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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【迷宮編・4】 +



 いつだって考えていた。
 いつだって膝を抱えて考えていた。
 与えられた部屋は『子供部屋』。
 この研究所に居る皆に与えられる無駄な家具の無い共通した部屋。


 いつだって考えていた。


 研究員の手が俺の頬を優しく包み顔を寄せる度。
 俺は――『何か』を考えていた。



■■■■■



『今日はこの子と遊ぶんだよ』


 そう言って研究員が連れてきたのは明らかに尋常な様子ではない大型犬だった。グルルルルッと激しい唸り声を漏らすその口元には皮製のベルトが今は取り付けられている。しかしそれを一度外せばむき出しの犬歯が誰かを襲う事は簡単に予想が付いた。


『この子はキミの事を好きだと思ってくれているみたいだね』
『すき?』
『そう好き。だから自分のものにしたいと思ってキミの事を食べたがっている』
『食べた……が、る?』
『そういう人も居るんだよ。この犬も同じ――さあ、今からキミの元へとこの子を放つよ。勇太君、キミはどうしようか?』


 研究員に連れられてやってきた部屋はガラス張りの部屋だった。
 そして壁の一部には格子が取り付けられており、幼い子供と犬はその格子越しで見詰め合っている。数々の投薬によって変化した目の色は緑。
 しかしそこに移す現実は子供でもきちんとしたもの。研究員がベルトを解き、自動で上がった格子から犬を解き放つ。その瞬間、犬は子供目掛けて走り出す。


 これが好き?
 牙を剥き、泡を吹きながら狂気染みた瞳で若干五、六歳であろう子供を襲おうとしているこの犬の感情の何処が『好き』なのか。
 子供には理解出来ていた。無意識に伝わる犬の感情――それは彼が持つテレパシー能力によって鋭敏に感じられる。犬は好きだとは思っていない。研究員によって投与された薬物によって精神を無理やり興奮させられ、子供を食わせようとしているだけだ。


 子供はすっと手を上げる。
 それは小さな手だった。
 だがそこから見えない攻撃が放たれる。――ビシャリッ! ……そう、物音を立てて犬の頭部が飛び散り、汚らしい脳髄を垂れ流したかと思うと『犬だったもの』は勢いをつけて子供の前へと倒れ込んだ。壁に散る赤い血液。それはガラスへも飛び、そしてその向こう側……マジックミラー越しにデータを取っていた研究員達から小さな悲鳴が上がる。否、悲鳴をあげたのはまだ慣れていない者達だけ。研究所を立ち上げ、深く超能力研究所に携わっている者達はむしろ己の両の手を叩き合わせ、子供の能力を褒め称える。


『素晴らしいね』


 彼らは口にする。
 子供は研究所に連れて来られた当初はこのような犬への態度も柔らかかったし優しかった。自分が噛まれる事もあり、負傷した事も少なくない。けれど引き取られてから数年たった今日。彼は最初こそ怖くて仕方が無かったこれらの『実験』に対して何も感じなくなっていく。


『彼はなんと言う名の子だったかな?』
『えー、工藤。工藤 勇太(くどう ゆうた)ですね。サイコキネシス、テレポート、テレパシー能力が現在確認されています』
『その力、我らの元でもっと伸ばしてあげようじゃないか。多くの実験を彼に与えなさい。母親の許可は取ってある。問題ない』
『了解しました』


 子供はいつも考えていた。
 何の意味があるのだろうかと。
 大人の言う事だから従わなければいけないと無意識に彼は動いている。だけど子供はいつだって考えていた。研究員に手を繋がれまた子供部屋へと戻される。その間際、犬の死体を目にし、それが研究員達によって掃除されていく様子を見つめながら……――子供はそれでも無意識に求めていた。



■■■■■



「工藤さんの過去は悲惨ですよね。薬物投与による人体実験、能力増強、凶暴化させた動物をけしかけられてそれを殺す日々」
「――にゃんでこんにゃのを見せるのにゃ!」
「ああ、それから研究員達に身体を触られたでしょう?」
「おまえっ」
「彼らの手は温かかったけれど、流石に身体の方の負担はきつかったでしょうね。なんせまだ十歳にも満たない子供相手に欲情するような方々だったようですから」


 スガタが面白げに俺の過去を晒しだす。
 場面が変わり、手を繋いでいた研究員が個室へと昔の俺を連れ込みそして首筋に唇を寄せている姿が見えた。それを直視したくなくて俺はふいっと顔を逸らす。年齢こそ、今のチビ猫獣人と大差が無いからこそ目に入れたくない光景だ。
 研究所に来た頃はまだ能力の開発がメインだったから、研究員も優しかった。積み木を浮かせて見せたり、部屋の中を瞬時に移動したり、伏せられたカードの文字や記号を当ててみたりと本当に子供遊びの延長戦だったのだ。だけど次第に研究員達はエスカレートしていった。実験は苦痛を伴うものへと変わり、そして元々見目も自分で言うのもなんだが悪くない方だったため、その筋の研究員から「好きだよ」と囁かれ抱きしめられる。
 抱擁だけなら良かった。けれどその先にあったのは――。


「スガタ、止めなさい。<迷い子>が混乱しているわ」


 先程まで青年と化したスガタに口付けを受けていた少女、フィギュアが己の頬を包む彼の手に手をかけそれから叱咤するように強く言い切る。その灰と黒の瞳はスガタを睨み付けており、嫌悪の色を乗せていた。


「工藤さんは<迷い子>の定義から外れかかっていますよ」
「それでも彼は貴方を、いいえ……貴方達を探しているの。確かに彼は<迷い子>としてこの世界に存在しているのではなく、工藤 勇太として存在を確立させてしまいかけている。でもそれとこれとは話は別だわ」


 幻影が研究員と昔の俺を如実に再現する。
 ベッドに重なる身体。意味を知らない子供はそれが犯罪であることも分からず、そして研究によって疲労した精神はただただ命令に従う機械人形のように四肢から力を抜くだけ。


 不意にフィギュアが俺の手を掴む。


―― 今から透眼(とうがん)を使用して貴方に情報を届けるわ。


 直接頭に響く声。
 この世界では珍しい心の声での呼びかけだった。俺は返事をしようと己のテレパシー能力を発動させようとする。だがその瞬間彼女は制すように掴んでいた手に力を込めた。


―― スガタの能力はまだまだあたしには勝てない。
    だから<迷い子>、貴方はあたしの声だけを聞いていて。
    能力を使用した時点で貴方とあたしの会話がばれてしまうから。


 俺はそれに納得の意味を込めて手を握り込む。
 ぴるっと耳が震え、それから少女に身を寄せた。もしまた何かスガタが行動しようとしたら彼女を守るのは俺しか居ない。普段彼女を守っているのはあの少年、ミラーだ。だけど彼と彼女は今引き離されている。俺が頼れるのが彼女だけのように、彼女もまた俺だけが頼り……だと信じたい。


「スガタ」
「――まさか、ねえ、うそでしょう? 僕に対してその能力を使うの? あはは、貴方がこの子供に対して? 同じ同類なのに使うんだ。へぇー」
「スガタ、貴方ではあたしに勝てない」
「それはどうでしょうね。だって僕は」
「『侵入者』――スガタを取り込んでもあたしには全て透して見えるのよ」


 灰色の瞳が青年を映し出す。
 そしてその能力が発動し、彼女は彼の精神へと潜り込んだ。ぐらりと少女の身体が崩れそうになる。俺は慌ててフィギュアの肩に手を添え、肉体を支える――と、同時に。


「にゃぁっ!? にゃんだこれー!!」


 スガタが暴かれていく。
 人間の輪郭だけが浮き彫りになり、その奥に何かの欠片とそれを包み込む靄の様なものが見えた。丁度胸元付近だろうか。少女の能力が自身の精神と同化して俺にも何が起こっているのか伝わる。しかし慣れていない能力の共鳴は精神をひどく揺さぶり、頭痛が起こり始めその痛みに唇を噛んだ。
 フィギュアはそろっと右手を持ち上げ、そして何かを引っ張る。


「惹手(ひきて)っ!!」
「させない――!!」
「ッ、くぅ、……」


 彼女が叫んだ瞬間、スガタの中にある何かが俺達側へと移動したように見えた。だがそれを遮る力が働いており、スガタよりも力が強いという少女でも完全には引き寄せる事が出来ずにいた。それを察した俺は素早く能力を重ねる。上手くいくかは運次第。俺のこの力が彼女に添えるかは分からないけれど、本能が「やれ」と叫んだ気がした。
 ふわっと全身の毛が上方へと浮き上がる感覚。ゆっくりと髪の毛が浮いて、そして俺はテレパシー能力を応用した能力、精神共鳴≪サイコメトリー≫を使用した。だがそれだけではない。とても難しい応用だが、そこに俺は更にサイコキネシスを上乗せする。


「今にゃ!」
「悪いけど、スガタ。貴方をあたしの支配下に置かせてもらうわ」


 肉体的攻撃ではなく、精神的に補佐するのは難しい。
 だけど彼女の誘導もあり、それは成功する。自分達の目の前に突如出現したのは鏡の破片だった。そして肉体から出てきたそれはフィギュアの手の中へと収まる。
 一方身体の方はその瞬間、糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ち、指先を痙攣させながら俺達の方へと片手を伸ばしてきた。


―― ソレを返せぇ……! 返せ、返せ……ぇ……。


 声になっていない、声。
 だけど伝わってしまうその声。
 青年の印象は無くなり、ぎょろりと目だけが動き、まるで異形のようだ。だが動力源の無くなった機械仕掛けの人形のようにそれはやがて動きを止める。靄が肉体から抜け出し、そしてどこかへと四散していく。あれをどうしたら良いのか分からなかった俺はそのまま見ているしかない。ただ、伸ばされた手がぱたりと落ちた瞬間だけ、俺はひくりと表情が引きつらせた。


「スガタ、起きなさい」


 フィギュアが声を掛ける。
 それは倒れている肉体にではなく、手の中にある鏡の欠片にだった。俺は彼女の手元へと視線を下ろす。そして。


「スガタにゃん!」


 己の膝を抱きこむように丸まって眠る少年の姿が其処には映し出されている。
 フィギュアは欠片をそっと俺の猫手へと置くと、ふぅっと全身の力を抜いた。脚の悪い少女にとって動けない事はかなりの痛手だ。もし肉弾戦に移行していた場合、彼女を抱えて俺は移動出来たのだろうか。


「スガタ、スガタ起きてくれにゃあ!!」


 俺はぺふぺふと獣の手で鏡を叩き、少年の姿のままのスガタを起こそうとする。この呼びかけで良いのか分からなかったけれど、フィギュアが止めないのだから良いのだろう。やがてその声は届き、少年は目を開く。


「あ、れ……僕、何をし」
「みぎゃぁぁぁぁ!!!」
「うわ、何、この悲鳴!」


 びびった。
 マジでびびった。
 だって起こそうと思ったのは鏡の中の少年だったから。
 まさかその少年が鏡の中で目を覚ますと同時に同じように肉体の方まで起き上がるとは思っていなかったから。
 その行動が可笑しかったのか、フィギュアがくすくすと口元に手を当てて笑う。俺の悲鳴に驚いた青年カガミは反射的にその両手を己の耳に被せていた。俺はフィギュアに飛びつき、尻尾を膨らませて威嚇する。ふーふーっ! と本当に猫のような行動に自分でも突っ込みを入れたい。


「スガタ、あたしはもうそろそろ限界……」
「え、フィギュアがどうしてここに」
「後は……自分で、探しなさい……」


 倒れそうになる身体を俺は慌てて支える。だけど全体重を支えられるほど俺は力が強くなかった。青年の姿をしたスガタが倒れ込んでしまった少女の背中に腕を回し、そしてさらりと垂れ下がる髪の毛ごと起こす。
 俺はおろおろとその場で右往左往し動揺する。
 『欠陥品』だとミラーに言われていた少女がこうして倒れてしまったら、自分が出来る事が何なのかわからなくて。
 しかも今目の前に居るこのスガタが本当にあのスガタなのかが分からないからこそ不安で仕方が無い。俺は手の中の鏡を見やる。その写る少年もまた、誰かを抱き起こすような格好をしていた。だがその腕の中にはフィギュアはいない。全く同じ動きをしているだけの、人形みたいだった。


「なるほどね。『侵入者』か」
「す、スガタだよにゃ? 本当にスガタにゃんだよにゃ?」
「ええ、僕は貴方の知っているスガタ本人です。まあ、外見は違いますけどね」
「うえ、うぇ、みんにゃどこに行ったにゃー!」
「あーあー、泣かないで下さい。はい、鼻チーン」
「ん、んぅ」


 相変わらず不思議空間から出現させてくるティッシュを青年カガミはつかみ出し、俺の鼻へと押し当てる。俺は遠慮なくそれに甘え、垂れそうだった鼻水をそれに吸わせた。
 スガタは腕の中に少女を抱えながら、己もそっと目を伏せる。もう彼には今この空間で何があったのか分かったのだろう。ただ俺がここに居るだけで伝わってしまうものがあるのだから。
 そして彼はふぅー……っと非常に長い息を吐き出しながら真剣な面立ちで俺を見た。その表情があまりにも真摯だったから俺はこくりと唾を飲む。


「さて、一つ問題があるんですよね。カガミの居場所は僕が分かるからいいとして」
「にゃら、にゃにが問題にゃ?」
「――この状況、ミラーに知られたら僕……絶対に殺される……」
「そこにゃのかよ!!」


 裏拳でびしっと突っ込みを入れる俺様。
 でも考えてみれば少女を口説いた?挙句にキスをして、更に気絶させるほど力を使わせたとなれば確かにあの少年は怒りそうだ。スガタはフィギュアを抱き上げ、それから彼女の頭を己の肩の方へと寄せる。それから天を仰ぎ、遠い目をした。


「あーあ、フィギュアはもう記憶してないでしょうし……消されたら本当にどうしよう」
「だ、大丈夫にゃ! 俺がフォローするにゃ! まかせろにゃ!」
「本当ですか。その言葉信用して良いんですよね?」
「もちろんにゃ!」


 えっへんと胸をはり、そこを猫手で叩く。
 うむ、自分で言うのもなんだけど普段よりかはちょっと頼りない気はするけれど、それでも一部始終見ていたのだから俺が一番の目撃者だろう。
 何はともかく、外見年齢は違えどスガタはちゃんと戻ってきてくれたみたいだし、問題は他の三人である。


「工藤さんは本当に優しい人で嬉しいなぁ」


 ほわんっとした笑顔が俺に向けられる。
 手の中の鏡でもいつものスガタが笑っていた。


「では『無限回廊』を通って、今度は未来へとカガミを探しに行きましょうか」
「未来?」
「そう、この姿は平行世界の僕のもの。これから行くのは工藤さんが選ぶかもしれない未来の可能性の一つ。そこにカガミはいる」
「……にゃんで俺の未来にゃんだー」
「さあ? あの場所に居た現実世界の人間が工藤さんだったから、とか? 残念ながら僕には良く分からないんですよね。力及ばずで悔しいですよ……」


 ぎりっと歯軋りをするスガタ。
 いつもより年齢が高いせいかその威圧感が増している。彼が歩けばフィギュアの髪の毛も地面と思われる場所ぎりぎりで浮きながら移動していく。俺は置いてけぼりを食らわないように二人の後ろを追いかけた。
 そして、俺はミラーのように拒絶されない事が嬉しくて少しだけ尻尾を揺らし、えへへっと小さく微笑んだ。




―― to be continued...










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第四話となります。
 今回は最後がいつものテンポに戻ったかなっと!
 スガタがミラーに何かされそうになったらフォロー宜しくお願い致します(笑)
 そして青年スガタですが、本物でした。現在鏡の中と工藤様の傍に居る彼と別れているように見えますが、ちゃんとどちらもスガタです。


 次はあるかもしれない未来へと行きます。
 カガミの能力である『現在経路とちょっとした未来を見る事』が関わってきます。なので次は工藤様が歩むかもしれない未来(願望)が垣間見れたら良いなと願いつつ。