コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


迷宮では自分の姿が見えない

 うさぎを追いかけて行けば、気付けば知らない世界に迷い込んでいた。
 家に帰るために、ただその世界を迷い込んでいた。
 きのこを食べて大きくなって、小さくなって。
 バラに色を塗って。お茶会をして。
 ただひたすらに、帰り道を探す。
 それが夢だと気付くのは、夢から覚めたその時だけ。

 夢から覚めた時、その夢に意義を見出せるのだろうか――?

/*/

 相変わらず、夜神潤は理事長館に入る事はできなかった。
 理事長館は相変わらず結界が張ってあったのだから。
 正直今も結界を張っているらしいが、それに意味があるのかないのかは、潤には分からなかった。
 既に星野のばらは守宮桜華の中にいるし、学園内にある思念も、前ほど多くはなくなった気がする。潤が思わず顔をしかめてしまう程の声は減ったのだから。
 とは思うものの、結界を張っている聖栞にも何か考えがあるんだろう。

「案外、あの人も人間だったのかもしれない」

 少なくとも、潤には結界を張っている理由は、のばらを学園から外に出さないだけではないような気がした。
 学園から海棠織也を追放したのも、のばらを学園に閉じ込めたのも、4年前の情報を隠蔽したのも全て、あの双子の兄弟を心配した結果に思えるのだ。

「まあ、仕方がないか」

 図書館の1階に存在する自習室で待ち合わせをする事とした。テスト期間以外は基本的に誰も使っていないこの部屋は、今は当然のように開放されて誰もいなかった。
 潤はロットバルトに会った事を考えていた。
 随分と傲慢な物言いだった気がする。そして、これ以上踏み込むなと言う警戒心露わな態度だったのも思い出す。
 のばらに嫌われ、憎まれてもなお、生き返らせようとする織也。

「君に何が分かる」

 ああ、分からない。
 何故そこまで執着しているのか、なんて。
 それこそこれだけの人間を巻き込んでもなおやめようとしない事を、潤はどうしても理解できなかった。
 やがて、ドアが引っ掻いた音がするのに、潤は振り返る。
 栞はいつものようにふんわりと笑いながら、中に入ってきた。

「待たせたかしら? ……なんてね、前にもこんな話をしたわね」
「そうですね。時間を割いて下さりありがとうございます」
「いいえ」

 栞はトン、と潤の隣の席に座った。
 潤は軽く会釈をする。

「……昨晩、海棠織也君と会いました」
「あら?」

 栞から笑顔が少し引き、首を傾げて潤を眺めた。
 潤はこくりと頷く。

「……彼は、美術館で思念を盗んでいたようです。もっとも、この学園のものよりも思念は主張していませんでしたが」
「まあ、そりゃそうでしょうね。ここは思春期の子が多いから。まだ感情をコントロールできない子が多いから、思念の主張もより大きくなるのでしょうね」
「……彼は、本当にどうして、星野さんを生き返らせたいんでしょうか?」
「そうねえ……」
「……彼には大変申し訳ありませんでしたが、星野さんはあまり彼を好きではなかったようです」
「…………」

 ちらりと潤が栞の顔を盗み見ると、栞は睫毛を伏せて、何かを考えているように見えた。

「……あの子はよくも悪くも、人を好きになった事がないからねえ」
「えっ?」

 潤は意味が分からず、栞を見た。栞は緩く口角を上げるが、その笑みにはいつものような穏やかさはなく、むしろ痛々しく見えた。

「……前に理事長が言葉を濁していた意味、この間織也君に会って理解できたような気がします」
「あら?」
「あの学園内に張られた結界。あれは本当は海棠君達を助けるためのものだったんじゃないですか? 彼らが星野さんの事で傷付いているのを見ていられなかったから、結界を張って彼女が生き返らないようにした……星野さんもまた、誰かに消されたりしないよう、隠れられるように配慮して」
「……そうね。私も我ながらそれしかできないのが情けないけれど。
 ……もちろん、全てをなかった事にする事だって、できなくはなかった。でもそれは禁術ね。それを使っても、人の心だけはままならないものでしょう?」
「そうですね……その話を、彼らにはしたんですか」
「何回もね。それこそ数えきれないほど。でもあの子達、頑なだったわ。それぞれ違う方法で、殻に閉じ籠もってしまったから。身内って駄目ね。必要な時の言葉が届かないから」
「……守宮さんから星野さんを出す事は、できないんでしょうか?」
「……1つだけ、訊いても大丈夫?」
「何でしょうか?」
「あなたは、星野さんとどれだけ話をした?」
「…………」

 正直、彼女の事をよく知っているとは言えなかった。
 たまたま暇を持て余している彼女と出会い、一緒に踊った。本当にそれだけだ。
 死んだ時の事は、本当に何も知らないのだ。
 でも。それでも。

「……時間はあまり関係ないかと」
「そう」

 栞は立ち上がった。

「生徒会が今度、怪盗を捕まえるらしいのよ。その時の騒ぎに乗じてちょっと魔法を使おうと思うんだけど、あなたは手伝ってくれる?」

 これは……。
 試されている?
 潤は栞の目を見たが、いつの間にやら栞はいつものゆったりとした笑顔に戻っていた。

<了>