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<東京怪談ノベル(シングル)>


女子高生は異常ってレベルじゃねーぞ

●発端

 神聖都学園女子部は由緒正しき女子校だった。
 しかし少子高齢化の昨今。入学者数の緩やかな減少は続き、不況の波はここにも押し寄せていた。
 伝統ある乙女の聖域とて痛みを伴う改革が必要。今がその時だと理事達は声高に叫ぶ。
 なりふり構ってられない。とりあえず経費節減だ。プリントの裏紙は忘れず再利用。
 柔らかかったトイレの紙もガッサガサに。全く乙女の柔肌を何だと思ってんだ。

 しかしてなお消化しきれぬ赤字の多さよ。
 頭を抱えた理事達の前に登場したのは、近隣にある某男子校の経営陣だ。
「(学校統廃合)やらないか?」
「ウホッいい男子校」
 そして生徒の思惑をよそに、統合・共学化の話が進められる。

「大変だよぉぉー!」
 まさに顔面蒼白の様相で、茂枝・萌が飛び込んできた。
 ここ神聖都学園女子部・生徒会室には、共学化に対し断固反対の態度を取る精鋭部隊が結集している。
 そう――共学化に賛成なのはお偉いさんだけ。学び舎へ通う可憐な少女達は、押し並べてこの理不尽かつ突然の学校統合に反対している。
「どうしたの、萌?」
 振り向く生徒会長。『乙女の花園死守』と、朱墨で書かれた巨大な垂れ幕を背に、数多の精鋭を従える女は悠然とした佇まいで口を開く。
 敵の敵は味方。彼女の周囲を取り巻く女の顔ぶれは非常に個性的だ。
 ギャルに根暗少女にゆるふわ愛されガール。果ては古式ゆかしいスケバン風女子まで。どこで集めたんだ会長マジ強ぇ。
 しかし萌は萌。そんな会長にも臆せず、偵察で知った最新の状況を報告する。
「校門付近に、だめんずが、一杯!」

 萌の話を踏まえ、状況を整理すれば。どうやら学校が、体験入学生として多数のイケメンを召喚したらしい。
 おかげで学園正門付近には、ガイアにもっと輝けと囁かれていそうな読モ風男子がうじゃうじゃ出現し、訳のわからない事になっている。
 だが、女子が皆イケメンに懐柔されると思ったら大間違い。舐められたものだな、と会長は不敵に笑う。女たるもの、男の外見だけに惑わされるなど笑止!
「顔だけ男に価値などない!」
 萌の報告によれば、召喚された男子のうち実に8割以上が、イケメン(笑)と推測される。つまり勘違い男と大きいお友達ね。
「……まあいい、そういう心算なら此方も本気で対抗する」
 社長椅子にどんと腰掛け、両肘を机につき指を組む。
「勝利は、あらゆる犠牲を払い自分の力で実現させるもの。他人から与えられるものではないッ」

 こうして、仁義なき戦いが始まった。


●所変わって女子更衣室

「ってか、どうして皆そんなに統合に反対なの?」
 三島・玲奈は頭上に疑問符を浮かべ、息巻く級友達に問いかける。
 確かに共学になると色々と問題は起こるだろうが……休み時間や放課後を潰してまで反対運動に徹する程か?
 だが首を傾げる玲奈に、級友達は怒涛の勢いで説教する。
「ちょっと玲奈、何言ってんの! 男よ男。臭いしウザイしキモい男よ」
「その集団よ? 外で1人2人と会うのとは訳が違う、余計に臭うわ騒ぐわで教室が動物園になっちゃう!」
 全国の男性諸君に怒られそうな言葉を並べ、世の男性を糾弾する機関銃。否女子高生。
「待受け画像を『嫁』呼ばわりとか」
 あるある、と全員一致の唱和。
「3次女は夫をATMにするとか失礼なこと言ったり」
 言う言う、と全員同時に頷き。
 まさしく非難囂囂、どうしようもない姦しさだ。

 数十分に及ぶ説得(という名の愚痴大会)の末、玲奈は折れた。
「……OK分かった、あたしが間違ってた」
「さすが玲奈!」
 今再び交わされる、熱い友情の抱擁。がっちり抱き合い互いの信念を認め合う女子2名。
 絵面だけ見れば美しい――が、彼女達の頭にある『男子撃退計画』は、想像を絶するえげつなさであった。


●迎撃開始

 教師に誘導され、校舎内にやって来た男達。
 オーケー迎撃準備完了だぜ。いつでもかかってこいや、と内心でほくそ笑む悪い女達。
「チョリース僕チンでぇす」
 教室に踏み込んできたチャラ男が、二本指立ててウインク。しかし当然ガン無視する。
 だが、いかな小心者のチャラ男とて、まだめげない。だって男の子だもん。
「あるぇー? ねぇ君カワウィーねぇ僕チンと遊ぼーよ」
 カニ歩きで迫り来るチャラ男。しかしここで折れる訳にはいかない。玲奈達は鉄の心でチャラ男を意識から遮断する。ザ・黙殺!
「やっぱ玲奈、美乳だよね」
「ちょ、褒めても何も出ないよ」
「えー母乳出るかもよ? とりゃ」
「揉むなコラ」
「ちょ……ねーよ」
「こらーまだ陽は高いぞ」
 ゲラゲラと下品な笑い声をあげる女子高生。既に引き始めた男共。しかし迎撃は始まったばかりだ。
「やっべ、腹減った。次何だっけ」
「数学」
「っしゃー早弁しよ。あ、でも今日カレーだ」
「弁当にカレー!?」
 可愛い小さいお弁当箱? 笑わせてくれるな。昼飯抜きで、十代のハイテンションライフが乗り切れるか。
 さすがに意気消沈気味になり始めた男達だが、それでも諦めない志は立派だ。
「君がッ! 答えるまで! 話しかけるのをやめないッ!」
 いやまあ、半泣きだけど。


●第二部隊出動

 体育の体験授業を終え、昇降口からゾロゾロ来る男子達。皆一様にげっそりとしている。
「誰だよ俺らの靴に近藤さん爆撃した奴」
 男子の中に犯人がいない以上お察しであるが、それを考えると余計に頭が痛い。ああ、もう犯人探し中止!
「女こわい」
「俺もう2次元と結婚する」
「アッー!」
 既に心が折れてしまった男も多く、帰りたいゲージがウナギ登りに増加中だ。
 そんな男共の様子に、ほくそ笑むのは当然女子達である。
「サー! 順調に心的ダメージを与えています! が、敵軍撤退には至りません」
「そうか……では第二の作戦に移行する。攻撃の手を緩めず、全軍侵攻!」
「ははー!」
 それにしてもこの女子高生、ノリノリである。

 ほとほと疲れ果て涙目で教室へ駆け込む男達。しかし当然、これも罠だ。
 ガラッと扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのはお着替え真っ最中の玲奈の姿!
「キャー!」
 悲鳴に合わせてわらわらと湧いて出る女子生徒。罠に掛かった男子は最早、襲い来る修羅から逃げ惑うしかない。
「ヒー!」
「あべし!」
 あざとく嘘泣きする玲奈の姿を見て、男子は絶望した。泣きたいのはこっちだ!

 教室の対角線上には、椅子の上で胡座をかき少年漫画を読みふける萌がいる。
 その隣では、暑い暑いとスカートでばたばた扇ぐ女。足下の上履きは履きつぶし、踵は踏まれ、謎の落書きと汚い文字でデコられている。
「っつか超ねみーんだけどー」
「寝ろ寝ろ」
「授業終わったら起こして」
「おい机にヨダレたらすなよー掃除めんどくさいんだから」
 これはひどい。
 
「男の幻想ぶち壊しだァ!」
 号泣しながら走り去る数多の男子。しかし、それでも残り続ける猛者がいる。
 彼らに引導を渡すべく、玲奈が立ち上がった。
「玲奈ちゃん……あと一息よ」
「そうね。とどめ行くよ!」
 すうっと息を吸い込み、大きな声で、叫ぶ。

「――」

 同時に、教室内を舞う数多の『それ』。
 噂には聞けど。いやカーチャンだって持ってるけど。
 目の前で投げ交される生々しい用品から目を逸らすように、思春期の男達は大慌てで散っていく。
 そんな彼らの姿を尻目に。玲奈は平然とそれらを拾い上げ、手にしたまま――勝者の笑みを浮かべてお花畑へ向かうのだった。