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<東京怪談ノベル(シングル)>


枯れ木に華を咲かせましょう


■威嚇する乙女

 三島・玲奈(みしま・れいな)は飢えていた。
 正真正銘、女に飢えていた。
「ホント、ここ最近は女日照りにも程があるわ……」
 駅前をとぼとぼと歩きながら、玲奈はひとり小さく呟いた。
「このままじゃあたし、寂しくて死んじゃいそう。こんな都会の真ん中で孤独死だなんて、そんなの絶対に嫌よ」
 はあ、と大きく溜め息をつく。
 そして彼女は血走った目で、辺りをぎょろぎょろと見回した。
「きっと、ここにいる全ての男達は、あたしのことを狙ってるんだ。そうに違いない。
 女に恵まれないあたしを、ここぞとばかりに取っ捕まえようとしてるんだわ!」
 玲奈の目は真剣そのものだ。彼女は恨みがましく周囲の男たちを睨んでいる。
 第一、アンタ達が女の子に軽々しく手を出したりするから、あたしのところまで美少女が回ってこないんでしょーがっ! ああ、忌々しい。謹んでお恨み申し上げ候……!
 とまぁ、彼女は終始こんな調子で周りを睨み続けていたわけだ。
 一方、周囲の何の罪もない男たちからすれば、まったくたまったものではなかった。とある若い男達は、このうら若き女子高生を、ストーカーなのではないかと警戒した。また、年端のいかない男児達でさえ、玲奈を珍獣を見るような目付きで遠巻きに眺めている。
 そんな冷ややかな視線にも負けず、彼女は身近にあった電柱へと抱き着いた!
「ああっ、もういいわ! あたし、この電柱さんと付き合うから!
 ねえ電柱さん、ご趣味はなあに? へえ、通電なの。それはいい趣味をお持ちで……」
 結局この日は、最後まで彼女に話し掛ける人間はいなかった。



■出逢いと出逢えない

 恋人がほしい。どうしても欲しい。
 となれば、まずは出逢いを見つけることが先決だ。
 玲奈は身支度を整えるべく、美形店員が多いという美容室へと向かった。
 噂通り、美容師は軒並み美人揃い。キレイ系とカワイイ系の店員に挟まれて、玲奈はもうウハウハだった。
(ウホッ、これは両手に花だわ)
 整髪を受けながら、横目で美容師の胸元にちらりと視線をやる。
(うーん。眼福、眼福。幸先もいいし、今日はなんだかいい出逢いがありそうね)


 小ざっぱりとした気分で美容室を出る。
 すると、しばらく街を歩いていたところで、彼女はとある諍いを見つけた。
「お姉さぁん、その荷物重いでしょ? 持ってあげるから貸してみなよ」
「いえ、大丈夫ですから……」
 見れば、下品なキャッチセールスの男が、配達員のべっぴんさんに絡んでいるではないか。なんたることだ、この下衆め! 玲奈は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のチャラ男を除かねばならぬと決意した。
「ほらほら、お姉さんってば――」
「――あ? 誰がお姉さんだよ、コラ。……ああ、あたしのことかな?」
「ひっ……」
 男が怯んだところで、配達員の女性の荷物を軽々と持ってあげる玲奈。アフターケアも欠かさない。キャッチセールスの男はすぐさま尻尾を巻いて逃げていった。
 決まった。これで彼女は、すっかり私の虜になったはずだ。
「さ、行きましょう」
「あの……だから、私も自分で持てますから……」
 だが、そううまくはいかないのも人生だった。


 玲奈は思い悩んでいた。
 これだけ試したのに、どうして相変わらず私は独り身なんだろう。神様の意地悪!
 そして彼女が、ぶつぶつと怨み節を吐きながら坂を上っていた、まさにそのとき。
 神風が、吹いた。
「きゃあっ!」
 神風の力により、目の前に歩いていた女子高生のミニスカートが、ふわりと翻った!
 うら若き乙女の、ミニスカートの中身。
 それは神以外が決して手にしてはならないほど、強大な破壊力を帯びた禁断の果実……。
「ブフッ!」
 エデンの園アタックを真正面から食らって、玲奈は勢い良く鼻血を噴き出した。もはやこれは、眼福なんてレベルのものではない。テロだ。女子高生のパンツが、あたしを殺しにかかっている。
 そんなことを遠のく意識の中、ぼんやりと考えていると――。
 ガシャン!
 突然、大量の鼻血を噴き出し始めた玲奈に驚いたのだろう。アニメ人形を大量に積んだ自転車が、彼女のすぐ近くで派手に転げた。人形はあわれ撒き散らされ、次々と折り重なっていく。人形同士が上になったり、下になったり……。
「ハッ! こ、これは……」
 折り重なった人形たちを見ながら、玲奈はわなわなと拳を握り締めた。
「人形でさえカップリングで楽しんでるっていうのに、あたしは……!
 うっ――ちくしょー!」
 嫉妬で号泣しながら、玲奈はその場を走り去った。
「何よ、何よ! 皆揃いも揃ってイチャイチャしちゃって!
 もうこの際皆幸せになっちゃえばいいのよ! 幸せバンザイ!」
 半ば悟りの境地に達した玲奈は、そのままの足で公園へと駆け込んだ。彼女はそこにいたたくさんの恋人達へ、力いっぱいのエールを送り始める。
「フレー、フレー、バカップル! 少子化問題ぶっ潰せ!」
 ……そしてひとり、虚しく帰宅した。



■ヒトリノ夜

 ここは玲奈が住むレディスマンション。
「もういいわ……恋人がいないなら、作っちゃえばいいだけの話よ……!」
 そう呟くと、彼女はおもむろにテレビの電源を入れた。途端にバラエティ番組の喧騒が部屋に響き始める。その音に耳を傾けながら、玲奈は粘土でできた人形を抱き締めていた。
「ああ。あなたの腕って、ねちょねちょして本当に気持ち……悪い。うえ。
 この甲斐性なし。早くアンタなんか捨ててやりたいわ。でも…今だけは面倒見てあげる」
 そして、偽りの甘いひとときをひとり演出する玲奈。我に返らずにここまでやれるのだから、実にあっぱれというものだ。
 更に、これでも刺激が足りなかったのだろうか。
 玲奈はおもむろに腕時計を取り出したかと思うと、ぶつぶつとそれに向かって話し始めた。
「違うの、あの人形とは遊びなの。あたしが本当に愛してるのは、あなただけ……」
 その後、一晩中腕時計へ愛を囁き続けた玲奈だった。



■ハッピーエンド

 ここはとあるネット喫茶。
 あまりの玲奈の狂気じみた言動を見かねたのか、瀬名・雫(せな・しずく)が彼女を救済しにきたのだ。
「玲奈ちゃん、さすがに怖いよ! ちゃんとした恋愛しようよ!」
 彼女は涙ながらに懇願しながら、とある人物をずずいと差し出した。その人物こそ雫が選んだ、玲奈の恋人候補者だったのだ。きっと玲奈も、この人と付き合ったら落ち着いてくれるに違いない。そう思って、わざわざ今日ここへ連れてきていたのだ。
「ねえ玲奈ちゃん、一生のお願いだから付き合って! このまま今の玲奈ちゃんを見続けてたら、私の方が病んじゃうよ……!」
「雫……」
 玲奈は雫の気持ちが嬉しかった。本当に嬉しかった。心の底から嬉しかった。
 だから玲奈は、思わず雫をぎゅっと抱き締めて――。
「分かった、雫。そこまで言うなら、今すぐ結婚しよう!」
「って――えええ!? ちがっ、違うよ! 私じゃなくて……!」
「ええい、問答無用! 神妙にしろー!」
「きゃあああ!」
 あまりの勢いに恐れをなして、雫はその場から逃げ出してしまった。玲奈は目をギラギラと光らせながら追ってくる。
 ……時、既に遅し。
 もはや玲奈は、付き合えるのなら誰でもよくなっていたのだった。