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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.3 ■ アリアのきもち 





「…あ、おうち」
 とてとてと何も考える事もなく無意識に歩くアリアの目に、見慣れたアイス屋の看板が映る。あの雪山から、漸くアリアは自分の家に帰って来たのだった。安堵と共に、何やらどっと疲れた気分を味わう。
「お帰りなさい、アリア」店の入り口から中へ入ると、アリアの母が声をかけた。
「ただいま…」
「随分長い間出かけていたのね」アリアの母がそう言ってアリアへと歩み寄る。
「うん、色々あったの。雪女ちゃんとか、知らない女の子とか…」
「…? 詳しくお話してもらえるかしら? お客さんもいないし、リビングに行きましょう」
「うん…」
 幸か不幸か、店はちょうどお客の姿もなく、アリアは母に連れられて店内と繋がっているドアから、自分の家のリビングに入った。テーブルを囲む椅子にアリアは座り込んだ。背の高いテーブルと椅子。アリアは椅子に登る様に座り、胸元から上だけをヒョコっと覗かせた。
「それで、何か出来る事は見つかったの?」冷たい飲み物を出しながら母がアリアの向かいに座る。
「ありがとう」アリアが飲み物を飲み、コップを置く。「出来る事…?」
「…それを考えていたら、迷い込んでしまったんでしょう?」クスクスと笑いながら母がアリアを優しく見つめた。
「忘れてました…」アリアはしょんぼりとした顔で困った様に母を見つめた。
「あら、しょうがないわね」再びクスクスと笑う。
 アリアは父も母も大好きだった。どんな時も微笑んでくれている穏やかな両親に、アリアはつい甘えてしまう。おっとりとした性格は両親譲りなのかもしれない。
「雪山で色々な事があって、つい…」
「色々な事?」
「うん…。最初はゆきんこちゃん達に会って、それから雪女ちゃんに会って、知らない女の人に名前を呼ばれたり、銃を持った悪い人達と戦って凍らせて…。あ、追い返しました…」
「…そう…? もうちょっと詳しく…―」
「―あ、お母さん、虚無の境界を知ってますか?」
「え? ん〜、知らないわね…。お友達?」
「そうですか…」再び困った様な表情を浮かべ、再びアリアがコップに入った飲み物を口に運ぶ。しばしの沈黙が生まれる。
「アリア、未だかしら?」
「…?」
「その雪山の時の事、もっと詳しくお話ししてもらって良いかしら?」
「あ、そうでした…」


――。


「そう、大変だったのね」母が口を開く。「“虚無の境界”…。何処かで聞いた事がある気もするけど、詳しい事は解らないわね…。あまり良い人達ではなさそうね…」
 アリアの詳しいお話とは、正に一字一句の会話を記憶から捻り出そうとする程のものだった。お互いにのんびりとした性格だった為か、それは数時間に及ぶ話となってしまっていた。どうやら“虚無の境界”については母もあまり知らない様だった。
「あ、お店…」
「お客さん、今日は来ないわね…。三月に入ったのに、今日は心地良い気温だもの。無理はないわ」店のドアが開けばリビングで音が鳴る様になっているものの、アリアの話の間、その音は一切鳴り響く事はなかったのだった。
「…? まだ一月だよ?」
「フフフ、何を言っているの。アリアがお出かけしてる間に、もう三月になっているわよ」母が笑いながらアリアへとそう告げ、カレンダーを見つめた。
「…あれ?」
「もうすぐ春本番。ちゃんと考えようとしたアリアは偉いわ。お父さんなんて、アリアが帰って来ないからって心配ばっかりして…。ただの人間じゃないのにねぇ」クスクスと笑いながら母はそう言って立ち上がった。「アリア、今日はお店を閉めましょう。疲れているのに悪いけど、お手伝いしてくれるかしら?」
「うん」


 店を閉める手伝いをしながらアリアは一人考えていた。
「…“虚無の境界”…。よく解らない…かも…」
 アリアにとってはあまり興味のない事だった。十三歳の少女で、純粋に生きてきた。学校生活を送らなかったアリアにとって、善悪の判別よりも損得の判断の方がよっぽど大事な判断基準だった。
「アイス屋で生活するの…苦しいけど無理じゃない…。今何も嫌な事もないし、楽しい…。あの子がアイス買ってくれるなら…。でも、贔屓は良くないもんね…。お母さんも、良い人じゃなさそうって言ってたし…」
 アリアの認識はあまりに単純なものだった。中途半端な知識や常識に捕らわれない、個人的感情と母の言葉が何よりも結果を大きく左右する。
「フフフ、随分考えているみたいね」
「お母さん…」アリアが振り返る。「どうして解ったの?」
「全部自分で喋っていたわよ」母が笑いながらそう言って一緒に片付けを始める。「アリアが言っていた、“虚無の境界”。思い出したわ」
「…?」
「アリアが生まれる前の話だけど、私の元へ“虚無の境界”と名乗る変な連中が来た事があったのよ。多分、アリアが会ったのは私の元へと訪れた連中と一緒かもしれないわ」
「お母さんは、仲間になったの?」
「お断りしたわ」笑いながら母は答えた。「世界がどうとかなんて、私には興味もなかったのよね。それでも何度も来るから、仕方なく凍らせて近くの川から流したわね」
「…お母さん、人間凍らせちゃダメって…」
「大人になって自分で判断出来る様になるまで、アリアはダメよ。しっかりと責任を持って判断出来る様になるまではね」
「…大人になったら良いの?」
「そうね。アリアが大人になったら、私が言っている事も解るかもね」
「…大人ってズルい…」
「…アリア、あまり“虚無の境界”とは関わらない方が良いわ」不意に母の声が真剣味を帯びた。「彼らは凄く危険な思想を胸に抱いているわ。私に接した来た時の様に、彼らが同じ理由でアリアに接しているのなら、味方になんかならなくて良いのよ」
「つまり、敵?」アリアが小首を傾げ、母を見上げる。
「敵か味方かで言えば、敵かもしれないわね…。『世界を虚無へ』というのが、確か彼らの理念だった筈よ。それは、私達の生活を壊される事になるわ…」
「…そんなの、嫌…」
「なら、あまり関わるべきではないわ」アリアの頭を撫で、母は静かに微笑んだ。
「うん…」





――。




 春が訪れたのは確かな様だ。翌日、アリアは店内で一人で店番をしながらそんな事を考えていた。何処となく暖かな陽気を感じながら、アリアは複雑な気分で外を見つめていた。
「冬の方が気持ち良いのに、暖かくなったらお客さん増える…」
 個人的な理由で冬が好きなアリアだが、お店の売り上げが良くなる春から夏にかけての季節も好き。春なろうとしている三月から四月はいつもそんな事を感じる。
 そんな折、アリアの前に一人の男が姿を現した。
「よう、アリア」
「あ、武彦ちゃん…。いらっしゃいませ…」
「あのなぁ、その武彦ちゃんって呼び方やめてくれないか…」ポリポリと頭を掻きながら武彦は溜息混じりに呟いた。
「じゃあ、たけちゃん?」
「オーケー、もう何も言わない。武彦ちゃんで結構だ」
「アイス、いる?」アリアがアイスを取り出し、武彦に差し出す。「お店に来たって事は、お客さんだよね…?」
「…何だ、この断れない雰囲気は…」武彦が思わずたじろぐ。「…ま、良いか。二つばかり貰おうか」
「ありがとうございましたー」せかせかとアイスを渡してお金を受け取り、アリアはそう告げた。
「おう、またな…って。久しぶりに会ったってのに随分だな」
「…? どうしたの?」小首を傾げてアリアが尋ねる。
「いや、最近何度かこの辺り通ってたんだが、ずっといなかっただろ? 売り出しに出る時期じゃなかったのに、珍しいなって思ってな」
「あ、うん」返事をした所でアリアが先日のエヴァの匂いを思い出す。「…武彦ちゃん、金髪で髪の長い、紅い眼をした女の子、知り合い?」
「…ん〜、外国人か?」武彦がアイスキャンディーを口から離して尋ねた。
「多分そう。エヴァなんとかって子…」
「エヴァ…だと…? まさか、エヴァ・ペルマネントか!? “虚無の境界”の!?」武彦がアリアへと詰め寄った。「お前、何処でそれを?」
「えっと、雪女ちゃんの所で…。武彦ちゃん、匂いが似てる気がするけど…、やっぱり知り合い…」クンクンと匂いを嗅ぎながらアリアが尋ねる。
「いや、残念だが面識はない…。恐らく、お前が嗅ぎ取った匂いは同じ霊鬼兵の零の匂いだろうな…」武彦がそう呟いて何か考え込む様に顎に手を当てた。
「零…?」
「俺の妹だ。正確には義理の妹として一緒に暮らしているんだがな」
「じゃあ知らないって事?」
「あぁ…。それにしても、“虚無の境界”が接触してくるとはな…。動き出しているのか…」
「…?」
「とにかく、俺はちょっと用事が出来たから帰るぞ」
「うん、バイバイ」




 武彦はアリアに別れを告げ、何処かへと向かって急ぐ様に歩き出した。









                                Episode.3 Fin



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ご依頼有難う御座いました、白神 怜司です。

さて、何やら動きだしそうな展開にはなりましたが、
私自身、これからちょっと楽しみになっております。


それと、ちょっと話は変わってしまうのですが、
先日他のお客様より、ファンレターの返信が届いていないと
ご連絡を頂きました。

運営側で停止状態にあった事がありましたので、
先日のお返事が届いていない様でしたら、
一度お問合せしてみて頂ければ、と思います。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。


白神 怜司