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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


吸血鬼に永遠の眠りを



 廃墟のビルの中、満月の輝く夜に似合わない激しい爆音が鳴り響く。

「―ぐっ…こんな仕事、引き受けるべきじゃなかったな…」
 左肩に受けた傷を右手で止血しながら、武彦は生温かい自分の血の感触を味わっていた。

「フ…、人間風情がこの私と戦おう等とは嗤わせる」
 ツカツカと革靴の音を鳴らしながら、おおよそ人とは思えない恐ろしい形相をした
吸血鬼が武彦へと歩み寄る。

「…あぁ…、全くだ…。吸血鬼なんて、常人が勝てる様な相手じゃねぇよ」
 諦めたかの様に笑みを浮かべた武彦が吸血鬼たる相手へと告げた。
「伝説上の生き物退治なんて依頼、受けなきゃ良かったと後悔してるさ」


「ならば後悔と共に血肉を屠ってくれる」
 吸血鬼が詰め寄り、鋭い爪を振り翳す。

 高額な資金を積まれ、武彦が引き受けた吸血鬼退治。やはり一筋縄で片付く様な
相手ではない。
「…とまぁ、一人だったら無理な仕事だったろうな」
 武彦は自分の背後に立つ人物の気配を感じ、静かに呟いた。





*************************



「やれやれ、遅かったじゃねぇか…。勇太」
「わぁ! 草間さん大丈夫? 俺、今絆創膏しか持ってないけど…使います?」
「馬鹿な事言ってる場合か」武彦の冷たいリアクションが勇太へと拳を振り上げる。
「冗談だってば〜」タハハと笑いながら勇太が武彦の拳を避け、吸血鬼を睨み付けた。「まぁ後は俺がなんとかしますから、そこで休んでて下さい」
「ほう、若いの。随分威勢が良いではないか」吸血鬼がクックックと笑って勇太を睨み返す。
「かかってきな! 万人受けする血液型O型の俺が相手だ!」
「バカ野郎…」武彦が思わず溜息混じりに呟く。「お前、そんなに調子良さそうな事言って、吸血鬼相手にどう戦うつもりだ?」
「え? どうしたらいいですかね?」
「おま…っ! さっきまでの自信は何だったんだ!?」
「い、いや、てっきり草間さんが秘策を持ってて、足止めしてればどうにかしてくれるのかな〜って…、あははは…」
「フフフ、余興は終わりかな? 行くぞ!」
 吸血鬼が勇太へと真っ直ぐ向かって来る。勇太はテレポートを使い、吸血鬼の背後へと回り込んだ。
「とりゃああ!」勇太の蹴りが吸血鬼の背を捉えようとした瞬間、吸血鬼が姿を消す。
「甘いぞ、小僧」耳元に声が聞こえ、勇太の身体に衝撃が走る。吸血鬼の強烈な蹴りで勇太が壁へと叩き付けられる。
「勇太!」
「…いっててて…、動き早いなぁ」叩き付けられ、壁が崩れる程の衝撃に襲われたと言うのに、勇太は平然と立ち上がって制服についた埃をパンパンとはたく。
「ほう…、無傷とは…」
「甘く見ないで欲しいなぁ」勇太が深呼吸をして両手を左右に広げた。「これならどうだ!」
 具現化される巨大な黒い球体が浮かび上がり、吸血鬼めがけて飛ぶ。
「破壊力重視か、その程度のスピードでは私は捕らえられんぞ」
 武彦も吸血鬼の言葉に同感した。相手が動きの遅い敵ならまだしも、吸血鬼のスピードには到底追いつけないだろう。そんな事を思った瞬間、勇太はニヤリと笑った。
「はっ!」勇太が球体へと手を翳すと、球体が砕け、四方八方へと急に速度を上げて飛び散った。
 武彦と勇太の周りだけは避け、砕け散った球体はコンクリートで造られた柱や壁面を押し潰す様な形跡を残し、周囲一帯全てへ爪痕を残した。
「グラビティボールの改良版。油断したね。さっさと避けなかったからだよ」勇太がへへへっと笑いながら吸血鬼へと告げる。確かに吸血鬼の身体には幾つかの傷跡が残っている。飛散した球体の欠片が吸血鬼の身体にも傷を負わせていた。
「見事だ。だが、この程度の攻撃、大した事はないな」吸血鬼がそう言うと、傷が再生する。
「う、ズルい…」勇太が再び手を翳す。「なら、再生出来なくなるまでやってやる!」
「そうはさせん」吸血鬼が一瞬で間を詰め、勇太へと鋭く尖った爪を振り下ろす。
「そう来ると思った!」テレポートでギリギリの所を避け、勇太が手を翳す。念の槍が無数に召喚され、吸血鬼へと襲い掛かる。
「甘い!」一閃。吸血鬼が手を振り払っただけで強烈な衝撃が生まれ、念の槍を消し去り、勇太が吹き飛ばされる。「小僧、吸血鬼の本来の強さを知らないと見える」
「ぐっ…くそ! 草間さん、アイツ強いよ!?」立ち上がって吸血鬼を指さしながら武彦へと勇太が叫ぶ。
「バカ野郎、吸血鬼で弱いヤツなんているか!」武彦が思わず大声を張り上げて立ち上がろうとするが、傷が痛んで思わず顔を歪める。
「妖魔や妖怪。そういった亜種の混ざる者達と私を一緒にしない事だ!」再び腕を一振りする。地面を抉りながら爪から放たれた斬撃が勇太へと向かって一直線に襲い掛かる。
「こんなもん!」勇太が斬撃を腕で振り払う。「へっ! 俺の能力なら、いくらでも防げるもんね!」勇太はサイコキネシスで腕を覆い、斬撃を薙ぎ払ってみせた。
「面白い…」吸血鬼が腕を振り、斬撃を放ちながら勇太へと歩み寄る。勇太はそれを避けては薙ぎ払い、直撃を免れながら機会を窺っていた。
「かかった!」勇太がぐっと右手を突き出すと、周囲に散っていた先程のグラビティボールの破片が再び姿を現し、吸血鬼めがけて収束する。「おまけだ!」
 勇太が左手を振り下ろすと、念の槍が次々と具現化され、グラビティボールの目の前へ現われた。一瞬で鋭利な刃が重力を纏って吸血鬼の身体へと次々と突き刺さる。
「“鉄の処女”《アイアンメイデン》。今思い付いた新技だよ」勇太がグラビティボールとサイコシャベリンを組み合わせた新技、“鉄の処女”を成功させ、その場でヘタリと座り込んだ。「これならいくら吸血鬼でも…―」
「―残念だったな」“鉄の処女”の中から声が響き渡り、一瞬にして勇太の攻撃は霧散してしまった。
「…は、はは…。タフだね、アンタ…」
「あれでも生きてやがるのか…」
 勇太と武彦は思わず呆れた様に呟いた。吸血鬼の身体に空いた無数の穴が一瞬で消え去る。
「実に良い技ではあったが、私にはまだ届かない様だ」吸血鬼が勇太を見つめる。「その能力に敬意を表し、本気を出させてもらうぞ」
「え、ちょっと! そういう敬意いらないから!」
 勇太の声とは裏腹に、吸血鬼が力を込める。禍々しい気が周囲に充満していくのが解る。身体を縛り付ける様な恐怖が蔓延している。
「…っ! 勇太! ヤツと目を合わせるな!」武彦が叫ぶ。
「目?」思わず勇太が目を見てしまう。紅く光る瞳が勇太の目に映ると同時に、勇太がガクンと項垂れた。
「ほう、魔眼を知っていたのか、人間。なかなか博識だな」吸血鬼が武彦へと振り返るが、武彦は顔を見ずに吸血鬼の胸元へと視線を落とした。
「吸血鬼の能力の一つだったからな。魔眼ってのは、他人に幻覚を見せたり操ったり、そんなタチの悪い能力だったか…」
「その通り。さぁ、小僧。私の僕となり、その男を殺せ」
「…はい…」勇太が虚ろな瞳をして武彦へと歩み寄る。
「クソ、確か魔眼の効力は宿した吸血鬼が死ぬか、太陽の光りに触れるまで消えない…! 夜が明けてもここじゃあ…」武彦は周りを見つめた。
 どうやら外は既に朝を迎えようとしている様だ。しかし、この廃ビルの中には朝陽は入って来ないだろう。そんな事を考えていると、武彦の身体が何かによって縛り付けられた様に動かなくなってしまった。
「くっ、勇太…!」武彦の身体を縛っていたのは勇太のサイコキネシスによるものだった。勇太が武彦へと手を翳し、武彦へと歩み寄る。
「死ね…!」勇太が手を振り払うと、武彦はそのまま吹き飛ばされ、壁へと叩き付けられる。
「…っ! ぐはっ…!」武彦が倒れ、勇太を見つめる。
「仲間に殺されて死ぬのはどうだ、人間よ」吸血鬼と勇太が吹き飛ばされた武彦の元へと歩み寄る。吸血鬼が武彦の近くで足を止め、見下しながら冷笑を浮かべる。
「…くそったれ…。勇太、後で憶えてろよ…」
「後などない。ここで死ぬのだからな…。やれ」
「嫌だなぁ、そんなに怒らないでよ。ちゃんと受け止めたでしょ?」吸血鬼の背後から勇太が声をかける。
「なっ…!」思わず吸血鬼が振り返ると、勇太が手を上へ振り上げ、巨大な念の槍を造り上げていた。「貴様、魔眼を受けながらどうやって…!」
「残念でした。自分に精神汚染かけたから、アンタの術は届いてないよっと!」勇太が念の槍を投げつける。間一髪の所で吸血鬼が横へ避けるが、腕を切り落としたまま念の槍が壁へぶつかる。「爆ぜろ!」
 勇太がそう叫ぶと、念の槍が拡散し、コンクリートの壁を砕いて外の光りがビルの中へと差し込んだ。広げた指先を丸めながら、勇太がニヤリと笑って吸血鬼を見つめた。
「吸血鬼って事は、太陽の光り浴びたら終わりでしょ?」
「…っ!」
「これで終わりだ!」勇太が手を握り締めると、念の槍が幾重にも収束して鏡の様に光りを反射させる。
「ぐっ…があぁ!」吸血鬼の身体に太陽の光りが当たった瞬間、吸血鬼の身体は砂の様に崩れ出す。「くっ…、おのれ…!」
「草間さん!」
「美味しい所もらう様で悪いが、俺にも奥の手ってのがあるんでな!」武彦が銃を胸元から取り出し、吸血鬼を撃ち抜いた。
「ぐっ…、これは…!」
「銀を溶かした液体で造ったペイント球だ。お前には有効だろう?」
「…ぐっ…フッ…ハハハ…! 見事だ、人間…!」吸血鬼の身体がみるみる灰となって崩れていく。「また会おう…! 私は死の王…! いずれ貴様らの命、必ず屠ってくれる…!」
 高笑いを残し、吸血鬼は灰となって散っていった。勇太は灰へと歩み寄り、武彦へ振り返った。
「どうします、これ? 塩でもふっておきます?」そう言って勇太は笑いながら武彦を見つめた。
「バカばっかり言いやがって…いってて…」武彦も漸く表情を緩め、勇太へとそう言って再び座り込んだ。「…ぼろぼろだな」
「ホントですよ…」勇太も漸くその場に座り込み、呟いた。
「勇太、絆創膏くれ」
「え、嫌ですよ。俺使いますもん」
「…年上をちったぁ敬えよ、勇太…」
「普段は年寄り扱いするなって言うクセに、こういう時だけは都合良いですね…」
「…この野郎、良いからよこせ」
「い・や・だ!」
 激しい戦いが終わった直後だというのに、ここで再び戦いの幕が切って落とされようとしていた。
「良いだろう…、そのひねくれた態度。改めさせてやる…」
「もう今の俺だったら負けませんよ?」




 灰となった吸血鬼がいる事をすっかりと忘れたかの様に、二人にとってのいつもの日常が戻って来ようとしていた…。



                                     FIN