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<東京怪談ノベル(シングル)>


<総力戦【暁襲】泣き砂>
 今日も授業後、いつものように三島玲奈は瀬奈雫と共にネット喫茶の個室で寛いでいた。雫へちらりと目線をやると、彼女は見逃したと騒いでいた深夜番組を動画で見ている。どうやら温泉国タカヤの特集らしい。
 タカヤとは孤島の温泉宿一軒という小国ではあるが、小さいながら浜辺やプール、釣堀、専属の防衛隊まであるアミューズメントが有名な国。因みに国際局番は1126(イイフロ)なのだから頭が下がる。
「いいなあ、あんなに楽しめる上にカッコイイ屈強な男達!一度でいいから行ってみたいよねー、玲奈ちゃん」
「行きたいの?雫」
「行きたい!行ってあの軍人さんを拝んで消防車を弄りまくるー」
「消防車?」
 軍人と消防車に何の接点が、と一瞬呆気に取られたがそういえば温泉宿であるタカヤには火は最大の天敵だったな、と思い出す。ディスプレイの映像でも「タカヤ防衛隊異常なし」と雄雄しい男達が消防車を取り囲んでいる。
雫はアミューズメントよりこちらの興味を惹かれたとみた。
「じゃあ今度の週末使っていく?」
「え?行けるの?さっすが玲奈サマ!行く行くぅ!」


 そんな会話をしていた週の週末。
 玲奈号に乗った2人は温泉宿……もとい温泉国・タカヤを訪れたのであった。
「おお、三島准将と御友人。よく来た!貴殿等の来訪、大いに歓迎する!」
 タカヤ国王(ホテル王とも呼ばれている)が歓迎し、出迎えてくれた後、雫は玲奈のコネで消防署……もとい軍内部を見学させて貰える事になった。
「お〜逞しい肉体!赤が眩しい消防車!」
 軍内部に入るなり興奮した口調でタカヤの軍車とも言える真っ赤な消防車に駆け寄る雫。
「思う存分弄り倒すがブロガー冥利〜」
「幸せそうねぇ」
 雫はにやけた顔で消防車を撫でくりまわしている。コネを使ってあげてよかったと、友人の喜ぶ顔が嬉しい玲奈だが、それをずっと見てるのも雫の顔が崩壊しそうで嫌だし、自分が手持無沙汰である。
「雫ー、私は釣堀に行ってるわよー?」
「えへへへ」
 聞いていないようだ。
 玲奈は一つ嘆息を漏らすと、案内役の兵士に雫のお守りを頼んで宿に備え付けの三段逆スライド方式釣堀温泉に足を運ぶのであった。



 温泉に着いた玲奈は釣り具を借り、餌代を払うと腰までお湯につかり、竿置きが備え付けの場所に腰を下ろす。雫の思いつきで来たタカヤではあるが、なかなかに自分の疲れを癒す事ができていい感じである。
 だが、この釣堀、先ほどもちらりと述べたようにただの温泉備え付け釣堀ではない。三段逆スライドになっていて、一回の餌を全てスルと次の餌を買う時には安くなると言う一見やさしめのアミューズメント。安くなってくから……といい気分になっていると気づいたらおけら、なんて事態にもなりかねない恐ろしい釣堀なのだ。
 玲奈も最初は魚が餌を引っ張ったりして浮きと一緒に気分が上がったり下がったりして楽しんでいたのだが、千円すったところで飽きてきて、釣り具を返し、誰もいないことをいいことに泳ぐことにした。
「あんなにすっても釣れないとは、いい商売だわ。UFOキャッチャーにはまる子の気分が少しわかった気がするし」
 これはゲーマーにも賭け事師にもいい評判が立つだろう。
「あー、雫もこっちにこればよかったのに。消防車もいいけど、この商売上手な水槽もブロガー冥利ってのが触発されると思うんだけどなー」
 未だ消防車や軍人をいじり倒しているだろう友人に思いを馳せながら優雅に泳いでいる玲奈であったが、突如玲奈と魚の気配しかなかったその場に異様な空気が流れてくる。
「何かしら」
 何かは目に見えないが近い物としては怨霊の放つ禍々しい気配に似ているのだが、そのようなモノは見えない。
 だが、自分やここにいない雫にとって無害であるのかと言ったら答えはNOである。
「こうしちゃいられな……っ!?」
 急いで温泉から上がろうとした玲奈だったが、今まで静かだった水面が騒ぎ出し彼女の足を捉える。そしてそのまま、その捉えた足を中心渦巻き、彼女を飲み込み始めた。
「雫っ!」
 友人の名前を発した時、彼女は完全に渦の中に飲み込まれていった。
 一方、タカヤ軍弄り倒し旅中の雫も非常事態の真っただ中。港に停泊中のタカヤ軍軍艦が原因不明の沈没をし始めたのである。警戒音が止まぬ軍内で雫は次々と沈んでいく船を見ることしか出来なかったのだが、沈む船のそばに何かが浮いているのを発見した。
(あっ剣豪!)
 明らかに現代の軍艦には似つかわしくない侍の姿をした男が粒子状のものを撒き散らしているのが見える。
「塩?じゃないよね、海岸だし砂かな。よくわからないけど、多分あれが原因なんだ」
 原因の侍を捕まえて貰おうと近くにいる軍人に声をかけようとした雫。だが、次の瞬間彼女の目に映ったのは自分達の乗ってきた玲奈号のそばに寄ってきた侍。あれを沈められたら帰れない、ネットカフェ生活が、と脳裏に浮かんだ瞬間、彼女は軍人とは反対方向である港に停まっている玲奈号に走り乗っていた。
「それはストップー!」
 だが、声かけも空しく雫は玲奈号と共に海中に消えた。


 玲奈が目が覚めた時、何故か辛うじて木目天井が見える程度の暗闇の中であった。
(なんで温泉で渦に飲み込まれたのに木目?っていうか雫もいるし)
 横では雫の寝ている気配。和室は頼んでいなかった筈だし、いつの間にかバスローブらしき物も着ている不思議。取り敢えず、と玲奈は一番近い襖をあけて愕然とした。タカヤホテルの傍にはこんな雑木林は無かったからだ。それによく見ると、今いる部屋の作りが過去にいった山城跡で見たものを同じである。
「目を覚ましたか」
 廊下側の襖があき、入ってきたのは甲冑姿の武人。明らかにここはタカヤではない。
「あれ?玲奈ちゃん?おじさん、ここどこ?」
 襖の音で目を覚ましたらしい雫が武人に聞く。武人はおじさんと言われたのも気にせず、ここが厳島であること、今は毛利軍との戦中で神社近くの塔の丘に布陣している事も教えてくれた。
(あれ、じゃあこの後は……毛利軍奇襲!?)
「しかし、そなたは宗像三神か?急に木々がざわめいたと思ったら光より降臨するとは―」
「御武人、戦とお聞きしましたが私も手をお貸しします」
「いや、結構。すでに彼奴らの城はわが軍が包囲している。勝ち戦だ、とくとご覧あれ」
 武人は豪快に笑うが彼の滲み出る男気に惚れた玲奈は知っている未来を告げようと口を開ける、が、彼女が何を言おうと察した雫に阻止された。
「あはは、そうさせて貰いまーす」
 雫の笑顔に至極満足した武人は戦が終わるまでゆっくりするといい、と言い残し部屋をさった。
「雫!あの人このままだと明け方、つまりはもうすぐ奇襲にあうわ!」
「知ってるよ、でも史実は守ろう。かっこいいお侍さんを助けたいのはわかるけど、少しでも過去の歯車が狂っちゃったら私達が戻った時すごく大きな影響があるよ。特に歴史の教科書に載ってる人に関わる事なら尚更」
 それでもまだ納得のいかない玲奈であったが、今ある自分を作っているものが少しでも変わってしまうのは嫌なことなので、雫の言葉を受け入れ、毛利軍が攻めてこない内にとこっそり山城を抜け出した。万が一物の時代に戻る前にどちらの軍に見つかってやっかいなので山城の見える、でも見つかない場所を奇跡的にみつけ2人は息をひそめた。
 空が藍色になってくると、玲奈達の歩いてきた方向から煙が上がり、奇襲が始まったのだと玲奈は悟った。
 朝焼けが広がる頃には軍隊が遠のいて行き、戦は終わった。
 この奇襲は後に厳島の戦いと呼ばれ、凡そ半月に渡って繰り広げられる戦で、初日であったこの日の戦死者は数千騎であったという。



 玲奈号を見つけ、戦国時代でそのまま生活していた玲奈達は半月後、日付を見て、今日が最終戦と気分が沈む。
「この後、毛利は社殿を洗い流して清めさせて砂も廃棄するんだっけ」
「それを雫が見た侍が悪用してたってことね。感じた怨念めいたものはあの人達のだったんだわ」
 雫と約束したように史実は守る。だけど、悪用されるなんて可哀そうすぎる。なにか自分に出来る事はないだろうかと玲奈は思案する。
「雫、何か良い案ある?」
「んー、ネット繋がんないしなぁ。こう時は先人の知恵ってやつだよねぇ」
「先人……歴史上の人」
 歴史上怨念を鎮める為に励んだ人は、と玲奈思考をフル回転させる。謎の侍があの砂を持って行ってしまう前に何とかせねば。出来れば女性でと考えると自分に近いことが出来るのはあの人しかいない。
「清盛の娘!確か平家の菩提を弔ったのよね」
「そうだね。尼さんなら玲奈ちゃんも同じことが出来る!」
 思い立ったら即行動。
 毛利軍が『穢れ』を破棄した場所に船を飛ばすと、周囲に誰もいないこと確認して玲奈達は上陸。玲奈は鬘を外すと武人を始めとする奇襲に敗れた人々の冥福を祈った。
 すると、2人しかいない筈の厳島の海岸に号泣が響く。
「これで、やれることは出来たよ、玲奈ちゃん」
「そうね……これが私達の最善、ね」
 玲奈は雫にほほ笑みかけると、号泣が止むまでその場で祈り続けた。