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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【始まりの音2】 +



『『<迷い子>、どうか、良い選択を』』


 呆然とした俺の耳に入ってきたスガタとカガミの言葉。
 しかし既に意識が白み始めていた俺の耳にはその言葉は重く、そして遠かった。必死に己の身体を支え、気を奮い立たせるので精一杯。カガミが俺を支えてくれているけれど、自分はそっとその手を下ろさせた。自身の手を己の顔へと当て表情をそっと隠す。


「……ちょっと考えさせて」


 その一言が限界。
 返答としては曖昧で、二人にはまた「迷っている」と感じさせてしまっただろう。だけど事実俺は俺が何をしていのか考える必要がある。いきなり伝えられた前回の事件がまだ終わっていない事実に俺は唇を噛み締めた。
 ふらっと二人から離れ、ショッピングモールから一人で出て行く。二人なら俺の医位置を簡単に把握してしまうけれど、それでも「一人」になりたかった。


―― ……そうか、終わってないのか……。


 外は夕方になり、空は橙色をしている。
 やがてはまた僅かにくすんだ色へと変化した後、夜へと姿を変えるであろう空を何気なく見ながら俺は失笑した。
 研究所はとうの昔に無くなったはずだ。それなのになぜ……今になって。
 俺は学生鞄を握り締め、空を睨み付けた。今はまだ人通りの多い時間帯。人々が談笑しながら俺の横を平和な顔をして歩んでいく。俺もさっきまではカガミとあんな風に楽しく喋りながら時間を過ごしていたのに、と胸のうちで思う。無意識のうちに俺の手には力が入り、鞄の持ち手が小さな悲鳴を上げた。


―― 俺はいつまで『研究所』の影に追われなきゃいけないんだ。


 幼少の日、母を騙して俺を実験体として連れて行った奴ら。
 その後、自身に施された数々の実験や経験は俺の傷として心底に根付いている。普段は問題ない。超能力を使っていても、俺にはこの力があるから人の役に立てるのだと幸せになれるから。
 だけど――『研究所』だけは駄目だ。
 今も手を見ればカタカタと小刻みに震えてしまう。心的外傷――トラウマ、PTSDと呼ばれるものが呼び覚まされてしまう。母親は俺を研究所に渡した事で心を壊し、俺は俺で『今の自分』になるまで時間が掛かった事を思い出してしまう。


 だからこそ、スガタとカガミは今回も一緒に居てくれるつもりだろう。
 しかし『研究所』は自分側の問題。いくら彼らが<迷い子>、いや俺に対して保護的であっても彼らの案内を今回は受けたくない。スガタとカガミの導き手はいつだって優しすぎる。自分の過去も現在も未来すらも受け止めてくれる稀有な存在だから。
 だから。


―― ごめんな、皆。
    俺馬鹿だから皆の事巻き込みたくないんだ。


 研究所に関して彼らに迷惑を掛けたくない。
 俺は誰にも――彼らにもコンタクトを取らず一人で行動しよう。きっとこの問題を自分の手で解決したら俺の<迷い子>も終わるはず……。
 自分は彼らにとって沢山居る<迷い子>のうちの一人だ。彼らがどれだけの人間を導き救ってきたかなど知らないが、彼らの様子を見ていればその数が尋常でない事くらいすぐに分かる。


 たかが一人。
 されど一人。


 特別になりたかった。
 特別だと思いたいんだ。彼らにとっても特別だと思って貰えているからこそ今までの触れあいがあるんだと俺は信じている。三日月邸で遊んで、はちゃめちゃな出来事に巻き込まれて、笑って喜んで時に怒ったり泣いたりして過ごした日々は俺にとっては大切な日常だ。
 でも<迷い子>が一人でも減れば彼らの負担も減るだろう。スガタとカガミに逢えなくなる事は寂しいけれど、そもそも迷いに浸っている方が問題なのだ。
 思考が黒へと偏っていく。
 ガードレールに腰掛けながら俺は両手を僅かに開いた脚の間に垂らしながらぽつりと呟いた。


「楽しかった、な」


 一つ頷く。
 右手を見れば先ほどまでカガミと繋いでいた手のぬくもりを思い出し、それを愛しむように左手を重ねた。


「出逢えて良かった……」


 言葉が過去形になってしまう。
 心がマイナスの念に侵されていく。分かっていても止められない。止めるつもりもない。緩やかに湧き上がってくるものは絶望からの怒り、そして研究所に対しての反旗の意思。終わったと思っていた出来事がまた自身を襲うというのなら、それに対抗する手を考えなければいけないだろう。
 考えろ。
 考えろ。
 全身全霊を使って、自分の身を守り、良い方向へと持っていく『最善』を導き出せ。


「大丈夫、俺はまだ戦える。過去も能力も含めて俺は俺の『普通』でいたい。それが俺の『幸せ』なんだから」


 誰にも気付かれないように静かに笑う。
 だがその胸の内はその悲しげな笑顔とは違い、熱を帯びていた。やがて俺は両手を拳にし、決意を固める。


―― まだ『研究所』が完全に消し去っていないのなら……俺がこの手で……!


 俺は今、此処に誓う。
 『過去』が変えられないならば『未来』を変えよう。その為には『現在』を動くしかない。最善を尽くし、愛する人達が二度と脅かされなうよう手を尽くそう。
 ガードレールから立ち上がり、俺は歩みだす。
 これから起こす行動を良い行為だと言う者は数少ないだろう。だけど俺が出来る事はこれだけだから。


 空はいつの間にか夜の色。
 自宅へと帰っていく俺の後姿を、二つの影が見ていた。



■■■■■



「カガミ。大丈夫?」
「何故問いかけんだよ」
「工藤さん、やっちゃうよ」
「アイツの好きなようにすればいい」
「工藤さん、僕達から離れていくよ」
「離れたいと本気で願うなら離れればいい」
「カガミ、工藤さんは」
「愚問を続けるのは止めとけ」


 青年二人が先程まで少年が居た場所で言葉を交わす。
 双子と思われるその青年こそスガタとカガミと呼ばれる者達。工藤 勇太(くどう ゆうた)を<迷い子>と定め、案内し続けている異界の者だ。彼らは人間ではない。だから最低限の干渉しか基本はしない。
 だがそれでも『例外』は存在するのだ。人間が心を持ち、故に喜怒哀楽を感じるように彼らにも心があるのだから。
 スガタはカガミと繋がってしまっている共有感覚を今僅かに恨んだ。だけどその感覚がなければ彼の真意を知る事は出来なかったであろう事は間違いない。スガタは腕を組みながらガードレールに腰掛け、僅かに傾いているカガミの姿を見やる。カガミは薄らと口元に笑みを浮かべていた。


「カガミは本当に、工藤さんが好きなんだね」


 肯定も否定もカガミの口からは落とされない。
 だけど繋がった意思感覚からは拒絶はされなかった。



■■■■■



 後日。
 テレビニュースを占めるのは『怪奇現象』『超能力』『異常事態』などという単語ばかり。科学では到底説明しがたい現象が数多く発生しているというニュースだ。幸いにも死人は出ていないが、この報道によって世間がざわついている事は否めない。


「来い。此処に来い。俺の前に来い」


 『俺』はまた一つ事件を起こす。
 背を向けた直後、後ろでありえない状態からの爆発が発生した。
 事件はエサだ。奴らを己の前に引きずり出すための行為に過ぎない。だからこそ人命を奪う気など最初からない。ただ『超能力』に結びつく派手な行動を起こしていればやがて奴らは仕掛けてくるだろう。


「――早く、俺の前に来い」


 自暴自棄という言葉が似合う現状。
 それでも何食わぬ顔で学校に通い、日常を送る俺。スガタとカガミはあの日以降接触してこない。もしかしたら見捨てられたのか、それとも彼らはまた別の<迷い子>に掛かりきりで俺の事など忘れているのか。
 だがそれでいい。
 俺は一人で問題を解決すると決めた。


 絶望から見えたのは虚無と怒り。
 研究所に関係にあるものは全て排除したいという欲求だった。


 俺は今どこへ向かって歩んでいるのだろう。ああ、お見舞いに行くんだ。
 精神崩壊を起こし、今は療養している『あの人』のところへ行く。ほらいつもの事じゃないか。手には綺麗な花を、顔には笑顔を貼り付けて俺は先を進む。
 タンッ。
 とっくに面会時間を越えていたから、テレポートで病院の廊下に侵入し、降り立った自分。名前プレートを確認せずともテレパシーを応用した感応能力で扉の向こうにあの人が居る事はすぐに分かった。


「こんばんは、お見舞いに来たよ」


 こんな俺を見て『あの人』は笑ってくれるだろうか。どうか、どうか笑って。怖がらないで。貴方に傷付けられた過去も貴方が狂ってしまった事で俺の傷になってしまったから。
 ほら、笑って下さい。


 『あの人』がパンドラの箱を開いた。
 俺はそれを覗き込まされた。


 そこに『希望』はあったのかなど、誰が答えてくれますか?












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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、前回の続きとなります。
 今回は最後が微ホラー&精神系。自暴自棄という表現とNPC達から離れ一人で行動する工藤様。研究所がキーワードで心の内に隠していた感情が開けばいいなと思っております。

 NPC二人は裏からこっそりこっそり。
 カガミは意外と工藤様の事に対しては――な対応です(あえて伏せ字)