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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【迷宮編・5】 +



「俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)。十八歳の現役高校生! 常日頃から『リア充になりたい!!』と恋人持ちのダチに叫ぶ日々を送っているちょっと寂しがり屋の男の子。絶賛恋人募集中!」
「勇太よー、それ誰に言ってんのさ」
「なんか主張しておかねーと駄目っぽくね!? だってやっぱ可愛い彼女とか欲しいじゃんー! 青春してーよぉー!」
「やっぱ女の子とそれなりの仲になるのは良いぞ。アレやコレやソレや」
「アレやコレやソレって……」


 ごくり。
 勇太の唾が飲み込まれる。友人の言うアレやコレやソレをもやもやと頭の上に浮かべそして言葉の先を期待し、言葉を待つが。


「ま、頑張れ」
「教えてくんねーのかよ!」
「実践経験の方が良いじゃん。お前こそ気になる女の子とか居ないのか? あ、別に俺は男でも気にしないから。偏見ないから安心して暴露していいからな」
「お前の思考回路がどうなっているのかが俺にはさっぱり分からねーよ」


 昼休みの教室で俺と友人が語り合う。
 その内クラスメイトが集い集め、昨夜のドラマの話や話題の歌手の話題へと移行していく。しかし青春まっさかりの男子高校生にとっても恋愛の話は興味あるもの。恋人持ちからは、勇太の肩にぽふっと手を置かれイイ笑顔を浮かべられたり、同じく独り身の友人らと「けっ」と拗ねてみたり。
 それはなんて平和な日常。
 一般高校生が過ごすに相応しい一コマ。


「いやー、しかし俺さ。一年前の事故のせいで記憶喪失になってガチで自分の事が分からなくなった時はマジで焦ったけどよ。今じゃ割としっかりと生活出来てんだからやっぱ人間って凄いよなぁ」
「そうそう。親友の俺の事も『誰?』とか言ってたもんなー。あん時はショック療法で直してやろうかと、こう、拳を、なぁ?」
「ちょっ! いじめかっこわるい!」


 別の友人の背中に隠れながら勇太は逃げる。拳を作った友人は「冗談だっつーの」とけらけら笑いながらその手を下ろした。
 勇太は笑う。
 笑う。
 それは一般的な人間として。
 己の事をすっかり忘れ、過去を捨て去った人間として。


―― だけど『彼』は後悔していなかった。



■■■■■



「これは『工藤 勇太』――お前がいずれ辿るかもしれない未来。むしろ最善かもしれない未来の一つ。そしてこの可能性を選択した場合、お前は<迷い子>の定義から完全に外れる」


 『無限回廊』とフィギュアが呼んだ暗黒の道を歩んだ先にはスガタの宣言通りカガミが存在していた。彼は今スガタと同様に二十歳程の青年の姿へと成長を遂げている。彼らに成長という概念があるというのならば、だが。腕を組み、面白げに目の前で繰り広げられている一般高校生の日常へと彼は視線を向けたまま俺達を見ようとしない。存在に気付いていることは台詞から明白だ。
 スガタは姫抱きにしたフィギュアを落とさぬよう改めて抱き直す。そして俺を庇うかのようにそっと体の角度を変えた。


「カガミ」
「スガタ。お前も分かっているんだろう。<迷い子>がどうしてこの世界に迷い込んでくるのか。大なり小なり人という生き物は迷いを抱く。時に選択肢を迫られ、行く先を選び抜いて人生を歩んでいく。だけどソイツが抱く能力は異能で、それゆえに迷いも大きい。ならば『失えば』終わりだ」
「カガミ……じゃないね。カガミならもっと工藤さんの性格を考えて言葉を吐くもの」
「姿見というものは便利だな。中身が違っていても一瞬は騙す事が出来る。幸いにもその女は眠りについているようだし、俺の力を使用するには最適だ」
「にゃっ! お前カガミじゃにゃいにゃん!?」
「さて、未来を現実にするか」


 ふっとカガミが姿を消す。
 ざっと地をする音を立てながらスガタが構えた。しかし彼の腕の中には眠り姫。俺もまたチビ猫獣人とはいえ、体勢を整えた。小さな身体は小回りがきくけれど能力を操るにはちょっと不便。そしてカガミが出現したの丁度俺の後ろ。


「にゃぁあ!!」
「工藤さん!?」
「記憶操作は俺よりも適任者がいるんだが、ソイツは今必死にお姫様を追いかけてきてる途中だからな」


 青年となったカガミの影が身体に掛かり、自分の顔の前には彼の手が翳される。スガタはカガミの行動に気付くのが遅れ、表情を強張らせた。フィギュアはまだ目覚める気配がない。俺はぎりっと小さな歯を噛み締めながら、何回りも大きいカガミを睨み付けた。


「俺の、記憶を消すのにゃ?」
「辛い事、悲しい事をゼロに変えるだけだ。安心しろ。お前の未来はさっき視たとおり『保証されて』いる」
「アレは今までの俺をすべて否定する未来じゃにゃいか! こんにゃのいやにゃ!」


 ぶわっと俺の中に燻る怒りの炎が敵意という形でカガミを襲う。
 サイコキネシスを応用した能力、真空の刃が目の前のカガミの姿をしたカガミでないものを切り裂く。だが、肉を裂かれても彼は抵抗するわけでも避けるわけでもなくただわらっていた。……嗤って、いた。


「それで?」


 カガミの目が狂気染みた色へと変わるのを俺は確かに視た。
 痛覚がないわけじゃないだろうに、彼は痛がる素振りなど一切見せない。むしろけろっとした表情が余計に恐怖を心に植えつける。


「お前には『俺』を攻撃する事しか出来ないじゃないか。誰かを傷つけて、誰かの心を壊して、己の心すら押し殺して挙句の果てにこんな夢の世界に依存して暮らしている。――だからもう終わらせてやる。そして行けよ。ゼロの世界へ」
「止めて、カガミッ! それは僕らが手を出すべき領域じゃない!」
「――そんなの絶対にいやにゃ!!」


 俺の頭をボールか何かを掴むかのように大きな手が被さり、力が込められる。その痛みが明確に伝わってきてサイコキネシスの暴走を招く。目の前のカガミが切り裂かれて、血を零す。皮膚を裂き、抉られた肉は骨を垣間見せる。
 違う。こんな事がしたいんじゃない。だけど本能は逆らえない。だって記憶を失いたくないのだと全身が叫んでいる。血液が怒りに熱をあげ、沸騰しそうだ。
 たしかに辛い事はいっぱいあった。でも自分を作り上げて来たのは今までの出来事があったから。いろんな出会いがあり、いろんな経験をして自分なりに昇華して力に、強さにしてきた。
 それをすべて失って得るものとは『幸せ』と呼ぶのだろうか。


「記憶を消すなら、僕が消したいな」


 不意に暴風と言っても過言ではないほどの激しい風が辺りを覆う。そして次の瞬間、俺の頭を掴んでいた手が――落ちた。手首からすっぱりと切れたその光景に俺はぞわっと背筋に寒いものが走る。首を振ればごとりとソレは抵抗無く地面に落ちた。
 拘束から解き放たれた俺は慌ててスガタの足元へと逃げる。風がやめば其処には一人のゴシック服装の少年が存在していた。ふわりと空中に姿を浮かばせ、決して地面に足先を付けないその様子は冷静に見えるけれど、今しがたの能力の使い方を思えばそれは間違いだとすぐに分かる。


「ミラー!!」
「悪いけど、僕は今色んな意味で手加減が出来ないほど怒っているんだ。スガタ――とりあえず君の処罰は後でね」
「うわ。やっぱり来た……」
「そして<迷い子>。君についても少し論議が必要だね。『侵入者』を連れて来た挙句、フィギュアに害を成し、僕らの管轄内のフィールドを歪ませかけた行為は少々目に余る」
「そ、その『侵入者』ってにゃんにゃんだにゃ!」
「説明は後……さて、カガミ。僕はフィギュアのように優しくはないんだ。悪いけど強制的に排除させて貰うよ」
「にゃー!! カガミを傷つけちゃ駄目にゃー!」
「君、ちょっと煩いよ」


 俺は自分の能力の暴走を少々棚に上げつつも抗議する。
 だが手首をすっぱりと切ったミラーの攻撃の方が容赦がなく、冷淡さがあった。これが超えられない壁なのかもしれない。同種だと彼らは言う。同じ夢の世界の住人で、同じように迷い込んできた俺のような人間を導いている者達の立場からしたらこれらの行動は『正当』なのかもしれない。だけど。


「アイツの記憶、消してやればいいのに」
「僕もそう思うよ」
「酷ぇよな。兄弟と言ってもいい俺に対しても遠慮なく攻撃かよ。ほら、見事に右手が無い」
「だって君はカガミだけどカガミじゃないもの。本質を見失わなければ何を戸惑う必要性があるの? ……と、言うわけで」


 瞬間、ミラーはその右手を目にも止まらぬ速さで横へと滑らせる。
 俺はただ見ていることしか出来なかった。


 ミラーはカガミの胸元を切り裂く。
 それはスガタに対してフィギュアが行った行為と同じ意味合いを持っている行動。だけど精神的なものと、肉体的障害とは視界が違う。距離を瞬間的に詰めたミラーは避けたカガミの胸元に指先を纏め、尖らせた手先をのめり込ませる。ずぶずぶと入り込んでいくそれはまさにホラー光景。スガタが俺にそれを見せないように立ち塞がってくれるけれど、自分はそれを拒んだ。だって見なければいけない気がしたんだ。部外者だとか言われても、俺は先を恐れない。
 やがてずるりと真っ赤な血に塗れたミラーの手が何かを抜き出す。それは血液に塗れていたけれど、今俺の手の中に存在しているスガタが入っている鏡と同じものだという事が直ぐに分かった。
 そしてカガミはヒュー……ヒュー……とまるで肺に穴を開けられた人間のように掠れた呼吸を零したかと思うとそのまま場に仰向けに倒れ込んだ。


「ひっ――カガミッ!!」


 俺はスガタの足元から飛び出し、ミラーとカガミの元へと駆け出す。
 生きている。
 口から血を吐き、右手は失い、胸を貫かれ、全身を俺の能力によって裂かれても彼は『生きていた』。
 ミラーは倒れた青年の姿を見てから、手の中の鏡へと視線を下ろす。その鏡の中に収められているのは一人の少年。青年同様倒れ込んで苦しげに呼吸を繰り返してはいるが血塗れではない。それに手もくっついていた。
 彼は空中から刺繍の成された綺麗なハンカチを取り出し血を拭い去るとその鏡を俺に手渡してくれた。俺は涙が浮き出して、零れそうになる。だけど滲んだ景色の中、青年の方のカガミの体から靄のようなものが逃げ出すのを俺は見つけた。おそらくスガタの時に逃げ出した時と同種なのだろう。前回は逃がしたが、今度はミラーがそれを許さない。


 靄に対して視線を向けると彼は「操眼(そうがん)」を使う。
 非常に力を使う能力ではあるが、力の弱っている相手を己の言いなりにさせる力だ。その説明をスガタから受けた俺はミラーに対してより一層怯えにも似た感想を抱いてしまう。それが伝わってしまったのかスガタは「普段は使わないんですよ」と小さなフォローを入れた。


「さて案内してもらうよ。三日月邸まで」


 そのミラーの言葉を合図に、一本の<道>が開いた。


 スガタの腕の中からミラーは愛する少女を受け取ると俺達の方も見ずに歩き出す。
 置いていかれると感じたが、カガミがまだ倒れたままだ。しかも彼は現在重症を負っている。俺はおろおろとミラーとカガミを交互に見やった。


「……未来は」
「カガミっ」
「未来は、複数の道を……巡る。一択、じゃ、ない」
「しゃ、しゃべっちゃ駄目にゃー!」
「お前の、記憶、……が消える未来……は、ただの、可能性の……一つ、だろ?」


 ああ、ここに居るのはカガミだ。
 どれだけ外見が変わっても中身はいつものカガミだ。俺は安心からか、ぼろぼろと涙を零す。それを見たカガミは右手を持ち上げる。だがその先には――。


「カガミの再生には少し時間が掛かりますね」


 切れた手を持ってくるという光景はちょっとシュールだ。
 スガタはカガミの手を持ってくると切れたその先に触れさせ、それから両手で繋ぎ目を隠すように包み込む。スガタは目を伏せ、そして祈るようにその手を持ち上げた。


「あー……来い」


 右手が使えないカガミは心底だるそうに、だけど少しだけ困った笑みを一つ浮かべて左手で俺を招いた。当然それを拒む理由が無い俺は素直にカガミへと寄る。そしておそらく右手でしようとしてくれた行為……頭を撫でてくれた。そしてぽそぽそと何かを口にする。だがそれは上手く音が聞き取れず首を傾げてしまった。カガミはふぅっと吐息を吐き出した後、俺の首に腕を回しそのまま肩元に抱き寄せ、そして自分を安心させてくれるかのように肩を二度叩いてくれる。


「<ゼロ>から、護って……やるから、ちょっとだけ、……待ってろ」


 そしてカガミはにぃっと大胆不敵に笑むと己の身体を休めるため、その瞼を下ろした。




―― to be continued...










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、第五話となります。
 未来の可能性の一つへと飛んで頂きました。能力の事も一切忘れ、こんな風に明るく生きている工藤様はどうでしょうか?
 その裏側を詳しく書く事は今回出来ませんが、もし機会があれば。

 さてミラーと合流です。
 折角フォロープレイングを頂いたのに、展開上活かせずぎりぎりしております(涙)

 次は三日月邸へと行きます。
 流れで分かると思われますが出てくるのはもちろん彼女達です。