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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 本日、猫日和 +



「調べてくれ」
「またか。うちは何でも屋じゃないんだぞ」
「だが今回は武彦の嫌いな怪奇現象ではない。ただ私が拾ってきたこの瓶の中身を調べて欲しいと言っただけだ」
「その為にぽんっと大金を出すところがお前だな」


 草間 武彦の目の前に出された封筒。中身は予想するに容易い。依頼人であるエルティオ・ローディは改めて「拾ってきた小瓶」を手に取る。先程まで二人の間にある木製のローテーブルに置かれていたソレは今、エルティオの手の中。彼女が何を思ってそれを拾い、草間興信所に持ってきたのかは察しがたい。だが黒フードローブを身に纏う少女の依頼を無視するわけにもいかなかった。
 確かに今回は怪奇現象ではない。ただの調査依頼だ。
 武彦はふぅと溜息と共に吸っていた煙草の煙を遠くへと吐き出すと再度問題の品を受け取るため手を差し出した。エルティオは依頼を受けてくれる事に僅かに感謝し、そして小瓶を武彦へと手渡そうとした――が。


「あ」


 指先がぶれ、相手の手に乗せるはずだった小瓶はエルティオの手から落ちていく。そしていつの間にか緩んでいた蓋が開いてしまったソレはエルティオの手を、そして膝元を濡らし衣服を通じて中の肌へと触れた。


「おい、大丈夫か!? 毒だったらまずいな、今すぐに向こうの部屋で服を脱げ!」
「いや、大丈夫そうだ。特になんの変化も見られな――」
「エル?」
「――い、と思ったんだが」


 むずり、と頭部が痒くなり、ローブを外してその部分に触れてみる。そして違和感があるもう一つの場所、尾てい骨の部分にも手を這わせた。
 武彦が唖然とした表情でエルティオを見る。エルティオ本人はふぅっと額に手を触れ、そして言った。


「武彦、調査はもういい。薬の効果が分かった」


 頭部に生えた立派な猫の耳。
 尾てい骨から生え、今まさにゴシックドレスの下でゆらゆらと揺れている尻尾。その色は彼女の髪の毛と同じ銀である。それ以外の不都合は無く、いわゆる猫獣人状態になっている事に彼女は呆れた息を吐く。武彦の前に出したばかりの封筒を懐に戻すと彼女はローブを改めて着て、そのまま自宅へと帰ることを告げた。


「いや、お前がソレでいいと言うならいいんだが」
「なんだ。何か問題でも?」
「……少し気になる事があってな。実験させてもらうぞ、ほれ」


 言うや否や武彦は丁度傍にあったボールを床へと転がした。その瞬間、エルティオの目が光る。いや、光ったように見えた。素早い動きで彼女はそのボールを追いかけ、そして人間の手ではあるものの転がされたばかりのそれにじゃれ始めたのだ。
 楽しい。楽しい。
 エルティオは普段の無表情に近い顔の筋肉をほんの僅かに緩めそうになりつつも、手でボールを転がし続けた。だがはっと意識を戻すと勢い良く振り返る。武彦は腹筋を押さえながらソファーの上で必死に笑いを堪えていた。


「と、取り合えず私は今日はこのまま帰る。どうせこのような薬、一過性のものに過ぎないだろう」
「じゃあ一応送って行くか」
「武彦」
「流石にその姿にその様子じゃ家に帰るまで大変だろうと思うからな」


 言いながら武彦は愛用の上着に腕を通し、外出の準備を開始する。やがて二人並んで歩き出す道のり。黒ローブフード姿の少女の姿はやはり目立つ。それも武彦の存在が居れば尚の事。通りすがりの人間が二人を不審な目で見やる様子にエルティオ自身ぴりぴりと神経を尖らせてしまう。しかも今は猫の性質を持っている為鋭敏になった神経が余計に彼女の心を圧した。
 ふっと、彼女の目の前に一匹の猫が通りかかる。
 その猫はエルティオを見つけると行き成り体中の毛を立て、威嚇のポーズを取り始めた。これに思わず反応してしまったのがエルティオだ。本人の意思とは関係なく、『売られた喧嘩』と認識してしまった彼女はローブを脱ぎ捨て、それから自身も『猫』として威嚇を開始してしまった。
 猫の部分である毛を立て、尻尾を膨らませ、相手の猫を視界から追い出そうとするかのように。


「お、おい、エル!」
「煩い。これは猫として譲れん勝負なのだ」
「いや、お前は人間だろうが」
「しかし負けたくないのだ。黙ってろ」


 バチバチと本物の猫とエルティオの威嚇合戦が始まる。
 このままでは本格的に猫と人間……否、獣人との戦闘が始まってしまう。武彦は頭痛がするのを感じるが、取り合えず場を押さえるため身近にいたエルティオの腕を取った。そして駆け出す。腕を引かれたエルティオはバランスを崩しかけるも、猫としての平衡感覚が勝ちあっさりと体勢を立て直す。


「武彦!」
「俺はこの勝負には関係ないんでな。さっさと先を急ぐぞ」
「私は、あの猫に勝負を挑まれたのだぞ」
「猫と喧嘩なんて馬鹿らしい。さっさとローブを着てくれ」
「そういえばローブを放り出してきてしまった」
「――おい」
「…………戻るか」
「尻尾が揺れてるのは何故だ」
「さあな」


 武彦が止まり、エルティオの姿を見やる。
 確かに彼女は猫との勝負のときにローブを脱ぎ、そしてそのまま道に捨てていた。なら戻るしかない。武彦とて今のエルティオと並んで歩くのは気が張る。猫耳をつけた少女と並ぶハードボイルド路線を貫きたがる青年……考えたくもない。
 疲労気味の武彦に対してどこか楽しげにエルティオは先程の猫との戦闘の場に戻る。しかし、そこにはローブの姿はない。


「風に飛ばされたか?」
「いや、そこまであのローブは軽くはないはずだろ。暴風警報も出ていない今日の天気を考えれば誰かが持ち去ったと考える方が現実的だ」
「誰が、なんのために、私のローブを?」
「俺が知るわけないだろ」


 厄介ごとが増えたと武彦は本日何度目かの溜息を吐き出す。
 エルティオの猫化に加えて、ローブの紛失まで重なったとなるとまだ何かやってくるような気がしてならない。そしてそういう時の彼の勘は外れないのだ。
 やがてエルティオは耳をぴくっと動かすと、いきなり駆け出す。


「どこに行くんだ、エル!」
「私の本能がこっちだと告げている!」
「本当か」
「ああ、こっちだ」


 やがて自信満々の彼女が辿り付いた先に確かに『それ』は在った。
 其処は先程の場所から遠くない一軒の花屋。別段変わった様子のない店に武彦は最初なんの関係性があるのだろうかと首を捻る。だがエルティオがその店の中に入り、ある場所へと辿り付いた時彼は気付いてしまった。


「ああ、……とてもこれは良い」
「お、お客様?」


 恍惚とした表情のエルティオが近付いた先、其処にあったのは猫にとってフェロモンに似た匂いを出すという植物――マタタビだった。
 武彦はその植物にメロメロになり始めているエルティオの首根っこを掴み、慌てて店を後にする。猫耳をつけた少女が行き成りマタタビに近付いた挙句、幸せそうにする姿は流石に哀れと言うしかない。店員があっけに取られていた様子を思い出すと草間は奥歯をぎりっと噛んだ。
 全ての原因はあの薬だ。
 誰がどのような目的であんな薬を作った挙句、うっかりだか作為的だか知らないが道に落とし、エルティオが拾った結果武彦はあまり宜しくない事柄に巻き込まれている。もし犯人が見つかったなら締め上げよう。そう心に決めた。


「武彦、どこに行くんだ」
「一旦興信所に戻る。下手にお前を動かす方が危険だという事が分かった」
「どういう意味だ。私は私らしく動いているだけに過ぎない」
「自覚がない状態ならなおさら悪い」


 もはや人の目など気にしていられるか、そう武彦は心の中で毒気付きながら早足で興信所へと戻る。そして扉を開き、エルティオをぽいっと中へと入れた。それは本当に猫を扱うような仕草になりつつあった事を武彦は気付かない。


「お帰りなさい、兄さん。――あ、エルティオさん、こんにちは」
「こんにちは、このような姿ですまない」
「まあ可愛い猫姿」
「――少々訳があってコイツを暫く此処に泊めておく事に決めた。良いか?」
「それは構いませんけど……あ、そう言えばこれ、もしかしてエルティオさんのじゃありませんか?」
「あ、私のローブ!」
「良かった。実はこのローブ道端に落ちていたんですけど警察に持っていくにしても見覚えがあって、後で兄さんに確認してから持って行ってもらおうと思ってましたの」


 二人を迎えてくれたのは武彦の妹だ。
 彼女はエルティオが普段身に着けているローブがない事に気付くと、ソファーに掛けてあった黒ローブをエルティオに見せる。それが本人の物であると確認が取れると拾った本人は「良かった」と微笑みながら台所の方へと消えた。
 武彦はソファーにドカッと大きな音を立てながら座り込む。脚を大きく広げ、脱力した姿は少々同情を誘う。


「――なんだこの厄日は」
「猫日和だな」
「誰が上手い事を言えと」


 気分を良くしたエルティオは戻ってきたローブに早速腕を通そうとする。
 だが鼻がひくりと動くと彼女はソレを思い切り投げ飛ばした。武彦は「ああ?」と怪訝な顔付きで彼女を見やる。エルティオは言った。


「あの猫、私のローブにマーキングを……っ」


 ぶわっとまたしても怒りに毛が立つエルティオ。
 そんな彼女にもはや突っ込みを入れる気力など――もはや武彦には無かった。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8465 / エルティオ・ローディ / 女 / 18歳 / 元王女/元国王候補】

【NPCA001 / 草間・武彦(くさま・たけひこ) / 男 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。
 発注有難うございました!
 今回は猫化プレイングという事でこんな感じになりましたが如何でしょうか?
 クールな性格であるに関わらず、猫化によってちょっと抗えない衝動に走ってしまう部分を描写させて頂きました。
 少しでも気に入って頂ける部分があれば幸いです。

 ではまた機会があれば宜しくお願いいたします(礼)