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<東京怪談・PCゲームノベル>


名前の読めないテーラー


〜書目・統(しょもく・とおる)〜

 雨で打たれた桜が花から若芽へ変わる頃。
 街では新たな観光スポット目当ての人々が練り歩いていた。まだ、硝子の曇り一つ、埃の気配もない店舗が建ち並び、元からある風景を内包しながらも、日々、変化を続けている。
 大勢のはしゃぐ声から遠ざかり、一筋道を入れば、いつもの静けさが戻ってくる。
 昔ながらの町並みを散歩をしてから、喫茶店へ立ち寄り読書を楽しめば、日はやや傾き始めていた。
 遠回りして帰る途中……辻を横切った時、鐘の音が耳に入る。
 さて、この辺に教会はあっただろうか。
 視線を彷徨わせて、帚(ほうき)で掃除している小柄な姿を発見した。
 少年とも少女と判別できず、短い髪は白髪、シャツも半ズボンも靴まで真っ白。伏せがちな目だけが夜の黒さを持ち、襟元へ青いリボンを結んでいる。清め終わると道具を持って扉の向こうへ消えた。
 ここは昔、外国人が多く移住していた区域だ。そのため、他の場所と違った異国の香りが建物にも残っている。
 馴染みのテーラーが廃業してどれぐらいだろう。知らせのハガキが一枚届き、その時、新調したものもすっかりくたびれてしまった。
 近づいた細長い煉瓦づくりの建物は蔦で巻かれ、年季の入った看板が吊されている。
「Tailor……?」
 不思議なことに、書いてある後の文字が読めない。
 視線を感じて辿れば、扉の隙間から先ほどの白い者がこちらを窺っていた。
「どうも。こんにちは」
 声をかけたが、閉じて元の風景へ戻る。
「面白い縁を拾ったものだ。ここはひとつ、乗ってみようじゃないか」
 冬場のごとく凍て付いたドアノブを回し、敷居を跨げば、模様が解けたかの触りでフロアが広がった。
「ようこそ。本日はお仕立てですか? 繕いですか?」
 長い黒髪をきっちり後頭部で一つに編み、銀縁眼鏡をかけた女が、受付カウンターから声を発していた。白いシャツと黒いベスト、青いリボンタイをしているが、店先で見た者とは違う。
 なぜか、言い知れない懐かしさを感じる。
「仕立ての相談に来ました」
「……気心の知れた職人がいたようだな。店をたたんでしまったか」
 睫毛を伏せれば、刺すような彼女の炯々(けいけい)も一瞬だけ和らぐ。
「この通りは、テーラーが幾つかありましたね。ですが、あなたの店を見つけたのは今日が初めてです」
「そのようだな」
 女がカウンターからフロアへ回って来れば、夜空色の瞳は初めほどの威圧を感じさせなかった。
「仕立てと言ったが、希望は?」
「季節の変わり目に重宝するような、ジャケットが欲しいと思っているのです」
 そう、言い終わると、ステンドグラスの扉が開き、車輪の音を連れて紅茶がのったワゴンを押す者が現れる。
「私はベルベット。こちらは弟のサテンシルク。二人ともテーラーだ」
 会釈している弟も同じく、白いシャツに黒いベストとズボン、姉と色違いの赤いリボンタイを着けていた。一見、柔和そうだが、弟の方がずっと闇の香りが強い。
「客が一人に職人二人。……選ぶのはおまえの自由だが?」
 自分の身に纏うものだ。最初から迷いはなかった。
「ベルベットさん。あなたにお願いします」
 指名を受けたベルベットは、右足を引いてから、右手を体に添え、左手を横へ水平に差し出す。昔、ヨーロッパで見られた辞儀だ。彼女の顔立ちも姿勢も、東と西が綯(な)い交ぜとなった掴み所のない不可思議さを持っている。
「では、おまえの名を頂戴しよう」
「書目・統(しょもく・とおる)と申します」
 直後、紫電とイオンの兆し。明らかに空気の成分が変化する。
「……古書店の主か。魔術書を専門とするならば、おまえも秘術の守り手と言ったところだな」
 ベルベットが肩からメジャーを下ろす。採寸用メモリは、しなやかな曲線で彼女の両手へ収まった。
「上着をお預かりします」
 サテンシルクは統のジャケットを受け取りハンガーへ通した。金の前髪の下、翠緑玉の瞳が、ちか、と光る。
「始めるぞ。おまえの過去と現在をなぞらせてもらおうか」
 彼女の採寸は、ダンスの手習いのような軽やかなステップだ。背後へ回り込む際、編まれた毛先が微かな光りを弾く。
 首周り、裄丈、袖丈、胸囲、大腕囲、腹囲、尻囲の採寸が、五回の瞬きで終了した。
「古書店の主にふさわしい、愛着の持てるもの……。望みはそれでいいな?」
 プルシアンブルーの絹が張られた安楽椅子を勧められた。表面へ銀糸でフィンチ(雀)が刺繍されている。新品のような座り心地だが、手入れの行き届いたアンティークだろう。
 茶葉には矢車草とカレンデュラの花びらが入っている。銀製のティーポットから弟の手でカップへ注がれた紅茶は、ベルガモットの香りで辺りを浄化していった。
 矢車草はメディカルハーブの一種で、エジプトで王の棺、埋葬品と共に入れられた魔除けの花でもある。
 ひと啜(すす)りで、配合の繊細さを堪能する。

 作業場へ立った黒髪のテーラーは、左手首に装着されたピンクッションから待ち針を一本引き抜く。指し示せば、囲み並んだ棚の最上段、左右から中央へ落ちる滝と似て布の二種が滑り出し、細身なベスト姿を包んだ。
 そうして、ひと裁ちにされ、採寸で出された数字と型紙で息吹を得る。針は素体(そたい)を、より理想へ近づけるため動かされた。
「仮縫いだが、羽織ってみてくれ」
 ジャケットは三つボタン。俳味(はいみ)を感じるマホガニーで、襟の上部だけやや濃くなっている。裾のスリットは深め、脱ぎ着しやすい袖まわり、文庫本一冊が楽に入る内ポケット。だが、シルエットは崩れない仕上がりだった。
「本を持って出かけるのに丁度いい。ボタンを閉めれば、すっきりしたラインになるね。襟が二色だが……」
「それは、時間への加護。とでも言っておこうか」
「……時間、ですか」
 ベルベットは背もたれのない丸椅子へ腰かけ、紅茶を一杯だけ飲み干し、底が見えない井戸のような呟きを鳴らす。
「他者と関わり、多くの共感や別れに感謝できたことで初めて得られる。上質の孤独とはそういう贅沢品だな」
 束の間の休憩から再び作業場まで向かう。ベストの胸ポケットから、蝶の浮き彫りがされた針入れが取り出された。
「……姉上。まさか、ご自分の針で仕上げるつもりですか?」
「そうだが?」
「ボクたちは滅多なことで自分の針を使いません。しかるべき者に……」
「私は、今、自分の針を使いたいと思っている」
「……しかし……」
「少し、静かにしろ。私のことは私が一番よく知っている」
 金色の針が職人の指で摘まれた。
 糸が通され、真剣な眼差しが形へ意味を与えていく。神聖な組み立てがされている間、弟は言われたとおり一言も発さなかったが、奥歯を噛みしめているらしく表情は厳しい。

 ……流れるのは。幽(かそけ)き調べ。
 針と鋏みを持つ者の、小さな、小さな歌声だった。

 サテンシルクは黙したまま、統を流し見る。視線は氷霧を思わせるほど白んでいた。彼は自制しているつもりでも、本来は気性が激しいのかもしれない。
 ワゴンを率いて奥の扉へ消えれば、再び姿を現すことはなかった。

「このジャケットは、大切な者との間に流れる時間を守る。おまえがこの先、丁寧に生きるなら、良友と巡り会えるだろう」
 渡された白い箱へ青いリボンがかかっている。
 結局、言い出せなかったが、以前、何処かで会ったような……。
 もしかすると、彼女も同じ感覚を持ったのかもしれない。
「言い忘れていたが、そいつは今日から丁度百年後、人工精霊(サーヴィター)を宿すだろう。メンテナンスが必要ならいつでも持ってくるといい」
「…………」
 その時が来るとして、果たしてこのテーラーたちは存在しているのだろうか?
 いや、寸部違わぬ姿でいる気がする。この、夢幻の住人であるかも知れない女は。

「またのお越しをお待ちしております」



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■登場人物■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

◆PC
7111 書目・統 (しょもく・とおる)男性 70 古書店経営、店主

☆NPC
NPC5402 ベルベット(べるべっと) 女性 25 テーラー(仕立て職人)
NPC5403 サテンシルク(さてんしるく) 男性 23 テーラー(仕立て職人)


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■ライター通信■
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大変お待たせいたしました。ライターの小鳩と申します。
このたびは、ご依頼いただき誠にありがとうございました!
私なりではございますが、まごころを込めて物語りを綴らせていただきました。
少しでも気に入っていただければ幸いです。

書目・統 様。

初めまして。【名前の読めないテーラー】へのご来店誠にありがとうございます。
ベルベットへのご依頼。とのことで『ジャケット』のオーダー承りました。
職人同士の競い合い、この度は姉ベルベットの一勝となりました。
お察しのとおり、この二人の職人は書目様と同じく英国人の血を引いています。
偶然のマッチングにより物語らせていただいた次第です。
ふたたびご縁が結ばれ巡り会えましたらお声をかけてくださいませ。