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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


File.1 ■ 思わぬ遭遇



 鼻歌混じりに夜の街を、私は何処かに良い雰囲気のバーでもないかと周囲を見渡しながら歩いていた。
「…〜♪(いやー、お仕事終わったし〜、予定外の嬉しいお土産も拾っちゃったし、気分良いからバーで一杯…って、アレ?)」
 思わず鼻歌をやめて足を止めた私は目を凝らした。見慣れた服装と髪型、それにいつもの眼鏡をかけた男が、外国人に話しかけられて困っている姿を見かけた。
「…(やっぱり草間さんだ…。ありゃ、アレはコンゴ語…。解らなくて困ってると見た! 気分良いし、助けてあげちゃおー)」
『どうしました?』コンゴ語で私が横から声をかけると、武彦は随分驚いた様子で私を見た。
「桜乃!? お前、どうしてこんなトコに…――」
『お、キミはコンゴの言葉が解るのか!?』黒人男性が喜んで手を差し出した。私は握手に応じて武彦を無視する事にした。『いやぁ、実は大使館に用があるんだが、どうにも地図を失くしてしまった様でね。この近くだと思うんだが…』
『ありゃ、それは困りましたねぇ。でも、どうして大使館に?』
『あぁ、恥ずかしい話なんだがパスポートを失くしてしまってね。再発行してもらおうと思ったんだ』
『そうでしたかー。ちょっと待って下さいね〜』私はポケットから携帯電話を取り出した。現在地とコンゴ大使館の場所とルートを検索する。
「おい、桜乃。この黒人、一体何の用なんだ?」
「もう、ちょっと黙っててよ。今調べて…―、あった」携帯電話を黒人男性に見せる。『ここが私達が今いる場所だから、ここから真っ直ぐそっちに行って、二本目を右に曲がって暫く歩けば左手に見えるみたい』
『おぉ、ありがとう! 助かったよ、少年』
『…は?』思わず聞き返す。『少年って、私の事!?』
『…? 違うのか?』
『ど・こ・に! こんな美貌を持ち合わせた少年が存在するっていうのよ!』胸を張って強調する。『私は女! レディーよ、レディー!』
『おっと、アジアの女性は解り難いんだ。すまない。とにかく助かった! ありがとう!』
『いえいえ、お安い御用ですよ〜』悪気のない言葉だと解ってすっかり毒気も抜かれてしまう。海外に行ったら短い髪とこの顔立ちは少年と間違われる事もたまにある。『すいませんね、この人。島国の人間だから海外の言葉に疎くて〜』そう言って私は武彦を指差してあっはっはと笑った。
『ハッハッハ、いや。キミがいてくれなきゃどうなるかと思っていた所だよ』黒人男性もまた笑いながら手を振って歩き出した。『では、良い夜を』
『そちらこそ、良い旅を〜』
 手を振って笑顔で別れた私は再びバー探しを始めようと歩き出そうとした所で、武彦に急に腕を掴まれる。
「痛っ! もう、掴まないでよ〜」
「急に現われて解決させておきながら、何も言わずに何処かに行こうとしやがって。しかも最後に俺を笑い者にしただろうが!」
「あぁ、アレね。別に悪口なんかじゃないよ〜?」
「はぁ…。まぁ良いんだが、今の言葉は?」
「今のはコンゴ語。コンゴ共和国・コンゴ民主共和国、アンゴラとかなんかの中央アフリカの熱帯雨林に住む人々によって話される言語。昔はアフリカではリンガ・フランカとして使われてた言葉なんだから、言語としては有名でしょ」
「りんがふらんか?」
「リンガ・フランカ。フランク王国の言語をそう呼んで、共通の母語を持たない人同士の意思疎通に使われる言語の事だったんだけど、まぁ意味合い的には今は、“共通語”とか“通商語”って意味。もう、探偵なんだから、それぐらいしっかり勉強して喋れる様になりなよねー」
「歩く辞書みたいなお前に言われても、俺みたいな常人にゃ無理な話だ」武彦が溜息混じりに呟く。「お前、一体いくつの言語話せるんだ?」
「そねー…、厳密に全てを把握している訳じゃないけど、公用語や方言なんかも合わせて千ヶ国語ぐらい?」
「…何処でも生きていけそうだな」唖然とした武彦が思わず呟く。
「何言ってんのー…。世界には八千個以上もの言語があるのよ? 私が喋れるのはまだまだ1/8程度。まぁだいたい共通語でどうにかなっちゃう世の中ではある筈なんだけど、ねー…」
「よくそんなに憶えたな。自分で勉強したのか?」武彦が尋ねる。
「…嫌な事思い出した…」
「…げ」思わず武彦はしまったと言わんばかりの顔をする。私の愚痴の長さと量を知っているからだろう。逃げようとそっと歩き出そうとする。
「聞いてよ!」私はそんな武彦のジャケットを掴んだ。「酷い上司でさ、現地の言葉を憶えるには現地に飛び込むのが一番だーとか言っちゃって、私を一文無しの丸腰で一週間放り出すのよ!?」
「そりゃ残酷だな…」今にも逃げ出すチャンスを窺う様に武彦が適当に相槌を打つ。
「そりゃさ、私だって死にたくないし。喋らないと食事も飲み物も手に出来ないし、お金もないから必死になって色々な人に話しかけて憶えてさー…」
 また始まった、とでも言い出しそうな武彦の表情を見なかった事にして、私は再び愚痴を延々と語り続ける事にした。
「―って、どう思う!? あれは私の人生の中でも相当思い出したくない過去よ! 言うなれば黒歴史ってヤツ? そりゃ勉強にはなったよ? 言葉を憶えて、なんとか生き抜く知恵とかつけながらさー。でも、一週間よ? 一週間経って何とか慣れて来たと思ったら仕事の都合とか言われて全く違う国に行って同じ事させられてさー」
「そいつはご愁傷様、としか言えないが…。それにしてもお前、こんなトコで何してたんだ?」武彦が話しを逸らす様に尋ねる。
「ん? 何してたって、ここ何処だと思ってるの? 大使館街よ?」フフっと小さく笑いながら私は武彦にそう答えた。
 私と武彦がそんなやり取りをしていると、突如慌しくスーツ姿の外国人達が街中を走っている姿が目に飛び込んできた。その姿から、尋常ではない事態である事は容易に想像出来る。
「…ヤベ、バレたかな…」
「バレたって、お前…! まさか大使館から何か…―!」
「―じゃね、草間さん!」武彦の問いかけを背に、私は暗闇の中を走り出す。「あっ、今度良いバーあったら奢ってね!」
「…へいへい…」





――。





「…フゥ、撒いたかな…」そう言って私は携帯電話を取り出した。
 メールを手早く打ち、パソコンで使っているメールアドレスを経由してメールを送る。私は『ファイル確保。お土産付きです♪』とメールを送って再び携帯電話を胸ポケットに滑らせた。
「さってと、あとは連絡待ちするしかないかな〜…」
 街中で若い女が一人、座り込んでいればかえって目を引く形になる。私は都会ならではの人並みでの気配を消すやり方として、雑踏の中へと足を踏み入れながら時間を稼ぐ。この後の行動は指示を待ちながら、ごく自然に振る舞いつつ確実にファイルを渡す事。とは言え、物理的にファイルを手にしてきた訳ではない。特異な体質とも呼べる能力、絶対記憶を基に情報を再構築させ、完全なるコピーを作り上げる。
「…お、メール来てる…♪」私は送られて来たメールの内容をチェックする。
 そこに書かれていたのは、ファイルの受け取り場所だ。これで自分の仕事の終着点が見えた。私が安堵し、駅前の大きな横断歩道で信号待ちをしていた。行き交う人は仕事帰りのくたびれたスーツを着たサラリーマンか、或いはデートを楽しんでいる若いカップルばかりに目が行く。
「…はぁ、恋愛した〜い…」思わず誰にも聴こえない様に小声で呟いた。
 横断歩道の信号が青に変わると、私は人混みの中を相変わらず何食わぬ顔をして歩いていた。問題は何もない。一見すればただの女の子にしか周囲からは見えていないだろう。私は小さく溜息を吐いて空を見上げた。
「あ〜…、せっかく良い気分だったんだから、一杯ぐらい飲みたかったなー…」そう思いながら、前を見る。
「…え…!?」
 思わず私は言葉を失って足を止めた。つい先程まで歩いていた雑踏から、一瞬夜空へと目を移し、視線を戻した瞬間に風景が変わっている。こんな事があるのだろうか。荒れた古臭い廃墟の様なビルの中に私はいた。
「…龍宮寺 桜乃。絶対記憶と絶対感覚を持つ少女。五感で得た情報は機械より精密に全て完璧に記憶し再現する事が可能。一度見聞きした事を全て自分の物とする事が出来る特異能力者。身体能力は常人より良い程度」
 柱の陰から一人の少女が姿を現す。恐らく同い年ぐらいの、何処かあどけなさを残した表情。だが、その言葉と眼は冷徹そのもの。そして何より…―。
「…随分と私の情報を調べているみたいじゃない。悪い夢でも見ている様な気分ね…。ここは何処なの? 私は駅前の横断歩道を歩いていたと思うけど?」
「…アナタに興味を持っている方がいる。その方の元へ連れて行くのが私の仕事、よ」
 不気味な嘲笑を浮かべる少女は口元を歪ませてそう言った。
「熱烈なラブコールは有難いけど、ちゃんと前もって言ってくれないと困っちゃうなぁ。私も用があるし、得体の知れない人間と会うつもりなんてないわ」
「…“虚無の境界”」
「…っ!」ある情報筋から得たテロ組織。表立った動きはまだ無いものの、その勢力と特殊な能力を持った過激派のテロ組織として、裏社会では有名だ。「…尚更、会いたくないんだけど?」
「言った筈よ。私はアナタを連れて行くのが仕事。アナタの希望に耳を傾ける必要なんてない」



 ―最高の気分から、一瞬にして最低な夜にされた気分で、私は少女を真っ直ぐ睨んでいた。



                                          File.1 Fin





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整理番号:7088 龍宮寺 桜乃



■□■□■□■□■□■□■□■□■□ライターより■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

依頼参加有難う御座います。白神 怜司です。

プレ内のやり取りから、今後の展望に繋ぐ為、
今回は接触・遭遇を題材に書かせて頂きました。

また、前作同様に主観で書かせて頂きました。

気に入って頂ければ幸いです。

今後、連作として書く様でしたら、
今後の展望など、ご自由に提案して頂ければと思います。

それでは、機会がありましたら、
また宜しくお願い致します。

白神 怜司