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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.6 ■ 黒 冥月 






「“虚無の境界”…か…」冥月が一瞬驚いた様な表情を浮かべるが、小さく笑う。「成程な。確かに面倒な相手だ」
「知っているのか?」武彦が驚いた様に尋ねる。
「私も彼奴らを知らない訳ではないのでな。しかし、百合達が奴等と手を組む…。…いや、利用されるのも因縁、という訳か…」
「…どういう事だ?」
「…何処から話せば良いだろうか…」冥月は少し考え込む様に俯いた。





――。






 ―十年前。



「ま、まさか…、こんな子供一人に…」
「……」



 ドスっと肉を何かが突き刺す様な音が聞こえたと思った次の瞬間、男の身体から血が流れる。返り血を浴びた少女は、真っ黒な髪に光の宿っていない黒い瞳を静かに閉じた。これが、“黒 冥月”の幼い姿だった。冥月はすっと暗闇の中に姿を消した。


 当時、中国にはある組織の話題が上がっていた。


 規模は小さいながら、その実力は紛れもない本物。最強と謳われながら、その地位を揺るがない物にしようとしつつある組織。



 依頼と金さえあれば、どんな相手でも確実に葬る闇の組織。その実力から、様々な組織や国家から勧誘されようと、何処の軍門にも下る事のない組織。






            ――そこに、“黒 冥月”はいた。






 中国には昔から、幼少期より子供を育て、その道のスペシャリストを養育するという手法は珍しくはなかった。数ある闇組織の中でも、それを実践しようとしている組織は幾つもあったが、冥月のいた組織程に、それを“完璧”な形に昇華出来た組織はなかった。その中でも優秀とされ、最強と扱われてきた一人が、“黒 冥月”その人だった。その姿を見た者は、確実に翌日の朝陽を身体に浴びる事はないとまで言われる程の天才だった。
「……」
「黒老師!」
 訓練場に姿を現した冥月へと、冥月よりもまだ幼い子供達が駆け寄る。
 組織の方針として、実戦で経験を積んでいる暗殺者は後任の育成を命じられる。冥月もその一人として、例外ではない。
「……組手を」
「はい!」
 冥月は当時は全く喋らない少女だった。たった一言程度でしか会話をしない少女。感情もなく、命令に忠実な下僕。それが、組織の冥月に対する評価だった。冥月の見つめる前で、冥月に鍛えられる事に誇りを持つ子供達。常人では考えられないスピードと能力でお互いに組手をする少年や少女達。
「黒。幹部がお呼びだ」不意に冥月の背後に現れた男が冥月に声をかける。
「……」冥月が何も言わずに頷く。組手を行っていた子供達が冥月へと視線を向けた。「……自習して」
「はい!」
 冥月が姿を消す。




――。




 硝煙と血の匂いが入り混じる。冥月は命じられた暗殺を成功させ、その場に立っていた。不思議な匂いが鼻につく。異質な、明らかに不愉快な気配。
「……誰?」冥月が影を操って誰もいない空間へ刃を伸ばす。すると、影の刃から一人の男が姿を現す。
「…血の匂いのする子供など、なかなか見ないものだが…。先程も二人ばかりいたな」ガタイの良い男がサバイバルナイフを構えて冥月を睨み付ける。「貴様も何処かの酔狂な連中の飼い犬か」
「……犬は私じゃない。獰猛な動物の匂いはあなた」冥月が静かに薄く眼を開く。
「フハハハ、よほど鼻が良いらしい。さっきまでの二人とはどうやら格が違う様だな」男が眼を輝かせる。「貴様は少しは愉しませてくれそうだ…」
「……依頼は遂行した。戦うつもりはない」
「俺にはあるっ!」男がその大きな図体からは想像出来ないスピードで冥月へと突進する。冥月は表情を変えずに男の攻撃をひらりとかわし、ナイフを取り出した。
「ほう、ハンティングナイフとは、良い趣味をしている」
 冥月が一瞬で影へと潜り込む。男が辺りを見回す事もなく目を閉じた。
「…そこか!」男の腕が背後へと振り上げられる。姿を現した冥月は男の腕によって吹き飛ばされる。「良い腕をしているが、まだまだだな…」
「……くっ」冥月が立ち上がる。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は“虚無の境界”のファング。貴様の名は?」男がナイフを持って再び構える。
「……黒 冥月」
「ほう、なかなか良い名だ…。憶えておくぞ、黒 冥月!」ファングが再び突進する。
「……影よ」ファングの身体に周囲の影が巻きつく。
「ぐっ! クソ…っ!」
「……悪いけど、退かせてもらう」冥月はそう言ってファングを背にし、自らの影の中へ潜り込んだ。
「…ククク…」ファングを縛っていた影が影へと戻る。「なかなか面白いガキ共だ…。黒 冥月か…」




――。




「戻ったか、黒。そこに座れ」
「……」
 組織の元へと戻って来た冥月はいつも通りの報告に幹部の部屋へと訪れた。しかし、いつもよりもピリピリとした緊張感が漂っている。慌しい雰囲気の中、幹部の男が冥月へと向き直す。
「今回の標的はなかなか厄介だったな。ウチが手塩にかけて育ててきた人間でさえ、お前以外で戻って来たのは物言わぬ死体だ。しかも、まるで凶暴な獣に喰い殺された様に身体を抉られていた」幹部が写真を渡す。
「……復讐?」
「いや、彼らを敵に回すのは我々にとっては不利益しか生まない」幹部が椅子に座り、足を組む。「先程、彼らは追い討ちをかける様に遺体と共にこの手紙を寄越した」
「……手紙…」冥月が幹部から手紙を見せられる。
「そうだ。我々の組織を潰されたくなければ、我らが組織の傘下に入るか異能持つ子を十人差し出せとな」
「……」
「抵抗しないのか、と言いたそうな眼だが、さっきも言った通り、我々は不利益になる戦いを今は望まない。そこで、我々は後者である異能の子を十人差し出すという選択を選ぶ事にした」
「……」
「能力・成長具合を見ても、今のお前の班は共に長けている。方針とは言え、今のお前には後任の育成よりも、仕事に専念してもらいたいというのが本音だ。そこで、お前の班の子供達を差し出す事にした」
「……断る」
「…っ! 意外だな、お前がそんな事を言うとはな…。だが、これは決定…―!」
「……」射抜く様に冥月の眼が幹部へと突き刺さる。放たれる殺気は本物だ。幹部の頬を冷たい汗が伝う。
「…冥月、よもや組織に逆らうつもりか…?」幹部の男が怯える様に冥月へと告げる。「確かに、お前の実力は組織の中でもかなりの上位だ。だが、組織を裏切れば、お前は…―!」
「―……裏切るつもりはない。……断るだけ」冥月が立ち上がる。
「ま、待て! お前が例え、どれだけ反対しても…ひっ―」
「……」冥月の視線が更に冷たさを増す。怯えきった幹部へと視線が突き刺さる。「……あの子達の将来になんて興味ない、でも面倒看てるのは私。奴等に差し出す気はない」
 そう告げると、冥月は幹部の部屋を後にした。







「おかえりなさい、黒老師!」子供達が駆け寄る。「黒老師…?」
「……今日は出かけるから自習。いつものを十セットやっておく事」
「今日も外へ行くんですか?」子供の一人が尋ねる。
「……そう」冥月が静かにその子供の頭を撫でる。「……幹部が来ても、言う事を聞かなくて良い。私の命令で、動けないと」
「…はい!」
「……」冥月が一人ずつの頭を撫でる。
「…黒老師に撫でられちゃった…」小さな子供が喜びに顔を微笑ませる。冥月が普段、そんな事をする事はなかった。
「……帰りに街でケーキ買ってくるから後で食べよう」
「ケーキ!?」
「やったー! ケーキだって!」
 子供達がはしゃぐ。冥月が全員の頭を撫でた後で、静かに、誰にも気づかれないぐらいに小さく微笑んで、姿を消した。




 子供達を守ろうとした訳ではない。自分が何故命令に反したのか、言う事に逆らう結果を選んだのか。それが説明出来る訳ではなかった。ただ冥月はひたすらに向かった。



「……取引指定場所」



 たった一人、手紙に書かれていた取引の指定場所へ…―。






                                          Episode.6 FIN



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ご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

まさかの冥月さん十歳編を書く形となって、
ちょっと私も親近感が沸いて嬉しく思っております。

武彦との関係など、指定して頂ける範囲で
書かせて頂きますので、
ガンガン指定しちゃって下さい(笑)

ラブラブな感じになるのも楽しそうですが…(笑)



それでは、今後とも宜しくお願い致します。

白神 怜司