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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− 温泉へ行こう!4 −

1.
 私、案外雰囲気に流されやすいの?
 旅行3日目の朝日がこぼれる浴場で光を浴びながら入る露天風呂は夜とは違う爽やかな気分にさせる。
 しかし、黒冥月(ヘイ・ミンユェ)はその爽やかな雰囲気と裏腹にはぁっとため息交じりに反省していた。
「どうした? 気分でも悪くなったのか?」
 隣で温泉を楽しむ草間武彦(くさま・たけひこ)は心配げに冥月を覗き込んだ。
「………」
 武彦のせいでしょ、武彦の!
 昨日も今日もつい武彦のお願いをきいてしまった自分。
 わかってる。私、武彦に甘いんだ。
 でも…なんだかズルイ…。
「! いててて…」
 無言のまま冥月は草間の頬をキュッと抓った。
 これで許してあげるんだから、安いものよね。
 つんっとそっぽを向いた冥月に、草間は『?』を浮かべたまま抓られた頬をさすっていた。

「ご利用ありがとうございました。またいつでもお待ちしております」
 深々と頭を下げた旅館の女将たちに別れを告げ、草間と冥月は車に乗って走り出す。
 今日の冥月はグレーのミニワンピに黒のロングブーツを颯爽と履きこなすギャル系スタイルだ。
「また雰囲気がかわっていいな」
 運転する草間はニヤニヤと冥月の太ももに目をやる。
「もう! 脇見運転しないの!」
 そんなお決まりのセクハラ会話をしながら、車はとある場所へと向かう。
 着いたのは洞窟めぐりの遊覧船乗り場だ。
 海は凪ぎ、天候もよい。海を満喫するには最高の日和だ。
「天然記念物が見れるらしいぞ」
 切符を買った草間は少年のように笑う。草間も楽しみにしていたのだろう。
 先に船へと乗り込んだ草間は、当たり前のように冥月に手を差し出す。
 冥月は草間に手をゆだねて船へと乗り込んだ。
 船はゆっくりと動き出した。


2.
「いい風ね、海も綺麗。夏に泳ぎたいわ」
 船は白い波を立てながら海を進む。
 靡く髪押え、冥月は遠ざかる港を見ながら桜色の森と青い海のコントラストを楽しむ。
「…夏…海…水着…」
 海を眺めていた草間がちらりと冥月の体を下から舐めるように眺めた。
「……すけべ。今水着姿、想像したでしょう」
「美人の女を見たら脱がせてみたくなるのが男のさがだ」
「……どんな水着想像したの?」
「難しい問題だな。俺が見るだけならビキニがいいんだが、他の男には見せたくないから露出の少ないヤツを着て欲しい」
 考え込んだ草間に、冥月は苦笑した。
 欲望に素直な男だ。だけど、そこがまた可愛い。
 船は船長のユーモラスな会話をところどころに交えながら進んでいく。
 どことなく開放的な気分で草間との話も弾む。
 ふと、視界が暗くなる。どうやら洞窟に入ったようだ。
 そこそこの明るさを保った洞窟の中で、冥月はただ前方をじっと見つめた。
 するとふわっと開けた空から明るく海に降り注ぐ光。
 洞窟の上部がまるっとくりぬかれ、木立すら見え隠れする。
『天窓洞です。天候によって見える景色はさまざまですが、今日のお客様は運がいい。今年一番の景色かもしれない』
 調子のよい船長の言葉を聞き流しつつ、冥月は窓を見上げた。
 ぽっかりと開いた洞窟。確かに天窓のようだ。
 その日の光はエメラルドの海をさらに光り輝かせている。
「ねぇ、武彦。綺麗ね。こういうのを自然の贈物っていうのね」 
「お…おぅ」
 草間は少しだけまぶしそうに目を細めて冥月を見ていた。
「…どうしたの?」
「いや、なんでもない」
 草間は小さく手を振って、笑った。

 まさか『冥月の髪が光の反射で青く見えて、まるで海の妖精のようにだった』…なんてことは思っても口にしてはいけないと思った。
 そんなこっぱずかしい台詞がはけるか!

 船を下りると草間は先ほど船のチケットを買ったときに一緒に買ったミュージアムの半券を取り出した。
「どうせここまで来たんだ。行ってやろうぜ?」
「あんまり興味ないんだけど…」
「これも観光名所のひとつだ」
 草間に導かれるままミュージアムの足を向けてみたが…歌謡曲は流れているし、よくわからない絵は展示されているし、何故か鉄道模型まで走っている。
「この人、何をした人なの?」
「…俺もよくわからない」
 結局お土産に夕日の絵の描かれたお菓子を1箱購入したに過ぎなかった。


3.
 車を北に走らせて、やがて2人は『恋人岬』と書かれた看板を目にした。
「ここだ、ここ」
 スッと車を駐車場に入れ、草間は冥月と歩き出した。
 平日だというのに、そこここにカップルの姿が見える。
「少し恥ずかしくない? このいかにもな感じが…」
 草間の腕にしがみついていた冥月が恥ずかしそうに俯く。
「だからいいんじゃないか。恋人が堂々と恋人らしくいられる場所ってヤツだ」
 草間はそう言うと色々なところへ道草をする。
 水琴窟の音色は少し涼しげに聞こえるとか、愛情設置場所のラブアップルの絵馬に驚いたり。
 しかし、それ以上に驚くことがあった。
 なんと、この岬。
 意外と高低差が激しい。
「ひゃ…133段…だとぉ!?」
 ぜーはーぜーはーと言いながら、草間は階段を上っていく。
「大丈夫?」
 涼しい顔して冥月がそう聞くと、草間は「なんでお前疲れないんだ?」と恨めしそうに聞いた。
「普段から鍛えてるもの。これくらいは平気よ?」
 都会っ子の草間は冥月に頭の下がる思いがした。
 ようやく着いた先端展望台には先に1組のカップルが鐘を突き終わったところだった。
 静かな鐘の音がゆっくりと海に解けていく。
「あれを突くの?」
「そ。3回な」
 先のカップルがチョコンと頭を下げて去ったので、草間と冥月は鐘の前に立った。

 1回目の鐘は自分の心を清めるため。
 2回目の鐘は相手の心を呼びため。
 3回目の鐘は恋人宣言をするため。

 ゆっくりと鳴らされたその鐘はどこまでも響き渡った。


4.
「…実はな、恋人の鐘はここだけじゃないんだ」
「…え?」
 草間はそう言うとごほんと咳払いした。
「ちょっと戻って左手側に金の鐘があるんだそうだ。…行くか?」
「行くわ…せ、せっかくだし…」
 少し傾きかけた太陽。2人はもと来た道を歩き出す。
 時間はゆっくりとだが確かに過ぎていく。傾いた太陽がそれを教えてくれた。
 ここでもやっぱり草間は息切れをした。
「こ、ここだ。これ…」
 そこにはどこをどうみても金には見えない鐘が確かに存在した。
「これも、3回鳴らすの?」
「多分」
 2人は鐘の紐を2人で持った。
 そして静かに1度目を鳴らす。
 続いて2度目…そして…。
「俺は…冥月が好きだ」
 3度目を鳴らす前に、草間がそう言った。
「お前とここに来られてよかった。そう思ってる。だから…」
 鐘の紐を握った冥月の手を、草間はしっかりと包み込む。

「だから、俺と恋人でいてくれるか?」

 カーン…と澄み渡る音に混じって、冥月は草間の胸に飛び込んだ。
「私こそ…私こそ武彦の恋人でいさせて」
 誰もいない。2人しかいない。
 でも、誰がいても関係ないと思った。
 私は、武彦が好き。2人で…ずっといたい。
 全部全部、溶け合ってしまいたい。
 赤く染まる夕日の中で、2人の影は寄り添い、そして重なる。
「どうしよう、私何かおかしい」
 唇を離して、息をつくように冥月は囁く。
「何がおかしい?」
 草間の鼓動が、すべてが冥月を包み込む。
 もう、息も出来ないくらい。
「どうしてくれるのよ、もう…」
 こんなに好きになってたなんて…。
 ずっとずっと2人きりでいたい。もう他のものなんていらない。
 私が私でないみたい。
 私の欲望がどんどんあふれ出てくる。
「どんなことでもしてやるよ」
 草間の言葉が魔法のように、冥月を支配する。

 武彦の言葉が全ての鍵になる。
 私の心も体も、全てあなただけが開くことが出来る。
 あなたともう…離れるなんて出来ない…。

 一筋の涙が冥月の頬を伝い落ちた。
 それは何の涙だったのか…冥月にすらわからなかった。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼くださいましてありがとうございます。
 旅行第3日目!恋人岬!恋人の鐘!なんて羨ましい!
 幸せカップルのラブラブっぷり、少しでもお楽しみいただければ幸いです。