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<東京怪談ノベル(シングル)>


ミルタの女王は各語る

 夜を統べる女王。
 ウィリーの女王ミルタは、ローズマリーの花束を掲げる事で、死んだ少女の魂をウィリーに変えていた。
 死んだ少女。恋破れた少女。
 苦しんだ少女。悲しんだ少女。
 白い亡霊となった少女達は、ただ森の奥で、女王に見守られながら、朝が来るまで踊る事しかできない――。

 しかし、それを見ている女王。
 彼女は一体どこから来たのか。
 それは誰も知らない――。

/*/

 夜神潤は人のほとんどいない、旧校舎近くの噴水に座っていた。
 前はここにひっそりと星野のばらが佇んでいたが、今は彼女はここにはいない。
 空を見上げていると、潤の腕に黒い物がまとわりつく。
 やがてそれは鳥の形を作った。彼の守護者、オフィーリアだった。

「ご苦労様。見つかったか?」

 オフィーリアの頭を潤が撫でると、オフィーリアはごつんと潤の額にすりついた。
 オフィーリアの見たイメージが、潤の中に流れ込んでくる。
 それは、美術館の光景だった。
 美術館内が騒ぎになっている。警備責任者らしい誰かが、小さな手紙を読んでいるのが見えた。これは学園新聞で見覚えがあった。

「予告状……ここに怪盗ロットバルトが現れるのか?」

 オフィーリアはコクリと頷いた。
 潤は流れ込んで来たイメージをもう1度自分の中で咀嚼する。
 書かれていた予告状は、よくは読めなかったが、その後すぐに映ったイメージはイースターエッグだった。恐らくそれを盗みに来るのだろう。時間は……。

「……まあ、いいか」

 潤に警備は関係ない。
 美術館の場所だけ確認すると、オフィーリアを一撫でした。

「話を……聞きに行かないと」

 あの少女を解放してあげたい。
 そのためには、彼女をウィリーにした張本人――海棠織也――の事を知る必要があった。

/*/

 その夜。
 闇に紛れて潤は美術館内を歩いていた。
 オフィーリアから受け取ったイメージの元、警備員を避けて歩く。
 本来闇に生きる潤にとっては、散歩と何ら変わりはない。
 やがて。
 ローズマリーの匂いがツンとする場に辿り着いた。
 潤は匂いを嗅がないようにハンカチで鼻と口元を押さえる。

「誰だ」

 聞いた事あるようなないような、そんな声が潤に対して向けられた。

「……少し用が会って来た。怪盗ロットバルト」
「…………」

 真っ黒なマントに、真っ黒な悪魔の装束。
「白鳥の湖」に登場する悪魔に扮したその男は、全体からローズマリーの匂いを漂わせていた。その匂いを嗅いだせいか、あちこちに警備員らしい人々が倒れている。

「……人払いはできているのか」
「お前は一体誰だ。何故俺に?」
「星野のばらの事に対して、聞きたい事があったから」
「…………! どうして彼女の事を……」

 冷たい声に、微弱に感情が混じる。
 この男は。潤は目を少しだけ細めてロットバルトを見やった。

「彼女を生き返らせようとしているらしいけど」
「……どうしてそう思う?」
「お前がしようとしている事は、死者蘇生だと考えたから」
「ふうん……」

 声は、人を小馬鹿にしたような色を帯びる。潤はその口調の変化を聞きつつ、言葉を選び選び、話を続ける。

「彼女と学園内で会った。彼女は随分子供じみているとは思ったけれど、享年13歳ならそんなものかと思っていたが……。その彼女を生き返らせて、どうするつもりだ?」
「どうもしないけど?」
「…………」

 意外な返事に、潤はすっと目を細める。

「……彼女は、今理性がない状態だ。そんな彼女を生き返らせても、どうもしないと?」
「…………。話はそれだけ?」
「…………」

 潤は、少しだけ唇を噛んだ。
 彼は本気で、彼女を生き返らせたいと言う目的だけで、動機がないように見えた。
 でも、そんな事はありえるのか?
 死者蘇生のために、現に守宮桜華は犠牲になりつつあり、のばらもおかしくなってしまっている。それで、彼女を生き返らせる事に意味がないなんて、何を考えているのか?
 1つだけ、記者に教えてもらった話が頭をかすめた。

「彼は秋也君と双子で生まれなければ、1人として生まれていれば」

 ロットバルトは、手にイースターエッグを携えた。

「用がそれだけなら、もう興味がないから行くけど」
「…………。お前は、そんなに兄がコンプレックスなのか? 兄を見返す、たったそれだけのために、こんな対逸れた事を……?」
「…………。君に何が分かると言うの?」

 口調が、さっきまでの作ったようなものと変わる。
 こっちが、本来の口調か。
 気付けばローズマリーの匂いがより濃くなってくる。潤が目を伏せ、鼻を押さえている間に、彼はいなくなってしまった。
 ……クソ。
 何ができる? 彼女を助けるために。
 潤はもう1度、唇を噛んだ。

<了>