|
●総力戦【暁襲】
虚無の境界より放たれし妖蟲軍団。
その圧政下にキューバは存在していた。
首都ハバナを臨む事の出来る高台は巨大な蜂の巣が団地の如く連なり、街では火器を抱いた軍用ヘリ級の戦闘蜂がブンブンと羽音を立てながら哨戒している。
美しい筈の建造物は、戯れに破壊され妖蟲共の温床と化していた。
陸は軍隊蟻の歩兵が隊列を組み、凶悪な顎をギチギチと鳴らしながら進んでいく。
平等に降り注ぐ太陽の光の下で、彼等の黒は不気味な光を放っていた。
海上では爆弾を抱いた蜉蝣が舞い、夥しい数の魚がその暴力に腹を上にして漂っている。
妖蛾の鱗粉は視界やレーダーを撹乱し、グアンタナモ米軍基地に避難できた僅かな市民以外は死亡。
兵士達は既に亡骸と化し、大地を紅く染めていた。
――IO2本部。
「通信が入りました、妖蟲軍団の司令と名乗っています」
「よし、繋げ。何らかの要求だろう」
「……要求に、つけ込む隙があるかもしれないわ」
慌ただしくなるIO2本部の中、超常能力者の一人である藤田・あやこ(7061)も敵の要求に耳を傾ける。
彼女の養女である、三島・玲奈(7134)の表情も厳しい。
尤も、隣に立っているSHIZUKU(NPCA004)だけは目を輝かせてモニターに移る奇怪な妖蟲を眺めていたが。
「基地撤退までの安全保障と、奴隷繁殖用の健康な人間男子の交換条件を提示します。此れは命令です、要求ではありません」
繰り返します、要求ではなく……。
圧倒的な戦力差、妖蟲軍団は今も新しい子が孵り、どんどん増え続けている。
「条件を飲もう。基地と『男女共同参画社会』の放棄を決定を決定する。これはIO2の総意である」
立派な髭をもった司令の顔は、無表情に凍りつきIO2の総意を述べる。
仄青いモニターに映る妖蟲を、誰かが殴りつける。
ギリギリと歯を鳴らす音が聞こえた。
だが、他の超常能力者達は冷静に【決死/超絶技巧】のフラグが灯る申込ボタンを押している。
総意の裏、優秀な遺伝子を持つ僅かな男子を密かに匿い、残りの男達はキューバ上陸作戦に志願する。
妖蟲どもに投降すると見せかけ陽動し、その間に婦女子が脱出する。
「最善ではないわね……行きましょうか」
それでも、最善ではないが、最良にするのは自分達だ――数多の修羅場を潜ってきたエルフの母娘と、人間界のオカルトアイドルが歩を進めた。
●
細長いキューバ本島へ、黒金に輝く戦艦が迫る。
ミサイルは火を噴き、砲火はまるで滝の如く。
戦艦玲奈号、それを使役する玲奈、そして味方の士気を上げ続けるSHIZUKUの歌声が響き渡る。
「♪堪忍袋が弾けそうよ(天誅天誅)蒸気が滾って暴れる寸前(臨界臨界)巧く鎮めてあげなきゃ超ヤバいでしょ♪」
ブゥゥーンと音を立て、蜉蝣が無数の爆弾を落としていく。
それを爆弾ごと砲火で焼き払う事によって、玲奈号は進んでいく。
「近接信管!制御不可能♪」
SHIZUKUが歌えば、無数の弾幕が張り巡らされ、援軍に来た戦闘蜂の翅をもいでいく。
「そこを右でしょ♪あれは上でしょ♪もっと激しくオオ神よ♪」
マイクパフォーマンスを交え、可愛らしい声で玲奈が右に上にと迫りくる精鋭達の攻撃を撃ち払う。
やがてキューバへと辿りついた、玲奈号から個々の技を使って軍隊蟻を蹴散らす超常能力者達。
「おまいらわたしと天国逝くのよ、逃げちゃだめ、逃げたって追っていくわ」
SHIZUKUの言葉と共に、ホーミングミサイルが火を噴き戦闘蜂を次々と地へ落としていく。
同胞の死にすら鈍感な軍隊蟻は、戦闘蜂の腹を裂いては己の闘争本能を満たす。
一方的な飽和攻撃と見えたが、超常能力者側のダメージも少なくは無い。
血を流し、鉄と共に命が尽きようとしている兵士達へと希代の支援能力を持つ女性。
「降り注ぐ青き月の竪琴♪今宵爪弾くセニョリ〜タ♪甘い歌は木々をそよぎ♪切なく風を震わせる♪」
あやこの紡ぐ歌は傷ついた兵士達の耳に届き、立ちあがることすらままならぬ兵士達はその力が戻って来るのを感じていた。
「心地よい癒し歌♪グアンタナメラ・キエレメム〜チョ(グアンタナモの娘よ、お手柔らかに)」
細い身体がしなやかに動き、傷ついた兵士達の血を指先で拭う。
ズドン、と銃声が鳴り響き、空を舞っていた戦闘蜂の腹に穴が空く。
全員回復を確認したあやこが、声を上げた。
「まだまだ終わらない、この戦いよ♪癒しの声は露のよう♪」
母に負けじと、玲奈は歩兵と共に、霊刀で斬り込んでいく。
「あっという間に鉄壁乗り越え(迫撃迫撃)底なし沼の懲りない奴ね(追撃追撃)強情我儘困った野郎ね♪猿の如く反撃する気か♪」
一息で踏み込むと、薙ぎ払い軍隊蟻の首を飛ばしていく。
体液を滴らせて、その場に倒れ込む人ほどの大きさの妖蟲。
「REINA!」
「SHIZUKU!」
「AYAKO!」
兵士達の上げる鬨の声、そして彼女達を讃える声。
「今は駄目でも♪今は無理矢理♪今よソコのけアア主よ♪」
一点突破を決めた玲奈は、次々と軍隊蟻を薙ぎ払い、超個体である筈の軍隊蟻達の動きは乱れる。
逃走を試みる軍隊蟻まで出てきた――だが。
「貴方一人で往かせないわ♪」
あっという間に切り裂かれ、地上に倒れ伏した。
「黒い髪を長く靡かせ♪舳に腰掛けセニョリ〜タ(おーほほほ)♪濡れた髪は烏の羽の♪様に闇夜に溶けてゆく♪」
敵陣を苛む波状攻撃、そして尽きぬ癒しの声。
「愛してる幸福さ♪グアンタナメラ・キエレメム〜チョ」
黒髪を靡かせるあやこへ迫る敵、だが其れはあっという間に打ち砕かれる。
3人が進んだ後には、死屍累々、妖蟲達の屍が出来上がっていた。
「あの母娘は暴欲と絶頂の権化だ」
茫然として、圧倒的有利な状況から劣勢だと悟る時間も無く、敗北へと追い込まれた妖蟲軍団。
空も、大地も、海も――逃げ場所は何処にもない。
何処に行っても戦艦は襲い来る、兵士達は逃しはしない。
死の恐怖がジリジリと身を、心を焦がしていく……敗北の味を初めて知った妖蟲達は、その無機質な顔に焦りを浮かべた。
「IO2め、何と言う隠し玉を――」
最早、茫然自失と言う言葉が相応しいだろう。
この悪夢から覚める事を祈るかのように空を仰いぐ、だが、キューバを飛び回っていた、戦闘蜂達は何処にもいない。
完璧な筈の、将来の展望――それは、猛々しい母娘の力の前に潰えた。
「フジ〜タさん勘弁して下さい」
全面降伏、涙目で投降する妖蟲達――IO2が婦女子達を戦艦に乗せて行く。
それは悪夢。
――妖蟲達に伝わる民謡。
『グアンタナモの娘よお許しを』
その、誕生の逸話である……永遠に忘れてはいけない戦いの歴史。
決して、世の中には刃向かってはいけない相手がいる。
エルフを見れば、妖蟲は怯える……そんな姿を見たのなら、彼等の中にこの民謡が伝わっているからかもしれない。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【7134 / 三島・玲奈 / 女性 / 16 / メイドサーバント:戦闘純文学者】
【7061 / 藤田・あやこ / 女性 / 24 / ブティックモスカジ創業者会長、女性投資家】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
三島・玲奈様、藤田・あやこ様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
大規模作戦のプロモーションビデオ風、との事でしたが如何でしょうか?
個人的には、無敵な母娘とSHIZUKUの姿が綴れてとても嬉しく思いました。
女性達は、どのような戦いの中にあってもやはり、凛々しく美しいものですね。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
|
|
|