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<東京怪談ノベル(シングル)>


見上げれば、見下ろせば。――前編

 人生色々、ままならん事ばっかりや。

 …思うてたところで、いきなり呼び止められた。取り敢えず顔を見て、呼び止めて来たその人と何処かで会った事あったかなて一旦考えるけど、やっぱり知らん人。知り合いとかやないならキャッチかなんかか?て反射的に警戒してまうけど、ウチ自身がなんやそんな理性でのストッパーなんてガン無視したいような心持ちだから意味無くて。…要するにままならん事ばっかりや、て話に戻るんやけど。今は学校からの帰り道、思い出したくもないから細かい事は説明せんけど、結構むしゃくしゃして何かに当たり散らしたいところやったから、ちょうど良いからコイツに当たってやろかて考える。
 けど。
 そう考えるのと、呼び止めて来たソイツの科白の内容を理解するのが殆ど同時やった。

 ――――――ちょっと発散して行きませんか?

 つまり、こっちで考えるまでもなく、先読んだみたいに『当たってけ』と誘われとる訳で。
 なんやろて興味が湧く。勿論、いきなりウチを呼び止めたこの謎のおっさん――やかおばさんやかにーちゃんやかねーちゃんやかよう見たら性別も歳の頃もはっきりせえへん――て言うか顔すらもようわからん謎の人やけど、少なくともコイツ当人サンドバッグにしろ言うのとはちゃうやろて思う。思うてる間に何やらソイツはこっちです、てウチを何処ぞに案内し始めた。…何処連れてく気やろ。やっぱりなんか売り付けようて魂胆のキャッチかもしれんか? と薄々思いつつも、何故かウチの足は止まらんでソイツに付いていく。
 …まぁ、どうでもええか。
 話が本当なら面白そうやし、乗ったろて思う。…思えてしまう。
 自暴自棄てのともなんや違う気はするんやけども。

 なんや、自分が考えとる事もようわからんわ。



 案内された先にあったのは街やった。
 や、街ゆうても、ウチの背丈であって遥か上から全体見下ろせるようなちっさい街で。って言っても丸ごとサイズが小さいだけで、カタチとして再現されてるのは大都市やろなてすぐわかる。…つまりミニチュア。スケールどんくらいやろ。数千分の一てとこかな。これが本物の街やとしたら、比べたらウチなんか怪獣映画の怪獣みたいなもんやなて思う。ウチ、ただでさえタッパあんのにな。
 一応、案内では建物の中に連れて来られた筈なんやけど、目の前に広がる街見る限りなんか全然そんな気がせえへん感じがする。…まぁ、見上げれば建物ん中そのものの鉄筋打ちっぱなしっぽい灰色な天井やけど。
 このミニチュア、あんまり精密だからかもしれんな。部屋ん中、見渡す限り疑う余地無くちっさい街やし。それも、さっきまでウチが歩いていたとことまるっきりおんなじやないかて思う。…ウチが住んでる街。多分それが忠実に再現されとるんやないかて思う。見覚えのある高層ビルっぽい四角い棒が立ち並んでて、その間を縦横無尽に道路とか鉄道とかやっぱり見覚えある感じの配置で張り巡らされとる気がする。他の低層の建物色々も同じ。
 にしても、カタチ、があるだけやなくて。
 …ちゃーんと、動くもんが動いとる。
 それっぽい単なる模型のミニチュアなら動いてて精々電車くらいやないかて思うんやけど、電車どころか車まで走ってる。それも、単調な動きやなくて。駅の連絡やら踏切やら信号やら何やら、ちょっとした動きとか光とか、なんやえらいリアルに再現されとるんやなぁてちょっと感心する。
 ちまちませこせこ動いてて、なんや、思い切りぶち壊せたら爽快やろな、て衝動に駆られる。
 と。

 ――――――これを自由に壊して構わない、て。

 これまたさっきみたいに――ウチの考えとる事の先読んだみたいに、ここまでウチを案内して来た奴はあっさりのたまう。ええの? て思わず即、聞き返してしもたわ。ええならそんな面白そな事やらん手は無い。聞き返したらにっこり笑って頷くソイツ。…後で金払えとか言われても無理やし文句言われても知らんでて一応釘刺しとく。そしたらそんな事言いませんよて心外だとばかりの否定が返って来て。
 言質は取ったでてすぐ返し、コイツの気ィが変わらん内にてウチは早速靴を脱ぐ――靴を脱ぐのももどかしく、黒いストッキングに包まれただけの足でその街の中に入る。靴やなくて、ストッキング越しで踏み潰したらどんな感触するやろて思たから、靴は脱いだ。…ほら、靴履いたままやったら――分厚い靴底越しじゃ踏ん付けてもなんや実感薄いんやないかなて思わん? この方が壊してる感触直に来るんやないかなってな。
 街の中、一歩踏み込んだそこが、もう何かの建物みたいで。べしゃ、て何か簡単に潰れた感触がストッキング越しに足の裏に来る。…おお、めちゃええ感じ。あっさりし過ぎず、堅過ぎず…適度に儚い抵抗が心地好い。次の一歩。今度は少し高く足を持ち上げて、小さなビル群をえいって力籠めて踏み潰してみる。あっさり潰れて崩れてくその感触もまたええ感じ。
 じゃあ次はどうするか。また一歩。ある程度開けた何も無いっぽいところより、なるべく色々ごちゃって集まってるところの方が面白そやからそう言う場所を選んでさくっと踏み潰す。足を上げて下見ると低層のビルだった色々があっさりぐしゃって潰れてる。気まぐれに同じとこ何度か踏んで跡形無いくらい潰して踏み固めてみる。ぺったんこになるまで。サクサクした感触がなんやおもろい。思わず笑いが込み上げて来る。楽しくて。はは、って実際に声にも出てたかもしれん。…新雪に足跡付けてるみたいな気分て言うか霜柱踏み拉いてるみたいな気分て言うか。…そういう時って気まぐれに平らに均したくなったりもするやん。自分の足で。一番乗りで。誰か他人にはやらせたくない言うか。汚したり壊すのはウチだけの特権、みたいな気分。
 意味も無いけどなんや楽しい…ちょうどあんな感じなんやよな。それがこんな街やとまた違った感じもするけど。だって新雪やら霜柱どころか本当なら壊しちゃあかんて誰かから言われそうな大層な出来のミニチュアやし。弁償しろとか言われそやし。なのに、それ好き放題やっちゃってええ言われたらね。この取り返しの付かなさそうな後ろめたい感じがまた気持ちええ刺激になる言うか。
 初めの内は一歩一歩ゆっくり足裏の感触味わうみたいに踏み込んでってたんやけど、なんや切りが無い…つうか遠慮してる必要無いなてすぐ思い直す。やってもやってもまだまだあるて感じだから、もっと色んな壊し方してみてもいいかて今度はうりゃって手で低層のビルを押し潰してみた。
 これも簡単に潰れる。道路を走る車を追い掛けるみたいにしてって言うか、殆ど四つん這いになってモグラ叩きみたいな気分で次々手で押し潰してみたりもする。折角だからごろごろ転がってみたりもした。べしゃべしょぐしゃ、って適度に心地好い抵抗が来る――転がった後は真っ平ら。何にも無くなってる。転がったところからまた立ち上がってみる――立ち上がる時に偶然手を突いたところにあった何かも潰れた。場所的に信号だったかなて思う。多分ついでに車も幾つか潰れたな。でも手を上げてその下見ても原型留めてないからようわからん。ウチがちょっと動くだけで面白いように何でもかんでも潰れてまう。簡単やなあ、てまた笑いが込み上げて来る。万能感て言うのかな。どうにも楽しんやよな。
 …周囲のビルと比べても、ウチの足はあまりにも大きい。まぁその足が付いとる体の方が全然大きいんやから当たり前やけど。その辺にあった駅ビルも十両編成の通勤電車も簡単にぺしゃんこ。つうか、簡単にぺしゃんこにでけへんもんの方が無い。どれもこれも簡単に潰せる。全部、ウチの思い通りに壊し尽くせる。足で手で体で、どんどん潰す。めちゃ楽しい。

 ――――――どうにも夢中になってまう。

 気が付いたらいつの間にやら、残ってる道路に自衛隊か在日米軍かなんかの戦車隊――やと思う。そんなんが居た。多分。よくわからんけどそれっぽいのテレビかなんかで見た事あったと思う。このミニチュア、こんなところまで忠実に再現されとるんやなーて感心もするけど…なんやこれウチに対抗しに来たみたいな動きで軽くイラっと来る。米粒よりも小さな戦車の大群。そんなんで何が出来るのん? 嘲ってその上に足を翳すとその戦車は結構あっさり蜘蛛の子散らすみたいに逃げ出してんやけどな。…ま、そらそやな。踏み潰されたらぺしゃんこやもんなぁ。
 けど、逃さへんで。
 蜘蛛の子散らす、言うてもこの戦車、蜘蛛の子どころやなく動きとろいし。軽く苛付かせてくれたお礼はせんとなとばかりにウチは何か考える前に追い掛けてその戦車もひとつ残らず潰してる。…力の差やね。まぁ、これも一興やろて思う。

 ミニチュアの街を見下ろせば、なんや、自分が巨人になって本物の街を壊してるような気分になって来る。百万人くらい殺してるんかな。よくわからんけどとにかくたくさん殺してるんやろなて思う。踏み潰したビルやら車やら、中に人が居たとしたならどないな感じやったんやろ。…どこもかしこも阿鼻叫喚の地獄絵図やろか。それをウチひとりがこない簡単にやってのけとるなんて、なんやろ、背筋ゾクゾクして来るわぁ。つうても寒いんとも怖いんともちゃうで? …どっちか言うと逆やないかな。

 震える程の快感。

 そうとでも言い表わすのが正しそな気がする。今のウチ、この状況にめっちゃ興奮してるちゅうか高揚してるちゅうか、とにかくもっと潰したい壊したいて思うんや。いちいち潰した感触がゾクゾク来て辛抱堪らんし。…ヤバいなぁ。なんや中毒にでもなったかなぁ。…でもええか。実際、気持ちええんやしな。
 目の前に広がるミニチュアの街。幾ら潰しても全然足らへん。もっともっとて思う。見渡す限り全部壊して遊び尽くしたい。この素敵な機会が終わるのが惜しい。…なんやあの謎の人、もっとこんな街作っておいてくれへんかなて思う。
 そんくらいコレ、楽しくて楽しくてしょうがない。

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