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<東京怪談ノベル(シングル)>


不思議の店のアリア


 まだ肌寒さのちょっぴり残る、初夏のお昼時。開店してすぐのアンティークショップ・レンに、本日最初のお客様が来店した。
 それは小さな女の子で、髪は空のように青い色をしている。店主の蓮と目が合うと、少女はどこからともなく棒アイスを取り出し、それを店主に勧めた。
「‥‥アイス、いる?」
 この界隈で能力者に会うことは、決して珍しくない。蓮は「せっかくだし頂こうか」と、おもむろに手を伸ばした。
「あんた、名前は?」
「アリア‥‥アリア・ジェラーティ」
 特徴的なファミリーネームを聞いて、蓮は思わず一舐めしたアイスを見つめた。
「ふーん、なるほどね。それでアイスなのかい? それじゃ氷の王女様、ごゆっくり。ふふっ」
 店主の許可を得て、アリアはトコトコと歩き、店内の散策を開始した。
 まずは金の刺繍が施された細長い箱を開き、朽ち果てそうな指揮棒を取り出す。それを軽く振ってみると‥‥その辺にあった皿やグラスが動き出し、アリアの周囲で愉快に踊り出した。
 少しテンポアップすれば、指揮者を囲んで行進を始める。
「いち、にー、いち、にー」
 アリアが歩き出せば、食器たちも一緒に歩き出す。店内を巡る小さなパレードは、少女が指揮棒を元に戻したところで終了。いつの間にか食器たちは、元の位置に戻っていた。
 不思議なアイテムが眠る店に心奪われたのか、アリアは次の商品に手を伸ばす。それは宝石箱のようだったが、中からとんでもないものが飛び出した!
「ウギャアオォォーーー!」
「‥‥!」
 飛び出したのは、異形の怪物‥‥のぬいぐるみ。しかし声はかなりリアルで、アリアも目を見開いて驚き、慌てて蓋を閉めたほどだ。でもどんなのだったかを確かめたくなって、また蓋に手をかけ、勢いよくオープン。
「ヒギャアアァァーーーッ!」
 二度目にお出ましのぬいぐるみは、なぜかさっきとは違う容姿の怪物‥‥少女はそーっと触ってみようとするが、なぜかスッと指が通り抜けてしまう。
「それは、ただのヴィジョンだよ。中世の魔法使いが作った特製の箱さ。タネがバレると、まったく驚かなくなるけど、赤ちゃんの遊び道具にはいいだろうね」
 これは宝石箱に仕掛けられた魔法の石が見せる幻影で、何パターンかの怪物の映像と音声が前もって記録されている。何度か開け閉めしているうちに、一巡してまた同じぬいぐるみが出たのを確認すると、アリアは満足した表情でコクリと頷き、今度は大きな扉の前に立った。
「ああ、それは開かずの冷蔵庫だよ。コンセントを差さなくても、ずーっと動いてるっていう珍品で‥‥」
 蓮が商品の説明をしていると、アリアはレバーに手をかけ、何度かいじってみた。なるほど、確かに開かない。というより、内部から強烈な冷気が押し寄せているらしく、扉は分厚い氷で圧着されていた。アリアは少し考え、隙間を埋める氷を雪に変えることで亀裂を作り、その上で改めて扉をオープン。すると、開かないはずの扉がいとも簡単に口を開いた。
「おや。やるねぇ‥‥」
 中身を改めたことのない蓮は、中を覗こうと身を乗り出すが、突然にして凍った人間がゴトンと床に落ちた。中身は男のようだが、生死は定かではない。
「あらら、ご在宅だったのかい。こりゃ驚きだね。どれ、試しにお湯でもかけてみようか」
 不意に蓮が目を離した隙に、開かずの冷蔵庫はアリアを新たな生贄として内部に取り込もうとしていた。少女は不思議な力に吸い寄せられ、音もなく扉が閉まる‥‥

 アリアが迷い込んだ先は、一面の銀世界が広がっていた。周囲は雪が舞い、常に冷風が舞い込む。なるほど、男があんな風に凍ってしまうわけだ。
 ところが、今度の住人はとても楽しそうに、監獄の中を歩き回っている。どうやらアリアは、この冷気が心地よく感じているようだ。少女は「もっと寒くなるのかな‥‥?」と思い、近くにある冷気を手鞠ほどの大きさに圧縮し始める。そんなことをされると冷蔵庫内の温度が上がってしまうので、冷気は自動で強くなった。ゴーッという音が響けば、アリアはまた手鞠を作ってその辺にポイッと投げる。
 あとは延々とこれの繰り返しだ。ゴーッと鳴ってポイ、またポイポイ。あ、ポイポイポイッと続けること小一時間。ついに冷蔵庫は息切れを起こしてしまう。そして極寒の監獄を維持できなくなり、冷蔵庫はさっさと面倒な少女を外へポイッと放り出した。
 無事の帰還を果たしたアリアは、手に冷気で作ったウサギを持って戻ってくる。この冷蔵庫からの脱出劇を見て興奮したのは、先に閉じ込められていた男だった。彼は毛布を何枚も着込んで、今もガタガタと震えていたが、すぐにアリアの元へ駆け寄る。
「お、お嬢ちゃんっ! だ、だ、だっ、大丈夫か?!」
 興奮する男の声を聞いて、蓮もお湯の入ったやかんを持って、奥から出てきた。
「あんた、ホントに大丈夫なのかい?」
 アリアは「大丈夫‥‥」と伝えるべく一歩前に踏み出そうとするが、その拍子に持っていた冷気のウサギを落っことす。すると一瞬にして、あの監獄の冷気が店内に広がった。少女には心地のいい風だが、ふたりにとってはただの拷問。アリアが「ふうっ」と一息つく頃には、蓮も男もカチンコチンに固まってしまっていましたとさ。

「えっと‥‥お湯ほしい? それとも、アイス?」