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<東京怪談・PCゲームノベル>


第7夜 捕らわれの怪盗

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 午後3時35分。
 その日の授業は本当に早く終わってしまった。

「怪盗を捕まえるなんて……ね」

 怪盗は美しい。
 それを自分のコレクションにするためにあれこれ行動している石神アリスだが、人に彼女が狙われると言うのは、やや面白くない。

「せっかくのコレクションが傷付いたらどうするの……」

 コレクションはもっとも美しい時に奪うのがいいのであって、狙い定めて罠を張っても、そこでもっとも美しい時に得られる保証なんて言うものはない。
 アリスが向かう先は、すっかり大きな塔だらけの校内でも迷わず行けるようになってしまった旧校舎だった。

「こんにちはー」
「あっ、石神さん。こんにちはー」

 いつものように、小山連太は新聞を書いていた。それにアリスは笑いかける。

「今日はもう早く帰れって生徒会が言ってなかった?」
「いやー……せめて明日の分の原稿が終わってからですね。家に持ち帰って原稿は書けますけど、印刷するのは学園内の印刷室じゃないとできませんから」
「そう……大変ね」
「そう言う石神さんはどうかしたんですか? ……もしかして、怪盗の事ですか?」
「ええ……何か耳にしてない? 副会長が怪盗を捕まえたがっているって言うのは」
「んー……副会長ですか。昼間にちょっとだけ取材はしてきましたけど、あんまり芳しい成果はありませんでしたねえ……」

 そう言いながら、連太はペラペラといつものように手帳をめくる。
 アリスが連太の向かいの空いている席に座ると、連太は手帳を広げて見せてくれた。
 制服姿の少女の写真が挟まっている。これは確か学園新聞や全校集会で見た事がある。茜三波副会長だ。

「今晩はどうも会長が関わっていないらしいんですよ」
「会長が……?」

 アリスの頭に、石頭の堅物眼鏡が眼鏡を光らせて浮かんだ。
 勇太はこくりと頷く。

「ええ……。そして、今日張っているのは、体育館の地下」
「前にフェンシング場で奪い合いにはなってたけど」
「らしいですねえ……今日はそのフェンシング場ではなくって、ダンスフロア。地下なのは理由が分からないんですけどね……前に逃走されたと聞いたんですけど」
「ふうん……」

 地下じゃないとできない罠を仕掛けているって事かしら? アリスはそう思いながら頬杖をつく。

「その今回指揮を執っている、副会長ってどんな人?」
「そうですね……割といい人っぽかったですけど」
「……いい人が怪盗捕まえようとするの?」
「んー……これはあくまで自分が思っただけですけど」

 そう言いながら連太はパタンと手帳を閉じた。アリスはそれをパチクリとさせながら眺めていた。

「……怪盗の事、相当私怨で嫌っている感じですねえ」
「私怨……?」
「物腰が穏やかですし、副会長は会長と違って全く敵を作らない人ですから、彼女に対しての悪い噂や陰口って言うのも、取材してても全然聞かないんですよねえ。そんな人があからさまに怪盗を嫌っているのは、私怨しかないかなと」
「なるほど……厄介な訳ね……」

 アリスはすっと立ち上がった。
 自分自身は欲しい物のために嫌われると言うのには慣れているが、慣れていない人間が慣れていない態度を取ると言うのには、やっぱり引っかかるものがある。

「ありがとう。話を聞かせてくれて」
「いえ」
「それと小山君」
「はい?」

 連太が首を傾げるのを見ながら、アリスはふっと微笑んだ。

「あなたは私の事を嫌っても、構わないから」
「はい……?」

 連太は意味が分からないと言った様子で首を捻っていたが、アリスはそのまま新聞部から立ち去って行った。
 嫌われているのには慣れている。だって、欲しい物を手に入れるのに手段なんて選んでいられないもの。現に連太をずっと利用しているのだから、そこで嫌われても仕方がないと、アリスはそう思っている。我ながら甘いなと思いつつ。
 アリスは歩きながら、頭の整理だけを続ける。
 会長が今回関わってはいないと言うのは、いい情報だった。あの人には自分の「お願い」が通用しないけれど、他の人は違う。

「全員かけて回るって言うのは無理でも、せめて副会長の足を引っ張る事ができれば、怪盗を捕まえる事はできないはず……」

 アリスはそう思いながら、今晩自警団が集まる直前にでも、自警団員に接触できればと頭を張り巡らせた。

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 午後9時10分。
 アリスはこっそりと自警団が来るのを、体育館近くの茂みに隠れて待つ。
 やがて、自警団服を着た集団が歩いてくるのが見えた。アリスは目を凝らす。今日は新月で星明かりしかない暗闇だが、自警団は灯りを持っていたので、性別の判別位ならできる。ここにいるのは男子だけ。……副会長はいないし、あの堅物眼鏡が混ざっている事もない。よし。
 アリスは茂みから抜け出すと、わざと迷子になったようにふらふらと歩き始めた。

「こら、今日は既に下校するよう指示が出ていたはずだが!?」

 案の定、自警団がこちらに向かって来た。

「ごめんなさい……、ただ、心配だったんです」
「心配?」
「ええ、心配です。……副会長と怪盗が会う事が」

 アリスは目を光らせながら、自警団員達を凝視した。
 真っ暗な中だが、光源は自警団が持っているのだ。こちらの目は見えているはず。
 やがて、自警団員達の目がとろん、と眠そうに緩んだ。

「……ああ、そうだな」
「副会長は今回、息巻いていたから……」
「その息巻いていたって言うのは?」
「ああ……痺れ薬を撒いて、怪盗が逃げられないようにするつもりらしい」
「……!? 何ですって……!」

 アリスは聞いた瞬間、顔をしかめた。
 ……痺れ薬を撒くなんて、尋常じゃない。

「副会長は大丈夫なんでしょうか?」
「ああ……こちらには、解毒剤があるから」
「今持っていませんか?」
「今日は副会長以外は、ダンスフロアにはいないから……」
「一応予備は持っているけど」

 そう言いながら、自警団員の1人がアリスに解毒剤の入った瓶を渡してくれた。

「これ、どうやって使えばいいんです?」
「蓋を開けると、気体が出るから。痺れ薬もガスだけど、この気体を吸えば、解毒されるから」
「ありがとう……!」

 アリスは解毒剤の瓶をスカートに突っ込むと、そのまま走り出した。
 冗談じゃない、こんなみっともない方法で、怪盗を捕まえられる訳にはいかない……!

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 午後9時50分。
 アリスは自警団員達に「私が今ここにいる事を誰にも言っては駄目」とだけ暗示をかけた。本当なら副会長を足止めさせようとも考えたが、話を聞いている限りは、既にダンスフロアには痺れ薬が充満しているらしい。こんな所でバタバタ人が倒れられては、返って怪盗の逃走の邪魔になる気がする。
 そのままアリスはダンスフロアの入り口に辿り着いた。
 ドアに耳を当てる。

「チェックメイト、怪盗」
「…………」

 くぐもった声が聴こえる。
 嘘、もう捕まったの? アリスは鼻から下にハンカチを括りつけると、恐る恐るドアを開けた。肌をピリピリと刺すような空気が流れてくるし、目に入ったら涙が溢れてくる。
 何これ……こんなの普通に嗅いだりしたら、しばらくは動けないわよ?
 アリスは瓶の蓋をキュポンと開けた。そして、そのままドアの隙間からコロコロと転がす。

「っ痛!!」

 アリスがドアの隙間から様子を伺うと、自警団服を着た少女の下に、カランとフェンシングの剣が転がってるのが見えた。
 何……?
 アリスは思わずドアを完全に開いた。痺れ薬は解毒剤のおかげか、少しだけ皮膚を刺す痛みが緩和されていた。

「あ……」

 アリスはそれを呆然と見た。
 怪盗オディールを抱えているのは、怪盗ロットバルトだった。
 オディールは痺れ薬を嗅ぎ過ぎたのかぐったりとしているが、ロットバルトは平然と立っている。

「何なの……? あなたまで、私の邪魔をするの……?」
「…………」

 三波が怒りの形相でロットバルトを睨んでいたが、ロットバルトは黙ったままだった。
 そのままオディールを抱えて、立ち去ろうとする。

「待って!」

 思わずアリスはロットバルトに声をかけると、ロットバルトは怪訝な様子で首を傾げた。

「ねえ、あなたはオディールの敵なの? 味方なの?」
「……そうか」

 ロットバルトは合点が言ったように感じた。

「……彼女を助けてくれてありがとう」
「……勘違いしないで。彼女は私のもの。今捕まって欲しくないだけ」
「…………」

 ロットバルトは何故か微笑んだ気がしたが、すぐに跳んでいなくなってしまった。
 アリスは黙ってダンスフロアのドアを閉めてから、そのまま走り出した。今は副会長しかいないからいいけど、見つかって反省室に入れられるのは勘弁したい。
 訳が分からない。あの人は結局何なの……?
 でもひとまず。

「彼女が無事なのはよかったわ」

 そう言う事にしておいた。

<第7夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7348/石神アリス/女/15歳/学生(裏社会の商人)】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】
【NPC/怪盗ロットバルト/男/???歳/怪盗】
【NPC/茜三波/女/16歳/聖学園副生徒会長】

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■         ライター通信          ■
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石神アリス様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第7夜に参加して下さり、ありがとうございます。

前回のロットバルトと今回のロットバルトの何が違うのか、追ってみるのも面白いかもしれませんね。
第8夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。