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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


+ 三日月邸×花見×巻き込まれ騒動!? +



「春ですねぇ」
「春だよなぁ」
「わがしぃー……!」
「いやー、今の季節には三色団子だよね〜★」


 スガタ、カガミ、三日月社、いよかんさんの三人と一匹はそう言いながら縁側でお茶を飲む。四人揃ってずずずーっと飲むと一気に心が和んだ。庭には満開の桜が咲いていて、のほほん雰囲気。スガタとカガミの住む異界では絶対に見られない春の景色だった。
 カガミが置いてある三色団子に手を伸ばす。するとその手の上に何かが乗った。なんだろうと見れば、いよかんさんもまた手を伸ばしていたのだ。
 じぃーっと二人が見詰め合う。目の前にある団子は残り一個。
 此処で譲り合いの精神が生まれるかと思いきや……。


「お前果物だろ!? 本来なら食われる立場だろ!? 何ナチュラルに団子食ってんだよ! 遠慮しろよ!」
「あーん……いまさらのこといっていじめる〜……くだものはくがいー……! ぼくもー……おだんごたべるぅ〜……!」
「あー! カガミんったら謎でナマモノないよかんさんを虐めてる〜! と、言うわけで最後のお団子は僕がもーらった!」
「「ずるー!!!」」


 カガミといよかんさんが争っている間にあーんむっと社が残りの一本を一口で食べた。
 生憎、もきゅもっきゅっと幸せそうに食べる彼女に二人……ではなく、一人と一匹は逆らえない。そんな彼女の隣に座っているスガタがこぽぽぽぽっとお茶を注ぐ。こちらもまた幸福そうにお茶を啜っていた。
 見上げれば、ぽかぽかお天道様が三人と一匹を照らす。カガミが「洗濯日和だなぁー」とぼんやり思った。どうやら社にこき使われているせいで主夫根性が身に付き始めているようである。


「そうだ! 春も来たし、こんな日にはお花見なんだよね〜!」
「ああ、いい考えですね」
「そうだな、いい考えだな」
「おはなみぃー、おだんごー!」
「そんでもって、外の人を巻き込んでわいわい騒いだら楽しいよねっ★ 僕ってばあったまいいー!」


 両手をぱんっと叩き合わせて自画自賛をする社。
 そんな彼女の発言に二人と一匹は首を傾げた。


「どうやって外の人連れて来るんです?」
「どうやって外の人連れて来るんだよ?」
「なんぱー? へい、かのじょー……?」
「え、そんなの簡単じゃん」


 二人と一匹の疑問を受けた社は立ち上がり、すたすたと歩く。
 そして目の前に沢山並ぶ扉の一つに手をかけ、勢い良く開いた。
 ―――― すると。


「うわっ!」


 扉の向こうからこんにちは。
 そんなイメージで人間がばったーんっと三日月邸に転がってきたではないか。その突然の訪問者にびくぅ! っと怯えたのはいよかんさん。片足をぴっと上げ、両手を軸足の方に寄せた格好で固まってしまった。


「ね、こうすれば簡単でしょ〜? それにこうやって集めた外の人間に何か芸をしてもらったら楽しいしー?」


 自信満々の笑顔で社が言う。
 三日月邸に存在する扉は『何処に繋がっているのか分からない』ものや『再度開くと違う場所に繋がっている』ものが多々ある。そんな扉の向こうには当然外の人が居ることも多く、迷い込んでくることも多い。社はにまぁーっと笑うと、扉を閉めてもう一回開いた。


 ばたん!
 ごろごろ。
 ばたん!
 ずっべーん!!


 開く度に外の人間が転がり込んでくる様子に、スガタとカガミは開いた口が塞がらなかった。



■■【scene1:工藤 勇太(くどう ゆうた)の場合】■■



 黒髪短髪、ある事情により瞳の色が緑に変色したある高校生男子、工藤勇太。
 彼は今己が通う高校にて重要なソレを受けている。高校生ならば誰もが経験するもの。無事にクリアすれば少しばかり気が楽になるソレ――つまり、学校の小テストの最中だ。
 彼は机に置かれたそれに必死にシャーペンを走らせる。周囲の生徒も同様だ。だが彼は急に己の身体が後方に引っ張られるのを感じた。それは一個人が悪戯に引っ張ったものではなく、空間自体が彼を引き寄せたといっても過言ではない。そのため行き成り椅子がぶれ、勇太は目を思い切り見開いたまま後ろにすってーんっと転げてしまった。
 受身を取る余裕すら取れず倒れた彼は「痛い」ともなんとも声をあげず、そのままの姿勢で周囲の状況を把握するために視線を巡らせた。


「おい、社」
「はにゃん?」
「おい、いよかんさん」
「いらっしゃ〜い……」
「おい、スガタカガミ」
「「 交ぜるな危険 」」


 知り合いである四人が勇太に対して視線を集める。
 そして当の勇太と言えばこの四人がいる状況かつ己がいる場所――つまり日本家屋の一つへと召喚されてしまった事実をなんとなく理解し……。


「…………俺の小テスト終わった……」


 未だそのままの姿勢でしくしくと彼は己の境遇に泣いた。



■■【scene2:レイチェル・ナイトの場合】■■



 腰までのウェーブがかった金髪の可愛らしい外国人の十七歳少女である彼女は今、己の赤い瞳を輝かせ心を喜びに満たしていた。腕は一人の男性の腕に絡ませ、男性の方も彼女の愛らしさにでれでれである。更に男も美麗といっても過言ではなく、少女をエスコートする仕草も手馴れておりレイチェルの気分は上昇するばかりである。


―― 久々のイケメンげっとぉー! うっしゃおらぁ!


 逆ナンパに成功した彼女は心の中でガッツポーズを取る。
 そして「お兄さんの知ってる良いお店に行ってみたいなぁ」と愛嬌を振り撒きながら二人して一件の店に入ろうとする。それはもう雰囲気のいい店で、レイチェルは今日はこのままイケる!! と内心確信したほどであった。
 だが意気揚々と彼女はお店の扉を開いたはずが急に何かに引っ張られる感覚に陥り、そのままふにゃんっと空気が歪むような感覚に襲われる。一体何が起こったのかと周囲を見渡せば、まず今まで一緒にいた男性の姿がない。


「ここはどこ!? イケメンはどこいった!?」


 素の言葉を発しながら彼女は現状を把握しようと必死に左右に首を向ける。
 だが視界のどこにも逆ナンパに成功したばかりの例の男性はいない。むしろ場所は日本家屋のひとつであることに気付き、目が思わず点になる。「可笑しい、確かイタリアンの店に自分は入ったはずなのに……」と困惑し始めた彼女を責める者はいない。


「おや、後ろからいらっしゃいませ」
「お、いらっしゃい。これで二人目の犠牲者だな」
「犠牲者って言い方は悪いよ。参加者って言おうよ」
「だっていきなり花見に強制参加させられんだぜ?」


 ふと二人分の会話が聞こえ、やっと彼女はその相手を認識する。
 双子だと思われる黒髪の少年。しかしよく見ればその瞳の色が左右で違っている事が分かる。レイチェルはその双子を見て自分が逆ナンパした男性の姿を思い出す。確か彼もこんな感じの黒髪の青年で――。


「……縮んだ? ……というか分裂した!?」
「「 そもそもその男とは関係ないんで 」」
「あのイケメンはどこー!!」


 二人が声を揃えて一斉に否定の声を発したが、レイチェルの混乱は止まらない。
 ふとそんな彼らの足元に誰かが倒れている姿が見える。そしてその向こうには推定、女の子だと思われる子供と小さくて細長い何かが次の戸を開こうとしている様子が目視出来た。
 だが彼女の目を引いたのは足元の男。倒れこみ、しくしくと泣いてはいるがどうやら高校生男子っぽい。


「あらちょっと貴方大丈夫!? もしかして頭とか打ったんじゃないかしら。それなら応急処置とか救急車の手配をしなきゃいけないわね」


 二人を押しのけ、レイチェルは倒れている高校生――勇太へと素早く駆け寄る。そしてその姿を見ると内心きゅんっと胸が高鳴った。情けない格好ではあるが、勇太はレイチェルの好みばっちりの相手だったからだ。これは逃す手はないとばかりに介抱しようとあれやこれやと手を貸し、最終的には彼を起こすために身体を密着させるという行為にまで出た。
 だが勇太はそれどころじゃない。見知らぬ女性に介抱されるのは悪い気はしないが、彼にとっては今それよりも大事な時間が失われてしまったからだ。


「う、……俺もう死ぬ」
「えぇぇぇ!? 駄目よ。あたしが傍に居る限りは死なせないんだから!」
「はっはっは、小テストごとき受けられなくなったからって死ぬとかお前ばっかじゃねー?」
「――え、小テス……ト?」


 レイチェルは勇太と双子の片割れの会話に耳を疑う。
 二人からかくかくしかじかと説明を受ければ、なぁんだと内心呆れてしまうのも仕方が無い。だが勇太から離れる事をしない辺りはちゃっかりしていた。


「言ったな、カガミ! お前高校生の小テストがどれだけ後々の期末テストとか内申に響くか知らないから言えるんだ! くっそー! こうなったら俺も花見楽しんでやるー!」


 どうやらレイチェルが介抱している高校生男子は既に彼らと知り合いらしく、言葉からそれなりの付き合いである事が判断出来た。そして先程説明して貰った話の中で自分が「花見」とやらのために強制的に「三日月邸」という屋敷に飛ばされてしまった事も。
 確かに庭を見れば満開の桜。
 通学路にも桜は咲いているが日本庭園という場所での花見はそれはもう絶景で、レイチェルは「これはこれで有りかしら……?」と勇太の方をちらっと見る。どうやら今の彼女のターゲットは勇太の様だ。


「よし、工藤 勇太! 余興としてチビ猫獣人に変化します!」


―― why?


 いきなり何を宣言するのかとレイチェルが首を捻った瞬間、ぽふんっと言う可愛らしい音と共に勇太がその身体を唐突に変化させた。
 服装は白水干に操作、そして外見も中身も五歳児になった彼には猫耳と尻尾、それから手足には見事な猫手と猫足があり、半獣そのものの姿になっている。彼はふふんっと胸を張り、そしてカガミに向かってどかーんっと体当たりに近い抱擁をぶっかます。


「――はっ。ちょっとー!! またイケメンが消えたじゃないー!!」


 レイチェルが勇太の変化に驚く事数秒。
 彼女は心の底から思い切り自身の欲望を口にしてしまう。彼女のターゲット年層は十七歳〜二十三歳あたりの可愛い系が好み。スガタとカガミでは若すぎるし、先程までの勇太ならともかく今のチビ猫獣人では論外なのであった。


「もー、なんなのよー! 何が花見よー! 花より男よー!」


 説明を受けて理解して落ち着くが、理不尽にこんな状況になりやや不機嫌になってしまった彼女をフォローするものはまだ現れていなかった。



■■【scene3:飯屋 由聖(めしや よしあき)&阿隈 零一(あくま れいいち)の場合】■■



 彼らは常に一緒だった。
 その浄化能力の高さ故に悪魔に常日頃から狙われる由聖を護る為、悪魔に対抗出来る能力持ちの零一が傍にいる――それが当たり前の光景。だが悪魔から由聖を護るという事はそう簡単な行為ではない。時に傷付き、時に残虐な光景を、悲鳴を聞かなければいけない。更に言えば零一が傷を作る事を良しとしない由聖は、自分が「護られる事」に対して苦渋の感情を覚えていた。
 そして悪魔というヤツは空気を読まない。いつどこで何をしてようが由聖に隙あらば彼を滅しようと襲い掛かってくるのだ。そして今日も――。


「だから君はどうしていつもそうなんだ!」
「そういうお前だっていつも無茶しやがるだろー!」
「無茶なんかしていない! 大体僕にだって悪魔から身を護る方法くらい持って――」
「完全に護れるなら俺だってお前の事心配なんてしねーよ! だけどな、――」


 悪魔との戦闘後、いつもの如く二人が喧嘩していた折だった。
 突如広範囲の穴が足元に出現し、二人はそれを避ける事が出来ず吸い込まれるのを感じてしまった。新たな悪魔の襲撃か!? と零一は構えるが時は既に遅し。


「んぎゃー!?」


 零一は哀れな事にもろに頭から落ちて撃沈する。悶え苦しみながら打ったばかりの頭を両手で押さえ、なんとか体勢を立て直そうとする。悪魔の仕業ならば悠長に転がっていられない。


「いたた〜……――……何ここ?」


 しかし隣からは一緒に落ちた由聖がちょっと間抜けた声で同じように起き上がろうとしている姿が目に入った。どうやら彼はまだ無事のようだ。だがまだ安心は出来ない。零一は周囲を見渡す。
 桜が満開の日本庭園と家屋、そしてそこに集う数人の人間と人間っぽいものの存在があった。そしてその中の何人かは現れた零一達を見て「……ああ」と同類を見るような視線を送った。
 零一は本来の癖で彼らから由聖を隠すように前に立つ。まだ警戒心は解けていない。確実にどこかに飛ばされてしまった事には間違いなく、それが出来るのは「人間ではない」と主張しているようなものであったからだ。


「ようこそ、いらっしゃいなのん☆ さあ、そろそろお花見を始めよっか、にゃはは♪」
「はぁ? 花見、だと」
「かくかく、しかじかー……」
「このミカン、喋った!!」
「あーん、みかん……ちがぁう」
「な、何だ!? 悪魔の新たな手法か!?」
「そこの人間! 僕の説明をよぉーく聞くようにねん! じゃないと一人で強制送還しちゃうんだから〜☆」


 そうして最後の扉を開いた社といよかんさんが二人に適切な説明をし始める。
 この三日月邸に存在する多くの扉が居空間に繋がっている事。そして暇だったからお花見をしようという事。その為に面白い事をしてくれる外の人間を呼び寄せた事。かつ、現在場に居る異形の者及び呼びつけた人間達の紹介もきちんとする事も当然忘れない。
 その説明を聞いて由聖はふむと一度頷く。零一は目を細め、訝しげな表情を浮かべた。
 最初に声を発したのは由聖の方。彼はにっこりと人好きのする柔らかな笑顔へと表情を変える。


「やぁ。可愛らしい住人さん達だね。僕は飯屋 由聖。宜しくね」
「俺はまだ花見に加わるとは言ってねぇ」
「――と、言ってる無愛想な彼は阿隈 零一。僕達は同じ高校に通う幼馴染なんだ」
「無愛想はともかく、お前は何挨拶してんだよ! もしかしたら悪魔の手先かもしんねえんだぞ!? 見ろよ、あの女と男! 二人とも猫耳なんて生やしてて、しかもミカン――じゃねえ、いよかんが喋ってんだぞ! お前はもう少し状況を警戒し――」
「零一、煩い。さっき……えっと社ちゃんだっけ? 彼女が花見をするために呼んだんだって説明してくれたじゃない。親切に説明してくれたこんな可愛いコ達が悪魔なわけないじゃない」
「お前、なぁ」


 普段から油断しすぎなんだよ、と文句を口に出そうとするが、既に由聖自身が花見に参加する気満々である。猫耳少女に少年。双子少年。それから喋るミカン――ではなく、いよかん。それに。


「あら、イケメン発見ー! やったぁ!」


 連れて来られたメンバーの中に外国人美少女が一人。
 今まで不機嫌だった事が嘘のように彼女は現れた由聖と零一の姿に目を輝かせる。特に可愛いもの好きの彼女的には由聖の方がツボだったらしく、とても丁寧な挨拶と対応をした彼に心を定めた。熱い視線を由聖に送るが彼は鈍く、中々その視線に気付かない。「鈍感なところも可愛いわ」とレイチェルはぐっと心の中で拳を思わず握った。
 当の由聖は花見の準備を始めているスガタとカガミの手伝いをしている。だがふと、カガミの傍に寄り添うようにいるとても小さなチビ猫獣人を見つけると首を捻った。


―― あれ……? この猫ちゃん。どこかで見たような……?


「あの、君どこかで出逢った事ない?」
「にゃ!? あるわけにゃいにゃ! 俺様五歳児にゃん!」
「うん、そうだよね。変な事言ってごめんね。……と、これを向こうの桜の下に運べば良いのかな」


 スガタに確認を取るように言えば、肯定の声が返ってくる。それを受けて由聖はにこにこと機嫌良く団子が大量に乗った皿を桜の下に敷かれた茣蓙の上へと運んでいく。もうすっかりこの雰囲気に溶け込んでいる由聖を見ると零一は一回だけ溜息を吐いた。結局彼が危険に陥らないなら零一も警戒する必要はないのだ。


「ちぇ。――おい、お前ら。こっちの飲み物も運べばいいんだよな」
「宜しく!」


 なんだかんだと自分は由聖に甘いと零一は再認識しながら急須の乗った盆を運びに掛かる。
 背を向けてしまったせいか、カガミの足元にいるチビ猫耳獣人がじぃーっと由聖を見ている事に気付かない。


「なあ、勇太。お前もしかしてあの飯屋って男と――」
「お、俺様は逢ったことないにゃ! 今の姿の俺様にはないにゃー!!」
「あーあー、はいはい。了解した」


 そんな会話がカガミと勇太の間で交わされている事など由聖も零一も当然知らない。
 カガミは『視る』必要すら感じないと思ったのか、ひょいっと勇太を抱き上げると茣蓙の方へと向かう。


 三日月 社、いよかんさん、スガタ、カガミ、工藤 勇太、レイチェル・ナイト、飯屋 由聖に阿隈 零一。この合計八人での花見が今、開始された。



■■【scene4:花見でドタバタ!】■■



―― ふふ、あの双子っぽい二人を見た時はあと五年ってとこかなーって思ったけど、イケメン二人がいれば問題ないわ!


 レイチェルは由聖の右隣に素早く座り、そしてなんやかんやと世話を焼く。
 それはもう「お前はホステスか」と突っ込みたくなるくらいの接待であった。由聖の分のお茶が無くなればすぐに換わりの茶を注ぎ、団子に手を伸ばそうとすれば彼女が素早く由聖の専用の小皿へと運ぶのである。


「有難うございます、レイチェルさん。でも今度は僕がお茶をお淹れ致しますね」
「由聖クンにそうしてもらえたらあたし嬉しいなぁ〜。あ、はい。零一クンの分のお茶よ」
「ん、悪ぃ。アリガトな」
「あら、おだんご意外とおいし♪」
「本当に美味しいですね。全然安物の味じゃないし、これはむしろ得したかも」
「俺はスーパーのヤツでも良いけど、やっぱ高級のもんは格別だな。よっしゃ、もう一つ喰う!」
「ああん、零一クンはどれを取るの? あたしが取ってあげるわ」


 レイチェルの接待――それは当然同じようにイケメンと定めた零一にも行われた。彼の場所は由聖の左隣。一人分挟むものの、零一に物を渡す時に由聖にさり気無く近寄れるのも美味しく、良いポジションを取ったものだと彼女は自分自身を褒め称えた。
 零一は由聖ほど柔らかい雰囲気の持ち主ではないが、根は優しい人物ゆえレイチェルの対応には礼を言うくらいは反応を示す。その素っ気無さもある意味彼の魅力であった。それに乱暴な口調ではあるが、言葉数が少ないわけではない。同じ年代という事もあって、それなりに話題に困る事はなかった。三人が三色団子や大福を口に運びながら空を見上げればそこは見事に桜色で埋め尽くされている。


「カガミ、カガミ! 俺様にも団子にゃ!」
「お前自分で食えんだろうが」
「嫌にゃ! カガミの手から喰うにゃ!」


 カガミの膝の上を陣取った勇太は口を広げ、早く早くと団子を請求する。
 仕方なくカガミは目の前の蓬団子を掴むと勇太の口へと運んだ。傍目的には可愛らしいその光景に由聖がぷっと息を噴出す。レイチェルと零一もまた二人の仲良さに和み、茶を啜ったり団子を食べながら眺め見る。ちなみにレイチェルはちゃっかり由聖との距離を詰め始めていた。


「工藤さんはカガミさんの事が好きなんですね」
「皆も俺様を構えばいいにゃ! カモンにゃ!」
「そうねぇ。猫獣人も可愛い生き物よね。元が元だったし、あたしの膝に来る?」
「元って?」
「にゃー! 俺様は可愛い唯の五歳児にゃ! 元なんてないにゃ!!」


 レイチェルは勇太のチビ猫獣人化を目の前で見ているため、彼が高校生だった事を知っている。
 だが由聖、零一はそうではない。勇太は実は過去に由聖に出逢っている為、自分の今の姿と高校生の姿を結び付けられたくないため必死に言葉を誤魔化しにかかった。


―― うーん、工藤さんって本当に何処かで見たことがあるっぽいんだけど……誰、だったかな?


 由聖は時折そう頭の中でよぎる。
 しかし目の前のチビ猫獣人と高校生の勇太を結び付けるには要素が足りなさ過ぎる。此処で感応能力的なものを持っていれば話は別だが、彼には備わっていないため首を捻るばかりであった。


「いよかんさーん。ねー、聞いてよぉ〜」
「ん、んぅー? なぁー……にぃ?」
「実はねぇー」


 レイチェルは自分の左隣に居たいよかんさんにも話し掛け、その生態や自身の事柄を話し始める。
 なぞ生物いよかんさん。そのフローラルな香りは食欲をそそると共に外見では癒し効果を放つ。レイチェルの言葉や相談にはまじめにいよかんさんも向き合い、うんうんと頷くばかり。――例えばナンパした男を此処に来たせいで逃した話とか。
 それをいよかんさんがほんっとーに真面目に聞いているかどうかは……残念ながら秘密である。


「零一、まだ警戒してるの?」
「そりゃあな。そもそも異空間に居る時点で警戒すんなって方が無理だっつーの」
「でも皆楽しそうだよ。零一もせっかくだから楽しもうよ」
「普通に招待してくれたっつーならまだマシだったんだろうけどよ。――ま、今更言ってもしゃーねぇ」


 ガシガシと頭を掻きながら零一は張っていた肩の力を抜く。
 いつの間にか喧嘩していた事も忘れ、二人は笑いあう。


「にゃっははー! 皆飲んでるぅ〜?☆」
「社ちゃん、お客さん達は未成年だからお酒飲ませてないからね!」
「僕には関係ないもんねー! ふふん!」
「あーあ、テンション高くなっちゃって……」


 あっちでは猫耳少女社とスガタが二人で盃を交し合い。


「お?」
「うー……眠くなってきたにゃ〜……」
「テスト勉強で睡眠不足だったもんな。それに五歳児で体力もねーし」
「あぅー……まだ遊びたいにゃー」
「少し休んだ後にまた遊べ。ほら」
「んぅ」


 向こうではカガミが急に二十歳ほどに成長し、チビ猫獣人勇太を膝の上であやし寝かせるという奇妙な光景が見え。


「やーん、うっそー! カガミクンってばイケメンにもなれたのぉ!? は、もしかしてスガタクンも?」
「スガタもねー、なれるよ〜……」
「はいはいはーい、あたしスガタクンのイケメン見てみたいー!」


 隣ではレイチェルがイケメンセンサーを発動させ、スガタを青年へと変化させるという状態。
 なんて平和。
 これはなんて緊張感の無い花見。


「こんな状態であいつらが悪魔だとか疑うの面倒」
「ふふ、だよね」


 零一は両手を顔の隣まで持ち上げ降参のポーズを取る。由聖はそんな彼を見て、幸せな笑みを浮かべた。



■■【scene5−1:それぞれ(工藤偏)】■■



 勇太は眠っていた。
 花見の最中にカガミの腕に抱かれ、その体温に安心し深く意識を沈めていた。だがカガミは違う。彼は皆が騒いでいる中、勇太を寝かせるという名目で場を抜け出し三日月邸のある一室へと足を運ぶ。彼が向かった先は三日月邸内の彼の私室。不思議な空間である三日月邸だが、当然移動しない部屋も存在しておりそこはその一室だ。不躾ながら足で障子戸を開き、閉め、そして中に入ると布団の敷かれていない畳特有の香りが広がる和室を見渡した。
 勇太を下ろして布団を敷くべきか迷う。
 だが下ろそうとすると小さな手がきゅっとカガミの服を掴み、離れる事が出来ない。


「ホントに幸せそうな面で寝やがって」


 ふっと青年となったカガミが表情を緩める。
 それから相手の口端に付いた何かのカスを親指で拭い取り、そしてその親指をぺろっと舐めた。布団の敷けない状況。それなのに腕の中には可愛いチビ猫獣人。仕方なく柱へと背を預け其処に座り込むと腕の中の存在を改めて確認する。
 次第に変化の解けていく身体。五歳児だった身体は高校生のものへと変わり、服装も制服に戻っている。よっぽど疲れてしまったのだろう。遊びつかれた様子を感じ取った時から彼が元に戻る予感がしていたカガミはわざと花見席を離れたのだ。
 勇太はあくまでこの場ではチビ猫獣人で居たかったようだから。


「寝てる間に親切な狼に食われても知らねーぞ」


 すっと勇太に掛かる影。
 障子越しに二人の顔が重なったのを見たものは――恐らくいない。




……Fin.










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8519 / レイチェル・ナイト / 女 / 17歳 / ヴァンパイアハンター】
【7587 / 飯屋・由聖 (めしや・よしあき) / 男 / 17歳 / 高校生】
【7588 / 阿隈・零一 (あくま・れいいち) / 男 / 17歳 / 高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は花見への参加有難うございましたv
 四月末頃に遅咲きの桜を見て思いついたオープニングでしたが、無事開催出来て嬉しく思います。

 さて今回ラストが3つに別れております。
 5−1が勇太様(カガミとのBL要素有)
 5−2がレイチェル様(スガタとのちょっとしたラブ要素有)
 5−3が由聖様&零一様(若干BL要素(風味?)有)
 以上に別れておりますので、興味があれば自己責任で他の方のラストも読んでみて下さい。

 ではまたご縁がございましたら遊びに来てやって下さいませv