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<東京怪談・PCゲームノベル>


まだらイグニッション! そのなな。



 善があれば、悪もある。
 表と裏。光と影。
 その中間は、では「まだら」ではないのだろうか?
 完全に「別」のなにかではなく、どちらも混ざった、不安定なものではないだろうか?

 二人は対峙していた。白と黒のタイルが交互に敷かれた不可思議な空間で。
 座って、チェスをしている。
 ふと、片方の手が止まる。
「脱落者が、なにか……」
「なにか?」
「ウテナのカードを、こんなことに使うなんて……!」
 驚愕の声をあげて、チェスの駒を一つ、強く盤上に置いた。



 すべてに腑が落ちた。
 今までのことに納得が、いった。
 リタイヤの「逆転」に関しては賭けでしかないけれど、この目の前の扉を開くには、思いつく方法はこれしかない!
 目の前にあるのは巨大な扉。
 最後の一度きりの、心の底からの願い。
(ウテナのこと、嫌いじゃないのよね)
 ウテナにとっては、それはもう扱いづらい主人だったことだろうが。
 嫌いじゃないし、信じている。
 なぜなんだろう? なぜここまで信じられるのだろう?
 あの笑顔も嘘だったかもしれない。絆だって、ちっともあがっていない。でも。
 ここまで苦楽を共にした。それに、うそだとしても、笑顔も見れた。
(あたしがもっとうまくやっていれば、ウテナの笑顔ももっと見れたかもしれない)
 だからもう一度。
 この手に、チャンスを。
 ここはきっと分岐点。選んだ道先では、もしかしたらどちらも苦難が待っているかもしれない。それとも、片方の道では幸運を掴めるかもしれない。
 わかりはしない。
 それはきっと。
(ここがゲームでも、現実世界と同じように理不尽だから)



 カードたちが集められている部屋では、異変が起こっていた。
 能力カードというのは、基本的に参加者を助ける役割を担っている。
 彼らを助け、導き……陥れる役割を。
 このゲームには「終わり」がない。延々と繰り返すように作られたゲーム。
 それは製作者の意図ではない。
 『指揮者』は製作者たちの知らないところで、すり替わった。
 能力カードたちに意志はない。
 指揮者が誰になろうと、彼らは命令を、プログラムをおこなうだけ。
 ゆっくりと鎖に縛られている一つのカードが、瞼を押し上げる。
 ウテナ。
 最弱のカードであり、使いようによっては、最強のカードにもできる。
 性別のない状態で待機しているウテナのマスターは、現在、一人だけ。ほかのマスターはすべて脱落してしまった。
 男性体にまでなったのに、マスターの少女は脱落してしまったのが最近の出来事だ。
 ウテナの意識はすべて『ここ』に収束される。カードは持ち主によってさまざまな性格に成長するが、マスターが脱落してしまえばここに戻って待機する。これはいつまでも変わることじゃない。
 脱落したはずのマスターが、ウテナを使った。
 カードに意識はない。
 意志もない。
 けれども、ウテナは不思議なのだ。
 まったく成長できず、絆もろくにあがらないへたくそなマスターは初めてだったのだ。
 呆れるでも、諦めるでもない。
 ウテナにはそのような感情そのものがない。
 けれども。
(…………)
 鎖がほどかれて、自由になる。これはおかしい。
 瞳を動かすと、そこには「指揮者」が立っている。二つの影は、まるで……。まるで?
 なにを思ったのかすら、ウテナにはわからない。余計な気持ちはまるで泡のように消えるだけなのだから。
「ウテナ」
 揃った声でカード名を呼ばれる。
「おまえに命令を書き加える」
 どうでもいいことだった。ウテナには感情はない。だから、なにを言われてもなにも感じない。

***

 扉は開かない。
 ひらか、ない……。
「だ、だめか……」
 唇を尖らせそうになりながら、エミリア・ジェンドリンは大きく息を吐く。
<承認されました>
 その声が突然響いたと思ったら、目の前のあの扉がゆっくりと開いていった。
 開いていくドアを見ながらも、エミリアは不安が少しだけ過ぎる。
 そして、エミリアは目を見開いた。
 そこは空だった。いや、違う。
 宇宙だ。
 少しずつ歩き出す。一歩一歩、近づいていく。
 扉をくぐり、背後で閉まる音を聞きながら進む。
<ようこそ>
 ウテナの声だった。いや、けれどもなにか違う気がする。
<キミにはチャンスが与えられた>
 なにその、上から目線?
 少々不愉快な気分になるものの、エミリアは不敵に笑ってみせた。
 もしかして、黒幕の登場、ってやつ?
(そういえば、このゲームは閉鎖してるんだったわね)
 それなのに、参加者は存在している。けれども、これは巧妙に仕組まれたサバイバルゲームなのだ。
 エミリアの足元には何もない。宙に浮いている状態だ。
 遠くではまたたくような小さな星も見える。月の明るさで、なんとか周囲が見える状況だ。
<もう一度だけ、カードを使えるチャンスを与えよう>
「えっ?」
 驚くエミリアの目の前に、ウテナの姿がゆっくりと浮かび上がる。
 なにも、変わっていない。
 閉じていた瞼を開いたウテナは薄く微笑む。彼女の横に、ステータスの文字がずらりと並んだ。
 相変わらず悲惨な内容ではあったが、絆が1、あがっている。
「ウテナ……」
「エミリア」
 呟く彼女は、小さく笑った。その笑みに、エミリアは胸があたたかくなる。
 信じたい。やっぱり信じたい!
 カードには確かに感情がないかもしれない。でも。信じたいのだ。
 すぐに無表情になったウテナに、エミリアは駆け寄る。
「使用回数はあと1回となりました。エミリアは、再びこのゲームに参加することができます」
「あ、あのね、ウテナ」
「はい」
「…………」
 深く息を吸う。
 そして吐く。
「無事、なのね?」
「意味がわかりかねます」
「わからなくていいの!」
 元気よく言ってみせると、ウテナは、ほんのわずかではあったが目を細めた。
 彼女はきびすを返す。
「あと少しで、あなたはこのゲームをクリアできます」
「え? でもこのゲームをクリアした人って……」
 言いかけて、エミリアは、男性ウテナを連れた少女のことを思い出す。彼女はどうなったのだろうか? 脱落した?
「クリア、ね」
「そうです。終わりがくるのです」
 頷くウテナの表情は、なんだか楽しそうだ。不気味なくらいに、感情がにじみ出ている気がする。
(あれ……? ウテナってこんな感じで喋る子だったっけ?)
「がんばってください、エミリア」
「…………」
 違和感は確実なものになっていく。
 ウテナに何かあった? そして、自分はこのゲームに「なぜ」復帰できた?
 ウテナと同じ声の、「誰か」。
(誰が、いるの?)

 広がる宇宙空間。
 そういえば、聞いたことがある。星の光は、こちらが視認できるまでに時間がとてもかかるということ。こちらに光が届いた時には、すでにその星はないかもしれないこと。
(気づいたら、もうないなんて)
 前を歩くウテナの背中を、つい、凝視してしまう。
 エミリアと一緒にいたウテナのはずだ。そのはずだ。けれど、違和感がどうしても消えない。
 ウテナは前を歩かない。エミリアを応援しない。
 ただ淡々と、サポートをしていく。とはいえ、サポートらしいサポートはないが。
「ねえウテナ」
「はい、なんでしょう?」
 やはり、変だ。
 立ち止まったエミリアに合わせて、ウテナも止まる。そして振り返ってきた。
「……このステージの鍵は、どこ?」
 ここには星しかない。
 届かない星。
 ウテナは微笑む。不気味だった。
 彼女は、自身の胸元を指差した。
「ココに、あります」
「……え?」
「本当は、進む必要はないのです」
 静かに言うウテナは、薄ら笑いを浮かべている。まるで別人のようだ。
 的確にエミリアの問いに答えていく。
 本物? 偽者?
(どんなウテナも、ウテナだ……)
 男性のウテナも、『ウテナ』であったことに変わりはない。
 最後を目指すのは、もしかして……本当に、いいこと、なのだろうか?
 ここまで来たのだから、目指さなくてはと思う。そしてウテナのことも、信じたいと思う。
 けれども。
 まるでその気持ちを踏みにじるのが目的のようなこの……。
「あなたはここで、終わればいいのです」
「ウテナ……」
「ウテナのカードを破壊して鍵を取り出すか、それとも、ここでやめるか……選択は一つ」
「…………」
「エミリアの、ターンです」
 非情なその言葉に、エミリアは凍りついた。
 せっかく、このゲームへ再度参加できたのに。
「ウテナ……」
 搾り出すような声になってしまう。エミリアは、これほどまでの残酷な仕打ちに、どうしていいのかわからない。
 なぜ、迷う?
 誰かの声が聞こえた気がする。
 たかがカードだ。
(違う)
 たかがカードだ。
(違う)
 理不尽すぎる世界。
 最後まで辿り着けない仕組み。
 迫られた選択に、エミリアは呆然と佇むしかなかった。
 選ぶのは――――。

***

 チェスは続く。
 カードたちの集められた部屋で、二人はチェスをしている。
 まだらの部屋で、チェスをしている。
 カードたちは、全員瞼を閉じている。微動だにしない。その中にはもちろん、ウテナもいる。
 片方は笑う。
「さて、プレイヤーはどうでるかな?」
「そう、この最後の仕組みに」
 駒を進める。
「絆を高めた相手を、最後の最後で裏切るか否か」
「信じていればいるほど、そこには苦渋がにじむ」
「どっちを選ぶかな?」
「どちらを選ぶだろう?」
 右の道か、左の道か。
 チェスは進められていく。
 二人は笑う。
 片方は言う。
「そもそもエミリアはウテナとの絆がほとんどない。信じてないんじゃないの? だったら、選ぶのはウテナの中の鍵でしょう?」
「いいや。そうとも限らない。あれほど相性が悪いのにずっとウテナを使ってきたんだ。思い入れがあるんだよ」
 互いに、くすりと笑いあう。
 目の前の盤上を見た。
 駒は一つだけ。それを二人で動かしていたのだ。
 駒は、そう、エミリアだ。
「さあ、選べ」
「さあ、選ぶんだ」
 目の前にいるウテナを破壊して鍵を取り出し、先を目指すか。
 それとも?
 くすくす、くすくす。
 笑い声にカードたちは反応しない。
 エミリア・ジェンドリン。果たして、あなたが選ぶ道は…………どちら?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8001/エミリア・ジェンドリン(エミリア・ジェンドリン)/女/19/アウトサイダー】

NPC
【ウテナ(うてな)/無性別/?/電脳ゲーム「CR」の能力カード】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ジェンドリン様。ライターのともやいずみです。
 エンディングへと近づいております。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。