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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Case.2 ■ 護凰の名 




 武彦に連れられた凛と勇太はエストの待つ広間へと足を踏み入れた。エストと向かい合う様に座布団がそこには敷かれている。そして、両者の横に神主が座り込んでいた。
「天使様、お待たせ致しました」
「いえ、大変な戦いでしたからね。貴方達の元へ私が行こうとも思ったのですが、若い二人の寝室に入るのは…―」
「―ぶっ! な、なななな何言ってんのさっ!」勇太が思わず慌てふためく。
「フフフ、冗談ですよ」エストがそう言って前へと手を出した。「まずは二人共、楽にして下さい」
 エストに促されるまま、凛と勇太、そして武彦がエストに向き合う形で座り込む。すると、エストが深く頭を下げた。
「―…っ! 天使様、何を…―!」凛が思わずエストへと声をかける。
「―凛、勇太。それに、草間さん。まずはお礼を言わせて下さい。永きに渡る私と悪魔との争いに終止符を打って頂いた貴方達に、私は感謝しています」エストはそのまま言葉を続けた。「本当に有難う…」
「…ちょ…あの…」しどろもどろな勇太が困った顔で武彦を見つめた。
「エスト、顔を上げてくれ」武彦が溜息混じりに告げた。凛と勇太は武彦がエストを呼び捨てにしている事に驚くが、武彦は構わず続けた。「ここにいる勇太は、後先考えないで無茶しやがるからな…。そんな事されなくても気にしたりする様なヤツじゃないんでな」
「ちょ、褒めてるのか貶してるのか解らないんですけど…」勇太が武彦にツッコミを入れ、エストを見る。「天使様さ、草間さんの言う通りだよ。別にお礼が言われたいからやった訳じゃないんだしさ」
「…そう言うでしょうとは思っていました」エストが顔を上げて微笑む。
「ま、想像通りだろう?」武彦が煙草に火を点け、足元に灰皿を寄せた。「それにしても、話しってのはそれだけなのか?」
「いえ、そうではありません」エストがそう言って凛へと向き直る。「凛、護凰の巫女としての責務を果たし、それ以上の事をしてくれた貴方には、私とこの地の巫女についての全てを教えようと思うのです」
「…短命たる所以も、ですか?」凛の表情が暗くなる。エストは凛を見つめ、静かに頷いた。
「全ての始まりは、今から数百年以上も昔の話です。人間界へと逃げ延びようとした、弱く小さな悪魔がいました。私は均衡を護るべき天使として、人間界に逃げ延びた悪魔を仕留めるべくしてこの地に降り立ちました」エストが静かに語り始めた。「しかし、悪魔は憎悪や憤怒と言ったマイナスの感情を貪る生き物。当時の世界は戦にまみれ、憎悪や憤怒といった悪魔にとっての餌はいくらでも手に入れる事が出来る世界でした」
「確かに、今の時代程穏やかな時代はない、か。人はいつの時代も争ってきていたからな」武彦が相槌を打つ様に呟いた。
「その通りです」エストが小さく頷く。「悪魔は私が人間界に降り立つ前に力を蓄え、追手である私を葬ってしまおうと目論んでいたのです。そうとも知らず、私は悪魔を追い、油断した私を瀕死する程の傷を負わせたのです」
「瀕死…」勇太が呟いた。
「そんな私の前に、凛の先祖にも当たるのでしょうか。初代の巫女となる人物が現われたのです。彼女は島に攻め込む敵勢に追われ、山の奥深く。私がいた社へと逃げ込んできたのです」
「初代の巫女様…」凛が小さく呟いた。
「はい。彼女は私の様に翼の生えた人間を天使として崇め、私に願いを託しました。どうかこの戦乱を終わらせ、島を平和だった頃の島へと戻して欲しい。その為なら、何でもすると」エストが静かに深呼吸した。「身体の傷を癒し、悪魔を討つ為、私は更なる力を必要としていました。そこで、私は彼女の提案に賛同する事にしたのです。私達が人間界で力を蓄えるには、人間の“生命力”が必要になります。私は彼女の一生の半分近くの生命力を貰い、島を襲っていた人間を吹き飛ばし、悪魔と再び対峙しました」
「一生の半分って…」勇太が尋ねる。
「そうです。今も護凰の巫女が短命なのは、あの時の誓約が始まりです。悪魔を完全に退治出来なかった私は、本来以上の力を使って悪魔を封印し続けました。島の安寧を守る為に、巫女は代々私に生命力を注ぎ、私はその生命力を使って悪魔を封印し続けました」
 エストの言葉に、思わず沈黙が生まれる。
「それじゃあ、お母様もまた…」凛の声が震える。
「…そうです。怨まれても仕方ありませんね…」
「…うっ…うぅっ…」凛がその場で顔を手で覆って泣き崩れる。
「凛…」勇太が手を伸ばそうとするが、その手を止める。何と声をかければ良いのか、勇太には解らなかった。
「…違う…違うんです…」凛が泣きながら声を発する。「悪魔の呪いで死んでいった訳ではなく…、島や皆を護る為に…! それが…母の願いでしたから…!」
「…っ!」エストの瞳にもまた、涙が込み上げる。
「…凛の母、ワシの娘であった綾乃は常々口にしていたのです」神主が口を開く。「もしも短命である事が、島の平和を護る為ならば、この命を削るだけの意味はある…。…それが…っ、せめてもの…娘の希望じゃった…!」
 神主もまた、口を手で押さえる。涙が神主の手へと伝うその姿は、押し殺してきた娘を失った悲しみなのだろうか。勇太はそんな事を静かに考えていた。
「…凛。私はこれからもこの地に残ります。初代の巫女と交わした“約束”は、消える事はありません」エストが口を開く。「ですが、もう“護凰の巫女”は縛られる事はありません…。貴方は貴方の道を歩むのです。それが、幾代にも願い続けた巫女達の願い。そして、貴方の母の願いなのですから…」
「…はい…!」



 話しを終え、勇太と武彦は旅館へ帰ろうと靴を履いていた。
「勇太」不意に透き通る様な声が聞こえ、勇太が振り返る。
「凛、どうしたの?」
「…島には、いつまでいられるのです?」
「俺も高校の入学式とかあるし、明日には出るよ」
「そうだな。俺も依頼人達に報告と報酬の受け取りもあるから、夕方ぐらいにはなっちまうだろうがな…」武彦が頭をポリポリと掻く。
「…そう、ですよね…。勇太達は外の世界に生きてきたのですもの。仕方ありませんね…」寂しげな表情をして凛は俯く。「でしたら、明日。せめて出立する時間まで、島を一緒に回っては頂けませんか?」
「うっ…」思わず勇太の脳裏に激しい求婚をしてくる凛の姿が過る。が、凛の表情は純粋に願う様な瞳をしていた。「…うん」
「…っ! では勇太! 明日の朝、お迎えに行きますから!」凛の顔がパーッ明るくなる。「約束しましたからね!」
「ははは、解ったよ」
 凛は勇太達が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「明日はデート楽しめよ、勇太」
「な、そんな言い方…―」
「―お前はそう思ってなくても、凛はそう思って楽しみにしてる。それぐらい考えろよ。俺も行かないし、もしかしたらもう会えないんだぞ」
「…あ…。うん、解った…」



――。


 翌日。春だと言うのに初夏の様な気候に包まれた“凰翼島”で勇太はジーンズにシャツという何とも普通な格好をして旅館の外に立っていた。
「勇太、お待たせしました」
「…へ…?」
 思わず勇太が凛に見惚れてしまう。巫女姿だった凛が、黄色と白のワンピースに白い帽子を被って勇太の前に現われた。思わず勇太はハッと息を呑み、失礼にも見つめ続けていると、凛が耐えきれなくなり、顔を紅くして俯いた。
「あ…あの…。母の私服を借りてみたのですが…おかしい…ですか?」
「へっ!? いやいやいや! そんな事ないって! うん! 似合ってるよ!」
「…良かった…」凛がにっこりと微笑み、歩き出す。「巫女になってからは神社の外に出る機会もなかったので、拙い案内になってしまうかもしれませんが、行きましょう」
「あ、うん」

 道中、正直勇太は少し拍子抜けしていた。いつもの激しい凛からの求婚のアピールもなく、ただ純粋に二人で島巡りを楽しんでいた。なんとなく構えていた勇太の警戒心も解け、ただ単純に観光気分で楽しみながら、二人で名物を食べたり、観光スポットや珍しい物を見て回っていた。

「勇太、こっちですよー」勇太を手招く様に凛が呼ぶ。
「うわ〜、凄い崖だなぁ…。サスペンスドラマのキメシーンで使われそう…」勇太は凛が指さす浜辺から見る崖を下から見上げて呟いた。
「残念ながら立ち入り禁止になってしまいましたが、昔はこの崖の上から見える風景が絶景で、誰もが愛した場所だそうです」凛もまた、勇太の横に並んで崖を見つめた。
「せっかくだし、行こうよ」
「え? ですが、もう道も崩れてしまっていて…きゃ―」
 勇太が凛の言葉を無視する様に抱き上げ、一瞬で崖の上へテレポートした。
「おぉー、すっげぇ…!」凛を何食わぬ顔で運んで降ろした勇太が海を見つめる。「こりゃ絶景だねー! って、凛…?」
 勇太が振り返った先で、凛は瞳を潤ませ、勇太を見つめた。
「勇太。私は、アナタが好きです」
「…え…、どうしたのさ…?」いつもとは違う雰囲気を勇太は感じていた。
「…もうすぐアナタと離れるとなると、苦しいのです…。ここまで焦がれる想いを抱くのは初めて…。でも、アナタは…」凛が言葉を失う。
「…凛…、聞いて…」逃げる事を辞めた様に、勇太が凛へと告げる。
 過去の事から、“虚無の境界”の事。そして、あと二年すれば、“虚無の境界”はまた確実に勇太の前へ現われるという事を、全て包み隠さずに真剣に勇太は伝えた。
「…だから、キミを巻き込めないよ」
 気が付けば、空は紅く染められつつある。別れの時間は刻一刻と近付いていた。
「…解りました…」凛が寂しげに笑う。
「…でも、俺の能力を知ってそう言ってくれる、凛みたいに可愛い子いないからさ。嬉しかった…よ」顔を紅くして勇太が微笑む。
「私も、アナタに会えて良かった…」凛が笑顔を浮かべる。その頬を涙が伝っていた。
「じゃあ、時間だから行こうか」勇太が再び凛を抱き上げた。
「…はい…」



          こうして、“凰翼島”での事件は、幕を閉じた…――。





                                 Case.2 FIN