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<東京怪談ノベル(シングル)>


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 旅行に行くならタカヤ♪ と宣伝で放送していたのは、もうずいぶん昔の話だ。
「わぁぁぁ、すごおおおおい!」
 タカヤ国と言うのが、島の名前だった。到着するなり目を輝かせる瀬名・雫(せな・しずく)。どこの港と海峡にあるのかは伏せるが、それなりにリゾート感たっぷりの島である。白い外壁に、海に面しているのにプールとかあったり、豪華なクルーザーが係留されていたりする。戦艦には比べるべくもない小さな船ではあるが。
「気に入った?」
「んー、でもこのままだと、ただのホテルだなぁ」
 三島・玲奈 (みしま・れいな)がその感想を伺うと、雫は首を斜めにしている。このホテルの怪奇現象的な噂を聞き、来たいと申し出た彼女にとっては、いくら豪華でも、怪奇現象が起きないと、駅前のビジネスホテルと変わらないようだ。
「手厳しいなぁ。よし、ではこのホテルの売りに案内するよ!」
 そう言うと、玲奈は雫の手を引き、ホテルの中へと入っていく。きょろきょろと周囲を見回す雫を、玲奈は中へと館内させる。
「でもすごいなぁ。こんな立派なホテルが、こんな人気のない場所にあるなんて」
 そう感想を漏らす雫。中身は人の造形したものとは思えない内装を誇っていた。壁にはうねうねとしたものがはい回り、普通の人ならば、
「人気がないのは余計よ。と言うか、ここには特別な存在以外は来れないんだってさ」
 色んな所にコネの出来上がってしまった玲奈さんは、さっきスタッフにそう教えてもらったらしい。自分はその特別招待客なので気にする事はないのだが。
「へー。特別って…なんか、人外な感じ?」
「あのスタッフさん見る限りそうかも。ちょっと入ってみる?」
 何しろ、表にあったクルーザーの群れは、一応タカヤ国の海軍らしい。軍事将校と言うかそれなりに関係者の玲奈の戦艦に比べれば、ずいぶんこぢんまりした者だが、扱うクルーは他の国軍に負けないイケメンマッチョばかりだ。とりあえずカメラ向けたとき劇画調になるのだけはいただけないが。
「いいのかなぁ」
「遠慮する事ないんじゃないかなぁ。もしなんかあっても、どうにかするし…」
 わくわく、どきどきと心臓の音を響かせながら、湯船のある方へと入る。逆スライド方式の舞台からは、豊富なお湯がこんこんと沸き出ており、その周囲には大きな水槽。魚屋によくあるようなものじゃない。水族館仕様のご立派なものだ。
 ところが。
「動かないね…」
 困惑する玲奈さん。パンフレットでは、三段スライドで舞台が競りあがってきますと書いてあるが、そんな気配はなかった。それどころか。
「ねぇ、あれ…なんか逆流してない?」
 雫が指摘した通り、水槽の流れが逆になっている。どんな仕掛けを施されたのかは知らないが、今まで優雅に泳いでいた魚達が、動きを止めたようにぴくぴくしていた。
「あと、なんか黒いの出てるよ? どうすんの? あれ」
 おまけに、ステージの代わりに黒い霧のようなものが出て来ていた。ドライアイスに色をつけたようなものが溢れている。どうみても普通じゃない状態に、眉を潜ませる玲奈さん。
「うーん。最近手入れしてなかったのかなぁ…。なんかつまってみたいね」
 その詰っているのはゴミや煤ではないだろうなぁと思う玲奈さん。願わくば、その逆流したモンがこっちに来ないでほしいなぁと願っていたら…音が、やんだ。
「あ、魚が馴染んだ」
 見れば、先ほどまでぴくぴくしていたお魚は、潮流が変わった事に対応して、体の向きを変えていた。そのまま、何事もなかったかのように、泳ぎはじめる魚達。水槽の表面はまだ荒れ模様だったが、水の中は静かそのものだ。
「問題ないみたいね。こちらは閉めておいてもらおうよ。多少地味だけど、しょうがないか」
 本来なら、華やかなステージを湯船に浸かりながら堪能するのが売りだが、壊れているのなら仕方がない。
「でも、ちょっと見たかったな」
「えー、危ないじゃない。行方不明多いみたいだし」
 無理やりツッコんで、大切な友人を失うのは大問題だ。ぷぅっと頬を膨らませる雫を宥めつつ、彼女は湯船の向こう側で行われている温泉特有のイベントを案内してくれるのだった。

「離島に行くならタ・カ・ヤ♪ 電話はいいふろー♪」
 ホテルのテーマソングとか言う触れ込みの曲をバックに、従業員のおねいさんたちが踊っている。訪れるお客様向けの催し物で、中高生には今ひとつのの内容だったが、それでも雫は登場する従業員がどこか人外なので、ご機嫌だった。
「嬉しそうだね」
「だってこんなすごいの見たことないモン
 久々に若い女子が2人も来ちゃったので、スタッフも張り切っているのだろう。何しろ、露天風呂、足湯、釣堀など日本式を備えた温泉には、大中小と三種類揃ったマッサージ椅子まで完備である。
「あっ。卓球! よおし、玲奈ちゃん勝負だ!」
 マッサージに転がっていた玲奈さんの目の前で、雫はこんな場所にはお約束と言って良い台を見つけた。レンタル式の卓球台は、時間制限なんぞないようで。卓球のラケットとピンポン玉が転がっている。セッティングの方法なんぞが貼り付けられたそこで、雫は玲奈にびしっとラケットの先を突きつけて見せた。
「ふふふ。そーきたか。それなら、我が一撃を食らうが良い〜♪」
 いつぞや見た映画の悪役さんの口調を真似て、ラケットを手にする玲奈さん。オレンジのピンポン玉を手に取ると、力の限りそれを振り下ろした。
「うぉりゅああああすまぁぁぁぁっしゅ!!」
 が、勢い余ったピンポン玉は明後日の方向へーーー。
「どこ狙ってるのよーーー!! うわぁん!」
「わぁぁぁ。ごめーーーん!」
 追いかけて行った雫さんが、足元の籠につまずいて、盛大にピンポン玉をばら撒いている。ざらざらとピンポン玉の洪水を起こしてしまい、申し訳なさそうに謝る玲奈さん。ところが、そのピンポン玉のひとつがころころと湯船の方へ…。
 その刹那、ぺかーっと閉じていたはずのステージが開いた。そして、黒いドライアイスのようなものと共に、何かがずももももせり出してくる。
「な、なんだろうね。あれ」
「なんだろう! すごく…禍々しい!!」
 それは、どこで作られたんだか分からない魔神像らしきものだった。金色で塗られたそれは、大事な所に宝石が埋め込まれ、とても悪趣味に見える。が、まとう空気は何か動きそうなシロモノで、雫はすっげぇイイ笑顔でもそもそと近付いていた。
「目を輝かせないでよぉ! えええ…まさか秘蔵の守護神かなぁ…」
 逆に顔を曇らせる玲奈さん。危険そうなら何とかしなきゃ…と思い、注視してみれば、やっぱり動き出す魔神像。しかも、イベント特有の動きではなく全力疾走でこちらへ向かっているようだ。
「あれ? ひょっとして暴走してる…?」
 そう思い、自身の魔法的科学を用意しようと思った玲奈さん、雫さんを逃がそうと振り返ったら。
「へー…。なるほどー」
「って、そこの従業員ッ。人んちのお客と話してないで仕事してよぉ。つか、雫もかいっ!」
 スタッフと語らっていた。どういうわけか劇画調であるが、その吹きだしには「えー。やっだぁ☆」とハートや音符が飛び交っている。
「話を聞けェェェ!!」
「「いやーん」」
 ちゅっどーんっと湯船に盛大な湯柱が立つ。
「まったく…。なんでこんな目に…。きちんと管理しないからだぞ」
 後で責任者に文句つけようと心に誓う玲奈さんだった。