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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Case.2 ■ 天使と巫女 




「…(…ど、どどど、どうしよう〜…っ!)」
 凛から唐突に求婚をされるなど、誰が想像出来ただろうか。勇太はあまりに唐突な出来事に顔を真っ赤にしながら困っている。武彦にとって、この光景は普段なら大笑い出来る内容だと言うにも関わらず、凛の表情は一切冗談めいていない事に気付いていた。
「勇太、嫌ですか?」凛が勇太の手を取る。
「どわぁぁぁっ!」勇太が突然触れられた手に驚きながら飛び上がる。心臓は尋常じゃない程に鼓動を強く、急かす様に打ち付ける。顔は熱く、頭に血がのぼる。
「…そうか、勇太。俺よりも先に結婚するだなんて想像もしてなかったぞ…」武彦が笑いを堪えながら苦しそうに喋る。
「ちょちょちょっ、ちょっと待ってよっ!」勇太が顔を真っ赤にしたまま急いで言葉を並べる。凛がそんな勇太の姿を見つめながら小首を傾げた。「お、俺未だ結婚するなんて言ってないじゃんかっ!」
「…そうですか…」
「…へ?」凛の静かな悲しそうな声に勇太が思わず拍子抜けする。
「…勇太は私程度の様な女子では満足がいかないという事は良く解りました…。私は箱入りの小さな島の護り巫女。当然、外の世界の女子に比べれば魅力など感じないのでしょう…」
「いっ!? 違うって! 凛は〜その〜…可愛いし…っ!」普段なら絶対に口にしない様な言葉を勇太はあたふたしながら大声で叫んだ。武彦は相変わらず笑いを堪えながらクックックと身体を揺らしている。
「あら。では私の事をお嫌いという訳ではないのですか?」
「嫌いなんかじゃないよっ! うんっ!」
「では、私の事は好きでいてくれるのですね?」にっこりと微笑んだ凛。
「…え…? あれ…?」
「違うんですか? ではやはり、嫌っているのですね…」再び悲しそうな顔をする凛。
「あぁぁ! もう! 好きだよ! でもそれは、恋愛とかそういうのじゃなくて―」
「―私も好きですよ、勇太」再びにっこりと微笑む凛。
 勝負は完全に勝敗を喫した。にっこりと微笑む凛の目の前で、両膝と手を地面に着きガックリと項垂れる勇太。武彦は遂に我慢出来なくなって大笑いする。
「はぁ〜…っ」武彦が笑い疲れて二人を見る。
 勇太はチクショウと言わんばかりに凛を見るが、凛は勇太に向かってにこっと笑顔を向ける。勇太の顔は再び真っ赤になり、勇太は顔を逸らす事しか出来ずにいた。
「…(こりゃ尻に敷かれるなぁ、勇太…)」
 思わず武彦はそんな勇太の将来を心配して、すっかり親戚気分を満喫していた。




――。




 再び三人は御堂へと向けて歩き出した。勇太の動きは見てすぐに解るぐらいにギクシャクとした動きを続けている。凛をチラっと見る度に凛は勇太に笑みを投げる。完全に力関係は武彦の読み通りに決したかもしれない。
「っと、おい勇太。凛を連れて飛べ」不意に武彦が立ち止まって勇太に告げた。
「…あちゃ〜、崩れてるみたいだね…」
 三人の眼前に現われたのは、螺旋状の崖の一部が崩れた形跡だった。
「ほら、未来の奥さんの手をしっかりと握って先にテレポートで向こうに行け」武彦がニヤニヤと意地悪く笑いながら勇太を急かす。
「まぁ、未来の奥さんだなんて…。それに、手を繋ぐのですか?」
「あぁー! もうっ!」勇太は目を瞑って凛の手を握って対岸へと視線を移した。「凛、し、しっかり捕まってて…」
「はい」キュっと凛の手が勇太の手を強く握る。
 勇太と凛がテレポートしたのは武彦が想像した以上に遠くまで飛んでいた。奥にあるもう一箇所崩れた場所さえもテレポートで飛び越えたらしい。勇太が顔を赤くして手をずっと握っている凛に困った様に手を放す事を説得している。
「ったく、見せ付けてくれるな…っと」武彦が崩れた場所をあっさりと飛び越え、更にもう一箇所の崩れた地もあっさりと飛び越えた。
 漸く段差を切り抜け、崖を下りきった。前方には切り立った崖の上に建てられた立派な屋敷ぐらいの大きさの社が見えている。そこへ向かう通路は、たった一本の岩肌が削られた道のみ。
「…うへぇ、底が見えないよ…」勇太は人が一人通れる程度しかない崖の横を覗き込んで思わず息を呑んだ。
「あれが御堂だな?」武彦が凛に尋ねる。
「はい。この試練の道を通る前に、まずは清めの儀式をしなくてはなりません」凛はそう言って両手を差し出した。「草間さん、手を差し出して下さい」
「こうか?」言われるがままに手を差し出す。
 凛がブツブツと小さな声で何かを唱えながら、武彦の手の甲に軽くキスをした。手の甲が熱く感じ、柔らかな光りと読めない梵字が浮かび上がる。
「…これが、清めか」武彦は自分の手の甲を見つめながら呟いた。振り返ると、勇太は相変わらず崖の下を覗き込んでいる様だ。「おい、勇太。清めの儀式をしてもらえ」
「え? うん」勇太が振り返り、凛の元へと歩み寄る。「で、清めの儀式って何すんの?」
「勇太、手を出して下さい」
「ん、うん…」勇太が手を出すと、凛の小さな白い手が勇太の手を取り、再びブツブツと小さな声で何かを唱え、キスをした。「…っ!」
 これがマンガやアニメなら、ボンっと音を立てながら勇太の頭から湯気でも立ち上るだろうと考えながら、武彦はその勇太の今日一番の真っ赤な顔を見て思わずニヤっと笑っていた。
「これが清めの儀式です。…勇太?」
「…〜〜〜きゅぅ〜…」バタンと音を立てて勇太が後ろに倒れ込んだ。
「刺激が強すぎたか…」武彦が倒れて顔を固まらせた勇太を見て呟いた。
「ウブなんですね、勇太」凛はそんな勇太を見て微笑んでいる。
 将来悪女になれそうな女だと、武彦は思わず心の底で感じていた。凛は勇太の頭を撫でながらクスクスと微笑んでいた。

 意識を取り戻した勇太を待っていたのは、武彦の提案による凛の膝枕というサプライズだったのだが、勇太は目を醒まし、その事実に気付くなり叫んでテレポートで武彦の横へと飛び起きるというアクロバティックな寝起きを披露した。
「もうっ! 草間さん! 清めの儀式の事、言ってくれたって良いじゃないかっ!」ぷりぷりと怒っている様に勇太が叫ぶ。
「バカ言うな。あんな面白い事になるのが解ってて言う訳ないだろ…」ボソっと武彦が呟く。
「大丈夫です」凛が口を挟む。「ちゃんとしたファーストキスは勇太に捧げます」
「ぶっ!!」
「…なんちゅう事を…」
「…?」勇太と武彦のリアクションに再び小首を傾げる凛。
「もう…早く天使様に会って落ち着かせてぇぇぇ〜〜〜!」勇太の悲痛な叫びが響き渡る。





 御堂の扉に手を当てながら、凛が静かに再び何かを呟く。すると、扉がギシギシと音を立てながら一人でに開いた。
「…この御堂の中は、本来巫女である私しか入る事が出来ません。清めを行ったからと言って、二人に何も起きないとは保障出来ません」凛が振り返る。
「…あぁ、解った」武彦がそう言って御堂へと足を踏み入れた。瞬間。「え? うわぁぁぁーー!」
「ちょ、草間さん!?」足を踏み入れた瞬間、足元の闇の中へと落ちていった武彦を勇太が追う。「凛、いこう!」
「はい」差し出された勇太の手を掴み、勇太と凛が御堂の中へと足を踏み入れる。
「って、あれ…?」
「どうやら、草間さんだけが落とされた様ですね」凛が静かに呟く。
 足元に吸い込まれる様に落ちていった武彦とは違い、勇太と凛は御堂の中に足をつけた。
「どういう事…? 草間さんは!?」
「勇太、落ち着いて下さい。私と勇太は天使様に会い、草間さんは悪魔と出会う。これが、“予言”されていた通りの導きです。きっと草間さんも無事です」
「…そっか、そう言えばそんな事言ってたよな…」勇太は我に返り、周囲を見回した。「天使様の歌声、この奥からだ…」
「はい…。行きましょう、勇太…」
 二人は御堂の奥へと歩いていく。不思議な歌声は徐々に近くなっている。勇太も凛も、その歌声に導かれる様に歩き続ける。行き止まりにある、大きな広間。
「…待っていました」
 歌声が止まり、澄んだ声が響き渡る。薄い布越しに女性の声が勇太と凛へとかけられる。
「…歌声が止んだ」
「天使様、護凰の巫女にございます」凛が膝をつき、頭を下げた。
「頭を上げなさい、巫女。“夢”の中でしか話しをしてきませんが、子供の頃から私はアナタを知っているわ」下げられた布の奥から女性が姿を現す。
「…っ!」思わず凛が顔を上げて言葉を飲み込む。「…やはり貴方は、本物の天使様…」
「…真っ白な羽…?」勇太が天使の姿を見て呟いた。
 金色の髪に、真っ白な服を着た女性。真っ白な翼が背から姿を覗かせる。




―――。





 真っ暗な部屋の中、武彦が煙草に火を点けながらライターの炎で照らされた周囲を見回す。
「…やれやれ、まさかこんなトリックがあるとはな…」頭上を見上げて武彦は呟いた。「ったく、どうやって登れば良いんだか…」
「迷い込んだのね…」不意に暗闇の中、背後から声がする。
 武彦は振り返り、胸元に手を当てた。
「…誰だ…?」
「アナタを呼んだ天使、と言えば解りやすいかしら…」炎に照らされ、女の身体が武彦の瞳に映る。
「灰色の翼…。目撃されていた天使だな」
「ようこそ…」
 灰色の翼をした天使が歪に口元を歪める。





 勇太と凛の元には真っ白な翼の天使。


 武彦の前には灰色の翼の天使が姿を現した。



to be continued...