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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【迷宮編・3】 +



 どうか忘れないで。
 あなたがここに居る意味を。
 どうか覚えていて。
 あなたがここに来た意味を。


 あなたが夢の世界に求めているものが何なのか決して忘れないでいて。



■■■■■



 俺は目の前で二人の男女を見る。
 彼らは互いに目を伏せ、額をくっつけてそのまま固まってしまったかのように静止していた。二人だけの空間の中、俺は自分用に注がれた紅茶をすすり飲みながら僅かに居心地の悪さを感じてしまう。クッキーを口に運んでも美味しさよりも感触だけが舌の上に伝わってしまって申し訳ない気持ちになるのはなぜだろうか。


『あら、初めまして<迷い子(まよいご)>。貴方の名前は何かしら?』


 そう、彼女は俺に言った。
 数十分前に出会ったばかりの長い黒髪の足の悪い少女、フィギュアはその灰と黒の瞳でチビ猫獣人となっている俺を真っ直ぐに見つめ、微笑みかけてくれた。
 だけど。


『悪いけど、彼女は記憶能力も欠陥品なんだ。もう君の事を忘れてしまったようだね』


 <欠陥品>と少年――ミラーは言う。
 彼女はこの夢の世界でも俺の住む現実世界と同様に何かしら欠陥が出てしまった人なのだと。
 しかしそんな欠陥など気にも留めず、彼は室内へと足を踏み入れて彼女へと寄り添い、そして頬へと手を寄せた。その仕草がとても愛しそうなものだったから、彼らを取り巻く空気に飲み込まれそうになり、俺は一旦ごくりと喉を鳴らした。
 そしてミラーは彼女を抱き上げ、そして抱き上げられた本人であるフィギュアは「こちらにいらっしゃい」と俺に手招きする。結果的に元の部屋に戻ってしまう形になり、先ほどまで座っていた今の自分にとっては少々高めの椅子に俺はよいしょっと腰を下ろす。


 壁際に寄せられた安楽椅子に人形のように座ったフィギュアはミラーと額を合わせる。
 何をしているのかと問いたかったけれど、その問いかけが彼らを邪魔してしまいそうで俺は心中を誤魔化す様に少し冷えてしまった飲み物を口に運んだ。やがて彼らはそっと離れ、それからミラーが目元を細めゆるりと笑みを浮かべた。対してフィギュアは女性特有の柔らかな目のラインを悲しげに歪めると、俺の方へと視線を向ける。
 薄い唇がやんわりと開く。
 俺はこくんっと、口内に含んでいた紅茶を胃へと落とした。


「ミラーがキツい物言いをしたようでごめんなさい。そしてあたしと貴方は既に出会っていたのね。――驚いたでしょう。でももう大丈夫よ」
「う、にゃ。思い出してくれたにゃ?」
「ええ、ミラーがあたしに記憶をくれたから」
「くれ、た?」
「そう。あたしの代わりにミラーは色んな事を覚えてくれて、そして彼特有の力を使ってあたしが失ってしまった記憶をさっきみたいに額あわせで渡してくれるの。――あたしは<欠陥品>だから」
「にゃあ……」


 そう言うと同時に彼女は己の足を見下ろす。
 其処には細い指先を組んだ両手があり、欠陥品と彼らが言う少女の『脚』があった。フィギュア自身の意思ではほぼ動かす事が不可能なその部分は確かに俺の世界で言うならば障害者にあたるかもしれない。だけどそれを<欠陥品>とまるで「物」のような言い方をする事に腹が立った。
 生まれつき肉体に障害がある人物はこの世に数え切れないほどいる。けれど、生きているのにそんな風に表現する彼らの心中が理解出来ない。どう声を掛けたら良いのかと俺は口ごもる。しかしそれよりも先にフィギュアは指先を解き、そして俺の方へとドレス裾を垂れ下げながら細い手先を差し出してくれた。


「ミラーの言葉に傷付いてくれて有難う。嬉しいわ」
「……」
「スガタとカガミ、あの二人に関してもいつも仲良くしてくれてるみたいで良かった」
「……ッ」
「だから、ミラーは貴方に冷たくしてしまったのね。行き先を失わないように」
「どういう、意味、……にゃ?」


 おいで、と手先が誘う。
 俺はカップをテーブルの上に置いてから椅子から飛び降りる。身長が足りないのだから仕方が無い。そして傍らに寄り添ったままのミラーへと視線を向ければ彼は少しだけ困ったように眉間に皺を寄せた。
 差し出された手に俺は手を重ねる。
 少女の手は小さいと思ったのに、今の俺よりかはやっぱり大きかった。それをもう一方の手で包み込まれるとどうしていいか分からない。毛の生えた柔らかな獣の手。そこに乗る少女の手の意図を俺は掴めずに居る。


「私達は貴方が欲しい情報を断片的にでも教える事が出来るわ」
「ほんとにゃ!?」
「ええ、本当よ。それはミラーも言っていた通りのこと。私とミラー……それからあの子達が管轄するこのフィールドの中に入ってきた侵入者は確かに迷惑ですもの」
「じゃあ、教えてほしいにゃ!!」
「でもその前に――」
「フィギュア、駄目だよ」


 ふっとミラーはフィギュアの口元へと手を下ろし、言葉を制した。
 背後から優しく止められた言葉の先はきっと俺が今一番欲しているもの。だけどミラーは相変わらず教えてはくれない。キッと強く強く、俺が睨み付ければ彼は僅かに双眸を細める。緑と黒のヘテロクロミア。そこに映っている俺は『夢の住人』だった。
 けれど、フィギュアは己の唇を覆う掌に指を引っ掛け、やんわりと下へと下げる。ミラーが明らかに不愉快そうな表情を浮かべたけれど、彼女には逆らえないのかそのまま素直に手は下りていく。


「ミラーが言いたい事、あたしが言うわ」
「フィギュア」
「彼は夢の世界に依存し始めている。夢という世界は現実には基本的に影響しないものだもの。何が起こったとしても、彼自身が現実世界で目を覚ましてしまえばそこで『終焉を迎える事が出来る』。それはあたし達にとって寂しい事よ。置いていかれる寂しさを誰よりも貴方は知っているもの――あたしが『欠陥品』だから」
「それでも僕は君を選ぶよ」
「<迷い子>、貴方は選択しなければいけない。確かにこの夢の世界でスガタとカガミ、そして三日月邸の方々と遊ぶのは『とても楽しい夢』だわ。だけど依存してはいけない。貴方には貴方の行くべき場所があり、生きるべき居場所があるの」


 彼女はミラーよりかは確かに噛み砕いて俺にもわかりやすいように説明してくれる。そしてその言葉に惹かれ、俺は次第に目元に涙が溜まりそうになって、あわてて袖で拭う。やっぱりこの姿は精神逆行が激しいらしい。いつもより感情の起伏が大きく揺れ動き、俺は混乱しそうだ。
 少年は少女を「選ぶ」と口にした。
 この世界で『生き物』がどんな風にして生まれるのかなど分からない。だけど昔、俺の殺した人格が命を有したように、きっと彼らも何かしら核があったに違いない。それはもちろん……スガタとカガミにも。


「貴方は、貴方達が言うところの『現実世界の住人』。そしてあたし達は『夢の世界の住人』」
「分かってるにゃ」
「でも少しだけ角度を変えてみて欲しいわ。貴方にとってこれは夢でも、あたし達にとってこの世界は決して夢ではないの。あたし達は生きている。……『あたし』は生きている……鏡張りのこの部屋の中から上手に外を歩く事が出来なくても、あたしはこの世界を『現実』として捕らえて生きているの」
「……それは、つまり……その」
「夢はいつか消化されてしまうもの。記憶の彼方に追いやられて、消えてしまう泡沫のような世界だわ。この世界の住人達はそんな闇から生まれ、そして存在すら認知されずに多くは消えていく――寂しさをその胸に抱えながら」


 不意に包まれていた手が持ち上げられ少女の額へと押し当てられた。


「あたし達は反射する」
「僕達は君の心を映し出す」
「スガタは誰かの姿」
「カガミは誰かの鏡」
「あたし達はまだ貴方と親しくないけれど、貴方がこの世界を愛してくれている事だけは凄く嬉しいと思うの。貴方があの子達を想ってくれている……その感情だけであたしは幸せなんだもの」
「だからこそ僕はフィギュアとは正反対の鏡を演じよう。貴方がこの世界を愛す度に<迷い子>としてではなく、『工藤 勇太』として存在が確立し始めている。……それはつまり非常に不味い話なんだよ。それはつまり――本来居る場所からの逃避に近い状態だ」


 彼らはスガタとカガミが交互に言い合うあの口調とほぼ同じテンポで言い切る。
 俺は瞬きを一つし、そして、ツー……っと何かが頬へと落ちていくのを感じた。


 現実逃避ではないと思いたかった。
 ただ彼らにあって、過ごす日々が楽しくて、可笑しくて、現実世界ではその思い出を胸に生きていけたから幸せだった。だけど彼らにとって夢こそが現実。そして現実世界にも存在を確立させる事が出来る彼らにとって『どこにも虚像の世界は存在していない』のだ。
 現実世界は厳しい。
 それは重々身にしみてこの十数年生きていた。夢の中とはいえ暖かく迎え入れてくれた彼らにとって俺の存在は――。


「うん……わかったにゃ」


 ここは俺の生きる世界ではない。
 ミラーは言った。俺の力を借りずとも彼らは彼らでどうにか事態を収拾させることが出来るであろうという事を。悔しいけれど、俺が現実世界に戻る事こそが『最善』なのだ。
 俺の言葉にミラーが手を伸ばす。そして額へとかざす様に少年の手は頭へと下りた。それを見ていた少女はふぅと一つ息を吐き出し、そして真横の壁もとい鏡へと目を寄せる。そして『気付いた』。


「――ミラー!」
「くッ! 歪手(ゆがみて)!!」
「にゃ、にゃぁあ!?」


 少女は両手を伸ばし、俺を羽交い絞めにする。苦しくて手足をばたつかせてしまうけど、その後にいきなり正面の壁鏡に大きなヒビが入り、そして弾けて割れた。
 大きな破片が自分達を襲い、ぶつかると思われる瞬間ミラーが左手を大きく振った。それは空間を捻じ曲げる彼の特殊能力。鏡は自分達には当たらずに居たが、それはフェイクだと俺は後で知る。


 抱きかかえられていた俺にしか見えていない背後からの侵入者。
 鏡に映っていた少女が――本来ならば脚の悪いはずの少女が両手を伸ばし、本人を絡めとる。しかもフィギュアだけではない。映っていたのは俺とミラーも、だ。
 三対の手が彼女を襲う。


「きゃぁああ!!」
「フィギュアッ!!」
「ミラー、。<迷い子>をッ」


 彼女はそう言って俺を少年へと突き飛ばそうとした。だがそれは叶わない。既に彼女と俺は二人纏めて伸びてきた手によって絡めとられ、『引き込まれ』る。
 俺は反射的にサイコキネシスを使用し、場に留まろうと努力するが。


 ――にぃたぁりと『俺』は笑った。


 寒気が駆け抜ける。
 以前の非ではない『自分ではない自分の姿』に気味が悪くてぶわっと毛並みが総毛だった。やがて俺と少女は鏡を通り抜けていく。背後を見やれば其処にはミラーが一生懸命鏡だと思われる場所を叩いている姿が見受けられる。だけど彼には既に自分達の姿が見えていないのだろう。必死に叫び、拳を叩きつける。その動きは声が届かないパントマイムのようで、俺は目を見開くしかない。
 フィギュアはそんな俺を安心させようと力強く抱きしめる。脚の悪い少女が、カタカタと恐怖に怯えるように身を震わせた。


 引き込まれた暗闇は……ここは、どこだ?


「――『無限回廊』」


 少女が呟く。
 自分達を引き込んだ腕はもう消失しており、俺と彼女の二人きり。暗黒の世界に、二人きり。


「ぁ、あ、……ごめんなさい」
「にゃ、にゃあ? にゃんでにゃくのにゃ!?」
「忘れてしまう。ミラー、早く傍に来て。あたしを忘れないで。あたしを作り出して。お願い、怖い。あたしは、あたしは――!!」


 少女は俺から手を離し、両手を組み合わせ祈り始める。
 『忘れてしまう』。
 その言葉がフィギュアの唇から零れ、俺も焦り始めてしまった。冗談じゃない、今ここで現状を忘れられてしまっては俺も元の世界に戻る事など出来ないじゃないか。だけど少女は混乱している。俺も相当のものだけど、彼女自身も怯えている。


―― でも、『何』に?


「<迷い子>二人、みぃつけた」


 聞き覚えのある声に俺は弾かれる様に顔を持ち上げた。
 そしてそこにいる人物――スガタに俺はぱあっと満面の笑みを浮かべて。


「さあ、この世界に居るための存在意義を僕と一緒に探しにいこう?」


 俺は目を丸めた。
 彼は確かにスガタだった。
 だけど自分の知っているスガタではなかった。だって彼は俺から見て十二、三歳の姿のはずだ。まだ少年と呼べる年齢のはずなのだ。だけど今目の前に立っているこの人物は――二十歳くらいの青年だった。
 蒼と黒のヘテロクロミアに、優しげな表情。
 彼は俺へ……否、少女へと近付き頬を包む両手は大きくて力強い。そして少女へと唇を寄せ、怯える瞳に己を写し込ませると囁いた。


「さあ、『工藤 勇太』の過去の夢へ――堕ちようか」


 少女に口付けが成される。
 何度も何度も角度を変え、淡い息が漏れるようになるまで。


 やがて暗黒は俺の記憶の中から一つの場面を取り出し、ぐにゃりと姿を変えた。




―― to be continued...










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第三話となります。
 今回も展開上ギャグにはならず申し訳ありません;
 チビ猫獣人のままだったので何とかフィギュアと一緒に引き込めたのは、とある空間。

 そして登場した青年スガタ。
 本物かどうかは明かせません。ただスガタの能力が『過去を垣間見る事』なので、ここから少しずつではありますが謎々のピースを集めて頂けると嬉しいなと思います。