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ここではないどこかに
ダンスフロアは、つい数時間前の物々しさはなく、ただ真っ暗で天井を見上げれば天窓からわずかな星明かりが落ちてくるだけだった。
そこに移動した工藤勇太と海棠秋也は辺りを見回した。
勇太は耳を澄ませるが、あれだけうるさい程に騒いでいた思念の気配が、既に薄れていた。
「思念が……見つからない?」
「……誰かが持って行ったとかはないのか?」
「うーん、どうなんだろう。あっ、そうだ」
勇太は海棠を見ると、海棠は床に膝をついて、手を触れさせていた。残っている思念の魔力を探っているのだろうか?
「何か残ってた?」
「……変な気がする」
「変って?」
「……今まで、思念が完全に残っているか、怪盗に思念が浄化されて消えているかのどちらかだったのに……どうしてわずかだけ気配が残っているんだ?」
「えっ……?」
勇太はもう1度耳を澄ませる。目をぎゅっと閉じ、耳に意識を集中させる。
『取らないで』
『私から取らないで』
『取らないで』
『彼を取らないで』
ここで海棠を待っていた時に聴こえた声よりはわずかに小さくなっていたが、確かに残っている。でも……。
「思念って、秘宝としてこの場にあったはずなんだよね? 何で声が移動してるの?」
「……単純に考えたら、秘宝が移動したとしか考えられないけど……」
「あれ……?」
勇太は首を傾げる。
あの場で秘宝は副会長が用意していた物だけだったはずなのに、何で副会長が用意した物だけじゃなく、もう1つの方の秘宝を持って帰れるんだろう?
「あのさ……確か海棠君は、怪盗を助けたんだよね?」
「ああ」
「怪盗は、何を副会長から盗んでいったの?」
「……確か、卒業生が作った鏡」
「鏡?」
「…………」
海棠は頷く。
なるほど。それを持って行ったんだ。
「あのさ、この場に副会長が持っていた物の中で気になった物はない?」
「いや? 副会長は鏡以外だったら、フェンシングの剣しか持っていなかった」
「じゃあそのフェンシングの剣とかは?」
「それは多分違う」
海棠は軽く首を振る。ますます分からない。
海棠は床からようやく立ち上がって続ける。
「フェンシングの剣は、フェンシング部の物だから。フェンシング部の剣はつい最近全部新しく買い直されているから。秘宝の条件が学園にある古い物だとしたら、あの剣はカウントされない」
「うーん……じゃあ他の人が来て持って行ったとか……?」
「少なくとも、あそこには痺れ薬を撒かれていたから、副会長以外はいなかったはずだけど。俺がここに来た時も、ダンスフロア内に入ってきた生徒はいなかったはずだけど」
「ん……だとしたら、副会長が持って行ったって考えるのが自然なのかな」
「……あくまで推測だけど」
勇太は首を傾げると、海棠は口を開く。
「副会長は、気付かない内に持って行ってしまったんじゃないか?」
「気付かない内に? そんな事ってあるのかな……」
「いや、思念だから。逆もあるのかなって思っただけ」
「逆って言うと……?」
「副会長の最初から持っていた古い物に憑いたとか」
「憑いたって、そんな幽霊じゃないんだから」
「付喪神だって元の形から変わってしまうんだから、ありえないとも言い切れないと思うけど」
「うーん……」
まあ、ありえない事がありえないのは、この学園で起こった様々な現象を考えてみれば、納得できる話かもなあ。
勇太はそれだけ思った。
「まあ、しばらくは副会長の様子を見た方がいいかなあ……」
「そうかもな……俺はしばらくしたら忙しくなるけど」
「そっか。音楽科の演目があるんだったっけ。じゃあ俺が取材名目で見に行ける時に様子見に行っておくよ」
「ああ、頼む」
2人はそのまま、何事もなく理事長館へと戻って行った。
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気付けば時計は既に12時を過ぎていた。
「ああ〜、明日も早めに部活行かないと駄目だったんだっ!」
「そうか……じゃあ、おやすみ」
「うんっ、おやすみ! あっ、泊めてくれてありがとう!」
「いや?」
海棠が珍しくふっと笑って自分の部屋へ戻っていくのを見ながら、勇太もあてがわれた部屋へと戻って行った。
<了>
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