コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Case.2 ■ 灰色の翼―V 




 朝陽を背に浴びながら、勇太と武彦は神社へと向かって歩いていた。勇太の耳には相変わらずの物悲しい歌声が聴こえて来る。
「そういえば草間さんも不思議な夢を見たって言ってましたよね?」勇太は思い出したかの様に尋ねた。「どんな内容だったんです? 日没がタイムリミットって…」
「…お前は、どんな夢を見たんだ?」武彦が尋ね返す。
「…母さんが夢の中に出て来たんだ…。今じゃ昔みたいに会話も出来ない母さんが、夢の中で普通に俺に話し掛けてくれた」勇太は自分の掌を見つめた。「母さんが言ったんだ。彼女を助けてあげて欲しい、って…」
「彼女?」
「うん。誰の事を言ってるのかは解らない…。けど、多分…」
「あぁ。きっとこの凰翼島の天使の事だろう。俺の夢には本人が登場したからな」
「本人って、天使!?」
「あぁ、そうだ。灰色の翼を背に生やした金髪の少女だった」
「何か言ってたの?」
「いや、残念ながら何も声は聴こえなかった…。が、日没と共にこの島に大きな地震が訪れて、凰翼山が噴火をした。天使の翼が真っ黒になると同時に、な」武彦が足を止めた。「恐らく、俺とお前に何かを伝えようとしたのは天使の意思だろう。俺達は夢だけじゃなく、直接彼女に会わなきゃならない」
「山の噴火、真っ黒な翼…。急がなきゃ…」



――。



 ―凰翼山、天使の祠を祀る洞窟を護る神社。昨夜は夕暮れの中で訪れ、あまり気にしていなかったが、『護凰神社』と石版に刻まれた文字を勇太は目にしていた。どうやら神社の名前の様だ。
「少年、待っておったぞ」神主が中央の社の目の前で立っていた。
「神主さん」
「どうも、草間興信所の草間です。貴方がこの護凰神社の神主さんですか」
「いかにも。やはり二人組であったか…。“予言”は見事に的中したと言う訳か…」神主がそう言うと、少し悲しそうな表情を浮かべた。
「“予言”?」
「…ワシの孫は巫女としてこの神社で育てられていての。天使様の言葉や声を聞きながら、その有難い“予言”を受取りながら島に繁栄をもたらしておる。最近では“予言”を求める島民も少なくなってしまったがのぅ…」
「…成程。それで、“予言”の内容とは?」武彦が尋ねる。
「…島に災厄が降りかかる予兆は、二人の男が訪れし時。彼の地より訪れた旅人、少年は天使に出逢い、男は悪魔に出逢う。災厄は悪魔が天使を喰らう時。荒ぶる霊峰は牙を剥き、全てを無へと帰す」一人の少女が歩きながらそう言って神主の横に立った。
 勇太と同い年ぐらいの少女が、澄んだ瞳で武彦と勇太を見つめる。思わず言葉を失ってしまった。巫女服を纏う少女は、黒く長い髪を真っ直ぐ伸ばしている。肌の白さも重なり、まるで人形の様な風貌をしている。
「凛…、人前へ顔を出してはならん…」
「この子が、その巫女ですか?」武彦が尋ねる。
「…護凰の巫女に御座います」凛と呼ばれた少女が静かに口を開いた。「人とは異なる能力を持つ少年と、おおよそ計り知れない闇を持つ来訪者…」
「何で…その事を…!」勇太が思わずたじろぐ。が。凛は真っ直ぐ勇太を見つめて何も喋ろうとはしない。
「…確かに、本物みたいだな」武彦がポリポリと頭を掻く。「さっきの言葉が天使の“予言”だとするなら、どうやってその言葉を知るんだ?」
「…それは、貴方達と同じです。“夢”は天使様が唯一私にお話しをして下さる方法です」
「俺達が見た“夢”を知っている…?」勇太が尋ねる。
「はい…。天使様は二人に“夢”を見せる事で、ここへと訪れる事を促しました。私は洞窟を共に進み、天使様に逢わなくてはなりません。人とは異なる能力を持つ少年。貴方と共に」真っ直ぐに勇太を見つめて凛はそう言った。
「工藤 勇太。勇太で良いよ」勇太は少し気恥ずかしそうにそう言って目を逸らした。
 同い年ぐらいの女の子が、自分の能力を知りながらも怯えたりしない。それは勇太にとっては不思議と嬉しい感情を生んでいる。
「…凛、洞窟の中へ進むのなら、清めの儀式はお前がやるのじゃ」神主が三人のやり取りを見た後で溜息混じりに凛にそう告げた。「お前が行くのは反対するつもりじゃったが、天使様が呼んでいるのなら仕方あるまい…」
 神主がそう言うと、凛はコクリと頷いて答えた。
「清めの儀式ってのは?」武彦が尋ねる。
「天使様の御堂の最深部へ向かう最中、幾つかの試練があると聞く。一般の人間が入れる場所まではただの洞窟なのじゃが、最深部にある御堂はまるで異世界、と」
「行った事はないんですか?」
「神主であるワシも、祠の奥にある御堂には立ち入る事は出来ぬ。代々巫女となる者だけが、先代の巫女に連れられて行くのじゃ。ワシが一般に行う清めの儀式とは、名ばかりの物。本来は御堂に入る時のみ、巫女が施す神術の事を指すのでな」
「勇太達は大丈夫です。私が御堂の前で施術致します」
「そっか…。なら、急ごう」
「草間殿、勇太殿。どうか凛と、この凰翼島を頼みます…」
「えぇ。やってみます」
 神主に見送られ、三人は凰翼山の中へ続く洞窟へと足を踏み入れた。





――。






 もう春真っ盛りだと言うのに、洞窟の中は肌寒い程だ。しかし、勇太の耳には旅館にいた時とは比べ物にならないぐらいの悲痛な天使の歌声が聴こえてきていた。近付いている。歌声を聴くだけで、その確証は得られる。あまりに悲痛な歌声に、思わず勇太は顔をしかめていた。
「…勇太。貴方にも天使様の歌声は聴こえるのですね」凛が勇太を見つめて呟いた。
「貴方にもって事は、やっぱり巫女であるお前にも聴こえるって事か?」頷いた勇太の後で武彦が尋ねた。
「はい。巫女は天使様に近しい、人で在って人でない者。天使様の歌声は、巫女が巫女となった瞬間から、常に聴こえています。それが、巫女たる証」凛はそう言ってから小さく笑った。「ですが、私は巫女失格です。嘘を吐きました」
「嘘?」勇太が尋ねる。
「天使様は、二人をここへと呼びました。ですが、私まで行かなくてはならないと言うのは嘘です」
「えっ、それマズいんじゃ…!」
「ですが、巫女はその一生を普通の人よりも短く、四十まで生きる者すらいません。巫女が巫女としての力を次の代へと継承した後、先代の巫女は衰弱してしまうのです」凛は少し寂しそうな表情を浮かべてそう言った。「私もまた、その一人。ならば、一度で良い。天使様の言葉を、真意をこの目で見つめたいのです。“夢”だけの存在に操られるだけでは、虚し過ぎますから…」
「やれやれ、巫女としては失格だな…」武彦が呆れた様に呟く。煙草に火を点け、紫煙を吐き出して言葉を続けた。「だが、その心意気や良し。運命に抗おうとするのは人の運命ってヤツだ」
「…草間さん…」凛が武彦を見つめた。「洞窟内は禁煙です」
「運命に抗うヤツが細かい事言うな、ハッハッハ」




 神主の言っていた通り、洞窟内は広く険しい道程だ。既に二時間近く歩いているが、まだまだ最深部へと辿り着く気配すら覗えない。
「…ここで少し休憩するか。歩き続けるのも凛には辛いだろう」
「…申し訳ありません」
「まだ時刻は九時。日没まで時間はあるからな」
 崖を削られた坑道の様な空間を進んでいると、中央に焚き火をした形跡がある少し広めのスペースに出た。武彦が近くに大量に結んで放置されている薪を何本か拝借し、クシャクシャに丸めていたレシートに火を点けて薪に広げた。三人は焚き火を囲う様に座り込んだ。
「凛、あとどれぐらいで御堂に着くの?」
「このペースで進めば、あと一時間かからない程度でしょうか」
「うへぇ、それでもまだまだ歩かなきゃいけないのか〜」勇太がその場に寝転ぶ。
 勇太は自分達が螺旋階段を歩く様に崖沿いを下ってきた道を見つめる。その先には漆黒の闇。ここは山の中央付近だろうか。
「…私が巫女の継承を済ませたのは、十三の時。つまり、三年前です」凛が口を開いた。「母と共にこの道を下り、この場所で焚き火をしました」
「母親…か…」武彦がそう言って勇太を見つめた。
「母は去年、私に巫女の力を継承して衰弱した後、息を引き取りました。聞かされていた伝承と同じ様に、静かな最期を迎えました」
「…よっと」勇太が身体を起こし、凛を見つめた。「…やっぱ寂しい?」
「寂しくないと言えば、嘘になります。私の父は私が幼い頃に亡くなっていますので、私には神主である祖父しか家族はいません。ですが、伝承として母から聞かされていた話でしたので、突然の別れではなかっただけ、幾分冷静だったのかもしれません…」
「…強いな」武彦が呟く。
「いえ、私は祖父に散々泣いて迷惑をかけてきました。そして、母も辿った受け止めるべき運命を、素直に受け止める事も出来ず、こうしてお二人と一緒にここに来ているのです。決して強い訳ではありません」
「…凛…」
「天使様にお逢いして、尋ねてみたいのです。私達、護凰の一族が何故こうも短命であり、奇異な存在として居続けるのか。私もまた、その運命を受け止める前に、抗いたいだけなのかもしれません」
「…勇太と凛、似ているかもしれないな」武彦が呟いた。
「俺と?」
「私が?」
「あぁ。運命に抗いながら、普通のガキじゃ到底ぶつからない問題に直面して、それでも強く生きようとする。お前らは、背負ってる物は違っても、何処か似てる様な気がしてな」
「何だよ、それ」勇太が顔を赤くしながら顔を背けた。
「では、勇太。私と結婚してください」
「はぁ!?」唐突な凛の言葉に、思わず勇太が叫びだす。武彦もあまりの唐突な言葉に、咥えていた煙草を落とした。
「この運命の枷を知らず、理解出来ない一般の方との婚儀は私も喜ばしくありません。貴方は顔も整っていますし、私の気持ちを解ってくれそうです」
「えっ、ちょっ…! ななななな何言ってんだよっ!」
 あまりの動揺に武彦は笑っているが、凛は真面目に勇太を見つめていた。



 三人の道中は、未だ続く…。




                                     Case.2 to be continued....