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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


File.2 ■ それぞれの目的 




「…随分と横暴ね」思わず溜息混じりに本音が零れる。その上自分の情報を知り、優位に立っている様な真正面に佇む少女。私はお返しに彼女の情報を呼び出した。「“阿部 ヒミコ”さん?」
「あら、さすがね」クスクスとヒミコが歪んだ笑みを浮かべながら私を見つめる。
「確か能力は“異世界の創造”だったかしら。って事は、ここが異世界ね。随分面白い力ねー…」やはり探究心は尽きない物だ。私は思わずニヤリと笑って周囲を見つめた。「で、さっきの話に戻るけど。そこまで私の事調べてるなら、私の信条と口癖も調べてあんの?」
「そんな事は知らないわ」ヒミコがあっさりと答えた。「飄々とした態度を取りながら、時間を少しでも稼ぐあなたの癖は知っているわ。あらゆる可能性を模索しながら、少しでも多くの情報を搾取する手口」
「…フフ、正解」パンパンと手を叩いて私は意を決した。「ここまで熱烈な調査をされてるって言うなら、会わない事もないわ。因みに信条はラブ&ピース。口癖は“恋愛したい”、なんてね」自らに向けた嘲笑を浮かべ、私は再びヒミコを見つめる。
 先程の私の情報の細かさと、“虚無の境界”からの使いである事を考えれば、これは非常に危機的状況だ。阿部 ヒミコ。彼女が持つ特殊能力名は、通称“誰もいない街”。彼女が掌握した空間の中に、私は言わば捕らわれている。ヒミコの人間性は明らかに異質。人が人を殺す事に一瞬の躊躇が生まれるが、ヒミコに至ってそれは通用しない。ヘタに抵抗すれば、何の迷いもなく殺される。
「まっ、どうせついて行くしかないっしょ? 私の事をそこまで知っているって事は、当然社長の事も調べはついているんでしょうし。単なる駒の私が、勝手な事をしてあの人には迷惑をかけたくないしね」
 そう、あの人には自分の望みだけを見つめて、実現して欲しい。それが叶うのなら、機密情報だらけの脳を持った私が利用されそうになったとしても、死ねば良い。
「よく喋るのね」
「これは私の癖みたいなもの。ま、良いわ。会ったげるから、早く案内してもらえる? アー、こんな事なら最期にもう一回ぐらい抱かれたかったなー」
「…ついてきなさい」
 ヒミコがこちらへ背を向ける。本来ならこれはチャンスだが、どうにもヒミコという相手とこの空間を考えれば、僅かなチャンスともすら思えない。厄介な相手だ。逃げれた時の為に、危険を冒してでも情報収集する自分に、思わず我ながら有能な部下だと嘲笑を浮かべてしまう。

 “誰もいない街”。その表現は実に合っている。造りは実際の街とは何ら変わらないというのに、人のいない街の静けさはあまりに不気味だ。ヒミコの後を追いながら周囲を見つめ、私はその不気味さに思わず寒気すら感じた。
「…そんなに私の世界が不思議かしら?」ヒミコが不意に尋ねた。
「聞いて不愉快になられるのも困るけど、率直に言えば不気味ね」挑発する様に私はヒミコへと答えた。「悪趣味もここまで来ると、十分過ぎる一つの芸術ね」
「挑発しても無駄。あなたは私の意思がなければもう出れない。今私を揺さぶろうとしても、何も生まれないわ」ヒミコが続ける。「でも、そうね…。これは芸術であり、現実で在るべき姿。皮肉を受け取らなければ、あなたの言う通りよ」
 おぞましい価値観だった。背を向けたまま歩きながら、口調を変える事もなく淡々と喋るヒミコ。狂気じみた笑いを浮かべるでもなく、さも当たり前の事の様に言う姿は、まさに狂気そのもの。そう感じた途端、ヒミコが突然足を止める。
「…圧巻ね」
 街並みはここで途切れ、切り立った崖の様な場所からは広大な大地が広がり、遥か遠くには大きな都市が形成されている。中央に位置する大きなタワーの様な建物が一際目を引く。
「“虚無の境界”の本拠地よ。あそこに待っている方がいる」ヒミコがタワーを指差してそう告げた。






――。







 常人ならば、タワーに連れて来られるまでに至る道程を一度で憶えるのは困難だろう。あまりに入り組んだ道程を歩かされたが、わざわざ迷路化した状態で停滞する必要はない。ヒミコの思うがままに創られたこの世界で、私が憶える情報はほぼ意味を成さないだろう。私はそんな事を感じながらヒミコに連れられるがまま、タワーのエレベーターの中で考え込んでいた。
 エレベーターの扉が開く。悪寒が背を走る。どうしようもなく禍々しい気配を感じる。一刻も早く、この場を離れたい。そんな事を思える程の禍々しい気配に、思わず手に汗を握る。自分らしくない感情が生まれた。
「盟主様。龍宮寺 桜乃を連れて参りました」ヒミコがそう言うと、奥に佇む仰々しい椅子に座っていた女がこちらへと視線が向けられる。
「ご苦労様…」女が立ち上がり歩み寄って来る。「意外ね。この部屋に入って来てそんなに堂々としているなんて」
「堂々? 冗談じゃないわよ。正直、ここまでヤバい雰囲気に包まれた事、今までにそう味わった事ないし、さっさと帰りたいってのが本心よ」
「フフフ…、失礼な表現だったわね。意外と言うより、さすが、と言った所かしら」女が笑いながら私を見つめた。
「“虚無の境界”の盟主、巫浄 霧絵。まさか私も、アナタみたいな有名人に会えるとは思ってなかったわ」それは紛れもない本心だった。私の目の前にいる女。この女こそが、アンダーグラウンドの世界で最も名の知れた女。
「そこまで警戒しなくても結構よ」霧絵がクスクスと笑ったまま椅子へと戻る。
「…で、用件は何? 言っておくけど、アナタ達みたいな危険な連中に、私の能力を貸すつもりはないわ。私の能力は“あの人”の為だけに使う」
「拒んだら殺す、と言われても?」
「喜んで死んでやる」
 睨み付ける私に向かって、霧絵は相変わらずの余裕を浮かべて私を見つめる。
「…今貴方に死なれては困るのよ」霧絵が口を開く。「貴方自身の能力は興味深いけど、今回は“虚無の境界”が独自に動いている訳じゃないのよね…」
「何処かの介入がある、という事ね」
「ご明察。私達だって先立つ物が必要なの」クスクスと笑いながら再び霧絵が私を真っ直ぐ見つめる。「その為に、貴方の慕っている人に手を出さなくちゃいけないのよ」
「そんな事させない!」思わず声に力が入る。
「そうね。それなら良く考えると良いわ。貴方が何を守る為に、何を犠牲に出来るのか…」
「脅しているつもり? 言っておくけど、全ての情報は私のこの頭の中に叩き込んである。アナタ達が何をしても、私は絶対に口は割らないわ」
「そうでしょうね。貴方のさっきからの口ぶりには強い意志が伴っているわ。ただ単純に、貴方にはある伝言を伝えて欲しいのよ」
「伝言?」
「伝えてもらえるかしら。“虚無の境界”が“東京計画”に関与している事実。そして、無駄な抵抗をしない様に、と」
「“東京計画”?」聞いた事のない言葉だ。あの人は少なからず、私に情報を全て話し、私をバックアップの様に使う。「残念だけど、そんな情報は知らないわ。私に話していない筈…―」
「―勿論、言ってる筈はないでしょうね」
「…何か知っている様な口ぶりじゃない」
「自分で聞いてみる事ね。私達が関与していると知れば、話してくれるかもしれないわよ…。…ヒミコ、もう良いわ」霧絵が声をかけた瞬間、ヒミコが目を閉じる。
「ちょっと待って! 一体どういう…―」




――。




 視界が一瞬歪んだと思ったら、私は自分の勤める会社の中に戻っていた。ご丁寧に送ってくれた様だが、腑に落ちない。
「…人が喋ってる最中に飛ばすなんて、むかつくー!」
 一通りの憤りを叫んだ後で、私は冷静に頭を働かせる。
 私はあの人に直接尋ねなくてはならない。私が知らない情報なら、あの人はまず確実に私が調べられる場所にその痕跡を残す事はしない。あの人の邪魔をしようとする連中は今までにいくらでも現れた。それでも、せいぜいヤクザや権力に物を言わせる程度の現実的な弊害を与える程度だった。それなら、私の所属している特殊諜報部隊でどうとでも出来る。が、今回の相手はあまりにリスクが高い。何を守れば良いのかも解らないまま、“虚無の境界”を相手にするのはあまりにも不利だ。




「一体、何がどうなってるの…」




 私は携帯電話を操作し、電話をかけた…―。



                                 File.2 Fin



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ライターより。



依頼参加、有難う御座います。白神 怜司です。
前回より、“虚無の境界”が関与しましたが、接触と
脅迫に終わる程度で現実へと戻されてしまいました。

今後のストーリー等に対して、“あの人”の望みを邪魔する組織の
存在を示唆する様な形となりました。

「“あの人”の望み」と、敵対組織についてですが、
お客様自身に考えがあればそちらをプレに織り交ぜて頂ければ
幸いです。



それでは、今後とも宜しくお願い致します。
激しい気温の変化に体調を崩さない様、お気を付け下さい。

白神 怜司