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ミルタの女王は各語る
夜を統べる女王。
ウィリーの女王ミルタは、ローズマリーの花束を掲げる事で、死んだ少女の魂をウィリーに変えていた。
死んだ少女。恋破れた少女。
苦しんだ少女。悲しんだ少女。
白い亡霊となった少女達は、ただ森の奥で、女王に見守られながら、朝が来るまで踊る事しかできない――。
しかし、それを見ている女王。
彼女は一体どこから来たのか。
それは誰も知らない――。
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夜神潤は人のほとんどいない、旧校舎近くの噴水に座っていた。
前はここにひっそりと星野のばらが佇んでいたが、今は彼女はここにはいない。
空を見上げていると、潤の腕に黒い物がまとわりつく。
やがてそれは鳥の形を作った。彼の守護者、オフィーリアだった。
「ご苦労様。見つかったか?」
オフィーリアの頭を潤が撫でると、オフィーリアはごつんと潤の額にすりついた。
オフィーリアの見たイメージが、潤の中に流れ込んでくる。
それは、美術館の光景だった。
美術館内が騒ぎになっている。警備責任者らしい誰かが、小さな手紙を読んでいるのが見えた。これは学園新聞で見覚えがあった。
「予告状……ここに怪盗ロットバルトが現れるのか?」
オフィーリアはコクリと頷いた。
潤は流れ込んで来たイメージをもう1度自分の中で咀嚼する。
書かれていた予告状は、よくは読めなかったが、その後すぐに映ったイメージはイースターエッグだった。恐らくそれを盗みに来るのだろう。時間は……。
「……まあ、いいか」
潤に警備は関係ない。
美術館の場所だけ確認すると、オフィーリアを一撫でした。
「話を……聞きに行かないと」
あの少女を解放してあげたい。
そのためには、彼女をウィリーにした張本人――海棠織也――の事を知る必要があった。
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その夜。
闇に紛れて潤は美術館内を歩いていた。
オフィーリアから受け取ったイメージの元、警備員を避けて歩く。
本来闇に生きる潤にとっては、散歩と何ら変わりはない。
やがて。
ローズマリーの匂いがツンとする場に辿り着いた。
潤は匂いを嗅がないようにハンカチで鼻と口元を押さえる。
「誰だ」
聞いた事あるようなないような、そんな声が潤に対して向けられた。
「……少し用が会って来た。怪盗ロットバルト」
「…………」
真っ黒なマントに、真っ黒な悪魔の装束。
「白鳥の湖」に登場する悪魔に扮したその男は、全体からローズマリーの匂いを漂わせていた。その匂いを嗅いだせいか、あちこちに警備員らしい人々が倒れている。
「……人払いはできているのか」
「お前は一体誰だ。何故俺に?」
「星野のばらの事に対して、聞きたい事があったから」
「…………! どうして彼女の事を……」
冷たい声に、微弱に感情が混じる。
この男は。潤は目を少しだけ細めてロットバルトを見やった。
「彼女を生き返らせようとしているらしいけど」
「……どうしてそう思う?」
「お前がしようとしている事は、死者蘇生だと考えたから」
「ふうん……」
声は、人を小馬鹿にしたような色を帯びる。潤はその口調の変化を聞きつつ、言葉を選び選び、話を続ける。
「彼女と学園内で会った。彼女は随分子供じみているとは思ったけれど、享年13歳ならそんなものかと思っていたが……。その彼女を生き返らせて、どうするつもりだ?」
「どうもしないけど?」
「…………」
意外な返事に、潤はすっと目を細める。
「……彼女は、今理性がない状態だ。そんな彼女を生き返らせても、どうもしないと?」
「…………。話はそれだけ?」
「…………」
潤は、少しだけ唇を噛んだ。
彼は本気で、彼女を生き返らせたいと言う目的だけで、動機がないように見えた。
でも、そんな事はありえるのか?
死者蘇生のために、現に守宮桜華は犠牲になりつつあり、のばらもおかしくなってしまっている。それで、彼女を生き返らせる事に意味がないなんて、何を考えているのか?
1つだけ、記者に教えてもらった話が頭をかすめた。
「彼は秋也君と双子で生まれなければ、1人として生まれていれば」
ロットバルトは、手にイースターエッグを携えた。
「用がそれだけなら、もう興味がないから行くけど」
「…………。お前は、そんなに兄がコンプレックスなのか? 兄を見返す、たったそれだけのために、こんな対逸れた事を……?」
「…………。君に何が分かると言うの?」
口調が、さっきまでの作ったようなものと変わる。
こっちが、本来の口調か。
気付けばローズマリーの匂いがより濃くなってくる。潤が目を伏せ、鼻を押さえている間に、彼はいなくなってしまった。
……クソ。
何ができる? 彼女を助けるために。
潤はもう1度、唇を噛んだ。
<了>
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