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<東京怪談・PCゲームノベル>


【江戸艇】きつね小僧の濡れ衣・壱


 ■Opening■

 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇――江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だが、彼らは時間を越え、空間をも越え放浪する。

 その艇内に広がるのは江戸の町。
 第一階層−江戸城と第二階層−城下町。
 まるでかつて実在した江戸の町をまるごとくりぬいたような、活気に満ちた空間が広がっていた。




 ■Welcome to Edo■

 最近クラスメイトの評価が付き合いの悪い奴から意外とノリがよかった(?)奴に変わりつつあることを知る由もない京太郎は、この日も自覚なくクラスメイトの度肝を抜くために仲間の誘いにのっかって合コンにチャレンジしていた。
 もちろん合コンと言っても高校生、アルコールなどは一切ない真っ昼間からの健全なものである。“スイーツ天国”とかいう最近流行りらしいスイーツとパスタが食べ放題の欠食児童のためにあるような店だ。
 そこに男女が5人づつ。
「何か取ってこようか?」
 ランチタイムに混み合う店内で気を利かせたつもりの京太郎が手近にいた女の子に声をかけた。すると別の方から「お願いしまーす」と野太い声が返ってくる。
「……お前らは自分で行けよ」
 呆れ顔で拳骨お見舞いしてやると、女の子たちにクスクスと笑われてしまった。昔の京太郎ならここでムスっと不機嫌な態度をとってしまうところだったが、最近の京太郎はひと味違う。昔は区別が出来なかったのだ。自分に向けられる悪意も好意もそれ以外の感情も。だけど今は少しだけわかる。
 そうして照れたように頭を掻いていると、クスクス笑いを収めた女の子たちは「お願いしまーす」とにっこり笑顔を向けた。それに京太郎は「ああ」と応えて席を立つ。
 大皿を手に、まずは向かったのがスイーツコーナー。最初からケーキもどうなのだろう、と思わなくもなかったが女の子は甘いものが好きだから、と自分を納得させてみる。スイーツに紅茶でいいのかな、などと。
 コーナーには所狭しと何十種類ものケーキが並んでいた。端にはチョコレートフォンデュまである。どれがいいのかさっぱりわからなくて迷っていると、自分の前の女の子が片端から皿にケーキを盛っていた。
 嫌いなものがあったら自分が食べればいいかと、京太郎もそれに倣ってケーキを盛る。
 紅茶を煎れようとして、ジュースもいろいろあるのに気が付いた。コーヒーの方がいいのかな、と迷うのも面倒でとりあえず席に戻ってみる。
 仲間がスパゲティやフライドポテトを山盛りにしてテーブルの真ん中に置いていた。なるほど、みんなで取り分ければいいのか、と学習。
「飲み物何がいい?」
 ケーキをテーブルに置いてそう女の子たちに声をかけた。
 その時だ。
 それは何の脈絡もなく訪れた。
 いつもそうだ。予兆というものが全くない。
 視界が真っ白に覆われる。
 立ちくらみとか目眩などではなくて。
 京太郎はこの感覚をよく知っていた。



 ◇◇◇ ◇◇ ◇



 チントンシャン。
 三味線と太鼓の音に一人の艶やかな女が舞っていた。
「トラトーラトーラトラ♪」
 楽しげなリズムに合わせて女が勇ましげなポーズを決める。京太郎はといえば状況が飲み込めず―――いや、ここが江戸艇ということくらいは理解しているのだが―――女の子に手を伸ばしたままの体勢でポカーンと突っ立っていた。
 するとそれをどう勘違いしたのか。
「負けなんした」
 などと女は帯紐を解き始めた。その先を想像して思わず生唾を飲み込んでしまう。高校生にこれは少し刺激的過ぎやしないか。
 これは後で知ったことだが、このトラトラトラというのは、お茶屋でよく遊ばれるじゃんけんゲームのことだった。若者は虎を狩る。虎は老人を襲う。老人は若者に知恵で勝る。リズムに合わせて、四つん這いの虎になったり、杖をついた老人になったり、弓を弾く若者になったりするのだ。京太郎が手を伸ばした姿が杖をついているように見えたらしい。
 と、そんなことはこの時にはわからなかったが、これが野球拳らしいということは状況から推測出来た。
 女が帯紐を畳の上に置く。それからにこりと微笑んだ。
 あれ、それだけ、と思っている自分と、ちょっと待てと冷静な自分が頭の中でせめぎ合う。
 そうして固まっている京太郎を訝しんで、女がその顔を覗き込んだ。
「京太郎さん?」
「…………」
 白粉に映える紅。現代人にはあり得ない髪型。着物ならではの抜かれた襟足から覗く艶めかしい項。ああ、江戸だと再確認した途端、女の顔に一人の女性の顔が重なって京太郎の心臓はドクンと跳ねた。それは甘くて淡い記憶。
「桜……」
 無意識の呟き。
「……どこの敵娼(あいかた)の名前でありんす?」
 女が怒気を含ませ京太郎を睨みつけた。言われて初めて京太郎は自分が彼女の名を口に出していたことに気づいた。
「あ、え? いや……違う。そういうんじゃない」
 京太郎は女遊びを咎められ狼狽えた男みたいに否定したが女は怖い顔をしたままだ。
「ここのしきたりは頭に入ってありんすか?」
「しきたり……?」
 そもそもここは……京太郎は頭をフル回転させる。この独特の言葉遣いからして、恐らくここは遊郭というやつだろう。遊郭のしきたり、とは……一妓一客。一人の遊女を決めたら、別の遊女との浮気は御法度。やっちゃったら最後、髪は切られ女物の服は着せられ、見るも無惨、語るも無惨な恐ろしい私刑が待っている。ガクガクブルブル。
「あ、いや、桜は遊女じゃないんだ」
 京太郎は取り繕った真摯な眼差しを女に向けて言い聞かせるような優しい声で言った。ここではおまえだけだ、とその目で言外に語る。女はしばらく京太郎を睨んでいたがやがて小さく息を吐き出して言った。
「冗談でありんす」
 と女は微笑む。でも……。
「他の女(ひと)の名前は聞きたくないでありんす」
 一人の遊女を選ぶとは結婚すると同じこと。
 京太郎は女の怒りが冷めたことにホッと安堵の息を吐いた。
 女が甘えるように京太郎に身を預けてくる。京太郎はそっと女の肩を抱いた。
「ごめん……」
 謝りながら京太郎は自分の腕の中の女を見下ろした。この女性が自分が選んだ女なのだろうか。この遊郭で。
 今一つピンとこなかった。大体、呼ばれてきたらここだったのだ。
 それ以上に脳裏に浮かんでいるのは桜の顔だったから。
 なんとなく後ろめたい気分になって京太郎はそっと女の肩を押し退けていた。
「悪い。今日はもう帰るよ」
 言いながら、どこに、と思った。それでも、ここにはいられないとも思った。もう2度と来ることもない。この女の人には悪いけれど。
 そうして京太郎はその茶屋を後にした。
 外は日も暮れ辺りは薄暗い。
 千鳥足で歩く男どもが格子の向こうの女を品定めしている。そんな男どもに女どもの黄色い声が追い縋っていた。
 なんだか居たたまれない気分で京太郎は逃げるように人気のない細道へと入る。実は遊郭の出口は大門一つしかないのだが、そんなことは知らなくて。一体どこに向かっているのやら。
 今日は闇夜か月明かりがない。暗い夜道を歩いていると何かに足を滑らせた。
「わッ…ととッ……」
 思わず地面に膝と手をつく。ドロリと何だかなま暖かいものを手の平に感じて京太郎は怪訝に顔を上げた。
 そこに人が倒れている。
 京太郎はそっと自分の手の平を見た。星明かりにかろうじて見てとれる赤い液体に弾かれたように立ち上がる。自分の中の何かがその赤いものに反応することを、恐れるように。いつしか早まっている心臓を落ちつけようと深呼吸。
 立ち上がった拍子に何かがボトリと落ちた。根付けが京太郎の帯にでも引っかかったのか、自分のものでもないそれは倒れている男の財布に見えた。
 と、その時だ。
「ひぃ〜!! 人殺しぃぃぃっ!!」
 背を叩く声を振り返ると、一人の町人風の男があまりの驚きにもんどりうったのか、両手を地面についたまま足をバタバタさせながら後退っていた。
「人殺しだぁぁぁ!!」
 完全に裏返った男の声に、別の男どもが刺叉を手に駆けつけてくる。5人ほどいるだろうか。この遊郭を守る男衆だ。
 殺気だった視線が、死体の傍らに立つ京太郎に向けられた。
「わッ…ちょッ…誤解だ……」
 京太郎はとっさに手を振った。手のひらに血がべっとりと付いてしまっていたことも忘れて。
「申し開きは番屋でするんだな」
 尻端折った男どもは刺叉を手に身構えた。程なくして野次馬たちも集ってくる。薄暗い通りはいつしか提灯の明かりで随分明るくなっていた。
 転んだときについたのだろう、京太郎の着物には赤い血がいくつも付いていた。それを見た野次馬どもが、どよめく。
「俺は誰も殺してない!」
 京太郎は言ったが見た目の第一印象が悪すぎるのか、説得力が今一つ足りない上に。
「お前がやったんだ!」
 もんどり打っていた男が京太郎を指さして決めつけた。
「俺は見ていたぞ! お前が男から財布を盗ろうとするのを」
 滑って手をついただけで財布を盗ろうとしたわけではない。あれは根付けが帯に引っかかっただけなのだ。だが、後ろから見ていると、そんな風に見えてしまうものなのか。
「違う!」
「みんな最初はそう言うんだ」
 刺叉を持った男の一人が子供に言い聞かせるような猫なで声を出して言った。京太郎を落ち着かせようとしているのだろう。
 彼が思っているほど京太郎は興奮もしていないのだが。
 京太郎はため息を吐いた。どうやら信じてはもらえないようだ。ここでそうなのだから番屋とやらにいっても同じだろう。そのまま町奉行所にでも引き渡されたら明日には自分の生首が刑場に晒されているかもしれない。
 不吉な想像に京太郎は首を振った。
 周囲の視線が冷たく京太郎を射抜いている。それが昔の自分を思い出させて、まるで鬼と呼ばれているような錯覚に、京太郎は反射的に右手首を左手で押さえた。そこに自分の力を封じるブレスレットがある。これがある限り、自分は平静でいられるはずだ。
 男どもが京太郎を取り囲んだ。
 野次馬どもが二重に京太郎を取り囲みながら、ハラハラと動向を見守ってる。
「違う……」
 京太郎は呟いた。
「俺は違う!」
 そう叫んで地面を蹴った。
 刺叉が四方八方から京太郎を捕らえようと襲いかかる。それをくぐり抜けるように京太郎は身を低くしたり、横にかわしたり、時には男どもの腕を足場にしてその頭上を高く飛び越えたりしながら走った。
 京太郎が刺叉の輪を抜けると野次馬どもは我先逃げるように道を開けた。
 京太郎はその道を走り抜ける。
 ―――桜!?
 野次馬の中に彼女を見たような気がした。
 彼女の見開かれた目がまるで鬼でも見るかのように強ばっていて、京太郎は胸が締め付けられそうになった。
 それから首を振る。
 彼女が遊郭にいる理由がない。きっと、他人のそら似だろう。
 大門は京太郎を逃がすまいとその扉を閉じていた。京太郎は右手を伸ばす。力の全てを封じられているわけではない。空気の塊で小さな足場を作って京太郎は遊郭を囲むおはぐろどぶを飛び越えていた。
「待てぇ!」
 どぶを挟んだ向こう側で口惜しそうな男衆が地団太を踏んでいる。とはいえ、もう追っ手もないとは言い切れない。京太郎は夜陰に紛れるようにして逃げた。
 逃げながら思う。桜はこうなった自分をどう思うだろう。自分は犯人ではないと信じてくれるだろうか。
 自分を自分だと証明するもののないこの世界で、誰もが自分を信じてくれないかもしれなくて、そんな不安が無意識に押し寄せてくる。
 そんな中で京太郎はただただ思った。
 桜なら信じてくれるだろうか。
 ふと気づくと、見知った神社にいた。あのきつね小僧の祠のある神社だ。
 桜と話した場所。桜の手を取った場所。桜が『京太郎さん』と笑った場所。
 桜に会いたい。
 だが、自分は桜のことを何も知らないことに今更気が付いた。どこに住んでいるのかもわからないのだ。彼女が働いていた商屋はあの連判状が公になった時点で、お取り壊しになっているだろう……とすると彼女はどこに行ったのだろう。まさか路頭に迷って女郎に売られ遊郭に……ならば、先ほど見たのは見間違いでなく……そんな怖い想像に京太郎は慌てて首を振った。
 彼女は桜じゃないし、桜は遊郭にはいない、と自分に言い聞かせる。
 彼女ならきっと自分を信じてくれる。あんな目で自分を見たりしない。
 それに、勘違いでなくては困る。
 そもそも一妓一客の遊郭で、他の遊女を選んでしまったっぽい今、彼女が遊女なんかになっていたら自分は彼女を選べなくなってしまうのだ……いやいやいや、事はそういう問題ではなくて。
 京太郎はゆっくり息を吐く。
 とにもかくにも。
 今回の事件は明日には江戸中に知れ渡ることだろう。自分が遊郭で遊んでたなんて桜に知られたら……。
「なんて言い訳しよう……」
 京太郎は途方に暮れたように呟いた。
 今、よしんば桜に会えたとして、自分が殺していないことは信じてもらえるだろう、だが。
『どうしてそんな所にいたの?』
 と聞かれたら……。
「ダメだ……」
 京太郎は地面に両手をついてうなだれた。蔑むような白い目で彼女が自分を見ている。そんな想像に耐えられなくなって京太郎は頭にこべりついた何かを振り払うように首を振った。
 いやいやいや、だから。
 明日には江戸中に知れ渡ることだろう。自分は誰かも知らない奴を斬り殺した下手人として奉行所の同心から追われる身となるのだ。もしかしたら、下手人の縁者からも追われるかもしれない。
 桜に会いたいとか言ってる場合ではないのだ。今会いに行けば間違いなく桜に迷惑がかかる。桜だけではない、梅も自分が犯人ではないと信じてくれそうだが、迷惑をかけてしまうだけだろう。
 一人でやるしかないのだ。一人で真犯人を捕まえて番屋に突き出して。
 それから言い訳を考えて桜に会いに行く。
「くそッ…全部、真犯人のせいだ……」
 それもこれもどれも真犯人があんなところで人を殺さなければ、自分は疑われることもなく、自分が遊郭で遊んでたことを桜に知られることもなかったのだ。半ば八つ当たりで。
「許さん…」
 京太郎は地獄から響くような重低音で呻いた。
 こうなったら、何が何でも真犯人をとっつかまえてぐちゃんぐちゃんのけちょんけちょんにしてから番屋に突き出さねば気が収まらない。
 明日になれば、瓦版が飛び交い殺されたのが誰かも判明するだろう。そうなれば、犯人の糸口も見つかるはずだ。自分の汚名は自分で晴らす。
 とはいえここは完全アウェイ。
 たとえば、この血で汚れた着物を着替えることもままならないのだ。洗って乾かす間着るものもない。この時間に開いている店もない。とにかく今夜はここで一夜を明かすとして。
 京太郎は神社の裏手に回った。
 そこにきつね小僧の祠がある。きつね小僧は弱者の味方。悪い奴らを裁いてくれると桜が言っていた。
「俺は違う。本当に悪い奴が他にいるんだ。だから……手伝って……くれるか?」
 本物のきつね小僧がたとえ現れなかったとしても、きつね小僧のアシスタントをしているという柊という男や、あの平太という少年なら……信じてくれるだろうか。巻き込んでしまってもいいだろうか。

 だが、事態は京太郎の思惑をあざ笑った。
 辻斬りの下手人が総髪のすばしっこい少年であるという事実に。

「さぁさ、お前さんも、お前さんも足を止めて聞いてくんな! 昨夜、遊郭で起こった辻斬りがぁ、あのきつね小僧の仕業だって言うじゃねぇかぁ! 詳しい話はこれに書いてあらぁ! さぁ、買った! 買ったぁ!」

 こうなっては本物のきつね小僧が黙っているはずもない。必ず濡れ衣を晴らしにくる。
 ならばきつね小僧の祠のあるこの神社を拠点にするのは危険ではないのか。何故なら追っ手は奉行所の連中だけではなくなったからだ。
 京太郎はその事実に生唾を飲み込んだ。


 ―――きつね小僧が自分を捕まえに……くる!?


 自分はきつね小僧に抗えるだろうか。
 きつね小僧を振り切って真犯人にまでたどり着けるだろうか。
 妖しの力を使うというきつね小僧。

 それとも、きつね小僧は自分を信じてくれるだろうか。

 京太郎は頼みの綱が絶たれ絶望的な気分で祠を開けたのだった。






 ■■End or to be continued■■






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1837/和田・京太郎/男/15/高校生】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。