コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


通じない思い

 赤々としたパトカーの上部に取り付けられているランプがあちらこちらで点灯し、怒涛のような声が辺りに響き渡っている。
 大勢の地元警察官が行方不明者の捜索に当たっていた。そしてその様子を報道陣の姿もあちらこちらに見て取れる。
 長い時間捜索に当たっていたのであろう彼らの表情には、疲労の色が濃い。かなりの時間を費やしていると言うのに、誰一人として行方不明者を発見できない事が逆に不自然で仕方がなかった。
 つまり、ただの一つとして成果をあげることができないままだったのだ。
「どう言う事かしら…。丸二日も経つと言うのになぜ一人も発見できないの?」
 現場を取材していた三島玲奈は怪訝そうな表情でそう呟いた。
 そんな玲奈の視線はある一人の男性霊能者に向けられている。彼はこれまでも行方不明者や難事件などに関わり、そして成果をあげてきた凄腕の霊能者である。その彼が今回も引き出されて現場に駆けつけてきたのだが、未だに誰も発見できない事に玲奈以外の人間からも疑問の声が上がっていた。
「……凄腕の彼が不調?」
 玲奈は眉間に皺を寄せ、成果をあげられない霊能者に詰め寄る人々の姿を目の当たりにしていた。


 翌日、霊能者と玲奈は別の現場へと来ていた。
 屋根は抜け落ち、窓ガラスが無く、窓枠だけが嵌った壁。室内は埃やくもの巣などが無数にあり、廃墟と化したこの場所で惨殺事件があったという。
 この現場で殺された人間の霊魂と接触を図る為に呼ばれた霊能者だったが、先日同様交霊を試みるもここでも上手くコンタクトが図れないようである。
「どうしたの?」
 そう玲奈が訊ねれば、霊能者は困惑したように首を捻りただ横に振るばかりだ。
「駄目なんだ。まるで感触が無い…」
 そう呟き、落胆する霊能者に、玲奈も怪訝な顔を浮かべた。
(この人のほかに敏腕の除霊師でもいるのかしら…。そんな話、聞いたことないけど…)
 考え込むようにしていると、霊能者の携帯に着信が入った。
 霊能者が電話に出ると、また別の場所で自殺をした人間が出たと言う。すぐに急行するよう要請があり、霊能者と共に玲奈もその現場へと急いだ。
 現場に辿り着くとまだ自殺した人間の遺体はそこにある。
 急ぎ、霊能者はその人間の霊に交信を図ると今回は成功した。
『もう、いいんだ…。もう、苦しまなくて済むから…』
 そう呟くように自害した人間の魂が語りかけてくる。だが、その言葉が言い終わるか終わらないかの内にその魂は足元から粟粒のように消え始め、原因を突き止める間もなく驚くほど急速に成仏していった。
 結局成果を挙げられなかった霊能者の信頼は失墜し、その後仕事が全くといっていいほどこなくなってしまった。
 呆然としてしまっていた霊能者だったが、やがて憤慨だと言わんばかりに苛立った声を上げる。
「一体何だって言うんだ?! これは営業妨害以外のなにものでもない! 三島さん。この原因が何なのか突き止めてくれ!」
「…分かったわ。とりあえず、今は別件で動かなきゃいけないことがあるんだけど、その依頼も調査してみる」
 玲奈は深く頷いた。


 真っ暗な室内。ただあるのは狭い空間に置かれたノートパソコンがある。
 その一つに、椅子に腰掛けキーボードの上に顔を横向けて預けて死んでいる人間がいる。その人間を見詰めて玲奈は目を細めた。
「ネット端末から夜な夜な怪物が跋扈してるって言うのはここね…。警察の話じゃ単なるネット中毒と言うけれど、ネット中毒で死人なんて出るかしら」
 玲奈は冷静にパソコンの一つ一つを見て回る。目の前に死に絶えた人間もくまなく調査する。
 ふと、玲奈は死体の傍に転がっていたカプセルの薬を発見した。傍には薬袋も落ちており、玲奈はそれを拾い上げ病院名を見る。
「ここって確か新設された病院よね…。搬送された人は皆快癒して凄く評判だって…」
 そこで玲奈はふと思いたった。もしかしたらこの病院に何か原因があるのではないかと。
 玲奈はすぐに立ち上がるとその病院へ急行した。
 受付前のフロアには人が溢れかえったありふれた光景が広がっているが、一歩足を病棟へと向けるとガラッと一変していた。
 ナースステーションには数人の看護師がいるものの、静まり返って人の気配がほとんど無いに等しい。
 玲奈は周りの様子を見ながら病院の中を見て回った。階段を降りようと手すりに手をかける。すると地下からくぐもったような声が聞こえてきた。
 病院内の中央電算室。玲奈は開かれたドアから顔を覗かせた。見た限りでは清潔な部屋に見える。その部屋に院長と思しき白衣の男が一人立っているのが見える。
 その男もただ見れば普通の院長なのだろうが、霊視の出来る玲奈には彼が血塗れた魍魎の姿として映った。
「何こいつ…。地下で人体実験でもしてるっていうの?」
 玲奈は眉間に皺を寄せ、目の前で爆笑している男の姿を見つめた。電算室のモニターに映し出された何かのデータ。そが何なのか玲奈は霊視し、ハッとなった。
 病院は蒐集した亡者の死に際のデータを得ている。それも尋常では考えられないほどの量だ。これだけの人間の死に際のデータを集めるとは…。
 死そのものを解明できれば何も恐れる事はなくなる。無敵だとしかいいようがない。そんな事ができたとあったら世の中は大変な事になるだろう。
 男は何が可笑しいのかけたたましく笑い転げるばかりだ。そしてひとしきり笑うとぐるりと首を傾け、まるで分かっていたかのように霊視する玲奈の方を振りかえった。
 玲奈はゾクリとした寒気を覚えると同時に、化け物はニタリとほくそえんだ。
「…君は何の病にかかっているんだろうね…。すぐに入院したほうがいい…」
「……っ!?」
 そう呟く声が聞こえ、身を引くが早いか男の腕が伸びて羽交い絞めにされると、問答無用で病室へ連れて行かれてしまった。
 玲奈は一つの病室へと押し込められる。
「冗談じゃないわ…こんな危険過ぎる場所、潰してやるんだから」
 脱走した玲奈はすぐにこの病院を破壊するよう計画を企てる。だが、そんな玲奈の背後に忍び寄ってきた影は、素早く後ろから羽交い絞めにされてしまった。
「な…っ!」
 玲奈が振り返るとそこには院長が不敵な笑みを浮べて立っていた。
「君のような闖入者をおめおめと逃がすわけがないだろう。害悪なものは全て“治さなくては”ね…」
 そう言いながらニタリとほくそえんだ顔は、おぞましい以外のなにものでもなかった。
 そうか、彼は害悪を主食としている偽善神だったのか。と、玲奈は驚愕すると同時にいいようのない恐怖に襲われた。
 このままでは危険だと必死に暴れまわりなんとか彼の腕からすり抜けることが出来た玲奈は、命からがらその場から逃げ帰る事に成功した。
「お願い! 話を聞いて! このままじゃ皆危ないわ! あの病院は化け物が巣食っているの!」
 逃げ帰った玲奈はとにかく周りの人間に事の重大さを伝えるべく、身形など気にもせずに声を上げた。
 丸坊主に鰓と、その背中には翼。そして水着姿の玲奈を誰もが怪訝そうに目を向けてくる。
「なんだい、君は。男…?」
「違うわ! 女よ! とにかく話を聞いてちょうだい!」
 懇願するように玲奈は声を上げるが、世間の目は冷たい。
「お願いよ! 話を聞いて!」
 必死の頼みも聞き入れてもらえず、玲奈引き摺られるようにして檻付の病院へと連れて行かれてしまったのだった。