コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


吸血鬼に永遠の眠りを





  廃墟のビルの中、満月の輝く夜に似合わない激しい爆音が鳴り響く。

「―ぐっ…こんな仕事、引き受けるべきじゃなかったな…」
 左肩に受けた傷を右手で止血しながら、武彦は生温かい自分の血の感触を味わっていた。

「フ…、人間風情がこの私と戦おう等とは嗤わせる」
 ツカツカと革靴の音を鳴らしながら、おおよそ人とは思えない恐ろしい形相をした
吸血鬼が武彦へと歩み寄る。

「…あぁ…、全くだ…。吸血鬼なんて、常人が勝てる様な相手じゃねぇよ」
 諦めたかの様に笑みを浮かべた武彦が吸血鬼たる相手へと告げた。
「伝説上の生き物退治なんて依頼、受けなきゃ良かったと後悔してるさ」


「ならば後悔と共に血肉を屠ってくれる」
 吸血鬼が詰め寄り、鋭い爪を振り翳す。

 高額な資金を積まれ、武彦が引き受けた吸血鬼退治。やはり一筋縄で片付く様な
相手ではない。
「…とまぁ、一人だったら無理な仕事だったろうな」
 武彦は自分の背後に立つ人物の気配を感じ、静かに呟いた。

「やれやれ、遅かったじゃねぇか…」




■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



「…武彦、感謝するよ」
 カツカツと足を慣らしながら翼が手に持つ銀色に輝く神剣を鞘から抜いた。
「感謝するぐらいなら、もっと怪我の心配してくれ」武彦が吸血鬼を睨んだまま小さく笑って呟いた。
「キミの様な男には、傷の一つや二つぐらいあっても名誉の負傷になるだろうさ」武彦の隣りへ立ち、吸血鬼を睨みつけながら翼が続けた。「お逢い出来て光栄だよ、古の血脈、高貴なる一族の生き残り」
「…ふむ、どうやら只の人間ではない様だな」吸血鬼が値踏みする様に翼を見つめた。「貴公もまた、我らと同じ種の様な匂いをしているが…」
「残念ながら、少し違うな」翼が小さく笑う。「自己紹介といこう。僕の名前は蒼王 翼。F1レーサーとしてそれなりに名を馳せている」
「それはそれは。私は人間共の興事にいちいち関心を寄せていないのでな。申し訳ないが、貴公の事は知らないな」
「…やれやれ、久しぶりに出会った獲物がヴァンパイアの血脈だというのに礼儀も知らないと見える」翼が冷笑する様に続けた。
「…ほう、何が言いたい?」
「僕の真名だよ。AMARAという名を、知らない訳ではないだろう?」
「…っ! “同胞殺しのAMARA”…!」吸血鬼の顔に憎しみにも似た憤怒が滲み出る。「…我らの唯一の標的…」
「…武彦、ここからは醜い戦いになる。キミは下がっていてくれ」
「あ、あぁ…」武彦は翼に促され、物陰へと下がった。
「…フハハハ…! 良い夜だ。幾人もの同胞を葬った“同胞殺し”に、こんな小さな島国で巡り逢えるとは…」
「僕も同感だよ」
 翼の一言を皮切りに、吸血鬼が翼へと一瞬で間合いを詰めた。
「早い…!」武彦は思わず息を呑んだ。先程までのピリピリとした空気が爆発したかの様に、吸血鬼はその鋭い爪を翼目掛けて振り下ろしていた。
 しかし、吸血鬼の爪は虚空を切る。翼が一歩横へと移動し、吸血鬼の喉元へと鋭い突きを放つ。吸血鬼もまたそれを瞬時に避けてみせる。突きの直線に位置していた壁が鈍いを音を立てて亀裂を走らせ、中央には貫いた刃の形をした穴が姿を現した。
「神剣。噂に違わぬ破壊力だ」吸血鬼が翼との距離を開き、静かに呟く。
「キミこそ、今の一撃をかすりもしないなんてね。下等な吸血鬼もどきとは違うみたいだね」
「彼奴らと一緒にされては困る。もどきとは即ち、我ら一族の洗礼によって力を分け与えられたまがい物…。純血のヴァンパイアたる我とは別物だと言う事ぐらい、貴公にも解るであろう?」
「あぁ、勿論だ。純血たる証拠の黒衣。その禍々しい力の波動。それぐらい、解っている」
「ならば、こういうのはどうかな?」吸血鬼が手を前に差し出す。「…地獄の魔獣、ガーゴイルよ…。出でよ」
 吸血鬼の言葉と共に地面に真っ赤な魔法陣が浮かび上がる。その中から翼の生えた魔獣、ガーゴイルが姿を現した。けたたましい叫び声を上げ、空中へと羽ばたきながら翼を睨む。
「ペット召喚とは、随分な趣の持ち主だ」翼に向かって襲い掛かるガーゴイルを見つめ、翼が嘲笑う。
 一閃。ガーゴイルの首と胴が切り離される。翼は迷わず一直線に吸血鬼へと目掛けて突進する。吸血鬼の手から黒く輝く球体がバチバチと猛々しい音を立てながら放たれる。
「さすがだ、同胞殺し!」吸血鬼の放った球体が翼へと真っ直ぐに向かってくる。翼はその球体と同サイズの同じ様な黒い球体を放ち、それを消滅させる。
「その程度か!」翼の神剣が吸血鬼の身体目掛けて突きを放つ。
「かかったな…」歪に吸血鬼の口元が歪む。貫かれた身体がゆらりと揺れ、霧の様に消え去った。
 突如翼の横から先程と同じ黒い球体が直撃する。激しい爆音と共に、翼が吹き飛ばされ、壁に身体を叩き付けられる。
「ぐっ…!」
「翼!」武彦が駆け寄ろうとした瞬間、武彦の目の前を黒い光りが遮り、地面を抉った。
「邪魔をするな、人間」吸血鬼が武彦の動きを止め、釘を刺す様に睨み付けた。
「…ぐっ、そうだよ…」翼が立ち上がる。「武彦、キミの助けは要らない。そこで黙って見ていてくれれば良い」
「くっ…、くそっ!」武彦が瓦礫を殴る。
「“同胞殺しAMARA”。貴公に流れる血すら、我らを滅する為の武器となるそうではないか」吸血鬼が冷笑を浮かべる。「本気を出したまえ。貴公の実力がその程度ならば、同胞殺しなどという異名が泣くぞ」
「…なら、見せてやる」翼が目を閉じ、神剣を握り締めて力を込める。
 青い光りが翼の神剣の周りを踊りだす。雷の様にバチバチと音を立てながら、暴れる相手を探す様に周囲のコンクリートへとぶつかり、その爪痕を残す。
「ほう、雷か。元素を操る貴公の力、噂通りという訳か」吸血鬼が相変わらず余裕の表情のまま翼へと言い放った。「しかし、当てれなければ意味はあるまい?」
「残念だったね」翼が口を開く。「もうキミは避ける事すらままならない」
 翼の言葉と同時に、雷鳴が鳴り響く。正に一閃。雷が落ちる様な空気を切り裂く音が響き渡った。吸血鬼の肩に翼の神剣が突き刺さっていた。
「今の一瞬を、身体を逸らして急所から外すとは…」翼が神剣を握り、吸血鬼を睨みながら呟く。
「…この我に、傷をつけおったな…」
 増幅する圧倒的なまでの禍々しい気の流れが、周囲を支配する。翼が突き刺した神剣を引き抜き、翼の身体毎投げ飛ばす。
「ぐっ、まずい!」翼が態勢を建て直し、神剣を地面に突き刺した。「“我が命により、この地を戦場へ”!」
 翼がそう唱えると、神剣が輝き、周囲を覆って風景が変わった。武彦はキョロキョロと辺りを見回した。そこは荒れ果てた大地に、紅黒い空が広がっている。
「武彦、出来るだけ遠くへ!」
「あ、あぁ!」
 翼の声に、武彦は走り出す。常人でも感じる、吸血鬼の禍々しい気の流れ。
「ぐおぉぉ…!」吸血鬼に先程迄の冷静さはない。怒り狂う獰猛な魔獣。そんな表現が似合ってしまう程、いつ襲いかかって来るかも解らない危険さを感じる。
「本性を現したな、ヴァンパイア…」翼が神剣を抜き、力を溜める。
「がぁっ!!」咆哮をした吸血鬼から放たれた衝撃波が、翼の身体を一瞬よろめかせる。その瞬間、ヴァンパイアが間合いを詰め、鋭い爪を振り下ろす。
 間一髪の所で翼が横へ飛ぶ。一瞬前まで立っていた大地に鋭い爪痕が生まれ、地面が抉られる。先程迄の攻撃とは明らかに違う衝撃とスピード。翼は風を生み出し、自身の速度を上げる事でなんとか回避した。
「ぬるい…」吸血鬼が爪を一振りする。それだけで翼の持っていた神剣同様に、斬撃が翼の身体目掛けて飛ぶ。身体を捻らせて飛びながら、ギリギリの所でその斬撃を避けた。
 しかし、それすらも予測していたかの様に吸血鬼が間合いを詰めていた。着地した翼の身体を蹴り飛ばす。数メートルも吹き飛ばされた翼は、神剣を地面に突き立たせながらなんとか倒れずに膝をついた。
「同胞殺し! 死ぬが良い!」
「翼!」武彦が叫ぶ。
 項垂れている翼の口元が動いている。
「―“女神の力を以って、光りの彼方へ闇を葬る刃となり、彼の者を貫け”…」
 翼の詠唱が終わる。あと一歩の距離まで詰めていた吸血鬼の背に、金色の輝く刃が突き刺さる。更に輝く刃が四方八方から現われ、吸血鬼の身体を突き刺し次々と貫いていく。
「ぐっ…おのれ…! おのれぇぇ!」貫いていた刃が地面へと突き刺さり、吸血鬼の身体の自由を封じた。
「…また一つ、この身体に罪を背負おう…」翼が神剣を引き抜き、吸血鬼の胸元を貫いた。
 浄化の力によって吸血鬼の身体が光りに包まれ、砂塵となって宙を舞う。翼が神剣を鞘に収めると、元の廃墟の中へと武彦達は再び戻ってきた。
「…翼…!」その場へと倒れ込む翼の元へ、武彦が駆け寄る。
「…ふぅ…。どうやら、力を使い過ぎてしまったらしい…」翼が小さく笑って武彦へと告げた。「すまないが、肩を貸してくれないか」
「…あぁ…」
 





――。






 翌日、包帯を巻いて傷を痛がっている武彦とは裏腹に、ピンピンした様子の翼は草間興信所へと訪れた。
「まったく、だらしないな」
「不老不死の自己治癒能力保持者と比べんじゃねぇよ」煙草から紫煙を巻き上げながら、武彦は溜息混じりに呟いた。
「武彦、今日は礼を言いに来たんだ。キミのおかげで、僕はまた一人、ヴァンパイアを消し去れた。感謝している」
「…使命とやら、か」武彦が呟く。「…素直に受け止めるが、あんまり無茶をするなよ」
「…フ」予想外な言葉が飛び出て来た事に、思わず翼は小さく笑った。「お礼に、キミも僕の眷属にしてあげようか?」
「お断りだ!」
「だと思った。僕だってキミの様な男の血を吸う趣味は持ち合わせていない」翼はそう言うと、武彦に背を向けた。「また会おう、武彦」
「あぁ」



 過酷な運命を背負った翼の背を、武彦は見送った。



「無理をするなよ、か」



 翼は草間興信所の外で、再び興信所を見つめながら小さく笑い、歩き去った。





                                    Fin



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


整理番号:2863 蒼王 翼


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ライターより□■□■□■□■□■□■



ご依頼参加、有難う御座いました。白神 怜司です。
戦闘描写メインの今回のお話でしたが、
いかがでしたでしょうか?

翼さんの能力、元素という欄から今回は雷と、
そして、闇の能力。母からの継承した風を
使わせて頂きました。

気に入って頂ければ幸いです。


それでは、今後とも機会がありましたら、
宜しくお願い致します。

白神 怜司