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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SOl】眠り姫と猫の食卓

 きっかけは、ふとした疑問だった。

「亜里砂さんって、普段のお食事はどうしてるんですか?」
 先日、一緒に出かけた際に話に聞き、また実際に目の当たりにした亜里砂の大食ぶり。
 業務用の大型冷蔵庫がある家に住んでいれば、少なくとも食材の保存には問題ないだろうが、まさか加工せずに食べられるものばかり食べているわけではあるまい。
 だとすれば、料理する必要があるはずなのだが……あれだけの量の料理を作るとなると、なかなか大変なのではないだろうか。

 深沢美香のその疑問に対する亜里砂の答えは、まさに美香が心配した通りのものだった。
「一応、自分で作ってる。でも、量を作るのは大変だから、大鍋で作れるようなものか、手のかからないものだけ」
 料理はどちらかといえば細かい作業の積み重ねであり、量が増えればそれに伴って必要な手間も増えてくる。
 いかに亜里砂が人並み外れたパワーや身体能力を持っていたとしても、それで全てが解決するわけではないのだ。

 ともあれ。
 その答えを聞いて、美香はこう提案してみた。
「それなら、今度また遊びに行ってもいいですか?
 みんなで作れば、普段より品数も増やせますし、多少手の込んだものもできますよ」
「美香さんの言う通りだし、たまには誰かと食事をするのも楽しそう。
 今度また予定が合う時にでも、ぜひ」
 当然のように亜里砂も快諾し、とんとん拍子で話は進んだのだった。





 そして、その当日。
 今日は下の調理設備を使うので、いつもの二階ではなく一階の裏の勝手口のドアをノックする。
 すぐにドアは開かれ、エプロン姿の亜里砂が顔を出した。
「美香さん。上がって」
 亜里砂に促されるまま中に入ると、そこにはすでに先客がいた。
 年齢は恐らく二十代半ばくらい。人のよさそうな笑みを浮かべた細身の青年である。
「ああ、初めまして。亜里砂さんたちからお話は聞いています。
 『SOl』副長補佐の山脇です、どうぞよろしく」
 すぐに彼も美香に気づいて、そう名乗って軽く頭を下げた。
「深沢美香です。こちらこそよろしくお願いします」
 自己紹介を返しながら、改めて山脇の方を見る。
 一見どこにでもいる真面目そうな青年に見えるが……どこかに違和感を感じるのはなぜだろう?
 そう思っていると、亜里砂がぽつりとこう言った。
「帽子、取っても大丈夫。
 美香さんは、そういうのあんまり気にしない人みたいだから」
 その言葉で、違和感の正体が山脇の帽子であったことに気づく。
 室内であるにもかかわらず帽子を、それもだいぶ浅めにかぶっている――ということは?
 怪訝に思う美香をよそに、山脇は納得したように頷いた。
「まあ、亜里砂さんやMINAさんのお友達ですしね」
 それから、美香の方に向き直る。
「ああ、でも一応。もし驚かせてしまったらすみません」
 そう一言断って、山脇は帽子を取った。
 ややふわっとした感じにまとめられた茶色の髪……の上に、二つ、同じ色の何かが見える。
 美香がそれが何かに気づくよりも早く、「それ」がピンと「立ち上がった」。
 最初は「寝ていた」からわからなかったが、こうして見ると――どこから見ても、「猫耳」である。
「山猫のジーンキャリア。
 だから、みんな本名ともかけてヤマネコと呼んでる」
 亜里砂が少し楽しそうにそう説明する。
 山猫とは、動物の方のヤマネコではなく、妖怪の方であろう。
 だとすれば……人を騙したり化かしたりはできそうだが、あまりヒーローとして役に立ちそうな能力が思いつかないのは気のせいだろうか?
「ヤマネコは副長補佐だから、あまり前線には出ない。
 直接戦うというより、事件の事後処理とかが主な仕事」
 なるほど、そういうことなら納得がいく。
 ヒーローの活躍は目立ってもいいが、だからといって掛け値なしに全てをオープンにする必要はないのだ。
「度を越した猫好きさえ除けば、うちで一番信頼できる」
 普段わりとシビアなものの見方をする亜里砂がこうまで言うのだから、実際に頼りになる人物なのだろう。

 と、それはさておき。
「それでは、そろそろ始めましょうか?」
 キッチンに移動し、まずは食材を確認する。
 さすがに食堂だったころと同じ量はないようだが、それでも冷凍するなどして保存のきくものはだいたい一通りは揃っており、新鮮な野菜などもある程度の量はちゃんと確保されている。
「いろいろ、揃えてみた。使わなかった分も、ちゃんと食べきれるから大丈夫」
 その品揃えを見ても、亜里砂がこの日を楽しみにしてくれていたことが感じられる。
「私は、そこまで料理が得意じゃないから。
 基本、美香さんの指示で動く……ヤマネコもそれでOK?」
「ええ。だいたいのことはできますので」





「むー……」
 三人が調理を始めて少し後。
 美香が作業の合間に二人の様子をちらりと見てみると、なにやら亜里砂が難しそうな顔をしていた。
「どうしたんですか、亜里砂さん?」
「……二人とも、お料理上手……」
 亜里砂の料理の腕前も本人が言うほど悪くはないと思うのだが、あくまで人並み、といったレベルである。
 あまり自覚はないものの、料理上手の部類に入る美香と比べると、やや劣るのは仕方のないことであろう。
 一方の山脇はというと、一見マイペースに料理しているように見えるが、そのペースは相当早い。
 早いだけでなく作業そのものも正確なので、美香が予想していた以上に役に立ってくれていた。
「亜里砂さんも、続けていれば上手になりますよ」
 美香は亜里砂にそう言うと、作業の合間を見て山脇にこう尋ねてみた。
「山脇さんは、普段からお料理をしているんですか?」
「ええ。もともとはついでで始めたことなんですけどね」
 何かのついでで料理を始めた、というのが、またよくわからない。
 美香が不思議に思っていると、亜里砂がこう教えてくれた。
「ヤマネコの家は、猫屋敷だから……多分、猫のご飯を作るついでだと思う」





「それにしても、MINAさんが来られなくなったのはちょっと残念ですね」
 作業がある程度進んだところで、美香はふとMINAのことを思い出した。
 本当は彼女も来る予定だったのだが、昨日急に「行けなくなった」という連絡があったのだ。
 なんでも、新しい専用装備が完成したので、至急そのテストを行うことになったのだという。
「間が悪い話ですよね。このタイミングで橋崎技官に捕まるなんて」
 苦笑する山脇に、亜里砂がこう続ける。
「……でも、ムチャな装備の開発依頼をしたのはMINAの方」
 つまり、間の悪いタイミングではあったものの、もともと自分が要望していたものだけに断れなかったということか。
「確かに、それなら仕方ないんでしょうね」
 美香が一つため息をつくと、亜里砂がぽつりと言った。
「でも、いたらいたで、きっと大変だったと思う」
「……ああ。確かにそうかもしれません」
 そんな二人の様子に、改めて普段のMINAの様子を思い出す。
「ちなみに、MINAさんって料理の方は……」
 美香がそう尋ねてみると、亜里砂と山脇は一度顔を見合わせ――揃って、無言で首を横に振った。
 本人は「あたしだって料理くらいできますよ!」と言っていたのだが……。
 あるいは、来ていなくてよかったのかもしれない。
 そんなことを、少しだけ思ってしまった美香であった。





 そんなこんなで、料理が完成した頃には、ちょうど夕食の時間になっていた。

「……ごめん、殺風景で」
 一階の「ダイニングルーム」は、本来食堂として使われていたスペースを再利用したものだった。
 いかに食べる量が多いとはいえ、普段は一人、多くても五、六人くらいしか食卓につくことはないのだろう。
 部屋の中央よりややキッチン寄りに大きめのテーブルが二つ置かれ、その周囲に椅子が八つほど並べられている他は、ほとんど家具らしいものもなく、だだっ広いオープンスペースとなっていた。
「変に広いから、あまりものを置くと掃除が大変」
 確かにその通りだろうし、そもそも普段の生活スペースからは隔絶されているので、ものを置く必然性もあまりない。
 故に、「必要性・機能性だけを考えれば」これで十分なのだろうが……さすがに、食事をするならもう少し気分の安らぐ場所でした方がいいような気はする。
「でも、今日は美香さんとヤマネコがいるから、ちょっと楽しい」
 少し照れたように笑う亜里砂を見て、美香は彼女の「日常」に少し思いを巡らせた。
 正面はシャッターが下りたままだし、両側面にも窓はない。
 このがらんとした部屋で、一人黙々と食事をとる、というのは……こう考えるのは亜里砂に失礼かもしれないが、はたから見るとかなり侘しい光景である。
 そんなことを考えているうちに、山脇がキッチンから最後のひと皿を運んできた。
「これで全部です。
 それにしても……こうしてみると、なかなか壮観ですね」
 今回三人が作ったのは、献立的に見ればさほど珍しくない家庭料理の類がほとんどである。
 けれども、そのそれぞれが十人前近くもあるとなると、さすがにだいぶ印象が変わってくる。
「じゃ、そろそろ食べよう。二人とも座って」
 二つ並んだテーブルの片方、美香と亜里砂が向かい合って、そして山脇は亜里砂の隣に座る。
「いただきます」
 揃って食前のあいさつをして、そして亜里砂が一口目を食べる。
「うん……すごくおいしい」
 その言葉で、亜里砂も、山脇も、そしてもちろん美香も、全員が笑顔になった。





 そして。
 夕食と後片付けを終えた三人は、二階へ移っていた。
 お茶を飲んで一休みしつつ、少し話などしていると、やがてすっかりお腹いっぱいになった亜里砂が眠そうな顔をし始めた。
 それに気づいて美香が席を立ち、それに倣うように山脇も続く。
「では、私はそろそろ失礼しますね」
「私もそろそろお暇しましょう。眠り姫はそろそろお休みの時間のようですし」
「うん……今日は本当にありがとう。
 美香さん、またいつでも遊びに来て。それと、ヤマネコは、また明日」
 眠い目をこすりながら、はにかんだような笑顔でぺこりと頭を下げる亜里砂。
 そんな彼女に見送られて、美香と山脇は亜里砂の家を出た。

 二階からの階段を下り終えたところで、前を歩いていた山脇が振り返った。
「美香さん。副長から言伝を預かっています」
 副長というのは、初めて亜里砂たちに会った帰りに送ってもらった鷺沼という男のことだろう。
 どことなくつかみどころがない感じがするのは目の前の山脇も同じだが、理知的な好青年という印象の山脇に対し、鷺沼はもっと飄々とした、あるいは悪く言えばいい加減な感じのする男であった。
 もっとも、会ったのはその時一度きりなので、そんなに彼のことを詳しく知るわけではないが、逆に言えばそれは彼の側も同じなはずである。
 その鷺沼からの伝言というのは、いったい何だろう?
 首をかしげる美香に、山脇は優しげに笑ってこう言った。
「これからも、あの二人のいい友人でいてあげてほしい、と」
 その言葉を聞いて、美香は自分が鷺沼に対して抱いていた第一印象が誤っていたことに気がついた。
「意外だったみたいですね」
 つい、その気持ちが表情に出てしまっていたのだろうか。
 山脇にそう言われて、美香は慌てて頭を下げた。
「あ、すみません」
「いえ、いいんです。副長、あんまり『いい人』だと思われるのは好きじゃないみたいですから。
 『俺はダメ親父でいいから、お前がその分カッコいいお兄ちゃんになれ』って言われてまして」
 苦笑しながら、山脇はこう続けた。
「ともあれ、MINAさんはあまり心配ないんですが、亜里砂さんはわりと人見知りする方ですから。
 体質のこともあって、普通の学校には通っていませんし……その辺りは、副長も心配していたんです」
 確かに、普段の亜里砂は口数も少なく、あまり表情も豊かとはいえない。
 それだけに、会うたびに微かにでも笑う回数が増えていることは、美香も嬉しく思っていたところだった。
「そうだったんですね。それならご心配なく……と言うのも、少し変かもしれませんけど」
「いえ、安心しました。私からも、『妹たち』のことをよろしくお願いします」
 美香の返事に、山脇はそう言って微笑んだ。





 山脇と別れた帰り道。
 空を見上げて、美香はふと亜里砂たちのことを考えた。
 MINAや山脇については知らないが、少なくとも亜里砂に関して言えば、彼女の身近に家族がいる様子はない。
 それでも、彼女と鷺沼や山脇、MINAとの関係は、「家族同然」と言ってもいいものなのかもしれない。
 いい加減そうに見えて本当は優しい父親と、知的で頼りになる兄、そして明るく元気な姉。
 例え血のつながりはなくとも、それはある種理想的な家族の姿に近いのかもしれない。

 家族。
 それを持たないのは、今の美香も同じだ。

 でも、いつかは自分にも「家族のように思える相手」ができるのだろうか。

 できるとしても、それはきっとしばらく先のことになるだろう。
 そう感じて、美香は少しだけ亜里砂を羨ましく思った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 6855 / 深沢・美香 / 女性 / 20 / ソープ嬢

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■         ライター通信          ■
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 西東慶三です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、今回のノベルですが、こんな感じでいかがでしたでしょうか。
 今回はMINAのご指名がなかったので、あえて別の人物を登場させてみました。
 山脇は猫が絡んでこなければかなりの常識人です。猫さえ絡んでこなければ。

 それでは、もし何かございましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。