはあるので、こういったものはとても重宝する。
いくどか合わせて、琴美は決断するとにこやかに店員を呼び寄せた。
「こちら、いただきますわね。それとあちらに飾ってあるワンピースも見せてくださる?シンプルですけど、このショールととっても合いそうですの」
ふんわりと告げる琴美にしばし硬直する店員だったが、即座に商売人らしさを秘めた笑顔を向けて、かしこまりましたと早歩き倍速でショールをレジに置くと、ディスプレイに飾ってあった細かな花柄の入った白いワンピースを取って戻ってくる。
「こちら、今年の春物の新作でして人気があるんですよ〜お客様のおっしゃる通り、パステルカラーのショールとよく合いますわ。あ、よろしければ、少し柄の入ったものもございますので合わせてみてはいかがでしょう?」
琴美のセンスを褒めながら、さりげなく奨めて購入させようとする店員。
少々呆れるが、それは商売人。言われるままでなく、商品を奨めるのは当然のこと。
まして琴美が選んだショールやワンピースは手ごろで人気のある商品と桁が1つ2つ違うだから、必死になるというものだ。
結局、琴美は店員に奨められるまま数着のトップスにスカート、小物類を購入して店を後にした。
蛇足だが、これまで回った全ての店で同じような事態にあっていたりするのだが琴美は大して気にも留めていなかった。
むしろ本人は楽しんでいるのだからいいのだろう。
何せ琴美は忙しいかつ特殊な任務がほとんどで給料・褒賞はそれなりの額を頂いているのに使う機会が滅多にない。
ひとたび任務を受ければ1週間から2週間、長ければ2か月以上は自由に行動などできなくなる。
自然と必要最低限な物しか買わなくなってしまうものだから、それはそれで問題だ。
よって、本当にごくたまに来られる完全プレイべートの買い物は琴美にとって最大の息抜きになっていた。

「う〜ん、良い買い物をしましたわ」
音符が乱舞しそうな口調で琴美は紙バックを手に次の目的地へと足を延ばす。
街の大通りから少し路地に入り、そのまま道なりに歩いていくと坂の途中にレンガを模したタイル張りの建物が目に飛び込んでくる。
入り口の階段を軽々と上り、琴美は自動ドアに身体を滑り込ませた。
「あ、お久しぶりです〜水嶋様」
広々としたフロントにいた若いスタッフが晴れやかな声で気さくに挨拶すると琴美は軽く微笑みながらカウンターに両手いっぱいの紙バックを無造作に置く。
慣れた様子でスタッフはそれをカウンターの下にしまうと、代わりにカードキーを琴美の前に出した。
「お荷物は宅配で自宅にお届けするよう手配します。ただいまの時間帯はどのトレーニングルームも開いておりますので、お好きな場所をお使いください」
「手際の良さはさすがですわね。では、お願いしますわ」
カウンターに置かれたカードキーを手にすると琴美はその足で奥にある個人専用のロッカールームへ入り、手早く着替えを済ませる。
ここは自衛隊非公式特殊部隊専用のトレーニングジム。
日頃は基地内のジムで訓練を積むのだが、たまに街へ繰り出した時にはよく利用している。
セキュリティが高いことはもちろん、持ち抱えるのがやっとな買い物の荷物を送ってくれるといった雑事から個人用トレーニングルームに専用の機器を準備、計測といったきめの細かいサービスがあるので評判はすこぶる良い。
琴美がここでもっとも気に入っているのは数多くのトレーニングが行えるところ。
基地内では決められたトレーニングしか行えないこともあるので、鈍ってしまったカンを取り戻すにはちょうどいいのだ。
愛用のクナイを手にし、黒のタンクトップにやや明るめの紺のスパッツという―なんとも悩ましいトレーニングウェアに身を包んだ琴美は四方八方にピッチングマシーンの銃口が備え付けられたテニスコートほどの広さを持ったトレーニングルームの中央に立つ。
ほぼ同時にピッチングマシーンから放たれたのは野球ボール大の鉄球。
しかも容赦なく全方向から放たれたものだから、並の人間ならばひたすら逃げるか、あっさり直撃を受けて病院送りが関の山。
けれども琴美は動じることなく、放たれた鉄球をクナイで叩き落とす―もしくは真っ二つに斬鉄してのけていく。
鉄球が破壊されていくごとに放たれる速度が徐々に増し、ついには大リーガーを超える160キロ以上の速さに達していた。
「まだまだ、ですわね」
余裕の表情を緩めず、琴美はステップを踏むように鉄球をかわしながらクナイを振っていく。
ほとんどの任務を一人でこなすことを義務付けられている琴美にとってこのくらいのことができて当たり前でなくてはならない。
一対多数での戦いにおいて的確な攻撃と俊敏な身のこなしは絶対条件だ。
「さぁ、どんどんとおいでなさいませ」
いついかなる時も常に最高の状態で戦いへ迎えるよう、琴美は胸を弾ませながら今この瞬間に神経を高めていった。

FIN