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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜入り混じる偽りと真〜


 それは、できれば見えない方が幸せな光景だった。
 海を埋め尽くす無数の幽霊船が、一路アラスカを目指して北上している。
 その幽霊船に向けて、炎の弾が乱れ飛ぶ。
 戦艦の機関砲が火を噴き、幽霊船を次々と撃沈していく。
 無論、その戦艦は通常の戦艦ではない。
 あの世のものを打ち倒す力を持った、特殊な船である。
「三島准将! 七時の方角距離二百に敵影」
「銀弾頭撃ち〜かた始め!」
「撃ち〜方始め」
 戦艦の上で、いくつかの声がこだまする。
 その舳で指揮を執るのは気分と実力は准将の三島玲奈(みしま・れいな)、彼女が叫ぶたびに、幽霊たちが爆散した。
 それでも、幽霊たちは叢雲の如く現れ、キリがない。
 彼女はため息をつくと、ひらりと空に舞い上がる。
 聞く耳を持たない連中ではあるが、訴えたいことはある。
 船から振り落とされ、醜い姿に成り果てながらも陸を目指す亡者たちに、玲奈は眉をひそめ、悲しそうな表情で言った。
「いい加減、気付きなさいよ! アンタたちの帰る港は、もうないのよ!」
 けれどやはり、亡者たちの動きは止まらない。
 彼女はまたため息をついて、砲撃をうながすため、右手を上げざるを得なかった。
 
 
 
 同じころ、東シナ海でも奇怪な現象が起きていた。
 千名収容できる豪華客船が座礁し、大きな火柱をあげて炎上していたのだ。
 空から消火剤をまく消防ヘリのパイロットたちが、気味悪そうに客船を見下ろす。
 今月は超過勤務が多い。
 なぜなら、
「これで今月は4隻目だぞ」
 ひとりのパイロットがぼやいた。
 客船ばかりが、海の藻屑と化していく。
 こんな偶然は、あるはずがない。
 ことさら信心深いわけでもなかったが、誰も彼もが何かの意図の力を感じ、身震いするのを抑えられなかった。
 もうもうと黒い煙を天に突き差し、ヘリも上手く上空を旋回できない。
 先ほどから消火剤が標的を外しまくって、まったく役に立ってはいなかった。
 だが、彼らの命も大事である。
 こちらへと急遽向かわされた玲奈が、額に手を当てて空をむなしく飛んでいるヘリを見上げて言った。
「全く人いや艦使いの荒い…報酬は規定額+お国の可愛い制服ね」
 場違いだが、彼女としてはだいぶ切実なお願いを口にすると、周囲に立っていた乗員のひとりが苦笑した。
「全く准将どのは」
 約束したわよ、と念を押し、玲奈はまた空に飛ぶ。
 まずは乗客の身の安全の確保からだ。
「船が沈んだって、困るのは持ち主だけだし!」
 人を助ける女神の台詞とは若干言いがたい台詞を快活に口にして、玲奈は猛火の中心へと飛翔する。
 火の粉が飛んで来る距離まで近づいたところで、彼女ははたとある仮説に気がついた。
 
 
 がれきの間で、ひとり手を合わせて祈る少女がいた。
 名は瀬名雫といい、ある場所では非常に有名な少女である。
 某市某所――そこは以前、同人誌の即売会が行われた場所でもある。
 今はすべてががれきに変わり、見るも無残な状態だった。
 その背後に、くたくたに疲れ果てた玲奈が近付く。
 身体は疲れていたが、今はそれどころではない。
 玲奈はあることに気付いたのだ。
 振り返った雫に、彼女は決然と言い放った。
「今、各地で起きていることには関連性があるわ」
「玲奈ちゃん、どういうこと?」
「現実が虚構を模倣する。虚構が現実に先駆ける…現実と虚構の相関関係よ。今起きてる事件は全部、虚構で先に起きてることなのよ!」
「今起きてる事件? …えーっと」
 雫がうーん、とうなって考え込む。
「客船炎上…タイタニック?」
「そうよ、雫! 急がなきゃ」



 花火が打ち上げられ、赤と白のテープにはさみが入る。
 盛大な拍手と歓声があたりを包み込んだ。
 ここはタイタニック号記念館の落成式だ。
 テレビ局も入って、あらゆるところに華々しく情報が伝播する。
「近年、寝た子は起こすなという機運が徐々に薄まり、ようやく研究に拍車がかかります!」
 舞台の上の学芸員は感無量といった感じで、今日の落成式を讃えた。
 彼の熱弁は人々の頭上に花吹雪のごとく降り注ぐ。
 だが、その片隅に、今日の落成式を喜ばない人もいた。
「いや、起こしちゃなんねぇ」
 老婆が憎々しげにつぶやいた。
 その視線の先で、さらに彼女の気持ちを踏みにじる行為が続く。
「これがタイタニック号最後の晩餐の献立です!」
 競売にかけられる、タイタニック号の献立表――老婆の目が憎悪に染まる。
 そこへ玲奈と雫が血相を変えて飛び込んで来た。
「あそこよ!」
 憎悪の渦の中心を見つけ、玲奈は老婆の前に降り立った。
 その昏い目が玲奈をじろりとにらみつけたが、玲奈は敢然とその目を見つめ返した。
「絶対安全の神話に虚構が楔を穿つ。貴方の警鐘は御尤も。だが研究者を呪殺して何になります? 誰も脅えて憂いに備えなくなる」
 老婆は黙って舞台を指差した。
「あれをやめさせるんじゃ」
 玲奈はうなずき、舞台に飛んだ。
 突然の乱入者に驚く学芸員と競売者――玲奈は怒りをこめてふたりに言い放った。
「苦しい予算は判りますが少しは遺族を慮って下さい!」
 虚構を現実に反映させないようにするには、どこかで連鎖を断たねばならない。
 玲奈の渾身の台詞は、学芸員に届いたようだった。
「…君の言うとおりかもしれないね」
 それを聞き、ほっとする玲奈と雫。
 研究費の足しにと、雫が自分の財布から、なけなしの乏しいお小遣いの残りを競売用の台の上に置いて去ろうとした。
 それを見た研究員は雫を引きとめ、笑顔でかぶりを振ったのだった。
 
 
〜END〜