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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


見上げれば、見下ろせば。――後編

 幾ら名残惜し思ても楽しい時にはいつか終わりは来る。
 楽しい事なら尚更時間は早く過ぎるて言うもんなぁ。

 …でもまぁ、あの街潰し尽くして幾分スッキリはしたな。…ちっさい街。自分が住んでるのとおんなじ形のあの精巧なミニチュア。…ままならん事ばっかりのウチの目の前にあるこんな現実。そんな現実のアレコレを簡単に想像して重ねられそなくらい精密なミニチュアの街のカタチ。…そのちっさい街と比べた時のウチの大きさ。街ごと全部簡単に壊せる万能感がホンマに爽快で。現実の色々ままならん事も同じよに全部簡単にぺしゃんこに出来てるみたいで心の重みが解れて気が楽になる。
 や、楽になるだけやなくて単純に壊す事自体が楽しくもなってたな。…ん? 楽に楽しいて字が同じか。…そや。楽しんや。いつの間にか、ままならん事の発散てだけやなくて、全部壊せる万能感に酔ってる比率の方が多なっとったのかもしれへんな。…今もまだ思い返すと心が躍るしな。思い返す度にああまたやりたいて思うわ。どうせミニチュアのニセモンなんやから、ちょっとした遊びの中でくらい遠慮無くブッ壊して発散したって罰は当たらんやろしな。
 …にしても。あの謎の人は別れる時に「また近い内に次の機会を」言うてたけど、ホンマに期待してええんかな? あんなミニチュアの街わざわざ準備して壊させるよな酔狂なやっちゃしな。…つかそもそもウチあの人に名乗りもしてないし名前も聞いてへんな。…向こうはウチの制服で何処のガッコに行ってるかくらいはわかるかもしれへんけど、松山華蓮て名前の女子高生陰陽師やとまではさすがにわからんと思うしなぁ。…や、こんだけ色んなトコデカいカラダしてるからそんな特徴でもウチやて絞れるかもしれんか。…つかあの人そこまでしてウチの事探すかな。そこまでするよりその辺の通りすがりの誰か他の人捉まえてやらせてまうんやないやろか…となると、ウチの方からあの人探した方がええんかな?
 …て、結構本気で思案する。思案しながら元来た道を何となく振り返る――ウチがさっきまで遊んでたのてどの建物ん中やったっけ? …急いで戻ればさっきのあの人まだ居るかな思ての行動やったけど…なんや外側あんま印象に無いな。そもそもその建物のその部屋からどこをどうやってどんくらい歩いて今ここまで来たんやっけ。…なんや印象薄いな。ようわからんわ。
 ま、しゃあない。…「また近い内に次の機会を」って事やし、その機会貰える事期待するだけして実際そうなるまでなるべく忘れとこ。…名残惜しくて堪らんからな。ウチやない誰か代わりに誘ってやらせとるとか想像したらなんや悔しいし。
 歩いてた方向に向き直る。さ、家に帰るかて思い直す。幾分スッキリしたからか足も軽いしな。鼻歌も出そうや。…ホンマ楽しかったもんなぁ。

 て。

 つらつら思い返しつつ上機嫌で歩き始めよう――と、したんやけど。
 その時なんや物凄まじい轟音がした。轟音だけやなくて地面も揺れた。歩き始めようと――踏み出そうとした一歩地面に着く前にいきなりバランス崩した。すわ地震かて思てバランス崩したそのままコケるみたいに自分からも座り込んだ。けど、なんや凄い突風も同じ原因やないかってタイミングで吹いて来て、地震ちゃうのか?ともすぐ思う。
 けどだったらなんやて言われるとそれもわからん。とにかく滅茶苦茶な嵐みたいな…これ竜巻て事なんやろか。や、それなら地面揺れたんは何なんやて思うし、思うてる間にも凄い風と一緒に路上になんやようわからんものも色々飛んで来て転がってる――転がってるのはなんかの瓦礫やった。飛んでる時は小さく見えたけどソレが落ちたトコとブッ刺さった先のスケール比べたら多分あの瓦礫――なんか建物の一部やないかて感じの窓枠付いた鉄筋コンクリートの欠片――実は相当デカい事にならんやろかて思う。…なんやありえへん壊れ方してる形の瓦礫な気ィするんやけど。
 実際、ウチもそこまで悠長に考えとらん。まとまらん頭ん中で多分そんくらいは色々ツッコんだり何だりしてたとは思うんやけどあんまりはっきりせえへん。ただ、何事やてパニックになりかかっとったんやないかて思う――凄い音がした方向、揺れたり何だりの発生源やないかって気がするそっちを見るだけ見る――――――と。

 ――――――ありえへんもんがあった。

 充分デカい筈の超高層ビルよりも遥かに太くて長い、でも造形としては超高層ビルなんかとは比べものにならんだろう――女の脚みたいな優美な曲線描いてるもんが超高層ビルどころでなく天高く聳え立っとった。それが二本。肌色がかった黒い色――女の脚みたいなどころかまんま女の脚やて。これ。…実際もっともっとずーと上見上げれば脚の上もあるし。着とる服もなんや見覚えあるし。紺色のスカートにブレザーで、締めているのは赤いネクタイ。ショートカットの黒髪に、ツーポイントフレームの眼鏡――てウチやないか、あれ!?
 思てる間にもその『ウチそのまんま』な巨大な女は笑うてる。なんや込み上げて来るみたいな衝動的な笑い方――大き過ぎて少し割れとる気もするけどやっぱりウチの声やし。その笑いが続く内、揺れも轟音も風もなんやおんなじ感じで暫く続いとって――やっと止んだか思たら、なんやキナ臭いニオイが何処からか漂って来た。どっか燃えたりしとるんやろかて思う。それから空がなんやよう見える――あった筈の高層の建物がまるっきり消えてる一角がある。その隅で巨人の足がおんなじとこ何度も何度も無駄にしつこく踏み固めてるのも見える――――――て。

 ――――――あれ、さっきの。

 …ミニチュアの街で。ウチがやった。同じとこ跡形無いくらい潰して踏み固めて気まぐれで平らに均してた時と同じ行動ちゃうやろか。そんな気がした。
 巨人の動きを予想する。…いや、予想やないな。さっきミニチュアの街でウチがやった事を思い返せばそのままその通りに巨人が動いとる。動いた通りに巨人だけやなくて周りも動く。…巨人が足を踏み下ろせば押し出された空気が突風になって吹いて来る。それが色々巻き込んで竜巻だか嵐みたいなコトになってて、踏み下ろした足が地面に着いた途端に激しい地響きと地震が来る。暫く何度か同じ事してたかと思たら次はまた別のトコ踏み込んで、どんどんペースアップ。こっちに近付いて来とる。動き自体は遠目にはゆっくりに見えてもデカい分意外過ぎるくらいに速い。
 となるとこのままこっちにずーと来て、あの辺で四つん這いになってモグラ叩きみたいに車潰して、転がって、駅も電車も潰して――って思い返してなぞっとる間にあの巨人、ホンマにウチと同じ事やっとるし。…ホンマにあそこでやった事が現実になってる。…物凄く大きな足が。手が。体が。…人々諸共街を壊してく。
 ここまで茫然と考えて、逃げなあかんてやっと頭に浮かぶ。せやけど逃げるとこなんて…ある訳無いやんともすぐ思う。…あそこでウチがやった事まんま現実になっとるんならウチ取り敢えず見えるとこ全部潰し尽くしたし。…やったらつまりこの街、丸ごと壊滅するて事にならん? …て冗談やないわ。どないするんや。
 自分の体の方はロクに動けんままで、ただ頭ん中でぐるぐるしてる間に目の前ではなんや憶えのある状況変化がまた再現されとって。…何処からか戦車隊が来て巨人に向かって猛烈な砲撃を始めてる。せやけど確かこん時ウチ砲撃なんか全然気ィ付かへんかったよなともすぐ頭に浮かぶ。…て事はこれだけやってもきっと効かへん。目の前でこんなに頼もし攻撃巨人に加えとんのに――その辺に居る人たちから戦車隊に対しての希望に満ちた歓声まで聞こえとんのに、それ全部意味が無いて絶望にすぐ変わるのをウチは知っとる。それでも動けん自分。…腰抜けとる。多分。
 黒い足。ストッキングに包まれた巨大な足裏が戦車隊に迫って来る。砲撃、狙ったところ外す訳無い射線だったのに穴すら開いてへん事はすぐわかる。傷付ける事すら叶わんかったんかって予想通りの光景が目の前に広がる。何処も綻び無い黒いストッキングに包まれた足裏が戦車隊のすぐ上に翳される――躊躇も容赦も無くそのまま押し潰される。…戦車隊、逃げる動きも見せてたけど到底間に合わん。
 ずしん、て凄い音がした気がした。…や、それだけやなくて。もっと色々、気持ち悪い音がした。重いような。濡れたような。めきょとかぐしゃとかばきとか色々混ざった形容し難い音。ただ、なんや色々取り返しの付かんて事だけははっきり分かる絶望の音。現在進行形でその色んな音が混ざり込んだ不協和音の流れが耳に飛び込んで来て、心ん中の大切なもんガンガン削ぎ落とされてく感じちゅうか。
 圧倒的な力の差。一方的過ぎる殺戮。巨人の足音なんだろう凄い音。むしろ地面ちゅうよりトランポリンか何かとちゃうやろかってくらい不安定に揺れ続ける頼りない地面。吹き荒れる風が色々巻き込んで壊してくのも見えるし。それで壊された建物が嘘みたいにあっさり崩れてくのも見える。…さっきの刺さってた瓦礫、ありえへん壊れ方したのってあれでやなって理解するけど何の意味も無い。
 さっきまで戦車隊に歓声上げてた人たちの金切り声な身も世も無い悲鳴も聞こえるし。そんな中で、相変わらず割れてるみたいに阿呆程大きな巨人の笑い声。…聞いてるだけでどっか意識持ってかれそになる。そんなこんな色々混ざり合ってる音の凄まじい圧力がなんやもう訳がわからん。気が狂いそう。
 …何やろ、もう自分の言ってる事もようわからんわ。そもそもウチ自分が叫んどらんのが信じられへん気もしてる。これからどうなるか知っとるのに。…知っとる。そや、知っとるんや。あの巨人のウチがどうするか。でも、知ってたからて止められへん。もう、過去にした事なんやから取り返しは付かへんのやてわかっとる。
 思てたら急に辺りが暗くなる。見上げると、視界を覆う巨大な黒。…巨人の足裏。ただのっぺりと黒いんじゃなくて、ちゃんと指も五本確りついとるやけに肉感的な足裏の形がストッキング越しに見える。…ホンマにこれ足やて、今から踏まれてまうて理解する。その時点でウチは思わず止まる。…止まってたらこれからどうなるかなんてわかり過ぎる程よくわかる。わかるけど対策なんて立てられへんて言うかそんな事まで考えとる余裕が無いて言うかとにかく動けへん。滑稽なくらいに体がぶるぶる震えとるのを自覚する。
 上から吹き下ろす風がだんだん強くなって来る――黒い足裏が近付いて来る。つかアレ足の親指か。関節んとこ――隙間とか、もしくは土踏まずとかに上手い事嵌れば助かるかもしれんか? …いやそんな奇跡的な余地あらへんてどう考えても。逃げなあかんて思うけど思うだけになっとる。どんな呪符使てもこれどうしようもないやろし――て言うかそもそも今のウチが呪符使える気がせえへんし。…なんやどうでもいい事ばっかぐるぐる頭ん中を回り出す。これからどうするのかとか建設的な事は何も考えられなくなっとって。頭真っ白…言うか真っ白やないな。これだけぐるぐる考えとるもんな。今のウチ正常やないんやろな。じゃあ何なんやろ。走馬燈?

 とにかく、目の前がただただひたすら真っ黒になって。
 真っ黒なまんま――何も見えへんなぁてやけに呑気に思ったところで、ぷつんとやけに簡単に意識が切れた。



 慌てて目ぇ開いてがばりと飛び起きた。
 思わずぶるりと身を震わせる。…凄く凄く怖かったんやて今更になって理解する。怖過ぎて最後の最後に感情麻痺したちゅうかそんな感じ。でっかい足に踏み潰されて目が覚めた。夢やった。ほっとした。いつの間にか寝てしもた。遊び疲れたんやろかて思う――思うて何となく空を見上げる。
 …あれ? 青い。あの遊んでた建物の中とは違うんやな? ここ屋外か? …思いながら今度は自分の体の脇を見下ろす。そしたらそこにあったのは建物ん中とおんなじ相変わらずのミニチュアの街。ウチの下になってるとこだけが壊れてて、他はそのまま精巧な作りの奴が残ってる。見渡せば360度何処までもそのミニチュアの街が広がってて、「また近い内に次の機会を」て誰かの言葉を思い出す。
 次の機会。コレひょっとしてそれかなて思う。だったら凄く嬉しんやけど…あの時みたいな案内人は何処にも見当たらん。でも、こんなキレーな街見てもうたらあの時みたいに壊さん訳にはいかんよな。実際ウチの真下はもう潰れてるしな。もう壊し始めてもうてる訳やし、今更遠慮したかて意味無いやろ。
 うん。もう余計な事は考えへんでこの街も壊し尽くそ。…きっと、自分が巨人になって本物の街壊しとるような気分になっとったから自分が踏み潰されるなんてあんな夢見たんやろしな。今のウチなら踏み潰される訳無いしな。むしろ踏み潰すのウチやしな。はは。ゴミみたいな超高層ビルとか踏み潰すこの感触。堪らんわ。ホンマに。

 あー、ちっさな街潰して遊ぶの、メチャ楽しいわ。ホンマ。

【了…?】