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<東京怪談ノベル(シングル)>


あたしらしくあるために

「玲奈ちゃん!」
 嬉々とした顔で呼びとめた雫の声に、玲奈は、嫌な予感を隠しきれなかった。
 そして、彼女が来た理由も、おおよそ見当はついていた。
「男日照りを極めた玲奈ちゃんの交友関係が色々酷いと聞いて!!」
「あぁ…」
 予想通り過ぎる雫の言葉に、玲奈は、思わず頭を抱えたくなった。
「雫さん! ちょっと!」
「え、玲奈ちゃん?」
 さすがに、これ以上妙な噂が広まるのは不味い。
 勢いのままに雫の手を引き、玲奈は、ある場所へと雫を導いた。

「……」
 玲奈が雫を連れてきたのは、とある喫茶店。
 ここは、男日照りなんてない、ということを証明しなければならない。そう思い、ちょうど、自分を誘ってくれた男性と会う約束を取り付けたのだが、
「誘ったなら、何か喋って下さい!」
 思わず怒鳴りつける玲奈に、男性も困惑気味だ。
 さっきから、話すのは玲奈ばかり。相槌を入れる一方で、自分からは話題を振ってくることもしない。
「さ、さすがに、疲れた…」
 思わずため息をついて、水を一気に飲み干す玲奈に、隣でその様子を見ていた雫は、すかさず言い放った。
「早くも、玲奈ちゃんが東京で男日照りの砂漠を作っております!」
「こ、これは、ほんの小手調べです! 次、次!」

 その場所は、先刻の雰囲気とはうって変わり、とても騒然としていた。
「このショコラは絶品なんですよ〜」
「へ、へぇ…」
 とあるコンビニの中。そう言って紹介する玲奈の言葉に、雫は、曖昧に返した。
 普通のコンビニなら、お客さんなどまばら。だが、この場所は、各々がすきなスイーツを語る男性で溢れていた。
「コンビニでありながら、ここのスイーツは絶品だと人気なんです!」
 自信満々に紹介する玲奈だが、雫の表情は変わらない。
「いや、まぁ、確かにおいしいんだけど、この年齢層はどうなの? おっさんばっかじゃん。これは、砂漠が悪化しているとしか…。まぁ、取材する側は良いけど」
「ッ…!」
 その言葉に、玲奈は、思わず反論の言葉を失う。
 自分の交友関係にちゃんと男性もいるのだ、ということを主張したつもりが、裏目に出たようだ。
「じゃあ、次です! 今度こそ!」
 今度こそはとっておきの場所なんだから!
 そう胸中で言い聞かせるように言って、玲奈は再び雫を別の場所へ連れていった。

「どうです!?」
 これならどうだ、と言わんばかりに、玲奈は胸を張ってその場所を紹介した。
 いたって普通の街角。そこには、イケメン達が溢れている。今回は数に加え、年齢層まで完璧だ。
「なかなかエスニックの雰囲気が良い感じでしょう?」
 いまだ口を開かない雫に、玲奈は、更に言葉を続ける。
 これは、日照りを一気に解消しすぎて、言葉が出ないのかもしれない。そう、確認した玲奈だったが、
「玲奈ちゃんの砂漠化、悪化、と…」
「えぇ!? 何でですか!?」
 予想外の雫の言葉に聞き返せば、彼女は、びしっ、と音がしそうな勢いで、行き交うイケメン達を指差した。
「だって、そうでしょ! アオザイだの、チマチョゴリだの、作務衣だの…、ファッションセンスが間違ってる!」
「う…」
 民族衣装も素敵なのに、と反論したいところだが、確かに、はっきりと、その顔に服装は浮いている。言われてみれば、という発見ではあるのだが。
「こ、今度こそ挽回しますから!」
 そう高らかに宣言し、玲奈は別の場所へと向かった。

「で…?」
 まず長い沈黙があって、雫がようやく口を開いて発したのは、その一言だった。
 ここは、建設途中の野球場。筋骨隆々の男性が、汗水垂らしつつ、男の在り方を熱弁している。
 年齢層も間違ってはいない。服装も、似つかわしくないわけでもない。そして、何より、
「これこそ、漢って気がするでしょう?」
 そこが、最大のポイントだった。だが、
「玲奈ちゃん、これはちょっと…。っていうか、減点対象だよね」
「……」
 もはや、雫のツッコミに、反論する気も起きず。玲奈は、静かに、彼女を新たな場所へ連れていった。

 薔薇が咲き乱れる空間。まるで、少女漫画に出てくる、庭園のような場所。
「はぁ……」
 そして、薔薇の数にも劣るとも勝らない数のイケメンが、花束を片手に次から次へと求婚してくる。その状況を恍惚とした表情で見ながら、玲奈は、横目でちらっと雫を見た。これほどの状況で、さすがに日照りなどと言えないだろう、と。
 だが、
「もう、何て言うか、コメントできない…」
 ばっさり切り捨てた雫は、明らかにどん引き状態。ようやく我に還った玲奈は、奥の手を見せるべく、その素晴らしき空間を後にした。

「おぉ、玲奈ちゃんにしては、まともな場所!」
 雫の酷いコメントはさておくとして、玲奈は、今日最大の奥の手を彼女に披露していた。
「シネコンの瀟洒なカフェ。映画も食事も全部彼氏持ち。どうです、この人なら…」
「あ…」
 自信たっぷりに言いかけた玲奈だったが、雫の表情が変わったことに気付き、目線を移す。
 そこには、件の彼氏が、支払いを行っていたのだが、
「あれって、会社の経費っぽい? ってか、修羅場?」
「あの人、確か、元カノさん…」
「会社にバレたらヤバイ、行くぞ!」
 二人がみなまで言うよりも早く、戻ってきた彼氏が玲奈の手を引き、その場を後にした。

 行きついた先は、繁華街、のはずだった。
「何か、ある意味、別の日照り砂漠に来ちゃった感じなんですけど…」
 ぼそっと呟く雫だったが、次の瞬間、はたと気付いたように叫んだ。
「っていうか、完全に迷ってんじゃない、あたし達! デート先が元カノの勤務先とか! どういう魔の三角地帯よ!」
「うぅ…」
 その言葉に、玲奈は、完全にぐうの音も出ない。
「だ、大丈夫。こっちで間違いないはずだから」
 そう言ったのは、玲奈の彼氏だ。いや、もはや、そう呼んで良いものかわからないが。
 ともあれ、今は彼に従うしかない。二人は、その案内された先についていった、のだが、
「……」
 さすがに、目の前にいきなり広がった光景に、雫のみならず、玲奈までが絶句した。
 そこにあるのは、
「何この漫画。地震が来たら確実に死ねるね。っていうか、もう、この抱き枕やらシーツ等々で、既に死ねるレベル」
 次々と浴びせかけられる言葉に、玲奈は、思わずその場に項垂れた。
「こんな風だから、あたしはダメなんですね。もてるのなんて表面だけの話で、実際のところ、本気で好きになってくれる人なんて…」
「玲奈ちゃん…」
 さすがに、今日の一件で思い知らされた。
 日照りなんて揶揄だと思い込んでいただけに、自分で現実を改めて見ると、ショックを隠しきれなくて。
「わかっているんです。これが、宿命だと。それでも、願わずにいられないのは、あたしに女としての自我があるからなんですね」
 今更自覚したことに、思わず涙が溢れそうになる。
 だが、そんな彼女の肩に、優しい手が置かれた。
「玲奈ちゃん、もういいよ。女は、気高く、一輪挿し一番よ」
「雫さん…」
 ああやって、面白がって焚きつけた本人だが、雫が自分のことを想って言ってくれた言葉に、思わず、涙がこぼれる。
 こうして、雫の取材は、幕を下ろした。
 かに見えたが、
「あぁ! ちょ…、雫さん!」
「取材は取材だもーん」
 雫の取材の成果の程がどうなったかは、また別のお話。